はじめは少し、憎かった。
大事な大事な弟を奪われたような気持ちから。

少しずつ少しずつ彼を知って。
息が途絶える思いになった。
………あんまりにも生き方が不器用すぎて。

仕方なかった、とか。
しょうがなかったんだ、とか。
あれ以外方法がなかった、とか。
いくらだって言い訳はできただろうに。
泣き崩れて後悔しているのだと訴えてしまえば良かったのに。

ただの一度も彼は泣かなかった。
ただの一度も言い訳を口にしなかった。

そうして自分を壊して贖罪に己を捧げた。

なあ、俺の弟は救いだったか?
あいつの為だけでなく、あんたの為にもなったのか?

灰に帰した命に問いかけたとて、詮無き事とは知っているけれど…………





閉ざされた五感



 「…………………え?」
 間抜けた顔で間抜けた声がもれる。
 目を丸くして眼前に立っている青年を見遣っていれば………それが崩れた。
 「って、え?? ちょ、おいっっっ!!??」
 訳も解らずとにかく伸ばした腕はぎりぎりで間に合ってどうにか相手は地面に突っ伏す事なく済んだ。ぐったりと力が抜けているせいで予想以上にその身体は重く膝をついた状態でようやく支えられたのだが。
 息も浅く荒い呼吸。紅潮した頬。玉の汗が流れていて力ない様子。………明らかに何らかの病変の現れ。
 しっぽのように長い黒髪部分が追い付いて背中に張り付くまでの一瞬でそれを見て取り、驚愕に染められていた瞳が顰められた。
 「………おい…気にすんなよ…な」
 喘鳴(ぜんめい) のような掠れた音が小さく響く。これだけ間近にあってようやく聞き取れるのだからほとんど音は出ていない。それに更に眉は顰められた。
 それに気付いたのか、小さく舌打つ仕草が見て取れた。もっともそれは音とはならずに消えたけれど。
 「地上人に……情けかけられる覚えは………」
 「とにかく話は後だ!」
 繰り言のようにまた始まりそうな言葉を打ち切り室内を見渡す。こんなときに限って誰もいないのだからタイミングが悪い。普段であれば誰かしらがいるというのに。
 困ったように一瞬逡巡をし、他に方法もないのだから仕方ないともたれる肩に手をやって支えながら奥へとつれて行く。壁際に一度腰おろさせて座らせている間に先ほど畳んだばかりの布団をもう一度敷き直した。
 本当は水分でも飲ませてやりたいが、今の状態でコップを渡しても零すのが落ちだ。横になれる場所を確保して身体を休ませてから他の物を集めようと小さくため息を吐く。
 自分一人では出来る事など限られている。タイガーなりバードなりがいるときだったらまだ分担が出来るのにと思ってしまう。
 「………から…気にするなって………」
 「え?」
 項垂れるように俯いた唇からうわ言のような声が落とされる。それに反射的に声を返した。何か訴えがあるならば聞かなくてはいけない。もしも急変などと言われたら自分の手になど終えないのだから。
 枕をもったまま膝をつき唇の間近に耳を寄せれば呼吸さえ小さく感じた。
 普段の元気な青年を知っているだけに、少し不安が過る。揺れた瞳に気付いたのか気付かなかったのか、リキッドは更に俯いて顔を隠した。
 「面倒……だろ………………」
 憮然とした、声。
 まるで頷かれる事を解っているが認めたくないとでもいうような幼い音。
 思わず呆気にとられて返答ができなくなってしまった。…………こんな状態になって、一体何を躊躇っているというのか。具合が悪いときはお互い様だ。申し訳なく思って一体なんになるというのか。
 「あのな、リキッド。『気にするな』は俺の台詞!」
 小さく笑い間近な耳に言い聞かせるようにゆったりと囁きかける。
 いたわりと気遣いと、何よりも誠実な思いを込めて、構わないのだと。
 「気にしないで、休め。今薬とかもってくるから」
 ぐったりと力の抜けた身体を支えて敷いたばかりの布団に横たえる。身体に負担がかからないように細心の注意を払って。
 朧な視線が自分を見上げる。笑いかけて、その額を撫でた。
 …………同時に、目を疑う。
 綻ぶように小さく、彼が微笑んだから…………………

 目が冷めて真っ先に入ったのはゴツゴツとした岩肌の天井だった。
 一瞬認識しきれなくて眉が寄る。一体ここがどこだかを思い出すまで随分時間がかかった。
 しかもかなり頭が痛い。一点を睨んでいるとクラクラとしてきて世界が揺らいだ。頭痛の部位を押さえようとあげた腕は緩慢で、しかも重かった。動かした瞬間に間接に走った痛みにも驚いて動きが一瞬止まってしまう。ぼやけた視界に緩慢な動き、しかも思考はまとまらないという悪条件に悩む思考はなかなか定まらない。
 「あ、起きたか? 具合はどうだ?」
 「………あ? なんで…あんたが……」
 言いかけて、口を噤む。いて当たり前なのだ。ここは彼の家なのだから。
 …………いておかしいのは自分の方だ。
 しかもいま出した声の掠れ具合からいって、確実に相手を心配させたに決まっている。よりにもよって、一番醜態を晒したくない相手を前にしてこの醜態。言い始めればきりがないが、かなり兄たちを恨みたくなった。
 「覚えてないか? ここは俺の家。お前、来たと思ったら倒れたんだぞ」
 困ったように笑って薬湯を差し出された。匂いが独特で少し顔を顰めたのに気付いたらしいシンタローが父親らしい仕草でいった。
 「まだ固形の物は飲みづらいだろ? これは喉にもいいからしっかり飲むんだぞ」
 子供じゃあるまいしと言いかけて、きっと彼にとってはどれほど自分が年上であったとしてもまだまだ子供に映るのだろうとため息を落とす。
 実際の年齢など彼は気にも止めない。ただ相手が何を望んでいるか、どう生きるつもりなのか、そんな本質的な部分だけを求めている。…………だから多分、自分達にとっては一番厄介な人間だ。
 文句を付けて幼いと思われる事を厭い、リキッドは起き上がりそれを飲もうと手を伸ばす……つもりだった。身体さえ思う通りに動けば。
 「……………………」
 本当に、質が悪い。ここで不貞腐れたふりでもして誤魔化されてくれる相手であればそれで済むのに、それさえできない視線がはっきりと注がれている。
 しかもそれを確認しなくとも理解してしまっているだろう。敢えて視線をそらしたまま動こうとしない自分の心理状態など、彼は呆気無く看破しているに決まっている。
 ことりと湯飲みが床に置かれる音がした。次いで間近になった彼の気配。その腕が肩にまわされ、円を描くようにして身体が起き上がった。スムーズすぎる移動に驚いたように瞬かせた目の前には湯飲みが差し出される。
 片手で受け取ろうとしたら、もう片方を添えさせられる。言葉で言われれば反発しかしない自分をよく知っている仕草に頬が赤らんだ気がした。………熱のおかげでばれはしなかったと思うけれど。
 背中に、彼の腕が回っている。倒れ込まないようにという気遣いなのは解っているけれど、少し居心地が悪かった。
 ………こんなにも近くに感じる存在のはずではなかったのだ。遠く、決して交わる事のない遠くで自分だけが知っているはずだった。
 一度は消えた命を還り咲かせる為に奔走していた弟が哀れで、同時に痛いほどその気持ちが理解できて。唯一自由なこの身で、最も嫌っている地上に降り立った。…………会いたいと、あるいはどこかで願っていた事も知っている。
 ほんの一瞬しか生きる事のできないこの命は、けれど久遠を生きる自分達がようようにして持てる覚悟をもって生きていたから。
 薬湯を飲み下し、息をつく。苦さが、まるであの頃の思いにシンクロするかのように身体に広がった。
 「熱は……大分下がったか?」
 手をかざして己の体温と比べる仕草。自分と大差ないその腕。………華奢なわけもなく、雄々しい事くらい解っているのに。
 それでも思った。これは守らなくては、と。
 弟を守る為に生き、死んだ命。最愛の末弟を守る存在なら、自分は彼を守る理由がある。
 馬鹿馬鹿しい言い訳だと解ってはいても、そうでなければどうする事もできない天の邪鬼さ加減にだって自覚があるのだからしかたないではないか。
 「んー……まだ少し………」
 「なあ…………」
 顰めた顔にのる心配そうな瞳を見上げ、声をかける。
 そうすれば続く言葉を飲み込んで首を傾げて聞く姿勢を示す事を知っていたから。
 傍になんていた事はないけれど、それでもきっと自分は彼の多くの癖を知っている。
 彼の生き方を、なによりも誇っているから……………
 「ヒーローは……強くなったな………」
 熱に浮かされたような小さな音。自分で何が言いたいのかすら、本当のところ欲は解っていない。
 彼は頷き、幸せそうな笑みが綻ぶ。きっと彼にとってそれはなにより誇れる事なのだろう。それが解るから、自分もまた淡く笑った。ほんの少しの切なさとともに。
 小首を傾げたまま続きを促す彼を見つめる。その瞳の中に映る自分がひどくチグハグだ。こんな風に見つめあう筈がなかったはずの関係。
 「だから………」
 掠れた音が憐憫を誘いそうで嫌気が差す。それでも、声が止まらないのはきっと自制が効かないからだ。
 …………思いという柵にかけられた鍵が、熱で溶けてしまっているから。
 「……あんたがもう、守らなくても…いいんだ」
 言葉はひどく残酷だった。それでもそれは祈りにすら匹敵する音だった。
 「もう………傷つくな…………」
 願う事も乞う事も愚かしい。
 それでもそれは本心だから。…………聞き届けられなくてもいいからせめて心の片隅に刻んでおいて欲しい。
 間近な瞳を見つければ揺れるような戸惑い。
 解らなくて構わない。理解されたいと願うにはあまりに自分は質が悪い。
 …………だから、これは熱に浮かされたただの戯言( たわごと) 。
 それでも。
 「俺が…………」
 守るから、など、言える立場でもないけれど。
 掠れ消える音は寄せられた唇に触れる寸前で落ちてしまう。

 触れる事でも苦しい思いを、どう表せばいいというのだろうか…………?

 落とされた瞼の先、崩れる己の身体を支える腕に涙があふれる気が、した―――――――。








 キリリク95000HIT、自由人でリキッド×パーパでした〜v
 ええ、好きですよ、私。この二人。

 どうもPAPUWAのリキッドがへたれさん(笑)で、微妙にこの子もそんな感じに。
 でもリキッドとパーパはカップリング一歩手前のままがいいです。
 プラトニックなままパーパは微妙に気付いていない状態で。
 この話のラストだってきっとパーパは倒れ込む瞬間にあたりそうになった程度の認識さ!

 ちなみに。なんで風邪引いたリキッドがパーパのところに来ているかというとですね。
 ヒーローはただいま天界で修行中。そんなところに馬鹿(リキッド)でも引いた風邪をうつされては大変!と兄二人に人間界に落とされました。
 タイガーはサクラが樹王に温泉旅行いく約束させたから誘拐されています(嫌がったけどごちそうにつられていたので行ってこいとパーパに見送られた) ミイちゃんはアマゾネスのところで甘えていますv
 こっちから書こうかと思ったけど、これはこれでギャグなのでやめておきました。
 終わりませんしね、長さ的に。

 この小説はキリリクを下さったショウさんへ捧げます!
 サイト移転まっただ中だったのでめちゃくちゃ遅くなってごめんなさい!
 ようやく書きました(汗)