不思議と吸い寄せられる視線。
不意に触れたくなる頬。
ほっとする自分を写す瞳。
心地よい自分の名を呼ぶ声………
きっと答えはひどく単純なのだ。
けれどまだ混乱していて、何もわからない。
……ただ持て余す。
触れたい衝動と、静まらない鼓動を。
けれど怯えた目を覚えている。
怒りさえ含む強い視線を知っている。
何一つ伝える事もなく、承諾さえ得ずに奪った唇。
……いままでの立場さえ壊れそうで、会いに行く事も出来ない。
もしも会ったなら、自分は謝る事ができるのだろうか。
――――こんなにも触れたいと切望しているのに………
戸惑いの矛盾
青い空を羽ばたきながら、青年は浮かない顔をしていた。
どれほど悩んだか、わからない。
どれほど考えたか、わからない。
……それでも出てきた答えを認められない。
だから本当は行きたくないのだ。
いまから会う男に、自分はどんな顔をすればいいのだろうか?
それさえわからないのに、こうして赴く理由はもちろんある。
叔父である鳥王に人王からの届け物を頼まれたのだ。
それは手紙だが、おそらくは顔を見せろと言う類いの物だろう。
直接渡せばいいものを、わざわざ遠回りさせるほど、二人は親子でありながら互いの我が侭を言えないでいる。
子供の目にも互いが互いを大切に思う親子だと思っていたが、そうであるが故に隔たりが出来た。
……それは切ない。少しでも修復しないかと躍起になった自分としては、こうして改善の方向に向かっているのは嬉しい。
けれど、いま自分を巻き込まないで欲しかった………。
大きなため息を吐いた頃、目の前に目的地が見えた。
ごくりと息を飲む。なにもなかったような顔をして、いつも通りにしていなくてはいけない。
この家には男だけでなく、その子供夫婦と居候もいるのだ。……ばれる訳にはいかない。
ゆっくりと息を吸って高鳴る心臓を落ち着ける。こんなにも緊張したのは初陣の時以来だ。
「……おーい、入るぞー?」
しーんとした室内に気押されて、声を出してみる。
思ったより平静と変わらない声にほっと息を吐きながら中に入っていく。
……応(いら)えがない。たとえ男が怒っていて答えないとしても、その子供夫婦や虎が確実に出てくるはずなのに。
疑問に思いながら奥に進むと、ぎくりと足を止めてしまう。
………応えがないはずだ。
自分が気まずく思っていた張本人は幸せそうに眠っている。
最奥のこの部屋まで誰もいなかったという事は、虎と子供二人は散歩にでも行ったのか。
とりあえず緊張していた身体がほぐれた。
どうすればいいか悩んでいた自分がバカみたいだ。
………こうして、相も変わらず無防備に寝顔を晒す男。
それにほっとする。
「………シンタロー?」
小さく、その名を囁いてみる。
けれど睫さえ動かさず、規則正しい寝息が谺するだけだった。
鼓動が早まるのがわかる。
……昔からずっと見つめていたはずなのに。これに特別なものなんてないはずなのに……
それでもひどく自分は正直に出来ている。
伸ばした腕がゆっくりとその長い黒髪を撫でる。
触れたい。そのぬくもりに。
感じたい。その吐息を。
……男の整った顔を覗く。自分とは違う類いの端正な顔。
穏やかな寝息を零す唇。いまは閉じられた強い意志と戦士の光をのせた瞳。
その目が開かない事を祈りながら、青年は顔を近付ける。
触れる瞬間、揺れた睫に気づいたけれど……止める事は出来なかった。
驚愕に見開かれた瞳。……まだ寝ぼけているのか、反応が鈍い。
その視線から逃げるように青年は目を閉じる。
重なるだけの口吻けに、男は身体を固まらせて終わる事をただひたすらに待っている。
……それが切なくて。腹立たしくて。
薄く開けた目の中に写った僅かな雫に心臓が痛む。
触れていた唇を舐め取れば、男の身体がはねた。
硬く瞑られた瞳の端から一粒だけ零れた涙を追うように唇で辿る。
震える身体を緩く抱き締めても、それはおさまらない。
悲しげに眉を寄せ、青年はもう一度その唇を覆う。
……深く、戸惑う自分の思いさえ有耶無耶にするように。
寝起きの男にはそれから逃れる術がない。青年の身体を押し返す腕にさえ、力が入らない。
息さえも奪う口吻けに男が意識を飛ばしかけた頃、ようやく青年は男を解放した。
肩で息をしながら男はとにかく不足した酸素を飲み込む。
苦しげなその様子にさすがに心配になって、青年はその背をさすった。
優しいその手に思わず涙が出る。
……一体なんなのか、訳がわからない。
あんな真似をしておいて、自分を混乱させておいて。
それでも青年は変わらない気遣いを覗かせるのだ。
からかっている訳では、ない。それはわかる。
青年がどんな人物か、自分が一番よく知っているのだ。
だから、わからない。
……なんの言葉もなくただ求められる事の意味が理解出来ない。
優しく自分を包む腕。
こうして涙を流している自分を、まるで自分の方が辛そうな顔をして抱き締める。
なに一つ変わらないのに。一体なにを変えたいのか……
切ないほど強い抱擁にシンタローは縋る事が出来ない。
「…………バード……?」
掠れた声で青年の名を囁けば怯えるように背が揺れる。
まだ、わかりたくない。
まだ、理解したくない。
…………まだ、変わりたくない。
それでも求める腕を止められない。
答えを与える事が怖くて、青年は男の顔を覗き込む。
ただ思考する事を厭うように、震える唇で男の言葉を飲み込む。
切なげに閉じられた男の瞼に、微かな安堵を覚えながら……………
変わりたくない。……変わりたい。
矛盾した思いが互いを戸惑わせて、答えを隠す。
それでも触れあうぬくもりだけは確かで。
いまはただ、こうしていたいのだ。……まだいままでの関係を無くしたくはない。
抱き締めた男の肢体は温かく、この心の中の蟠(わだかま)りさえ溶かしてくれる。
あと少し。しばしの時の中、何も気づかない振りをしてくれと………
縋る腕だけで青年は男に囁いた―――――。
キリリク3210HITのバード×パーパの続きです。
今回は思いを自覚してきたけど関係を壊したくないという感じに仕上げてみましたv
バードとパーパの友人関係はひどく理想的なので、やっぱりいままでの関係なくしたくないよね〜とか思いながら。
というか、なんかこの二人すでに両思いとなりつつある気がするのですが、私の気のせいですか?
やはり続き物は楽しいですv
長い話の方が色々な要素を入れる事が出来て面白い☆
根っからの長編人間ですよ。
昔は短い話書く事できませんでしたし!
この小説はキリリクを下さった風鈴様に捧げます。
続きを書かせて下さってありがとうございましたv
とても楽しかったです♪