別に綺麗な訳じゃあない。
自分の好みがどういうものかよく知っている。……だから違うと、思う。
それでも不意に見せられるあどけない笑みや無防備な顔に鼓動が高鳴る。
寄せられる信頼に思わず顔が緩む。
………そんなハズはないはずだけれど。
それでも起きる衝動に、戸惑いは隠せない………。
未だ知らない
青い空が木々の隙間から見える。
誰の物でもないこの果樹園には多くの実が撓(たわ)わに実り、動物たちがよく食べに来る。
自分用にそれを分けてもらうものはあまりいない。なぜならこの人間界では大抵の家が自給自足で成り立っているからだ。
そうした暇のない、この国を守るために戦うもののために果樹園。
自由人のための場所はそれでも枯れた事がない。人々が感謝の念を忘れず、最高の状態を保たせているからだ。
誰からも愛されるその自由人を思い出し、自然に上がる口元に青年は苦笑する。
……なにが悲しくて男を思い出して喜ばなくてはいけないのだ。
息を吐き出し、青年はまた果物に手を伸ばした。
それをもぎ取った時、後ろから声が響いた。
「……あれ、お前も来てたのか?」
低い男の声に心臓が一瞬機能する事を忘れる。
……たった今その存在のことを思い出していた所なのだ。
あまりにもよいタイミングに持っていた果物を取り落としてしまう。
「……っと?なにやってんだ、バード。ほら」
転がって男の足下にまで果物はいってしまう。それを拾い、男は苦笑しながらその手を差し出した。
果物を受け取りながらバードは辺りに視線を向ける。
……いつもならいるはずの子供と虎が見当たらなかった。
「なあ、シンタロー?ヒーローとタイガーは?」
きょろきょろと見当たらない二人を探している青年に男は思い出したように応えた。
「ああ、二人は親父のところだ。今日呼ばれていたんだが、生憎俺は山荒し退治に行かなくちゃいけなかったから」
「……それで飯取りに来たのか」
「せめてデザートといえ」
まるで食事を取らないような言い方をするバードにシンタローはバツの悪い顔をする。
……当初一人で生活を始めた頃、サバイバル以外の料理が全くダメでよくバードに助けてもらっていたのだ。
それがどうしても印象に強いのか、いまでもバードは時折心配して自分達の家に様子を見に来る。
憮然とした顔が妙に幼い。……それに苦笑してしまう。
自分より4歳も年上の男なのだ。けれどあまりにまっすぐに生き過ぎて、どこかまだ幼さが残ったままだ。
……あるいは幼い頃に早く大人になり過ぎた反動なのか。
ちくりと心臓が痛む。……よく知っているのだ。
子供である事を厭っていた子供。一人前になる事ばかり目指し、自分が傷付く事も忘れて走っていた背中。
幼かった自分にはそこまでの一途さで走る子供に追いつけなかった。
けれどいまは……
「………ん?どうした?」
伸ばせば掴む事ができる。
必死になってやっと手の届く所まで来れた。それでも不意にその存在は姿を消して遥か先に現れるけれど………
この腕の中に、閉じ込める事は永遠にないと思い知る瞬間。
果汁を多く含んだ果物を齧りながら、シンタローはまだ自分の腕を掴んだまま動かないバードを見た。
不審にも思わない、信頼しきった瞳。
……バードは瞬く事さえ出来ない。その目に吸い込まれてしまう。
果汁の甘い香りが満ちる。
水滴に濡れた唇に視線が触れた瞬間、何も考えられなくなった。
「―――――――ッ!?」
あわさる唇。……突然の抱擁と口吻け。
男の手から食べかけの果実が落ちる。
甘い匂いに包まれて、酔ったようにバードはシンタローの唇を貪る。
……深く探る度に腕の中の肢体は怯えたようにはねる。
そんな様さえ愛しくてバードは唇を離すとその顔に触れるだけの口吻けを降らす。
頬に額に瞼に………
―――――顎を辿るようにして首筋に口吻けたなら、悲鳴のような声が響いた。
「……バードッ!!」
びくりと、バードの身体が反応する。
掠れたシンタローの声は甘くて心地いいけれど……その声に含まれている怯えと拒否がバードの腕を凍らせた。
恐る恐る、青年は顔をあげる。
……怒っている男の顔を見るのが怖かった。
視線の端に揺れる男の黒髪。ついいまさっき辿ったばかりの頤。
―――微かに赤くなった睨み付ける瞳。
言い様のない罪悪感が沸く。……信頼されていて、こんな真似を自分がするなんて疑いもしていなかっただろう。
その口が開かれるのが怖くて、バードは羽根を広げた。
男が制止の声を掛けるより早く、青年は空へと飛び出してしまった………
「逃げてんじゃねーよッ!!」
その声だけが追い掛けてきて……あとは静寂だった。
心臓が壊れるのではないかと思うほど早く動く。
……苦しくて息も出来ない。
この腕の中、抱き締めたなら得られた安堵。
なんなのだろう………
これをなんと呼ぶべきなのか判らない。
火照った顔を冷やすように、青年は高く空を舞った。
……鼓動の意味が、まだ判らない――――
キリリク頂いたその日にお届けいたします。
キリ番3030HIT鳥パーです!
……ってこれ、まだバードさえ自覚してない!?
ここまできたら自覚しろって気がしますが……
ちょうどこのキリリク頂く前に鳥パーを書こうと思っていました。
でも同じの書くのイヤだったので急遽新しい話にしました。
思い付いたのがまだ自覚もない馬鹿なバード。
……ごめんなさい、この人私の中ですっごい奥手のくせして手が早い人なんです……
そういえば、自由人のキリリクで、初めてです。鳥パーって。
こんな基本的なのに……。不思議です。
それではこの小説はキリリクをくださった風鈴様に捧げます。