なんとなくイヤな予感がする。
 ………それはきっと腹立たしいが確実に現実になる。
 深ーく息を吐き出して、俺は前を見た。
 綺麗に晴れ上がった空を優雅に泳いでいるリュウの背に乗った七世界の英雄の顔が見える。
 こんなに爽やかな日に……何故俺は重い気分にならなくちゃいけないんだろうか。
 膝に乗っているヒーローの話を聞きながらも少し上の空な俺の背をポンと叩く手がある。
 振り返れば間近にあるバードの顔。……そんなに近付かれると焦点があわなくてよく見えない。
 顔を顰めてる俺の額にバードの手の平が当たる。
 …………なにしてぇんだ、こいつ。
 眉を寄せて不思議そうに見上げれば、小さく笑うバード。
 こういう顔してると、かなり好青年な雰囲気だよな…こいつ。絶対に女が好むタイプだと思うけど……なんであんな凄いふられ方毎回してるんだろう。
 変な奴だよな。
 そんな事を考えていた俺の耳に、少し心配そうなバードの声が安心したように触れる。
 「………さっきから溜息ばっか吐いてるから、具合でも悪いのかと思ったぜ?」
 ……………………ばれてたのか?
 そりゃあ朝から何度もそういう気分だったから…でもかなり気をつけてたつもりだったんだぜ?
 他の奴らが少し驚いた顔をしてこっちを見ているから…やっぱり気付いたのはこいつだけだったのかな。
 目敏いんだよな、昔から。隠していてもばれる事が多いし。有り難いけど……ちょっと厄介だぜ。
 困ったように笑いかければ、にっこりと極上の笑みが返される。
 ………俺相手にそんな顔してどうするんだよ。懐いている子供の笑顔はまあ…気分いいんだけどさ。
 苦笑してサンキューとバードの頭を撫でる俺の背から、にゅっと腕が伸びてくる。
 どわっっ!?な、なんだ!?
 驚いて固まってる俺の背にしがみつく大きな身体。……顔だけそちらに向ければ心配そうな眼で俺を見上げるタイガーがいた。
 ………だからなんなんだってば。お前ら行動が唐突過ぎて訳判んねーよ………
 困った俺が口を開けるより早く、タイガーが眉を寄せたまま呟いてくる。
 「パーパ、具合悪いのか?………タイガー看病できるぞ」
 心配しているらしいタイガーの言葉に、思わず俺は吹き出してしまう。
 ……ばか虎はバードの言葉に驚いて慌てたらしい。
 かわいい居候の幼い反応に破顔したままワシャワシャとその頭を撫でてやる。
 「大丈夫だっての。お前、一緒に暮らしてんだから元気かどうかくらいわかるだろ?」
 殊更明るくいってやれば、タイガーは安心したように笑う。……単純な奴だな。
 そして安心したタイガーはお決まりの寝床に虎に変わって丸まる。……そこ俺の膝なんですけど。
 ヒーローも一緒だからかなり重い。まあだからどうとはいわないけどさ。仕方なさそうに笑って息を吐けば……どんよりとした雰囲気。
 な、なんだ!? ………バード?? お前……目が座ってんぞ? っていうか、なんで鳥の姿になってるわけ??
 色々と突っ込みたい所があった俺だが、それを口に出す前にバードの頭を殴らなくてはいけなくなった。
 …………なに寝入ったタイガーのシッポ思いっきり踏んでんだよ。あーあ、痛さに泣いてるじゃねぇか。虎になってると普段よりガキになるんだから苛めるなっての。……なんで苛める必要あったんだ?
 少し頭を捻るが解らないし……まあいいかそんな事。
 簡単に悩む事を放棄し、俺はやっと見えてきた目的地を見下ろす。
 「しかしバードさん、本当に少女マンガ好きっスね」
 「星☆羅さんのは別格だぜv」
 にやっと口元を上げて言い切るバードの目は子供みたいに見える。……まあ昔から好きだったよな、ああいう純愛マンガ。どうも俺にはよく解らんが。マンガ自体みねぇしな。
 何度か勧められて読んではみたが……それよりやる事覚える事が多過ぎたし。……ん?考えてみるとその度にかなりがっかりされたな。
 まあ同じ趣味の仲間は欲しいか。
 そんな事を考えている俺の耳に、冷たいサクラの一言。
 「バッカじゃないの。あんなごついおっさんの考える口説き文句そのまま使ってるようじゃ一生彼女出来ないね!」
 ……………きつい事いうな。
 バードは無事かなーと見てみるが……
 おお、鳥のまんま白くなっとるな。あーあ、白目に鼻血まで。キリーが必死で慰めてるけど……しばらく放っといた方がいいぞ。すぐサクラに突っかかるために復活するし。
 視界を二人からすぐ真下にいるタイガーとそれを慰めるヒーローに向ける。優しいなーとヒーローを撫でてやっていれば、想像通りにバードとサクラの口喧嘩の応酬がはじまる。
 はあぁぁぁ………… なんか一気に『イヤな予感』が重くまたのしかかってきた。
 今日一日、何事もなく過ごせるといいんだけどな………
 ………………………………………このメンバーじゃ無理か。

 やっとついた蟲人界。……の漫画家リリカル星☆羅の家で、待っていた熊ん蜂のおっさんは真面目な顔で俺たちを迎えた。
 「モデルがいないんだ」
 ……………………………………唐突にいわれたのはその一言。
 少女マンガを描いている星☆羅さんはモデルを得ると異様なハッスルを見せるのだが……。
 はっきりいってこの人が気に入るレベルは高い。うちのヒーローは眼鏡にかなったけど……、またやらせるのはイヤだなーと思っていたら……視線がこっちに向かってる。
 思わずヒーローを背中に庇ってしまうのは親として当然だろう、多分。
 冷や汗を掻きながら口元だけ笑い、言い繕うように声をかける。……このおっさん、顔だけなら迫力あり過ぎてアップはやめて欲しいな………
  「星☆羅さん……今回はヒーローお貸し出来ないですよ………」
 あんな身も心も疲れきるような真似、可愛い息子にさせられるか!
 ドキドキとしている俺の顔をおっさんは覗き込む。……無言のプレッシャーが……。
 ああ、後ろで困った顔して見てないで助け舟くらいだせ居候!!
 混乱した頭でそんな事を考えていれば、ついとおっさんのごつい指が俺の顔を持ち上げる。なにかを検分するような目で俺の顔を見た後、おっさんは後ろに控えている英雄達を招き寄せた。
 「バードくん達、ちょっといいかな」
  部屋の隅に固まったいいガタイした成人男子共(一部そう見えない輩あり)ははっきりいって気味が悪い。
 溜息を吐きつつ残ったタイガーの背に乗って昼寝中のわが子を見る。
 …………はぁ……本当にモデルなんて大変な真似させられねーよ、こんな顔で寝てる子供に。
 ん?? な、なんだ? みんなが凄い顔して俺らの事見てるけど……
  ………まさか強行突破とかいわねぇだろうな。いや、でもまだネームが出来ていないだけで特に切羽詰まっている様子もねぇけど………?
 疑問のままにみんなを見返していたら、バードがにっこり笑って俺に手招きをする。………怪し過ぎるぞ。
 警戒して近付かない俺に、呆れたようにサクラが声を掛けてきた。
 「なに警戒してんのさ。ヒーローじゃなくて今回はあんただってさ」
  「わっ! 馬鹿そんな事いったら逃げるだろ!?」
 「そうだ、せっかくおもしれぇことになるってのに!」
 「シンタローさん、いまのなしっス!気のせいっス〜!!」
 サクラの一言にかわるがわるみんなが畳み掛けてる。……サクラ全然聞いちゃいないぞ。
 えっとつまり? 今回は俺っていう事は……ヒーローでなく俺にモデルしろってことか?
 …………すげぇチャレンジャー精神だな、星☆羅さん。俺みたいにごついのに……
 呆れたように笑って俺は星☆羅さんに笑いかける。
 「なんだ、俺に女装しろっていうのか?」
 「……まあぶっちゃけた話しそうです。今回は大人の女性なので………」
 イメージ的にバードでは合わないらしい。……顔はいいからハマると思うんだけどな。
 で、そんな中から弾かれていって、残ったのが俺?
 「シンタロー、な、これも人助けだし!」
 「英雄は一度は女装経験してるしな!」
 「………俺はしてないっスけど」
 なんとか俺が断らないように必死なバードと面白そうな事にとびついてるリュウ。……ぼそりと反論したキリーが見事に吹き飛ばされてる……。口は災いのもとって…いい加減覚えた方がいいぞ〜。
 というか、リュウの反応は俺も解るが……なんでそんなに必死なんだ、バードの奴。
  あ、そうか。こいつ、星☆羅さんの話大好きだもんな。
 まあこれっくらいなら内輪の奴しかいないし……いいかな?
 「別にいいぜ、やっても。でも期待外れになるだけだと思うけど?」
 正直な言葉に星☆羅さんは笑う。……後ろでなに歓喜に浸ってんだあの鳥。キリーが心配してる。……サクラとリュウが馬鹿みたいとか言い合ってるし。
 …………ゾクリ。あれ? なんだこの悪寒。
 化粧や着替えの為に部屋を後にした俺はこの上もない気分の悪さを引きずっていた。
 ………………………原因はすぐに解る事になったけどな!!

 やっとこ終わった化粧やら着替えやら。……スカートは歩くのに不便なのはよくわかった。
 ……しかし、サクラの化粧の腕ってぇのは怖いな。ここまでよく改造出来たな……。マトモな女に見える自分の顔に凄い違和感を持つけど…まあ役に立てるしいいか。
 部屋に戻ってくる途中ずっとどこか笑ってるサクラが気にはなるけど……まあこの際どうでもいいや。早く終わってくれるといいんだがなー。……ヒーローには見せられん。
 サクラがドアを開けてくれる。……妙にサービスいいな。礼をいって中に入ると………
 「どわっ!?」
 顔になにかがぶつかってくる。………香水みたいな匂い。見目鮮やかな色。やわらかい感触。豪華な花束に呆気にとられて顔を引きつらせると、その先にいるのはタキシード姿のバード。
 ………なんでお前までおめかししてんだよ。というか……なんでバージンロードが出来上がってるんだ神父姿のおっさんよ………。
 後ろで大笑いしてるサクラの声が聞こえる。これか。これがさっき星☆羅さんにいわれていた話か!?
 ………じゃあなにか。俺はこの歳になって女の格好で純白のドレス(簡易だけど)着て結婚式の真似事しろってか!?
 初めての経験がこれだとは情けなさに泣けてくるぜ………
 ふかーい溜息を吐き、いまさら逃げられないだろーなーと思ってバードを見る。
 なんでこいつこんなに楽しそうなんだ? 俺とこんな真似したって気分悪いだろうが。
 また息を吐く俺に、バードが手を伸ばす。………なんだ?
 きょとんとしていればぼそりと耳元で苦笑した声が囁かれる。
 「阿呆。手をとれよ、お前いま新婦だろーが」
 「………マジかよ……」
 引きつった顔でいえば、問答無用で腰に腕が廻される。
 こいつ……俺よりウエイト小さいくせに…………
 諦めてそれに従い、俺はとりあえずわが子は無事かと辺りを見回す。
 こんだけ大事にされていて巻き込まれていないとは思わないけどさ。
 …………あ、視界に星☆羅さんが……。凄いスピードでペンが動いてるぜ。っていうか、あの早さ俺らより早いだろ?
 漫画家って格闘家になる素質あるんじゃねぇのか? ……いけない。現実逃避しちまったぜ。
 えっと、ヒーローヒーローはっと………いた。
 赤ん坊の格好させられてる……。しかも一緒に寝てるタイガーはすっかりミケちゃんに………
 というか、動かない二人は端から見てると子供がヌイグルミ枕にしているようにしか見えねぇんだが……。
 それはそれで微笑ましい姿を見ていて顔が綻ぶと、目の前にいた神父の格好をしたリュウがにやりと笑う。
 ……………これは……悪巧みの顔。なんだ…これ以上まだなにかあんのか!?
 「シンタロー、いい事教えてやろーか?」
 不審そうに見ていた俺に対し、リュウは横にいるバードに目線を向けながら俺にだけ聞こえる声で囁く。
 ごくりと息を飲み頷くと、こっそりと秘密を打ち明ける声に固まった。
 …………………誓いのキス??
 いまそういったか? なあ、リュウさんよー!!??
 引きつった顔をバードに向ける。……ニッと笑われて……止める気のない気配に腰を引く俺に罪はない!
 逃げようとした俺の腰に廻ってるバードの腕に力が込められる。
 ………本気だこの馬鹿!?

 ……………………………まだ偽装結婚式は催されたばかり。
 どうやって逃げるか……早く考えないとヤバいよ……な…………
 楽しげなバードの顔を睨みながら泣きそうな俺に、リュウは御愁傷様と囁いた。
 ――――――絶対に逃げてやる!!
 そう心に誓い、俺は隙を伺うべくバードに寄り添うのだった………
 はああぁぁ………、なんでこんなことになったんだろう………………







キリリク8100HIT、鳥パーのギャグです。
もいいい加減ギャグのネタないですね。……難しいって、ギャグ………
今回はヌイグルミなタイガーを出す条件が合ったのですが……結局変なまんまちょびっとの出演で終了。
ごめん、タイガー。愛はあるがキミは難しいよ………

そしてバード。相変わらず変な奴。ギャグの時はもう彼は開き直ってます。英雄達になにいわれようと全然お構い無し。
むしろ協力しろって感じですわ!

この小説はキリリクを下さった新奴里妃様に捧げますv
……こんなんで平気ですか? というか、あんな素敵な小説頂いた後にこれを送る私の勇気を誉めて下さい…………(涙)