……………音が響く。
優しい優しい琴のようにやわらかい音。
壊される事を知っていながらもなお綴られる。
潰される事を知ってなお弾き続けられる。
哀しく哀しい、それは旋律。
幼い音は拙くて……そのくせ恐ろしいほど深く響くのだ。
この身に穴を穿つように。
この耳を削ぎ落とすように。
この目を刳り貫くように。
…………この魂さえ、粉砕するかのように…………………………
ただただ晒される。
寂しいのだと泣く、たったひとつ自分の認める小さな声音。
腕の中の楽器
深く息を吸い込み、子供はゆったりとその胸の中に蟠るものを飲み込んだ。 静かに吐き出された吐息の中、欠片ほども悲嘆は隠されていない。
それを眺め………傍らに立ち尽くした子供が忌々しげに舌打ちをした。
空は腹立たしいほど美しく澄んでいた。きっと旅立つには素晴らしい日だと慰めていた大人たちにとっては都合のいい晴天。
その愚かしい言葉に吐き気がする。
………嘆く事さえ、封じ込めた。
言葉もなく立ち尽くしたままの短い黒髪が静かに風に揺れる。一度も……彼は泣かなかった。
その小さな背を晒したまま、父たる人にさえ縋らずにじっと見つめ続けていた。
たった一人の……その女性の死を看取る事もできなかった。それを嘆いている事くらい自分にだって解る。
母親というものがどんなものなのか、孤児である自分には解らない。けれど彼はそうした情が深い事は……いやになるほど知っていた。
淡々とした声が……痛かった。
儀礼通りに晒される礼儀正しいその姿が痛かった。
いつもは深く優しく響く子供の声が、こんなにも硬質に低く沈む事があるなんて思いもしなかった。
笑みに濡れて……苦しいという言葉さえ知らないように幸せそうに笑う子供だったから。
同じだけの短い人生の全てをまるで喜びだけで過ごしてきたような顔をする子供だったから………
見過ごしていた。自分ですら。
だから他の大人たちが知らなくて当然なのだ。
………噛み締めるように歯を食いしばれば、微かな痛みが唇を襲う。それを舐めとり、舌先に交じる苦味を嚥下しても消えない……胸裏の苦さ。
震えない肩がいつまでもそこにいる。自分にすら気づかないように。
他の親戚たちがいなくなっても、泣き崩れた幼馴染みの子供が叔父に連れていかれても振り返らずに。
…………………父さえその場を後にしても目もくれないで。
ただただ見つめ続ける。あどけなかった幼い瞳がいつの間にか老成したそれに変化するほどの長いときを……………
たった、ひとりで。
そう……。この子供はたったひとり。傍らに居座った自分すら知らずに孤独に浸っている。
消えていった魂。子供は幾度その腕に抱かれた事があるのだろうか………?
初めて会ったときに交わされた短い言葉のやりとりを覚えている。これが家族というものなのかと自分でさえ不思議に思うほどの対等さ。
この黒髪は……その頃から一人だった。頼るという事を知らない天性なのか………そうあるべきであると自身に戒めた愚かさなのか。
己で決めた事への責任を己自身で果たす事を知っている瞳に驚いた。
親に守られた甘ちゃんにそんな真似ができるなんて思わなかったから。
…………けれど晒される。空恐ろしいまでに澄んだ声音。
魂のうちから輝くように響くそれはこの耳を心地よく酔わせる魔酒に酷似していた。
だから、この程度のことに打ちのめされている彼が歯痒い。
ほんの少し………割り切ればいいのだ。いつだって身につけていたその大人以上の老熟さで切り捨ててしまえばいい。
親は所詮自分より先に死に逝くのだと……………………
それでも……わかっている。
悔しさに握りしめた拳の奥、骨の軋みが響く。
子供は子供。……決して大人の老獪さを携えられない。
傷つく事に敏感で………………それを躱す術をいまだ覚えていない。
斬り付けられたその傷口をただ呆然と眺めるだけで手当ての仕方さえ知らない。
当然だ。……子供は教わっていないのだから。
誰も彼もが彼に優しくして……彼に期待して。彼はそれに応えるにたる才覚をもっていて迷惑をかける事も頼る事もなくいつだって立っていたから。
大人は忘れているのだ。彼がまだ、たった7つの子供である事を。
泣く事を許されなくても笑えるだけの経験を経ていない幼子である事を……………
………………自分にだって、解るのに。
いつかきっと彼らは後悔する。……薄く金の髪は笑い、頬を撫でた風に嬲られた自身の髪を撫で上げた。
いまこのとき、伸ばす腕は自分だけ。
簡単に壊す事のできる無防備さを、大人たちは知らない。……自分のうちに秘められた残虐ささえ、笑顔に隠せば気づけない愚鈍さを嘲笑う。
いつまでも揺れる事のない小さな背中。項垂れる事も忘れ、美しく伸ばされた背。
……それに、伸ばす指先。
微かに掠めた体温はゾッとするほど冷たい。顰めかけた眉を笑みの下に落とし、子供は振り返らない子供の肩をしっかりと掴むと強引に自分の方を向かせた。
風に舞うように、短い髪が揺れる。漆黒に溶かされた表情が読み取れない。………微かに角度を変え、金の子供からは表情の読めないように調整している無意識の感覚に笑んだ口元が不快げに歪む。
――――――――バシッ………
鈍い音が響き、まっすぐに向けられていた筈の黒髪は斜め下へと落とされる。
俯き加減さえ重くなり、微かに腫れた頬が痛々しいと思えるほど青白い頬が金の髪の前に晒された。
甘く……やわらかく子供が囁く。
極上の遊戯を秘めたように楽しげなその声はどこか奥深くに沈み込んでいく黒髪を無理矢理にでも掴み寄せた。
「………なあ、痛いだろ?」
甘く甘く……響く声。
………痛みを覚えさせるように注がれる、やわらかくあたたかい………
どこか呆然とした瞳が一度瞬きを零し………頷くように瞼を落とした。
それを満足げに眺め、金の子供は掴んだままの肩を引き寄せて赤く腫れた頬に唇を寄せる。
舐めとられた赤い頬に微かな苦味。…………瞳から落ちるそれを細めた視線で子供は見つめた。
痛みを知らない……子供。教える事を忘れ去られ、対処の仕方が解らずに戸惑ったまま。
だから自分が教えよう。あらゆる痛みを。
……………………優しく抉るように。
寄せられた眉根に恭しく口吻け、金の子供は声なき声に心地よく酔いしれる。
自分にだけ聞こえる妙なる泣き声。
………他の誰にも聞かせない。
哀れなほど幼く、音として吐き出す事も出来ない愛しい声。
こぼれる涙さえ溶かし込んで、噛み締めた唇が吐息を漏らす。
噛み締めた唇をほどくように舐めとれば、交わされる赤。
自身の血で彩られたその唇を眇めた視界の中におさめれば身の内に沸き起こる愉悦。
壊す事は……きっと簡単。
優し過ぎる魂がどれほど愚かしいか自分は知っているから。
ゆっくりと優しく苦しめて……その四肢を手折り自分だけのモノにする事はできるだろう。けれどそんな簡単に楽になんてしてやらない。
ずっと……ずっとその泣き声を自分に聞かせてくれればいい。
他の誰にも聞こえない自分のためだけの声を。
そうしていつか泣き枯れて………この腕の中朽ち果てればいい。
優しく優しく抱き締めて、その傷を舐めとる。
……そうして……塞ぎかけた傷をもっと深く抉ってみようか…………?
苦しいと……痛いのだと縋ってこの背を抱き締めて。
そうしたら、優しく口吻けてあたたかく抱いてあげるから。
…………自分すら見ずにひとり嘆くなら……壊し続けてあげる。
いつか自分の背に縋ってくれるその日まで、ずっと………………………
キリリク38000HIT、アラシ×パーパで「声」をコンセプトにでした〜v
………むしろ痛みがコンセプトになっている気がするのは私だけか?(一応ラスト頑張って声に重心おいてみました/汗)
今回は頼まれもしていないのに幼少ネタ。
妙に小さいアラシが書きたかったのです! なんでだろうか……??
小さいときの方が不器用で可愛いから。優しくしたいっていう気持ちはあっても、全然自分を見てくれないからプライド高い彼は不貞腐れ(笑)
この小説はキリリクをくださったたっちゃんに捧げますv
微妙にアラシが怖い子でごめんなさい……!私は楽しかったです(笑)