見上げた先にいた、ちっぽけな子供。
自分と同じほどで……だけど何故か目を逸らせないなにかを携えていた。
赤く染まった腕。傷なんてないとでも云いたそうに顰めた眉で耐えていた。
莫迦なガキがいたと思っただけだった。ちょうど暇つぶしになるからと近付いて苛めてやろうかと思っただけだった。
そうして殺した気配。驚かして…そのまま後ろに控える河のなかに落としてやろうかと思ったなら振り返った瞳。
真直ぐな至純。紺碧を讃えた瞳の奥底、読み切ることなどできるはずもない透明過ぎる魂。
逸らせない視線。……飲み込んだ息が喉を斬り付ける。
喘ぐように開いた唇が酸素を取り込んだ瞬間にたたらを踏んだ足元。
…………一瞬の浮遊感と無重力に落ち入った意識の差異に吐き気を覚える。
自身の演じた失態に舌打ちも出来ない。このまま河のなか潜ってしまうかと体勢を変えようとした時頬を過った影。
莫迦な子供は莫迦な真似をした。
愚かだと見開いた瞳と……胃の奥底なにか疼く気配。
その全てを飲み込んで視界に広がったのは雄々しい羽だったけれど……………
手のなかに隠したものは
空はどこまでも澄んでいて、ついでにモクモク入道雲のおまけつき。
こんな日に家のなかにこもっていられる子供がいる筈もなく、遊びたいと喚き始めた息子とその嫁を見送りながら引率役を引き受けてくれた女性の腕を軽く引く。
「………なによ。2人が先にいっちゃうでしょ」
近付いた視線にどこか不機嫌そうな声で答えた女に苦笑し、視線だけは子供達に向けたまま男が小さく囁いた。
「いや…あの河にいくなら崖に気をつけろよっていおうと………」
「子供の頃のあんたじゃあるまいし、私がついていながら怪我させるような失態はあり得ないわよ」
不敵な笑みで返された言葉に困ったように男は笑い、身に覚えのある過去の記憶に照れくさそうに頬を掻いた。
そんな幼さの滲む仕草を女特有の余裕で受け止め、ほんの僅かに顰めた声で男の耳にだけ届く音を紡ぐ。
「あんたこそ、気をつけなさいよ。昔っからそそっかしいんだから」
台風のあとの橋の修理なんて別に自由人がやらなくてもいい仕事。ましてそれがこの国のナンバーワンであったなら尚更に。
それでも人のいいこの男は頼まれたなら嫌だなんて言えるわけもない。無償で人になにか施せるほど裕福でもないくせに、いつだって困った人のために身体を張ってばかりで利潤も打算もあったものじゃない。
まるで息子を抱えた母親のようだと囁きとともに吐き出された溜め息が物語っていた。
それに気づき、女の優しさに男が笑う。………絶対的な王者の、誰もを包み込む優しい慈父の笑み。
「もう川遊びも解禁になったしな。危険はないさ」
男の笑みに飲み込まれた女は一瞬悔しそうに唇を噛んだ。………危険がない、というのは男の強さ故にでしかないではないかと訴えたくなる瞬間をこの愚かな男は知らないから。
知らないままで…いいから。
噛み締めた唇に勘のいい男が気づく前に艶やかに女は笑んだ。
…………男同様に、誰もを惹き付ける母性強き女の笑みに自信と自負と…限り無い強さを秘めて。
「怪我をして迎えにきてごらんなさい。せいぜい大笑いしてあげるわ」
「………肝に命じておきマス」
苦笑とともに挙手をしてそう応えたなら幼い頃から変わることのない瞳を晒し、女は子供達へと振り返ると足早に男のもとから離れていった。
それを見送り、男はゆっくりと息を吐くと3人の背が見えなくなるまでその場を動くことなく立ったまま。
………まるで、なにかが現われることを知っているその仕草に木の葉が不思議そうに揺れた。
頬を掠めた風は乾き、もう嵐はとうに過ぎ去ったことを物語っていた。それでも自分の間近には常にそれ同様の破壊力をもった風が鎮座していることを知っている。
微かに吐き出した息とともに男は少し離れた樹へと視線を向ける。…………そうしたなら、楽しげな低い笑いを樹が零した。
「………なんだ、随分勘がいいな」
もう少し気づかないままかと思ったと囁いた樹の影から日の光を反射させる金の髪が揺れる様が微かに覗けた。
それを確認し、呆れたように男は歩み寄る。
……………昔のことを女が口にした瞬間、揺れた気配。
あれだけはっきりと零れたならいやでも気づく。もっとも、それは修練を積んでいない者からしてみれば木の葉が揺れた程度の感覚なのかもしれないけれど。
どこかとぼけた感のある男の実力のほどが窺え、金の髪が音もなく地面に降り立つ。
それをまって男が再び歩を進めた。
微かな風と歩む振動に男の漆黒の髪が靡き、陽光のなか楽しげに舞う。
眇めた紫水晶の瞬きがそれを愛で、意地悪げな口元が酷薄さと………どこか懐郷の念を込めて歪んだ。
それに気づき、漆黒が笑む。……この時期に現われるそれなりに規模の大きな台風。いつも自分のいる国が見舞われる年間行事のようなそれが過ぎ去ったあと、彼は現われる。
初めは気づかなかった。幼い頃はいまの時期夏休みで。
退屈だから遊びにきたのだと思うだけだった。
けれどもう………気づけたから。
あの幼い出会いの日。
…………落木から小ウサギを庇って負った傷を、現われた子供を掬いとるために悪化させた日。
増水した河のなか、落ちたなら危険だという意識しかなくて…自分はまだ使い慣れてもいない羽を用いて河の流れを塞き止めた。
勿論その代償は大きく、その後しばらくの間は羽を出すことすらできない状態に落ち入ってしまった。それでも後悔はなかった。………腕に残された、たったひとつの標が支えてくれたから。
意識を失った自分の腕に巻かれていたシャツの切れ端。どこか不器用に切り刻まれている様は子供の慌てた姿を彷佛させて心和んだ。
それは自分の行動は間違っていないのだと知らしめるように、優しかった。
もっとも再会したなら子供の性格のねじ曲がり方にほとほと溜め息の限りを尽くしたけれど…………………………
それでも、知っている。
こうしてあの幼い日の愚行を繰り返してはいないかと確認にくる足先。
自分が傷つく姿を極端に嫌う。痛める指先をこの胸に埋めることさえ躊躇わないくせに……………傷を負ったなら息も詰まる瞳で愕然とする。
そのアンバランスさが、愛しくて。
もう幼い頃から手離せないことを知っていた。
「来るってわかっていたしな。………手伝ってくれるなら、茶くらい出すが?」
顎先でこれから移行としている河の分岐点を指し示し、笑う口元は答えを知っている。
男の言葉に興味をなくしたように顔を背けた金の髪はぶっきらぼうに囁きを落とした。それはどこか幼ささえ秘めていたけれど…………
「やなこった。お前のもんは俺のもんだしな?」
茶くらい勝手に飲むという意地悪げな瞬きは優しく眇められた男の視線に溶かされて息を詰めるように引き結ばれた。
どこか見透かされている視線に悔しさを余裕に見せて紫水晶が微かに閉じられ……突風に舞う男の髪を手探りのままに指にからめた。
…………結ばれもしない、髪。この時期はまるで約束事のように互いが互いに取り決めたことがある。
台風が過ぎ去ったなら赴く金の髪。
結ばれなくなる黒髪。
そして……………
紫闇が煌めいたなら、男の髪に括られる新緑の布。
「…………今年は緑?」
器用に自分の髪を結んだ指先を見ながら意外そうな顔で男が囁いた。毎年…変えられる自分の髪を結ぶ布。あの幼い出会いの日から、自分の身を包むなにかを与えることを何故か途絶えさせることがない。
「ショッキングピンクがよかったか?」
「……………遠慮させていただきマス」
冗談のようにいいながらも半ば本気を込めているのだから質が悪い。
………自分が贈られたものを無下に出来ないと知っているから尚更に…………………
それでももう、離れることもない昔なじみ。
傷付けられることだってある。
命さえ奪われることも。
それでも……彼の魂はあまりに純一で。
自分の色しか知らないから。
せめて一緒に思い出語り。
…………台風一過の晴天のした、絶えることのない逢瀬を………………
キリリク41414HIT、自由人で「台風」か「プール遊びinバード邸」でしたv
………何故台風を選んでこんな話になるのか私がききたいです(オイ)
一応プールvというネタで子供の頃のパーパ&バード&アラシの話も考えたのですが……まとめきれそうにないのでやめちゃいましたv
機会があればそのうち………っていうか忘れなかったら(汗)
忘れているようなら声かけてやって下さい(遠い目)←オイ。
しかしこの二人……甘いのかガキなのか単に友達なのかはっきりしてくれ。
一応これは私のなかでは普通に友達。そういう関係は一切なしでの友達。
怪我してても自分を助けるために崖から飛び下りたパーパに懐いたアラシなだけ(笑)
………懐き方がどうかとも思うけどね!
この小説はキリリクをくださったまゆらさんに捧げます。
微妙に台風過ぎたあとの話な上、特にカップリング指定なかったので好き勝手書かせていただいちゃいましてスミマセンでしたー!!