なにも持たない手の平で、なにかを作り出すこと。
これほど困難なことはないと思った。
戦うこと以外に脳の無い自分に、どれほどそれが行えるか不安はあった。
……それでも、笑って背中を押してくれる友がいたから、どうにかなった。
いまも忘れない。
自分と同じほどに不器用な手が、必死になって動く姿を…………




抱える想い



 じっとドアの前に立って、どれほどの時間が経っただろうか。
 ……深い思案に耽った青年の顔は芳しくない。
 悩むというよりは、わかっていることから目を逸らしたい雰囲気のため息を吐き、ゆっくりとその戸を叩いた。
 応える声はなく、……青年の耳に響く大音響に変化もない。
 またため息を吐き、青年は奥の部屋に足を踏み入れた。
 ドアをあけると同時に、思わず閉めてしまいたくなる衝動を必死になって耐える。
 ………何故に、自分は部屋一面に飛び散った果物のすりおろしや、黒い煙りをあげているコンロを目撃しなくてはいけないのだろうか………………
 脱力する自分の気力に精一杯の激励を飛ばし、青年は力ない声で泣きそうになりながら奮闘している男に声をかけた。
 「………シンタロー………。これはなんだ………………?」
 か細い声は、どう考えてもこの部屋の中の音に負けていた。
 それでも男は青年の声に気づいたのか、気配に気づいたのか判らないが、顔を向け助かったと破顔した。
 「いい所に来た、バード!これ、どうやったら止まるんだ!?」
 早口にまくしたてる男の指差した先にあったのは圧力なべだ。もうもうと煙りと蒸気があがっている。
 ……どう考えても中のものはすでに黒焦げだろう。
 ため息を飲み込み、バードはシンタローの前を通り抜けて強火のまま鍋を覆っている火を消し、圧力なべの空気を抜いた。
 プシューッ!!という景気のイイ音と共に、なんとも言えないイヤな匂いが部屋に漂った。
 青年は慌てて窓を開けてその空気を逃がし、鍋のふたを開けて中に水を入れた。
 中にあったものは………黒い炭としか言い様がない。
 一連の青年の動きを見ながら目をぱちくりさせている男に、青年は振り返りながら尋ねる。
 「シンタロー………。これは一体なんだ?」
 「ん?一応前にお前が教えてくれたヤツなんだが……?」
 「…………この炭がロールキャベツか?」
 確認してしまうのも無理はないと思う。なんの悪気もなく真剣に頷く男に罪はないだろう。
 また大きなため息がこぼれる。それを聴き、シンタローは困ったように眉を寄せた。
 「……スマン。せっかくお前が教えてくれたのに、飲み込みが悪くて………」
 一生懸命覚えてはいるのだ。……それでもなかなか自分の不器用な手は思うように動いてはくれない。
 同じくらい料理などやったことの無いバードも、一人暮らしを始めるからと練習に付き合ってくれた。……のに、バードばかりが上達して、いまだ迷惑を掛けてしまう。
 人のイイこの友人は、全く料理の出来ていない自分を心配していまでも毎日顔を見せる。それが申し訳なくて、せめて前回教わったものでも振る舞おうと思ったのに………
 結局、また心配させる種を増やしてしまったに過ぎなかった。
 しゅんとした男に、青年は苦笑する。いつもであれば崩しがたいほどに威風堂々とした男なのだ。
 それがこんな子供のように反省している姿など、そうそう見ることは出来ない。
 ………信頼され、頼られている事実が嬉しい。
 本当なら、こうして自分が顔を見せない方がいいのだ。少しずつ、自分に出来るものから作り始めて自然と上達するのだから。
 それでも、心配で。……頼られたくて。必死になって特訓をして男よりも早く上達した。
 縋ることの無い男は、自分に迷惑がかからないようにと大丈夫だとばかりいうけれど。
 ………傍にいたいと思うことに、理屈などないではないか。
 ただでさえこの家には邪魔者がいるというのに………
 そう考え至って、不意にバードはいつもなら慌てているだけの役立たずな虎を思いだす。
 「……あれ?シンタロー、タイガーと…ヒーローもいねぇな。どこ行ったんだ?」
 辺りに赤ん坊の泣き声も聞こえない。ちょうど2歳といったら、一番好奇心旺盛でじっとしていないはずなのに………
 尋ねるバードに、シンタローは少し顔を赤くして視線を泳がせる。
 「……いや、俺がなんか手の込んだ飯作る時は、タイガーにいってできる頃まで外で遊ばせてんだ。…………危ないから」
 極小さな声に、青年は思わず笑ってしまう。
 ……それはどこか、甘いものが織り混ざっていた。優しい男は、青年がなにを望んでいるか本能的に理解しているのだろうか?
 二人で、いたい。なんの邪魔もなく、一緒に他愛無い話をして、触れあって。
 ………七世界戦争の間離れることを余儀無く去れた無二の存在との距離を埋めたい。
 零れた青年の笑みに、男は少し憮然とする。
 まだ何一つまともに出来ない自分に、どうしたって劣等意識があるのだ。それを敢えて晒したのに……、笑われては面白くない。
 「仕方ないだろ。手の込んだもんなんて作る暇ねぇんだよ。ヒーローも手がかかるし、タイガーもよく食うから!」
 どこかふて腐れた響きを滲ませる声に青年の眉が少し跳ねる。
 ……微かにむっとした雰囲気を口元にのせ、青年は男に近付いた。
 不思議そうに見つめる青年の髪に指を絡め、そのまま自分の方に引き寄せる。
 触れるだけの口吻けを降らせ、ぺろりと男の唇を舐めとった。……まるで囁く言葉を盗むように。
 「………バード!!」
 はっきりいってあまりこうしたことは好きではない。赤く色付く自分の顔に眉を顰めて男は青年に非難げな声をあげた。
 それを遮るように、また降る口吻け。……深くなったそれに男は怯えたように目を硬く瞑った。
 ……閉じられた瞼を見て取って、青年は楽しそうに口元をあげた。
 人のいい男は、何の役にも立たない虎を、それでも家族と認めて受け入れている。何の繋がりもない、ただ悲しんでいたからという理由だけで。
 それがどれだけ自分を不安にさせるかわかってなどいないのだろうけれど………
 離れた唇にほっと息を吐き、男は火照った身体をなだめるように青年に寄り掛かって息を吸った。
 その耳元に、青年は小さな声で囁いた。
 「………お前ね、居候相手に気を使ってンなよな」
 ……どこか幼い声に、男は目を丸くする。
 そんな反応さえ知らない青年は縋るようにその背を抱き締めた。
 それを受け止めて、男は呆れたように囁きを返した。
 「あのね……。お前が原因なの!……最初、タイガーに失敗作しか食わせてやらなかった意地悪なヤツは誰だった?」
 文句も言えなくて自分に泣きつく猫のような虎を甘やかしても、仕方ないではないか。
 そう言い返せば、バツの悪い顔を青年は浮かべた。十二分に悪意ありでやった行為だ。……文句が言えない。
 そんな青年を見つめ、男はくすりと笑った。
 「でもまあ……、俺はお前の手、見るの好きだから言えた義理でもないか」
 「………………………?」
 囁かれた言葉は理解出来なかった。
 ………けれどその声は甘くて。起きた衝動を止める術もなく、青年はその吐息を三度(みたび)盗むのだった……………

 何も出来ない不器用な指先。
 けれど自分の為に必死になって動く優しい指先。
 失敗ばかりで、それが虎に少し負担を強いることはわかっていたけれど。
 ……それでも自分の前で悪戦苦闘している姿が好きだった。
 だから本当は、虎に甘いのは謝罪を込めて。
 ―――自分の我が侭につき合わせてしまった、それへの謝罪、だろうか。
 口元に小さく笑みを載せ、男は青年の背を抱き締めた。
 そんなこと、青年には絶対にいってはやらないけれど…………








キリリク4500HIT、バード×パーパ『バード家事奮闘記(?)』ですv
なんか家事まともにしていないですね??あれー?
おかしいな………。もう上手になったあとになってますね…………
書いていて思ったこと。……やはりシンタロー、もう少し上手にしとけばよかった!
ロールキャベツもまともに作れないのは情けないな……。
いっそのことシンタロー出さない方がよかったのかもしれないなー。そうすれば、バードの失敗談書き易かったかも(苦笑)
すみませんでした、れいこ様。

この小説はキリリクを下さったれいこ様へ捧げますv
なんかリクエストに添っていない気がします。申し訳ないです。