別にどってことはない。
いようがいまいが……たいした差はない。
何年間会わずにいられたと思ってるのだろうか。
その霜月の長さを………孤独の深さを知りもしないでなじられる覚えはない。
自分の求める腕にいつだって守られていたその子供に…………
目の前が暗転する。
絶対に彼がいなくなるということは許せない。
………彼が消えたほんの1年の絶望をこの身は覚えている。
だから腕を伸ばす。……………奴になんか、触らせたくはないから…………………
泉の底
どこか遠くで水の音がする。
ぼんやりとした思考はその音を聞き咎め、けれど泡沫の中でたゆたう自分をそこまで連れていこうとはしない。
触れる音はもの静かで……けれどあたたかい。
小さな水音はまるで泉に来訪した動物たちの協奏曲のように穏やかに囁く。
その想像はあまりに克明で、けれど不意に浮かんだ自分の慣れ親しんだものたちの姿に変わって脳裏に写し出される。
あまりに穏やかで楽しげで、微笑みながら見守っている自分を何の疑問も持たずに眺める。
………不意に、声が囁く。
なにを見つめているのかと問いかける幼い声。
どこから聞こえるのかも判らないそれに辺りを見回し、けれど微かな薄緑の膜の中、何者も存在しない。
先程まで楽しげに笑っていた仲間も……いない。
一体どうしてだろうかと問いかけるより早く、目の奥が熱くなった。
喉が…………干上がる。
わけもない寂寥が身を包む。
…………声が…響く。
なにを泣いているのかと。
声に答える術もなく、男は蹲り頭(かぶり)をふるう。
何一つ泣く理由がない。何一つ悲しむ理由がない。
……………それでも昏々(こんこん)と湧くこの軋み。
切なくて苦しくて……それでも抱え込んで隠したくて。
目に見えぬ声の主に見つめられることさえ怖くて、男は自分の大きな掌で自分の顔をおおう。何者にも見せないというかのように……………
その手を……誰かが掴む。
誰もいなかった空間にぽつりと灯った気配。
驚きと喜びとともに男はその腕の促すままに顔を覗かせる。
その視界に佇む人は…………
ジャブジャブと少し乱暴な指先が桶の中に浸かったタオルを漱ぎ、軽く絞ると目の前で浅い呼吸を繰り返している男の身体を拭う。
発熱がひどいのか、滲む汗は次から次へと現れ、拭っても浄められはしない。
小さく息を吐き、男は苦々しそうに顔を歪ませるとまたタオルを桶の中へと戻した。
その一連の動作を数回繰り返すと、やっと気づいたのか、眠っている男が身じろぎをし、微かなうめき声のような寝言を零した。
起きるかと思い暫し見つめた沈黙のあと響いたのはやっぱり浅く短い男の呼気だけで、微かな失望にも似た思いでその寝顔を見つめる。
赤く紅潮した頬。普段ならそんなことはないのに、珍しく苦しげに寄せられた眉。
……自分の加虐を刺激する姿だというのに……そんな気も起きない。
いきなり、倒れたのだ。
自分と鳥とでいつものように馬鹿な喧嘩をして、それに割って入って鉾先がこの男に向かって…………
馬鹿らしいくらい当たり前の光景の中……もうこの男以外は見てみぬふりのそれの中、いつもと違うことが起きた。
……………顔を顰めて怒鳴ろうとして……けれど彼は怒鳴る前に膝をついた。
なんの冗談だろうかと思わず動きを止めた自分達の前で不器用に笑って……彼はそのまま意識を失っている。
一体なにをやらかせばこんなに具合を悪くできるのか。……具合が悪くなりながら、笑ってあの場になどいたのか。
体調を崩していたなら自重して家にでもいればいいのだ。それなのに当たり前の顔をして外に出て無茶をして……それが重なって結局抱えきれなくなっている。
馬鹿の典型もいいところだと嘲るように囁いても改めもしない彼だからこそ……こんな自分に似合わない真似をしている自覚はあるのだけれど……………
笑っていることなんて……彼には簡単なのだろうけれど。自分の中で全て抱えていることなんて、息をするように自然なことなのだろうけれど……………
それでもそれに痛む胸があることぐらい、気づいてもいいのではないか…………?
微かな吐息を零し、男が囁く。
深く静かに………囁きを聞かれることを恐れるように………………
「さっさと起きろよ………」
つまらなくて仕方がない。
彼の声を聞きたい。彼の目を見たい。彼の笑顔を見たい。怒らせて怒鳴られて……この背を追ってきて欲しい。
……だから……………
「…………テメェを苛めるのが俺の生き甲斐なんだから、勝手に倒れてんじゃねぇよ…」
愛しいと囁くことなんかない。絶対に、そんなこと言ってやらない。
だから、気づけばいい。………自分がどれほど思っているのか。
どれほど思われているか、知ればいい。鈍感なこの男が自分で気づけることなどきっとないのだろうけれど…………
それでもお前自身で気づけと囁く唇が静かに男の頬に落ちる………………
「解熱剤解熱剤………どこだー!?」
半分パニックになりながら青年は自宅の棚を漁っていた。
脳裏には微かな吐息しかしていない男の姿が克明に映される。
………気づけなかった自分が、イヤになる。
何故判らなかったのか。何故知れなかったのか。
一番傍にいるくせに、彼の変調に気付きもしなかった事実がどうしようもなく悔しい。
別にそれが彼が自分を信用していないからとか、そんなくだらないことを考える気はないけれど………ただ切なくなる。
自分では彼の全てを背負えないことが、ただ悲しい。
預けてくれて構わないのに。いっそ押しつぶすほどの重みのその背の荷を肩代わりしたいくらいなのに。
絶対にそんなことを望まない清廉さが愛しくて……悲しい。
笑みの中にある寂寞に気づかないほど愚鈍じゃなかった。けれどそれを分け与えてもらえるほど、強くはなかった……………
年下であることが彼の枷になんかならない。年など関係なく、彼は人を認めてくれるから。
……………それでも自分の一途さはただ拙いだけで……人を守るなどという高潔な言葉に包まれて甘えていただけのガキだったと思い知らされたのだ。
悲しかった。苦しかった。………切なかった…………………
それでも何も出来ない自分が嫌だった。彼に必要とされたくて、必死になったのだ。なにもかもこの腕は覚えようとし続けたのだ。
それでも彼は変わらない。………あの事件から、頑なまでに人に心を明け渡さない。
もういっそそれでもいいから、せめて守ることくらい諾としてくれてもいいではないか……………?
困ったように笑って無理をして………そんなことの為に頑張ってきたわけではない。
同じ位置までやっと登り詰めたのだ。同じ視線に立たせて欲しいのに…………
悔しくて噛み締めた唇が噛み切れる前に指先は探していたものを見つけた。
………小さく安堵の息を吐き、微かに滲んだ悔し涙を拭うと青年は背の羽根を揺らす。
もういっそ、いいから。自分を選ばなくたっていいから……………
だから代わりに同じ場所にいさせて欲しい。………彼の背を支えるものでありたいから。
辛い時に息の吐ける場所くらいあったって、罪にはならないのだから………………
不器用な男の苦笑を思いながら、青年は空を駆ける。
茜色に染まり始めた空はその背を押すように優しい風を送ってくれた――――――――――
触れそうな唇さえ怒鳴り声で邪魔をして。
微かなうめき声に心底びっくりして顔を見合わせて。
………そんな不可解な友人に近い仲になって…………
これだから彼にはかなわないのだ。
どれほどいがみ合っていたって、彼の前では霧散してしまう。
ただ溢れるぬくもりに酔いしれたくて、彼の傍に集ってしまう。
甘い蜜を与えてくれる夢幻の華。
……………手に入れることなど願えなくてもいいから。
せめて震えるその手で願って下さい。
この愚かしき自分たちの無骨な指先を……………
キリリク28000HIT、アラシVSバード×パーパ、パーパ風邪ネタでした!
………ってこれ、パーパ本当にただの風邪か……?大丈夫かしら(汗)
仲良さそうなアラシとバードをなんとなく書きたくなって書いてみたんですが……あれ?
なんで一緒にいるシーンが一個もないの?(オイ)
不思議ですねー……(遠い目)
この小説はキリリクを下さったゆきさんに捧げます♪
なんだか妙な話ですが、ギャグ指定ではなかったのでいいですよね!?(汗)