雄々しい背が好きだった。
自分を抱き上げる事を好む腕が好きだった。
頭を撫でる大きな手の平が好きだった。
たくさんの愛情をのせて見つめる目が好きだった。
低く太い男の声が好きだった。
その人に反発する気などない。
……けれどどこか距離を置いてしまう。
その人に頼りたくない訳じゃない。
……けれど邪魔になりたくなくて全て自分で耐えてきた。
その人が嫌いなわけじゃない。
……けれど好きだといった事もないかもしれない。
あまりにも自分達は周りに注目され過ぎていて。
この心のままの言葉は、周りの視線に邪魔をされて音として紡ぐ事が出来ない。
それでも永遠に変わらない事はある。
………父の全てがただ、好きだということ。
魂の揺り籠
空を駆けながら、子供は楽しげに口元を綻ばせた。
無邪気ともいえるその笑みを見るものはいない。……誰もいない青空の下だからこそ零される幼さ。
鳥さえいない。この空全てが自分のものになったような独占感。……開放感。
窮屈な城は好きではなかった。祖父も父も大好きだから、帰る事を厭いはしないけれど……
それでも自分を見るあの視線。
………自分を視ない、視線。
この幼い肢体を通り越して父や祖父を写す目は好きではなかった。
二人ともあまりに卓越した人物で、人間界が誇る王と英雄で………
だからそんな二人の血を引いている自分は、もちろん周りに同じだけの期待をされている。
それを苦痛とは思わないけれど………
それでも自分の居場所がわからない。
忙しい父に甘える事は小さな頃から出来なかった。……なまじ子供は周りの者を気遣う心が早くに成長し過ぎたから。
自分の満足より、他者へ救いを。そう思うようになってしまった。
甘え方を忘れた子供は、少しずつ不器用さが増してしまったけれど……
父が時折伸ばす腕に、戸惑う。幼い頃は当然だった抱擁も、頭を撫でられる事も、どんな顔をして受け止めればいいかわからない。
無言のまま父を労るように笑いかければ、父は困った顔を返す。
………それがなぜかわからなくて、子供はよけいに戸惑うのだけれど……………
思い出した父の寂しげな顔に、子供は切なくなって息を吐き出した。
その時、下から鳥の羽ばたく音が響く。
誰かと顔を向ければ、青い翼が視界に入った。
ひどく澄んだその羽根の色は、いま独占していた空とあまりに同じで、子供は気に入っていた。
「バード!なんだ、こっちに来ていたのか?」
自分より幼いバードにはまだ辛い高度だろうと考えて、子供は声を掛けながら下へと降りていった。
自分の傍まで来た子供に、バードは無邪気に笑いかけた。
「へへへ!叔父貴についてきたんだ。そしたらさ、シンタローと遊んでていいって」
ゆっくりと地面に向かっていきながら、二人は他愛無い事を語りながら久し振りに会う友人に喜んでいた。
……いつもならめんどくさい挨拶回りに付き合ってからでなくては二人は一緒に遊べない。
今日は特別に免除された事が嬉しくて、バードは喜んで空に駆け出した。
その様が容易くシンタローの脳裏に浮かんだ。
幼い子供はその心のままに笑い、英雄である叔父に礼をいってここまで来たのだろう。
自分とそう変わらない立場。……父を早くに亡くしたバードには、叔父が父の代わりだ。
それでも自分に素直な子供。それが羨ましくて愛しいのだけれど。
不意に浮かんだ笑みに、バードは不可解な顔をした。
「………シンタロー?」
声が不安げに震えている。
なぜそんな反応が返ってくるのかわからなくて、シンタローは戸惑う。
地面に足がついた。それでもバードはこの腕を引っ張って駆け出そうとはしない。
自分よりも小さな位置にある顔が、悲しげに染まっていく。
………その理由がわからなくて、シンタローは困ったようにバードの頭を撫でた。
そうしたなら、小さなぬくもりに包まれる。
突進するような勢いで抱き着かれ、一瞬息がつまる。しがみつくような抱擁は少し息苦しかった。
けれど、そのぬくもりは優しくて温かい。どこかほっとした気持ちになてシンタローは青を見つめながらつまる息を飲み込む。
「……………っ…」
しゃくりあげる音に気づき、子供は慌てた。……なぜか知らないが、自分にしがみついたままバードは泣いている。
「……どうした、バード。どこか痛いのか?」
その背を撫でながら、出来る限り穏やかな声でシンタローは尋ねた。
……それにバードはただ頭を振る。
困ったように息を吐けば、しがみつく腕の力が強まった。
どこか不安を現すようなその態度に、子供は答えるように幼い子供を抱き締めた。
……言葉が通じないなら、せめてこの腕のぬくもりに安心して欲しかった。
暫くそうしていると、ようやく落ち着いてくたのか、腕の中で深く息を吸い込む音がした。
ゆっくりとそれを吐き出し、バードはシンタローに抱き着いたままくぐもった声を出した。
「………シンタロー、なんで泣くんだ…?」
「…………………は?」
泣いていたのはバードではないか……?
不思議そうなシンタローの声に、バードは真剣な顔でその顔を見上げた。
小さな手に平が、シンタローの頬に触れる。
「だってさっき、泣きそうだった」
だから悲しくなったのだと、バードが囁く。
不安に揺らめくバードの目を見つめていると、不意に視界が歪んだ。
止め処なく流れ始めた涙に、バードよりもシンタローが戸惑う。
……やっとわかった。
なぜ父が困った顔ばかり返していたか。
なぜ子供が泣いたのか。
自分は笑いながら、いつも泣いていたのだ。切なくて悲しくて、……心をそのままに与えられなくて。
せめて笑おうとしていた事が余計に相手を戸惑わせていた。
「……ごめん………」
バードの肩に顔を埋めたまま、シンタローは小さく呟いた。
それが子供に向けられたものなのか、それとも父に向けられたものなのか、シンタローにもわからない。
………愛している、子供も父も。だからこそ、安心させたかった。
ただあまりに自分は力がなくて、この背に負っている宿命が重くて。
誰にも頼らずに生きるには、弱過ぎた。
……だから流れる涙に全てを託す。
笑う事くらい、出来るようになりたい。
この目に写る人が笑っていられるくらい、強くなりたい。
未だあの大きな背には追いつけない。周りの期待に答える事が出来ない。
――――それでも笑っていられるようになりたい。
初めて見たシンタローの涙に息をつまらせながら、バードはその背を恐る恐る抱き締めた。
4歳も違うこの子供は、自分よりもずっとずっと上にいて、いつも毅然としていた。
父親に頼る事もなく、大人たちの視線に怯える事もなく………。
その姿に憧れた。そして自分には見せてくれる幼い笑顔が嬉しかった。
だから知らなかった。この子供が泣く事があるという当たり前のことを。
きっと、この心が傷付いている理由は、自分が叔父の傍で他人の前に立ちたくない理由と同じだ。
それでも自分は家に帰れば安らげる。……けれど子供はどうなのだろうか……………?
答えがあまりに切なくて、バードは幼い手で強く子供を抱き締める。
せめてこの腕が安らぎになれと、祈るように…………
キリリク3333HITのパーパ子供時代父絡みバード付きですv
なんか書いてて思いました。私、この人たちの小さい頃書くの好きみたいです。
園児思い出させて楽しいです。
ちなみにこの子たちは大体11・2歳と7・8歳です。
シンタロー精神的にはとおに成人いってそうな気がしますが。
シンタローは小さい頃の方が色々な意味で自分を押し殺していそうで、考えていると胸がつまります。
そんな中、唯一自分と同じような立場の子供がいたことだけは救いだなーとも。
だから私は二人の友人関係、大好きです。
あ、この話の二人は純粋にただの友人ですので!(この先も永遠に)
この小説はキリリクを下さったれいこ様に捧げますv
全く違うリクエストをさせてしまってスイマセン…………
……そして思ったよりもコンプレックスなんかを入れられなくて更にスイマセン。