鮮やかな残像を残しこの胸に灯る、たった一人の笑顔。
全てを包むほどに深い優しさに、目眩さえ覚えた。
どれだけの時を生きようと、この人のようにはなれない。
……それはもう、初めてその人を見た時から感じていた絶対的な格差。





消えない盃



 その人に初めて会ったのは、ナンバーワンの就任式だったか……

 多くの人たちの祝福の中、渋い顔をしながら口元の笑みを隠す人王。
 わが子のナンバーワン就任は嬉しくとも、勘当した手前喜びを出す事が出来ないでいるその姿を、自分は微笑ましく見つめていた。
 人々の輪の真ん中には、その人王の手中の珠ともいえる一人息子が多少乱暴ともいえる祝賀の手にもみくちゃにされていた。
 ……まだ自分達にとっては幼いとしか思えない青年は、静かに笑って人々に返礼を捧げる。
 立派な姿だった。これからこの地球を守るに足る、王者自由人に相応しい男だと素直に思える。
 「……また随分可愛いのがなったな」
 どこかからかいを含む自分の兄の声に、男は眉をしかめる。
 ……酒の匂いがする。酒好きの兄がまた微酔いになって起こすだろう悪ふざけを思い、男は牽制するように睨んで声を掛けた。
 ………その声はひどく低く冷たい。
 「……兄者。あなたは龍王の代理です。悪ふざけは控えて下さい」
 男の声に、独眼の男は口元を笑みの形に変え、軽い調子で答える。
 「今夜は無礼講だって、きいてなかったのか白龍」
 その言葉に男が制止の声をかける前に、その独眼の男は人波から離れた新しい英雄の元に足を向けていた。
 止めようと足を出した拍子に白龍は運悪く知り合いに捕まり、兄に追い付く事が出来ない。
 ……あんな幼い幼気な子供に、何故兄は当たり前にからめるのか。
 何故、永遠とも言える時を生きる癖に、他種族との関わりを好めるのか。
 幼い時からどうしてもこの兄の事は判らなかった。
 いつしかその全てを否定したくなるほど、自分達の溝は深まってしまった。……それでも知っている。自分は英雄に選ばれなかった。
 他種族を思えない最強の種族など……危険でしかないという事も。
 それを思い知った時から、白龍は出来る限り友好的に他種族と関わるようにした。
 どうすればその人の為になるか。その笑顔にどれだけの価値があるか知りたくて、この身を惜しげなく捧げた。
 それでもやはり、白龍には判らない。
 ……それを兄は知っていて、それでも人のいい笑みを浮かべる弟を哀れむように見つめる。
 だからか。……こんな突拍子もない事ばかりするようになったのは。
 独眼の男はまだ若い青年の肩に手を置き、長年の友のような顔でその名を呼ぶ。
 「……よお、シンタロー。飲んでるか?」
 「あ、リュウさん。俺はあまり飲めませんから、その分飲んでいって下さい」
 「なんだ、そのさんっていうのは。お前ももう同じ英雄だ。呼び捨てにしろ!いいな?」
 酔っ払いの絡む声に、青年は苦笑する。ひどく優しい笑みだ。
 その笑みの裏にさえ、この青年が男を厭っていない事が判るほどに。
 子供の我が侭を叶えるように、青年は微笑んで答える。
 「判った。……これからもよろしく頼む、リュウ」
 肩に廻された腕に不快を現す事もなく、人懐っこい笑みが青年の顔を彩る。
 それを見て、少しだけリュウは悪戯心が疼く。
 ……何の警戒心ももたない、赤子のような瞳。礼儀正しいその態度。
 その目が驚く様を見たいと、思う。
 目の奥で笑って、リュウは持っていた酒瓶を見せる。
 「……お前、酒は?」
 「あまり……。飲めなくはないが、どうしても美味しいとは思えないな」
 「ほ〜?こんなに美味いぜ?」
 ごくりと酒を飲む男の様子は確かにそれをひどく美味しいもののように思わせる。
 それでもシンタローは笑うだけでそれを受け取ろうとはしなかった。
 それに多少予定の狂いを感じ、リュウは実力行使を思い立つ。
 ……不穏な兄の気配を感じ、白龍は知り合いの手を振り切って二人の方に身体を向けた。
 ―――――瞬間…聞こえた、周囲のどよめき。
 新たな英雄の不幸を知り、白龍は目を覆う。
 その瞼の裏には無理矢理酒を飲まされているシンタローの姿が映っている。
 もちろんコップなど持っていない兄は、その口から直接与えているのだ。
 ……最強の国の、七世界戦争勝利国の英雄の悪ふざけに文句を言える者などいない。
 泣き寝入りせざるを得ない青年に詫びの言葉を考えていた白龍の耳に、ガツンという鈍い音が聞こえた。
 「………………」
 呆気にとられる白龍の目には、雄々しい男が映る。
 その横には頭を押さえている兄の、どこか驚いたような顔。
 「リュウ、俺はこういった悪ふざけは好まん!今後一切やるな!」
 殴りつけたのだ、あの兄の事を。
 この幼いと思っていた子供は、それでも一人の戦士だ。
 ……誇り高い、何者も寄せつけないほどの高みで微笑む王者を……見た。
 どんな者であったとしても、この男は自身の信条に反すものを許さない。
 その心は恐ろしいほど真直ぐで澄んでいる。
 兄の口元に灯る、嬉しそうな笑み。
 ……白龍は初めて兄の事を理解した。
 こういう者が、いるのだ。どれほど弱い種族であったとしても、その心に制限はない。
 曲がる事を嫌う、幼い輝きを残した青年の魂は、眩いほどに輝いて見える。
 ………それに惹かれるのだ。驕れる龍人にはない、健全なる魂の輝きに。
 リュウの腕がシンタローの頭を乱暴に撫でる。
 それを睨む目に一遍の迷いも恐れもない。
  楽しそうにリュウは破顔し、豪快に笑った。
 「そうでなくちゃーな。それでこそナンバーワンだ!」
 人懐っこいリュウのその笑みに、怒る事なくシンタローは答える。
 当たり前のように、人を許す事を知っている。
 これは自分達には手に入れられないもの。
 ……それは、自由人だけの輝き。

 瞳を射るように焼き付いた男は、それから他の英雄とともにリュウに会いにくる。
 自分に会いに来る事はなくとも、束の間傍にいる事は出来た。
 ……酔いつぶれた面々を見ながら、白龍は苦笑する。
 一人一人に毛布を掛けてやりながら、最後にシンタローの元に辿り着く。
 淡く色付く顔にあどけない笑みがのっている。
 ……それはあの日認めた男の持つ、変わらない心の証。
 その頬を辿り、胸を突く痛みをやり過ごす。
 どれほど強くとも、自分はこの男のようにはなれない。
 この男の傍にいる事すら出来ない。
 ……この張り付いた笑みは誰も幸せにする事がないのだ。
 男のような優しさを、どうしたって自分は持てないから……
 だから、龍人は王者ではないのだと知った。
 人を思える、その深い懐。……全てを受け入れてくれるやわらかな笑み。
 だからこそ人は皆、自由人こそが地球の王者だと囁く。
 躊躇いがちに触れた唇から、微かなアルコールの味がする。
  それさえ苦しくて、白龍は男を抱き締めた。
 ……その目が開いている時は、けして触れる事の出来ない者を思う愚かささえ、忘れられる。
 それほどに男の身体は暖かく、その笑みは優しいのだ…………








出来上がりました。キリリク1234です!
3つの中で最も難しそうな白龍×パーパを先に終わらせました。
よく書けたな〜。この二人、接点ないのに……
ちょっとリュウ×パーパなのは私がこっちの方が好きだからです。
そのせいで白龍、報われてません。 二度と書く事もないと思うので可哀想な方だ……

今回は兄弟対決、というか白龍とリュウの確執の基を少し探りたくてリュウvs白龍となってます。
こんな事かな〜と。少なくともうちの二人はこうなってます。
他の方はどう思われているんでしょうね?

それではよく判らない作品ですが、キリリクを下さった霧夜様に捧げます♪