輝く蒼天を背に、空を飛ぶ影。
……見る者の瞳を捕らえて離さない勇姿。
その輝きに手を伸ばし、その羽根を掴み…この地に縫い付けて抱き締めたい。
けして叶わない事だけれど。
………それでもそれを望む者は数多にいる事を彼は知っているだろうか………?





誘(いざな)う羽根



 どこか困った顔をしたまま歩いている男を見つけたのはただの偶然だった。
 別に声を掛ける気もなかった。
 ……ただ、俯きがちな横顔が憂いていて………大きく高鳴った胸に戸惑って、それを紛らわすように声を掛けた。
 「おい、あんた…なにやってんの?」
 弾けるように向けられた瞳に高鳴る鼓動が波打った。
 じっと向けられる視線は驚くほど澄んでいる。……昔に対峙した瞬間は、ゾクリとするほどの戦士の闘気に身震いしたというのに。
 幼い子供のようなそれに思わず苦笑がもれる。
 自分の姿を認めて男は小さく笑って軽く手を振ってきた。
 「よお、ナギじゃないか。こんな所でなにしてるんだ?」
 なんの警戒心も持っていない様子に少し少年はムッとする。
 ……いまは敵対していないとはいえ、もともとは戦った間柄だ。
 幼い子供相手だといわんばかりに穏やかな視線を向けられると、どうしても対抗心が持ち上がる。
 しかも相手は自分のプライドを拳のみで撃ち破った男なのだから……。
 微かに険を含み、少年は男に応えた。
 「………あんたこそ。自由人が空も飛ばずになに歩いているんだ?」
 「俺は……………」
 どこか言い淀み、男は困ったように眉を寄せて少年を見下ろした。
 ………どこか寄る辺ない子供のような瞳に少年は息を飲む。
 何故、こんな顔を晒せるのだろうか。
  幼い自分でさえ、こうした素直な顔を厭うのに。
 相手に自分を晒す事に何故恐怖がないのだろうか。
 風に攫われて舞う男の髪が少年の腕に優しく触れる。
 ……………その瞬間に沸き起こった思いに、衝動は簡単に起こった。
 伸ばした指先は男の髪に触れ、高みにあるその幼い顔を自分へと近付けた。
 「………………え…?」
 男の瞼が瞬く音さえ聞こえるほどに近い距離。
 …………男の零した音に触れる吐息が熱いほど感じられる。
 驚いたようにまっすぐに見つめてくる視線には猜疑も嫌悪もない。
 なにも写していない透明な視線に割り込みたいと思う。……混ざる吐息を盗もうとナギは男の唇に近付くために少しだけ背伸びをした。
 微かに触れた熱さに酔いしれるより早く、少年の身体は突然湧いた気配に強く後方に突き飛ばされた。
 叩き付けられた衝撃に耐え、ナギは慣れた仕種で体勢を立て直そうと前を睨みつけた。
 …………瞬間身を駆けた寒気に、息が止まる。
 捕らえられた喉の奥の空気が逃げ場を求めるように内で荒れ狂う。
 それを知っているだろう目の前の人物は目を細めて顔を近付けた。
 「な〜にやってンのかねぇ、このお子様は」
 楽しげな声。……けれど笑っていない気配。
 自分のよく知っている人物。もっとも敵に廻したくない男の声に少年の身体が震える。
 忘れていた。……男は、この危険人物のお気に入りだった。
 「おいアラシ!なにやってんだ。離してやれ」
  顔を顰め、強い声で男は現れた男に向かって言った。
 ………その声にアラシはナギの首を押さえたまま振り返る。
 「相変わらずシンちゃんってば無防備v ……こんなガキにまでヤラれてぇの?」
 「………グゥッ…」
 力の込められた指先に、少年の呻きが混ざる。
 憤りをのせた目で、それでも笑って余裕のある振りをするアラシに、男はため息を吐く。
 ……余り得意な事ではないけれど、一番簡単に少年を逃す方法は知っている。
 そして………それ以外の方法をとっても、少年の身体が海の底に沈む事を避けられない事も。
 仕方なさそうに息を吐き、シンタローはアラシの肩に手を置いた。
 僅かに瞼を下げ、顔を傾ける。……触れる事を許す仕種にアラシの驚く気配が伝わる。
 少年の息を飲む音が聞こえた。
 重なった唇と共に解放された少年は申し訳なさそうに男を見上げた後、……その姿を見つめないよう視線をぎこちなく逸らしてその場から離れた。
 少年の気配が完全に消えた後、シンタローはほっとしたようにアラシの肩を押す。
 …………厭う仕種に眉を顰め、アラシは拒むように口吻けを深くした。
 「……ん……………っ!」
 突然荒々しくなった男についていけず、怯えるようにシンタローは逃げようとした。
 たっぷり時間をかけて唇を味わい、満足したらしい男の手から逃げられるまでかなり時間を必要としたけれど…………
 苦しさに滲んだ涙を拭い、酸素を求めるように肩で息をしているシンタローの身体を辿るアラシの指先。……その気配にギクリと身体を竦める。
 「ちょ……っ!アラシ!それはイヤだって…………!」
 しゃがみ込んでしまった不利な体勢で、それでもシンタローは必死になってアラシの悪戯から逃げる。
 その抵抗を楽しんでいる男に舌打ちし、絡められた上半身を解放するべくシンタローは体内にしまい込んでいた羽根を現した。
 「…………………!」
 頬を打つ羽根に一瞬アラシの腕が緩む。その隙を逃さずにシンタローはアラシから距離をとった。
 逃れたぬくもりにアラシは面白くなさそうに顔を顰め…次いでそれを隠すように楽しそうに笑った。
 その変化を見て、シンタローは小さく息を吐く。……決別してから、こういう事が多くなった。
 どこか無理をしてでも余裕のある振りをして、自分の視線を逸らさせないよう躍起になっている子供。
 方法は間違えているけれど、それでも向けられる思いから逃れられない。
 触れる事を許しても、けして境界は越えさせない。それを残酷と言う者は多いのだろうけれど。
 ………それでも、この男は触れる事すら許さなければまた思うままに周りを傷つける。それを厭うのなら、多少のことには目を瞑らなくてはいけない。
 どこか矛盾した思いに苦悩とため息が尽きる事はない。
 アラシはそれを見て取って、自身が男の一部を絡めとっている事に薄く笑う。
 「なあシンちゃん。………いい加減、諦めろよ」
 逃げる事をやめ、この腕に堕ちてくればいい。
 そうしたなら、幾重にも張り巡らせた甘い棘でその命が尽きる瞬間まで抱き締めているから。
 ………けれどいつも男の視線は強く澄んでいてその言葉を拒むのだ。
 「俺は守る者の為に生きると、言っただろ……?」
 この命を、一度は与えたではないか。
 ………それ以上を望まれても…与える事の出来るものを持っていないのだ。
 その事実を知っている。……限り無く多くのものを男から与えられている。けれど、他の者に与えるものさえも独占したい。
 それが醜く幼い願望だと知っている。それでも我慢出来ない。
 ………………もう、その魂に捕われた子供の頃からの欲求なのだから。
 小さい苦笑を細めた視線の中に閉じ込め、アラシは不敵に笑う。
 響く声は不遜で…………。
 なのにシンタローの目にはいつだってアラシのこの笑みは泣き出す子供の顔に見える。
 その声は震えて聞こえる。
 「今日はまあ、見逃してやるよ。……ナギにまだヤキいれてねぇしな」
 地を蹴り、高く空を舞う男の顔はもう見えない。
 ……それでも、その声に隠された寂しさに…切なさに痛む胸がある。
 認める事の出来ない生き方。許す事の出来ない行動。
 その全ての原因が自分にある事を知っている。一瞬で消え去った男の背は、いつまでも幼いままだ。
 応えない自分を睨み付ける、泣きそうな瞳を誇りだけで堪えさせていた…無垢なる頃のまま…………

 アラシの背を見送ったままのシンタローの背を、突然叩く手があった。
 腰の辺りに当たった小さな手に気づき振り返れば、幼い少年がいた。
 よく見知った息子の兄弟にシンタローは背を屈めて笑いかけた。
 「……よお、リキッド!ヒーローに用事か?」
 慈愛に満ちた声に居心地悪そうな顔を向け、逸らした視線のまま曖昧に少年は頷いた。
 いまだ地上人に素直な笑みを向ける事の出来ない少年に苦笑し、シンタローはポンとその肩を叩く。
 ……どこか不貞腐れたような視線に微かな違和感を覚えたけれど。
 「ヒーローなら今日は親父の城にいるんだ。悪いが、そっちに行ってくれるか?」
 頷かない少年に笑ったままシンタローは流れる気まずさに汗をかく。
 場所は知っているはずだし、地上を毛嫌いしている少年はヒーロー以外に用のある人物はいないはずだ。
  続ける言葉がなくて対処に困ったシンタローは、とりあえず置いたままの腕を少年の肩から離す。
 ………それを追い掛けるように少年の指先が捕らえた。
 「……………?どうした?」
 「…………………………………………」
 男の腕を掴んだまま、少年は俯いている。
 困ったように潜められた眉は、人のいい男らしい優しさに溢れている。
 ………ずっと、自分は見てきた。大切な宝のような末弟の父となる男。
 苦悩と義務と罪悪感に苛まれ、それでも弟の与えるものを素直に受け入れて抱き締める柔軟さと深い懐を示した。
 いまも、少年の中にある地上人への嫌悪は消えない。それでも……この男だけは違うと囁く声がある。
 それを消したくて、来たのに。………軽蔑するに相応しい場面を目撃したのに……………
 沸き起こった感情は相手への怒りと羨望。
 …………そして自分もそうしたいという浅はかな欲望。
 何も疑問を持たない無防備な男に唇を噛み締める。
 掴んだ腕が、ひどく熱い。
 離したくない欲求は抗い難いほど強くて、触れる心地よさに涙が溢れそうになる。
 そんな少年の変化に男は不審そうに顔を顰めた。
 幼い子供のような真直ぐな不安に、抱き締めたい庇護欲が働く。
 衝動は強く、抵抗する暇もない。思いのままに抱き締めようと少年は男の首に腕を伸ばす。
 ………伸ばした腕が男を包もうとした瞬間、青年の声が響かなければ。
 「お、シンタロー!こんなとこにいたのか!」
 跳ね上がる鼓動と共にリキッドは空を見上げた。
 ……そこにいたのは青い翼を持つ鳥人。
 「バード!」
 声の響いた瞬間、跳ねるように顔をあげた男の口から響く、幼い声。
 ………男の気配が不安定なものからゆったりと構える穏やかなものに変化した。
  はっきりと判る変化に、少年の顔が一瞬だけ歪む。
 それを振り切るように頭を振り、後ろを振り返りもせずにリキッドは空を駆けていった。
 「あ……!リキッド!?」
 唐突な少年の行動に目を瞬かせ、男は声をあげた。
 自分を睨むように飛び去った少年を見送り、青年は呆れたように男の横に降り立った。
 「……なんだ、あいつ。もうあんなに大きくなったのか」
 「ん?……ああ、青年期まではかなり早く成長するらしいが………」
 バードの言葉に応えながらもシンタローは心配そうに少年の去った方向を見つめていた。
 それに気づき、バードはその視線を遮るように手で覆う。
 「………バード?」
 不思議そうな男の声に、青年は苦笑して顔を近付けた。
 軽く触れた唇に、男の頬がさっと紅を引く。
 「…………バード!」
 「…………お前、あんまり他のヤツ挑発するなよ?」
 非難の声にどこか憮然とした声が答える。
 訝しげに顔を顰め、なにも判っていない鈍感な男は青年のため息を増やす。
 それに少し困った顔をしながら、シンタローは自分の肩に廻っているバードの腕に頬を寄せる。
 少し重い確かなぬくもりになにもかも誤魔化される自分の現金さに苦笑している青年の耳に、明るく弾んだ男の声が響く。
 「そーだ!バード、ちょうどイイからこのまま家に来ないか?」
 「………へ?い、いいのか?」
 少し期待した声が余裕のない焦りと共に吐き出される。
 それを満面の笑みで受け止め、男は青年の顔を覗き込んで頷いた。
 「ああ。それでケーキの作り方、教えてくれるか?……今日、ヒーローの誕生日なんだ!」
 幼い笑顔は喜色満面。………対する青年の脳裏に響く頭痛に気づく事もない。
  真直ぐすぎる男は、青年の思うような事を願う事はないと知っているのに、つい期待してしまう。
 それでも。………男が当たり前に甘えられるのが自分だけだと知っているから、仕方なさそうに青年は笑い、その願いを叶える。
 ………それはもう、幼い頃からの決まり事のように。

 手に入る筈のない空にある雄々しい羽根。
 ………けれど、共に飛ぶ事を厭いはしないのだ。
 孤高の戦士はそれでも温かく何人でも受け入れる。
 その力強い笑みと、深い声音でもって……………








キリリク4100HIT、パーパ争奪戦勝者はバード!と見せ掛けて実はパーパの一番はヒーローvです!
イヤー、真面目な争奪戦は初挑戦ですねー(ヒーローでは)
書けるものです。
今回はナギにアラシにリキッドです!
みんな初めてです(アラシは大人は初めて)
…………随分前からナギとリキッドは書きたかったんです。片思いで!
今回思いがけずに書く事が出来て楽しかったですv

この小説はキリリクをくださった芥川様へ捧げます。
楽しいキリリクをありがとうございました!
………そして予想していないだろう人物たちで申し訳ないです……………