『パーパはもりのおうさまです。
みんながこまっているとかならずかけつける、えいゆうです。
ヒーローはパーパがだいすきです。
いえにかえるとかならずだきしめてくれるし、
がんばってごはんもつくってくれます。
だからパーパがいないとさびしいです。
だれかがこまっているからしかたないけど、
ずっとずっといっしょにいたいです。
タイガーといっしょにいえでまっているとなんでか、なきたくなります。
そばにいたいから、ヒーローもつよくなります。
パーパといっしょにこまっているひとをたすけられるくらい、
つよくなろうとおもいました』
やわらかなおもい
日が燦々(さんさん)と降り注ぐ。
少し暑く感じ、子供は手にしていた毛皮から指を解いてごろりと向きを変えた。
ゴツゴツとした感触をあまり感じさせない岩肌の、その上にただ布団を敷いただけの粗末さを、それでも嫌だと思った事はなかった。
ここにいれば与えられるぬくもりを知っている。
どんな極上のベットだってかなわない、優しいぬくもりと心地いいニオイ。
フワフワとやわらかな綿でくるまれるような感覚と、大切にされているのだと確信出来る微笑み。
………それがないのであれば、他のどんな素敵な場所も色褪せてしまう。ちゃんと、知っているのだ。自分が与えられているその無償のものこそがなにより尊いと。
なにも知らない幼い身で、それでも思う。
自分の手にしたものがどれほど価値あるものかを。…………きっと本人はそんな事はないといい、誰もが与えられるのだと頭を撫でてくれるだろうけれど。
知っている、から。
自分にそれを語るときに少しだけさびしく瞬く瞳の揺らめきを。
囁きがどれほど残酷かなんて知らない。
ただ与えて欲しかった。傷でもなんでもいい。自分が与えられてきた全てを返せるくらい、自分にも与える余地を。
…………ただ元気に生きている事こそが返還の意味を持つなんて、知りもしない幼さ故の無知で抉る傷さえ気づかない。
許されていた。多分、そうして傷つける事さえ。
無邪気に伸ばす腕。抱き締めてとただ瞳にその願いを込めれば叶えられる。
掴もうとしたその人の逞しい腕。……………指が触れるその瞬間に、消えた幻影。
「…………あ……れぇ…………?」
ぼんやりとした声。寝ぼけている事が自分でも解る。
日が差し込む先を眺めてみれば晴天で、太陽は覗けない角度である事からまだ夕方にもなっていない事が伺える。まだうまく動かない思考をぎこちなく動かして自分が何をしていたかを考えた。
今日は確か…なにも予定がなくて、昼食を食べたあと森の中をパーパとタイガーと一緒に散歩をした。それから水浴びをして、ドロドロに疲れてそのままパーパの背中で眠っていた事を思い出す。
…………となると、多分そのまま昼寝と雪崩れ込んでしまったという事か。きょとんと首を傾げてゆっくり周りを見回す。見落とさないように、丹念と言えるくらいのんびりと。
初めに目に入ったのは自分が横になっている布団。次いで、その傍に丸まっている愛らしいとさえ言える虎。そして岩肌をそのまま剥き出しにした質素な室内。
…………もう一度ゆっくりと戻った視線の中には、探したはずの影は見当たらない。
布団に触ってみても冷たい。大分前からいなかったらしい事が窺えた。静かな室内には健やかな虎の寝息だけが響く。
ぼんやりとした視線。…………探しているはずの腕。
まるでたったいま見た夢のような結末。伸ばした腕が抱きとめられない。
必死で、追い掛けるのに。大きなその背中は自分のためだけには用意されていない。
かならず戻ってきてはくれるけれど。それを知ってはいるのだけれど。
………それでも、いつも一緒ではない。誰かのために駆けてしまう自分のためのはずの腕。愛しいのだと分け与えられるぬくもりすら、他の人に与えられるために傷つく。
さびしいなんて思いたくない。だっていつだってそれを感じさせないために必死な背中を知っている。母親がいないからと、できうる限り一緒にいてくれる。母親のする事を全部頑張ろうと必死な背中。
不器用で、多分自分がやった方がうまいんじゃないかと考えてしまう事が多々あったって構わなかった。失敗してもなんでも、自分のためにそこまで心寄せてくれる人は他にはいないから。
…………パーパ、だけでいいのに。
ポロポロと瞳からこぼれる雫。
他の何もいらない。幼い自分には父親だけが世界の全て。
その人の背中だけが縋れる場所。
それなのに、いろんな人があまりにも彼を必要として奪っていく。それを嫌だと思う浅ましさこそが、嫌だった。…………彼の息子として恥じない姿でいたいのに。なんでこんなにも自分の心は狭いのだろうか。
拭っても拭ってもこぼれる雫はあとを断たない。
こんな情けない姿を晒したい訳ではなくて。もっと堂々と、彼を待っていたいのに。
傍らにいるに相応しい息子でいたいのに。
息を詰めて我慢しようとしても漏れる嗚咽。頑なまでに瞑られた眦からは枯れないわき水。
もう一度布団をかぶって寝入ってしまおうかと微かな震えを示す指先を布団に添えれば……羽音がした。
雄々しく空を切る雄大な音。いまだ自分の携えていない自由人としての証。
期待に満ちた胸と、不様な涙を見せたくはないプライドが鬩ぎあって、布団を掴んだ指先がかたく握られる。逃げてしまいたい、いっそうのこと。
けれど駆ける足が眠っているだろう自分を気遣ってひそめられていたり、あがっている息がきっと大急ぎで帰ってきたのだろう事を思わせて……逃げられる訳もない。
………外との明暗の差に慣れるほんの一瞬の間を残して、息を飲む音がする。
情けないと、身体を丸めて顔を俯かせる。ちっぽけな自分には、待っている事すら出来ない。不安ばかりで、傍にいて欲しいという思いしか湧いてこないのだから。
ゆっくりと近付く足音。隠されはしない気配。やわらかく、全てを包んでくれる空のように雄大な……………
「ヒーロー………?」
ゆったりと囁かれた音。万感の思いが込められたというに相応しい深さに、また溢れた涙。
傍にいてほしい。ずっと一緒に。それでも彼は求めに応じて空を駆けてしまう。いまだ羽を持たない自分には追い掛ける事すら出来ない。
一緒にいたいのにいられない。……囁く事すら躊躇わせる。彼の駆ける先には涙に濡れた人が、必ずまっているのだから。
噛み締められた幼い唇。抱き締められる事を求めていながら、拒む仕草。一人でも大丈夫になりたいという必死に虚勢。
……………自分にも覚えのある幼いながらに宿る戦士の意志。
甘える事を罪と思い、その背を求める事を腑甲斐無い事なのだと自粛する。飲み込み続けた願いが吐き出せなくなる結果が待っているなんて思いもせずに。
いまなら解る。どれほど相手を戸惑わせたか。
求められたいというのは親として当然のこと。我が侭さえ、心地いいのに。その全てを飲み込ませて、子としての瞳の輝きを沈めさせた親がどれほど憂いに沈む事か。
愛されている事を知ってい欲しい、のに。それさえ伝えられない不器用さは血故なのか。
それでも自分と同じ思いなどしてほしくない。思いをそのまま口にできる、そんな伸びやかな性情を忘れて欲しくはないから。
囁いて、みる。抱き締めた腕が微かに震えている事が滑稽だ。
拙さに染まった自分の声が、親としてこの子を導けるのかいつだって不安だけれど…………
「ごめんな、帰り道に依頼されてな。遅くなっちまった」
フルフルと振られる小さな首。いいのだと囁く事も出来ないくせに、それでも認めたいのだと健気に自分に言い聞かせている。
抱き締める腕を強め、静かな音が紡がれる。
掬いとって欲しいのだと、子にこそ親は甘えていると苦笑しながら………………
「今度は一緒にいこうな。もっと…ずっと傍にいたいよ」
同じ、なのだ。ただ少しだけ大人は思いにフィルターをかけてしまう。
そうして透明さを欠けさせた思いに子供は不安と戸惑いを持って恐れて怯える。伸ばしていい腕なのかどうかさえ示せないのは親としてあまりに情けないから。
伝えきれない思いを、せめて言葉に変えて、抱き締めてぬくもりをわかって傍に。
そうして共有出来たなら、きっとさびしさなど霧散する。
…………きっと、頼ってはいけないのだなどという思いを植え付けないでいられる。
そう願って止まない逞しい震えた腕は、いまだ細く小さな腕に添えられ、泣き笑うように微笑んだ。
言葉はあまりに難しい。
思いの半分も伝えられない事が当たり前。
それでも、変えないよりは変えた方がいい。
ほんの僅かでも、伝えられるのであれば伝えた方がいい。
伝える事に怯えないで。
……………思いは、きっと同じだから。
キリリク70500HIT、ヒーローで「パーパ&ヒーローのほのぼの」でした。
……………………ごめんなさい。いや、本当にまずそこから(涙)
私「父親」が書けないんです(汗) 母親もあやしいくらいで。
親としてではなく子供を育てる人、は得意なんですが、親は苦手。
なんで今回いっそうリク変えてもらうか!?(汗)と本気で悩みました。
でもね……書けないのが好き嫌いではなく、親子だから無理です、はあまりにも……と思ってチャレンジ。
………………結果があまりにもごめんなさいで…………
どうも私は親というものがよく解らないようです。………困ったものです。
この小説はキリリクを下さった佐藤まゆみさんに捧げます。
ヘタレな物体で本当に申し訳ありませんでした…………