その背に翼を持つものは、ほんの少数。
人でありながら地を這わずに生きるもの。
………異質でありながら、どんな生命よりも全てを引き付ける。
これほどまでの引力を自分は初めて見た。
―――――悠久の果てに選ばれた、戦う世代の忌み子。
優しさ故に生きる事さえ困難な戦士。
それでも運命は彼を生かす。
死すらも乗り越え、彼は再び自分達の元に訪れた。
……変わることのない、否、より一層深まるその柔らぎを醸しながら。
月に浮かぶ羽根
あたりを見回し、青年は軽く息を吐く。
……酔いつぶれた英雄たちがあちこちに転がっている。
いくら祝賀の宴とはいえ、少し羽目を外し過ぎたかもしれない。……けれどみながみな、浮き立っていたのだ。
やっと、帰ってきた。……1年以上も探し続けていた戦士が。
傾けた盃にすぐギブアップした彼はいまはここにはいない。
おそらく自室にいる彼の子供の様子を見に行っているのだろう。もっとも、もう眠っている時間だけれど。
青年は自嘲げに顔を歪め、窓の枠に邪魔されながらもゆったりと外に浮かぶ月を見上げた。
…………月を背に空を跳ぶ事が昔は好きだった。
けれどいまは、切ない。
その理由を知っている。あの時の彼を思い出すのだ。
死してなお、自分達の為に……否、生き抜く人々の為にと現れた彼。眩さは優しく、その光は温かかった。
それは眩い閃光ではなく、優しい灯火。
月にダブるそれはこの頑丈な心臓を締め付ける。
自分も酔ったかと一人ごちて青年は部屋のドアに向かった。
……………緩やかな月明かりは、ただ室内を朧に浮き上がらせていた。
煌々と自分を照り出す月明かりを全身に受けながら、青年は丘に横になった。
闇夜にはその光を遮る異物は一つもない。
………雲さえ遠慮して現れない。その見事な満月はこれからただ欠けていく。
まるで、泡沫の夢のように。
馬鹿らしい物思いに嘲笑すら涌かない。酔った思考回路はいつも自分達龍人が抱えている漠然とした喪失感を浮き彫りにする。
どれほどの英雄たちを、見てきただろうか。
どれほどの戦を経て、どれほどの友情と裏切りを知ってきただろうか。
自分の半生を顧みたって数知れないそれら。
………その中のほんの数個の中にしか生きられない彼ら。
そんな瞬きの間にも関わらず、自分よりも見事に生き抜いた彼。
自由人を見てはいけない。それは自分が遥か昔に感じた事。
見つめてしまえば、捕われる。彼らはそうした強烈ななにかを持っている。
だから、極力関わらないでいた。もちろん友好を断つような真似はしなかったけれど。
けれど捕われてしまった。………判ってる。それを望んだのは自分。
疼く独眼を鎮めるように月明かりから目を逸らす。閉じられた瞼の上に感じる優しい灯火。
片目でしか彼を捕らえられない。それでも身を焦がすような圧迫で自分を搦める炎。
……………その身を灰に変えた。愛し子の為に刃に下…果てた。
この目で確認したものはない。けれど、だからこそ。
遣り切れない。……もしもそこの自分がいたなら…と。そう考えてしまう。
幾度馬鹿な事をと考え…それでも消せなかった。
そしていまも思う。還ってきた彼が再び無茶な事を始めればそれは強まり深くなるだけなのだろう。
苦笑した青年の顔に降り注いでいた月光が不意に遮られる。
ゆっくりと瞳をあければ、穏やかな男の笑みが傍らにある。
「………シンタロー?なんだ、月見か?」
たったいまの微苦笑を消し、シニカルな笑いに変えた青年の顔を覗き込み、男は小さく笑った。
「まあ、そんな所だ。部屋にいってみれば全員潰れてたんでな。……久し振りの地上で見る月が満月だったから」
誘われたのだと男は子供のような笑みで呟く。
そして不意に青年の隻眼を見つめ、不思議そうに囁く。
「……で、リュウ。お前はなに見てンだ?」
「あ?俺かぁ?……俺もまあ、月見かね」
唐突に振られ、青年は微かな躊躇と共にそう応えた。
それを受け止め、男は笑みを深くする。どこか幼子を見つめるような瞳に訝しげに上体を起こす。
………その振動に、初めて視界が揺れた。
溢れ出たそれはゆっくりと頬を伝って芝生へと染み込む。
「……ありゃぁ……?」
おどけた声で囁けば、男は軽く青年の頭を叩く。
すまない、と。微かな声が風に乗って囁かれる。
………青年は龍人には珍しく情の深い男だった。
二度、自分は彼の前から姿を消している。……もう三度目は耐えられないとその涙が語る。
寄せられる情に気付かないほど馬鹿ではない。けれど、その全てを受け止めるにはあまりに自分は多くのモノをこの腕に抱き締めている。……あまりに多くの思いの中に生きている。
抱き締める事も叶わない青年の丸まる背を見つめ、男はその黒髪を揺らす。
月明かりに透ける髪を指先に絡め、青年は男を引き寄せる。……惑う瞳は揺らめいて、諦めたようにこの腕に収まるけれど。
それが流れるもの故だと思え、青年の胸を締め付ける。
……切ない痛みに男は目を閉じる。いまはまだ、誰も抱き締めていないこの腕に青年を抱えられるだろうか。
判るわけのない問いに、応える音はない。それならいっそ、この心のままに………
震える指先が躊躇いながらも青年の背を抱く。
噛み締められた唇をほどけ、と。
震える睫が囁けば、やんわりと重なる唇。
……微かな血の味を舐めとって、男はその存在を確かめるように腕に力を込めた。
自分よりも強いだろうこの龍人は、それでも溢れる思い故に震えている。
それを癒せはしないかと泣く子供を抱くようにその背を撫でる。
深くなる口吻けに息も苦しいけれど。……その苦しささえ愛しさに変わる瞬間を初めて知った。
なにも持たない自分では、青年の全てに代わる事は出来ない。まして寄せられる思いの全てに与えられるものもない。
それでもその腕を伸ばすのかと囁けば、確かな熱を伝える唇が瞼に触れる。
切なさを優しい笑みの下に隠し、いつかまた与えるだろう哀しみに男は溺れそうになる。
……そんな幻想は消せと深く探る青年の唇は囁く。
せめていまこの瞬間だけ。その全てで自分を思えばいい。
疼く胸の奥にその熱を埋め込んで、悼みさえ乗り越えるから。
背に立てられた爪の痛みもその確かな体温も何もかも。
この月と共に抱き締める。
………幾年月を経ても色褪せない映像として、記憶する。
濡れる瞳に口吻けて、青年は男の黒髪に絡む指先に力を込めた………
月明かりを見つめればこの男も自分を思い出すように。
その全てを刻み付ける。
……愛しさにかこつけて、男を独占するために。
優し過ぎる魂に縋り付く。
自分の未来の中にはほんの一瞬しかいられない男を、それでも本気で思う滑稽さ。
それでも揺らめく指先は彼を求めてやまない。
抱える痛みも何もかもを受け止めると笑える男ほどの強さも潔さもない。
………構わないと抱き締め返す腕に、また涙がこぼれた………………
キリリク5757HIT、龍パーです!
久し振りですね〜、自由人の小説。
パーパを書くのはやはり楽しいですv
が。リュウを出すとなぜか切なくなります。
長寿の国の人だからかな。手に入れてもいつか離れ離れっていうのがいやになるくらい判ってて………
そのくせリュウは情にあついから。
パーパも振り切れないし、お互い切ない瞬間が多いだろーなーと。
…………もっと幸せな二人を書いている人いないかしら(苦笑)
この小説はキリリクを下さった風鈴様に捧げますv
久し振りの小説リクにも関わらず変な物体でスイマセン………