見つめることの危険さを身に染みて判っていた。
それは人を惹き付けてやまない毒を持った魂。
清廉であるが故に狂わせる。
…………捕われればもう、手放せない輝き。

伸ばした腕に顔をしかめる仕種。
困ったような申し訳ないような…顔。
その全てを飲み込むように腕の閉じ込めてみても、彼はただ寂しそうに笑う。
それは……拒絶故なのだろうか…………





永久(とこしえ)の寂寞



 空には起きたばかりの太陽。
  ………爽やかな風がその陽射しをやわらげるように2人を包む。
 腕の中、丸まったままの男を見つめながら、独眼の男は息を吐き出す。
 これは衝動で、欲しくなった存在。決して焦がれ続けたわけではない。
 そう信じ込むように男は歯を噛み締めて小さく唸る。
 本当は……知っている。
 それでも認められない。………彼は触れた時泣きそうな顔をしていた。
 拒絶を知らないが故の享受。望まざるものであっても受け止める男の強さに吐き気がする。
 いっそ殺せばよかったではないか。……男としての自尊心を傷つけてまで、この腕に抱かれる理由はない。
 …………拒まないことは残酷だ。
 強く……腕の中の男を抱き締めながら隻眼はただ窓の外を睨み付けた。
 この目を捧げた子供。……あの頃からもう…捕われていた。
 情けない事実を思い出し、男は口元に小さな笑みを灯す。
 ……それは起きてから初めての不器用な笑顔だった………………。

 ――――久し振りに外の世界に出た。
 龍人界にこもるようになってから、かなり経つ気がする。
 それには特に理由があったわけではないが……他の世界にいって誰かと関わることがなんとなくいやだった。
 周りにいる龍人とそりがあうわけではなかったけれど、その中にいる方がどこか安心出来る気がしたから、いつからか滅多に国元を離れなくなった。
 息を吐きながら土の感触を楽しむように軽快な足取りが続く。
 周りを見ても特になんの変哲もないただの森。
 息抜きにはちょうどよかったと口元に笑みをのぼらせる。
 ………悪い場所では、ないのだ。自分の生きる世界は。
 ただ時折窒息しそうになる。自分達以外の存在を軽く見るものが多い国。
 強く…長寿であるが故の優越感と自尊心。それを否定はしないが……容認も出来ない。
 中途半端な自分を、それでも王は気に入り…英雄という地位で保護してくれた。
 それを感謝しているけれど。……それでもまだ足りないと体内の奥でなにかが叫ぶ。
 深層に潜り込んだその声は時折ひどく切実な響きで自分を苦しめる。
 それから逃げるように飲めなかった酒を飲むようになった。……もっとも、家系的に弱くなかったのか…いくら飲んでも酔うことがなかったけれど。
 逃げにもならない行為だったが、一時でもその圧迫感が消えることを知り、ほっとした。
 だから自分はいまもこうして笑える。こうして普通に歩み、息をしている。
 …………そうでなかったなら、きっと痛みに耐えられずに狂っていただろうと思うのだ。
 暗くなる思考を振り切るように男は頭を振った。やわらかな風が慰めるように男の顔を撫でる。
 それを苦笑とともに受け止め、光の強くなった森の途切れ目に目を向けた。
 ぼんやりした思考の中、先程までの物思いさえ馬鹿らしいと考える余裕はまだない。
 ………其れ故、だろうか。
 気づくのが遅れた。開けた視界の中に佇む子供。
 眼前に迫っている凶暴なヤマアラシ。自身の背の何倍もあるその獣に怯えるでもなく子供は睨み付けている。
 ………その背に庇っている獣人の幼子。
 その強い視線に引き込まれ、男は一瞬そこに駆け付けることを忘れた。
 子供達を守るべきだったのに。
 けれどこの足は凍ったように動かない。
 ――――はっと、した。
 何も介入させない守る者の純乎な瞳。
 ゾッとするほどに幼く…自分すら凌駕する確固たる魂の力。
 飲み込んだ息の音にやっと我に帰る。
 そのほんの数秒。………たったそれだけの間でもう……済んでいた。
 襲ったはずのヤマアラシは仰向けになって気絶をしている。子供のカウンターを喰らい、意識を失っていた。
 ふうと息を吐き…次いで子供の戦士としての才覚に笑みを作る。
 幼子の背に合わすように屈み、何事かを囁いて子供は庇っていた幼子を森へと向かわせた。
 その一部始終を眺めながら、男は逸らせない視線に疑問が涌く。
 ちっぽけな子供。その才覚を足しあわせたとしても、自分達龍人にはまだ足下にも及ばない未熟さ。
 ………けれどなぜだろう。
  足が意志とは無関係のゆっくりと子供の方へと向かう。
 まるで機械仕掛けの人形のようだ。ぎこちなさがないことだけが救いだった。
  それでも頭の中はパニックで、何も考えることが出来なかった。
 近付く男に子供は不思議そうに視線を向ける。
 近くにある森の木々以外になにもないだだっ広い草原。視界の端に崖があるだけのこの空間に、男が目指すものが自分以外にないことを知っている子供は困惑したらしく眉を寄せる。
 幼い反応と……なぜか言い切れなかった。妙に大人のような仕種を醸す子供。
 目の前に佇み、男はなんと声をかければいいか判らなくて息を飲む。………そんなに深く考えず、ただよくやったとでもいえばよかったのだ。
 けれどそのタイミングももう過ぎ去ってしまった。
 ……空々しい空気にそのまま森に戻りたくなってしまう。
 それを出来なかったのは無遠慮に大きな目が自分をただ見つめていたからだ。
 真直ぐな視線はあどけなかった。先程まで感じていた圧迫感や大人の風格がごっそり抜け落ちた幼気さが顔を覗かせている。
 不意に……気づく。あの全ては仮面だったのだろうと。
 子供である自身を覆い隠す、大人の仮面。
 ………それは男の繕う戯けた仮面に近似していた。周りの空気に馴染めなくて、馴染んだふりをする為のペルソナ。
 剥がれ堕ちたペルソナを取り出そうとも出来ないのはなぜだろう……?
 互いに言い様のない類似と…それに伴う寂然(じゃくねん)とした思いに瞳を眇める。
 絡んだ視線は自然同じ高さまで落ちた。屈んだ男の眼を覗き込みながら、子供は口元を引き締めた。
 ………まるで縋り付くのを耐える幼児のように、意固地に大人の手をいらないと反抗する姿。
 その姿にやっと自分を取り戻し、男は苦笑を浮かべた。
 腕を伸ばし、微かに震えた幼い身体を慰めるようにその頭を撫でようとする。
 瞬間…風が鳴った。子供の瞳が大きく見開かれる。それと同時に襲いくる襲撃を感じ、とっさに男は子供を背に庇う。
 …………………顔を掠めた風は再び2人に襲いくる。
 その時……変化があった。背中にいるはずの幼い子供の気配がなくなり、氷よりなお冷たい固まりがぶつかる。風の…ヤマアラシの動きが怯えるように一瞬止まった。
 背中に庇ったはずの子供のぬくもりが一瞬消え、目の前で綺麗な型通りの蹴撃が披露された。思った以上に冷静な対応ができると場違いな賞賛を心の内で呟くのと、ヤマアラシが再び地に落ちた音は同時だった。
 けれどまだ、息遣いが聞こえる。少し驚き、男は眉を上げて子供に問いかける。
 「……とどめは?」
 「…………………………」
 何も応えない逸らされた視線が雄弁に応えた。
 甘い…と。そう思う戦士の自分がいた。
 愛しい…と。そう思う独りぼっちの男がいた。
 命を奪うことを恐れているわけではないと…判る。ただそれは本当にギリギリの時にしか発揮されない冷涼なる殺気。
 男の右目から血が流れたのを感じた瞬間に湧き出たそれを、男もヤマアラシも確かに見た。
 …………傷つけることを許さない、絵空事のような意志を携えた子供。
 それでも相手に改善の余地があると思えば感情のままにその腕を赤く染められない優しさ。
 じっと……子供を見つめれば、逸らされていた瞳が振り返る。常闇のように深い黒が、濡れて淡く光る。
 瞬いたなら零れ落ちそうな雫はきつく顰められた眉の下、必死になって縋り付いていた。
 小さな…幼さだけで構築された声がか細く囁く。
 「ごめん………」
 男に怪我を負わせた、未熟な自分。とどめをさせない、弱い自分。
 それを後悔しても、何一つ結果を覆せない意固地な自分…………
 赤く染まった男の顔を直視するのは辛いけれど。それでも自分の拙さ故に傷を負った男から目を逸らせない。
 出血は……思ったよりひどくはない。あの襲撃の速度と自分達の体勢を考えれば、頭を吹き飛ばされなかったどころか、ある程度ダメージを削減させていた男の実力に驚嘆する。
 微かに震える指先を叱咤しながら、子供は辿々しく腰に括り付けてあった袋を手繰る。
 ………持っていた麻袋の中の血止めの薬草と消毒液を取り出す。
 無言のまま不器用な指先は瞑られた男の瞳の上を行き来する。眼球は傷つけられていないかもしれないが……瞼はひどく裂けている。
 これでは視力云々の問題ではなく男に不都合をもたらすことは明白だった。
 強く……子供は唇を噛んだ。泣きそうな自分を諌めるように、瞬きさえ恐れる頑なに見開かれた瞳。
 目に見えて震える腕がそれでも綺麗に包帯をまく。その全てをただ無言で男は見つめた。……痛みは、自分より子供の方が上だとその感受性を痛みながら。
 治療が終わっても、子供は俯かない。自分の愚かさを直視する為に、視線を逸らさない。
 潔いのか…莫迦なのか。子供は自身ばかりを責める類いの人間だと知った。
 半分に減ってしまった視界が自分にとってそれほど苦痛ではないというように、男は笑いかける。
 堅く握りしめられた子供の拳を辿る赤に苦笑し、それを解けと小さな指を包みながら囁く。
 震える肩を抱き寄せて、子供の中の苦しさを溶かせはしないかと思うけれど。………不意に気づいてしまう。
 これによって溶け出したのは自分の中にあったあの寂寞とした叫び声。
 癒そうと手を差し伸べ、抱き締めているのは男ではなく子供である事実。
 幼い手の平が背を包む感触に男は眉を寄せる。………それは自覚した瞬間。
 それを紛らわすように男は自身の肩に埋められた子供に囁きかける。
 「お前……名は?」
 太い声に子供はくぐもった声で返す。
 ………微かに男の肩が濡れていた。
 「…………シンタロー……」
 最低限の呟きに、それでも男は満足した。
 いつかは消えてなくなる泡沫の輝き。それでもその名を携えて、この悠久の生の中慰めを拾った。
 自分はきっと運がいいのだろう。
 ………この瞳に負った傷さえ、その証として残すことが出来るのだから。
 腕の中痛みを一心に受け止める子供に甘えながら、男は機能している片目を闇に落とし、そのぬくもりだけを視つめた……………

 いまも記憶に鮮明な、幼い頃の記憶。……時折夢にみては濡れている瞳に苦笑する。
 それを自分を抱いた男は知らないだろう。
 伸ばされる腕は嬉しい。………応えることは容易かった。
 それでも確実に残す未来が怖くて……いつも顔を顰めてしまう。
 まだこの身体は覚えている。あの凛冽(りんれつ)とした恐怖を。
 けれどいまは……せめていまだけは。
 この腕の中微睡むことを許して欲しい。
 その全てを抱き締めるまで……ほんの少し時間を与えて欲しい。
 強く縋るような男の腕に泣きそうな自分を押さえ付けて、いま一度の泡沫をと…その背にゆるく指を絡めた………








キリリク6800HITのリュウ×パーパですv
前のキリ番に書きたかったリュウの独眼についてを主にしてみました♪
考えてみると、この人っていつから英雄やってるんですかね(遠い目)
いまの英雄達どころか王たちとも同期ですよね?(だからあそこまで堂々と王の前で飯喰ってるのかしら??)
素敵な時間だこと………………

どうも私は子供のシンタローを書きたいらしいです。でも難しい。よく判らないけど…でもやっぱり好き。
面倒な人だわ。……それでも好きな自分が笑えます………。

この小説はキリリクを下さった砂月龍香様に捧げます。
なんかカップリングなのかなぞな流れが主でごめんなさい!