零れる光に目を覚ます。

手の中から落ちていく光。……魂の瞬き。
赤く赤く濡れたそれは自分がずっと願ってきたもの。
…………欲していたもの。

血に平伏した肉体はもう動かない。

鼓動を手繰り寄せて愛しげに口吻ける。
ねっとりとした赤は………喉の奥に蟠り嚥下することを知らないけれど。
この身に……この血肉にこそ溶ければいいのにと願う。

 

愚かしい祈りを聞き届ける神など存在しないことを知っているくせに……………………





玄天の落ちた日



 黒く染めあげられた髪が深い緑に溶けるように揺らめく。
 微かな風に弄ばれたそれを眺めていれば不意にその毛先が手の甲に被さってきた。
 くすぐるように蠢く髪を一房摘まみ上げ、絹糸のように艶やかなその曲線の先にたたずむ面差しを覗き込む。
 ………精悍な男の顔。
 閉じられた瞼を微かな夕日が染めあげる。
 引き締まった頬も赤く濡れ、思いのほか長い睫が微かに瞬いた。
 晒された健康的な肌は空恐ろしいほど落陽に溶ける。
 まるで……そのまま消え去るかのように……………
 一瞬湧いた悪寒に男は髪に絡めた指先を硬直させる。
 この毛先にぬくもりなどなくて当たり前。……けれどそれは…………この肌にあたたかさを保証する言葉にはなりえない。
 赤く赤く染まる躯。……かつて自分が染めあげた骸。
 …………躊躇う指先はそれでも澱みなく赤く沈んだ肌を滑る。
 微かなぬくもりが伝わり、知らず詰めていた息を男は吐き出した。
 指先から感じる男の鼓動。規則正しく流れるその脈動に知らず安堵した自分。
 ……………それに込み上げる自嘲の笑み。くだらない………殺すことを願った存在の生をこそ祈るなんて。
 幼い頃から見つめ続けた小さな背中。
 自分とは何もかもが正反対で……その色彩さえ同じに溶けることはなかった。
 黒く黒く美しく太陽に生える黒髪。長く伸ばされたそれは優しくこの頬をくすぐる。
 色素の薄い自分の髪とは違う深い瞬き。反射するわけでもないくせに人の目を惹き付けてやまない黒羽の髪。
 僅かに固い髪質は絡めた指先に反抗するように跳ね……けれどそれを男は許さずに乱暴につかみ取る。
 髪を絡め取る腕とは逆の指を滑らせ、眠る男の吐息を零す唇を辿る。
 呼吸する度に爪をくすぐる熱い息。触れたくなる衝動を飲み込みながら男はその面に顔を近付けた。
 ………吐息さえ絡まる至近距離で囁かれる声音はひどく深く甘い。
 眠りの淵に沈む男をやわらかくすくいあげる音に閉じられた瞼の奥……知らず笑みが浮かぶ。
 「……シンちゃん………? 起きてんだろ……………?」
 乞うような響きさえ滲ませた不敵なその旋律に眼下に横たわる男の睫が震えた。
 目を開けようか閉じたままでいるか迷うようなその仕草に意地悪げに笑んだ唇が瞼に溶ける。
 ……瞬間火傷するような熱と痛みが男の瞼に走る。
 噛み付かれた薄い皮膚は微かに赤くなり。……傷にはなっていないが痛みは依然居座っていて反射的に開かれた瞳が微かに潤んで色づく。
 恨みがましいその視線を楽しげな笑みで受け止めて男は再びその瞳を舐めとった。
 …………微かに舌先に刺激が走る。舐めとった涙の味に笑みを深めれば憮然とした男の顔が視界に一杯広がった。
 文句を訴えるその視線を飄々と躱しながら男は覆い被さったまま漆黒に沈んだ髪と赤く染めあげられた草を切り離すように指で梳いた。
 途中で絡まることのない質のよさに機嫌よく動かしていた指先は眼下の男の閉じられた瞼に遮られる。
 まるで見ないようにしているかのような……その仕草。
 折角開かれた極上の宝石は再び箱の奥底に沈んでしまう。
 苛立たしそうにそれを拒む唇がまた、男の瞼に痛みを与えようと蠢いた。
 ………瞬間、響いた男の声。
 溶けた瞼と唇が離れることができない。………わかっていてそのタイミングを計っていたのか、金に包まれた男には解らないけれど……………
 「夕日を浴びるお前はあまり見たくないな」
 沈んだ声は苦笑とともに囁かれた。
 失礼ともとれる言葉に金の髪が揺れ……眉を顰める。
 その気配に気づいたのか、溶けたぬくもりを離した男は黒髪を揺らせて顔を背け、小さな音を紡ぐ。
 赤く染まった男の肌が眼下に晒される。
 ……………息が、詰まる。
 いまは男の頬を包み髪に絡められるこの腕が………この胸に沈み鼓動を塞いだ。
 それは遠くはない過去の事。いまも忘れていないその感触はどうしようもないほど深い愉悦を自分に教えた。
 同時に獲得したのは………奈落よりも奥深き闇の絶望だったけれど………………
 音を乞うように晒された頬を唇で辿ればくすぐったいのか男の顔が顰められる。
 それでも抵抗は返らない。………止まることを知らない唇が額に、眉間に……形のいい鼻筋を通って唇に落ちる。
 重ねられた頤が微かに音を零す。………角度を変えた口吻けに息苦しそうに黒髪が揺れた。
 深く味わった蜜のように濃厚な甘さを舌先で嘗めとり金の髪が触れるだけの口吻けを落とすと頬を寄せて顔を背けることを禁じた。
 我が侭な子供のような仕草に苦笑も浮かべる余裕のない黒き男は肩で息をしながら固く目を閉じたまま。
 ………至純の色を見せろと乱暴に噛み付く熱に促され、寄せられた眉のまま男は瞼を持ち上げる。
 瞬間視界を覆う赤。
 濃密な落陽の灯火に染めあげられた金の髪。
 肌さえ赤く染めた面差しの中、深く紫闇に沈む瞳だけがやけにはっきりと男の視界に写る。
 ―――――――それはかつての姿。
 この身が灰となり、男の身体を炎で包んだ戦いの時の最後の記憶。
 忘れることなどできない。………哭く意味も解らず呆然としたあの瞳。
 手放せないと思い知らされた。あまりに純一であったが故に歪んだ心が痛ましい。
 求められることを恐れて離れることの愚かさを実感した。
 ………この腕を赤く染めたくないのなら…ただ傍にいればよかったのだ。
 突き付けられる。あの時の男の涙。
 流すこともできない深過ぎる慟哭を……………
 金の髪を引き寄せて、しなやかな腕が男の頭を抱き締める。
 大切ななにかを亡くさないように愛しげに………………
 抱きとめられた姿勢のまま目を大きく見開いた金の髪は静かに響く旋律に耳を動かす。
 掠れた音はひどく聞き取りづらいけれど……決して自分はこの声を取りこぼすことはない。
 それはもう……この身に染み付いた彼の匂いが離さない昔から…………………
 「お前は色が薄いから……あの時みたいに赤に溶けちまいそうだ…………」
 この身を屠った日。染めあげられたオブジェを覚えている。
 美しく聳える孤高の獣はその身を深紅に変え、咆哮をあげることさえ忘れて獲物を見つめていた。
 ……………哭いて、いた。
 焼き付いた幼い顔。フラッシュバックしたそれは戦いの最中男の叫んだ言葉故か…………
 忘れることなどできない。それは殺された恨みなどではなく寄る辺なき子供の泣き声。
 自分を置いていくなと……赤く染まった腕は戸惑うように彷徨っていた。
 もう………抱きとめることなどできないと思っていた。それはお互いに…………。
 けれど巡り会った星。どれほど厭っても変わることなく再び交差する自分達の道。
 違う道でありながらも決して途切れることなく続くその縁(えにし)。
 囁きに触れた髪は瞬き、どこか臆病に揺れた。
 ……………腕の中動かなくなった金の髪は唐突にその髪を揺らして男の胸元に落ちていく。
 赤く染まった肌が閉じられた瞼の先に広がる。見つめることを厭う視線は遮られたまま金の髪をその肌に溶かした。
 尖った耳の先、微かに聞こえる鼓動。
 途切れることはない力強い音に吐き出す息も知らないけれど。
 それでももう……これを亡くしたくはない。
 溢れる筈のない涙は男の心に落ちていく。
 肌を伝わることのない雫はしとしとと漆黒の髪に降り積もり……ゆっくりと男の肌を侵す。
 もう2度とこの肌が自分を忘れることはない。
 ――――――自分から離れることもない。
 死を与えることで得た男の魂。………捕われた自分の魂……………
 誓うかのように寄せられた唇は赤く染まる肌に一輪の華を刻んで眠る。

 けれど………思うのだ。

 もしも再び戦いが起き、この身が誰かに削られるのなら……………

 その時はまっ先に自分の腕が彼を赤く染める。

 この夕日よりもなお鮮やかに美しく、口吻けを落とすように愛しんで屠ろう。

 この唇が刻んだ華を……この指先は躊躇うことなく貫くのだろうと……………

 








キリリク33000HIT、アラシ×パーパでシリアス!でしたv
近頃はこの二人を人様のサイトでも見るようになったので浮かれ気味です(笑)
人の見ると張り合いでますよね!

今回は赤く染まった二人の情景を書きたくて進めてみましたv
いつもはアラシばっかり不安にかられているので。パーパにもちょっと。
………亡くすことを恐れるのはお互い様なのさということで。
しかし甘いんだか切ないんだか……怖いんだか(汗)
微妙に全部掻き混ぜられていて妙ですね!(オイ)
でも個人的には気に入っていますv この二人はベタベタしていてもあまり気にならないので嬉しい(笑)
……ほら、いつも虐める為に傍寄ってるから、アラシ。

この小説はキリリクを下さったたっちゃんさんに捧げますv
久し振りのキリ番申告かなり嬉しかったですv
しかもシリアスでというリクでちょっと舞い上がってしまいました 。