それはたゆたう時の砂からできた意志ある器物。
己で考え己で歩み……己で存在出来る絶対のもの。
決して消えることのない不可侵の領域。
ほんの一滴…それは涙を零した。
たったそれだけで出来上がる命ある生き物。
決して……消えない。
決して……壊れない。
それは絶対を受け継いだ生命。
――――――不完全なまま強大な能力を内包した人形(ひとがた)。
揺れる風のように、それは薙いでは倒れた。
燃え盛る炎のように、それは業火を発しては炭と化した。
流れる水のように、それは溢れては沈んだ。
絶えることのない緑を愛すように……地へと還った。
それはいまは泡沫の思い出。
もう消えた楽園。………伸ばす腕の先に残像すらない失楽園。
その思い出を抱き締めたまま…いまもそれは眠っている。
…………見失った半身を求めて。
たった1つ……片翼の折れた鳥は鳴くことも忘れて空を見上げた。
見上げた先に映るのは……艶やかな黒。
……自分達の作り出した人形の……靡く髪。
それに埋もれて…痛みを癒すことを願った………………
至空ノ墓石
楽しそうな笑い声を聞き、青年はその部屋に顔を覗かせた。
その部屋には末弟が眠っていた。未だ幼い弟は、次兄である忍がいつもあやしていた。
もっとも、いまその忍は弟の昼食をとりにいっているはずなのだが。
誰もいない部屋で一体なにに笑いかけているのかと青年はドアに手をかけた。
「おーい、天帝。誰かいるのかぁ?」
笑みに彩られた青年の声に子供は顔を上げた。
まだ青年の膝ほどしかない子供はにぱっと笑って駆け寄って来る。
「あのなー、乱世!石がしゃべるんだぞ〜!」
「………はぁ?」
無邪気な顔でいわれた言葉に乱世はきょとんとする。
しゃべる石など……また忍がなにか怪しいことをやらかしたのかと脳を掠めるが……そういう時に忍が天帝から離れることはない。
危険のあるものが近付くことを防ぐ意味もあることだが…呼び出したモノがどうした類いのものか判断出来るのは兄弟の中でも忍だけが持つ能力だ。
その彼が安心して天帝から離れているのは……それはつまりいまここに危険はないという確かな証だ。
それならば何のことをいっているのかと、乱世は天帝の顔がよく見えるようにしゃがみ込んだ。
大きな目が好奇心で疼いているのがよく解る。
………末子相続の掟の元末弟が統べる世界を兄の3名が守護する一族で……おそらく自分達ほどそれを願う兄弟はいなかっただろう。
愛しい幼子は自分達が願うままに利発に……清く真直ぐに育ってくれる。
祈るようにこの子供の元かしずく未来を待っている。
「なあ…天帝?お前…石ってどれがだ?」
おどかさないように笑みを深め、穏やかな声で乱世は囁く。
もしも……忍でさえ解らないものであったとしたら……それはこの子供を脅かすかもしれない。
自分達はこの幼子を守ることを生まれた時から決められていた。
………それに反発した時だって確かにあったけれど。
それでもいまはそんなこと考えることも出来ないほどにこの子供に傾斜している。
幼子の望む世界はあまりに美しく穏やかで……優しかった。
交わされるビジョンは子供が築く未来の予知。その鮮やかさに……鮮明さに。人々の笑みの安らかさに。
この頭(こうべ)を垂れることの意味を知った。
だから……守ると決めた。
この子供はこれからこの世界に必要な存在。……そして自分達兄弟の結束に欠かすことの出来ない存在。
それを脅かす影は微かでも許さない。腹の底で冷たく滲む怒気を隠し、乱世は天帝の言葉を待った。
「乱世、怒っているだろー?」
「………は?」
どこかからかうような声音で天帝が囁く。それを受けて乱世は呆気にとられた。
………決して子供は鈍いわけではない。けれど…心開いたものの感情はその哀しみと喜び以外にはあまり反応しないのだ。
怒りや憎しみという…殺意にすら結びつく感情に子供はまだ親しみがない。それ故に気づくことは…ない。
こんなにも深く幾重にも隠し込んだものに気づくはずがない…のに。
見開かれた瞳には天帝の幼い笑み。何の含みもない…ただ目の前にいる乱世を慕っているもの。
それに疑いの余地はない。……ならば……なにがそれを天帝に伝えたというのか………
ごくりと飲み込んだ息に気づいた天帝は首をかしげた。
「なんで緊張してるんだ?乱世にも聞こえるだろ〜?ほら」
座っていたクッションの影に隠れていた石を手にとり、天帝はにっこりと笑った。
それは何の光源もなくとも輝く石。
…………炎のように血のように。太陽のように。
警鐘と導きを内包してもっとも視覚を刺激する色で存在する石。
それは……神殿の奥深くで眠り続けているもの。
「なんでこれが…………」
自分でさえ、天帝が生まれた日に初めて見た……そのたった一度しか見ることを許されなかった石。
その一瞬の記憶さえ鮮やかに残る不可解な石の存在は……まだ子供には知らされていない。
戸惑った青年の気配に、子供は眉を顰めた。
「なあ、お前の声乱世に聞こえてないぞー。ちゃんとしゃべれ」
どこか不貞腐れた声で赤い石に囁く子供の肩を青年は掴んだ。
その思いのほか強い力に子供は顔を顰めて青年を見上げた。
…………澱みない真剣な眼差しに…息を飲む。
それは兄ではない。幾度となく戦うことを知っている…戦士の瞳。
ゾクリと寒気さえ覚えるそれに目を見開けば……囁きが降り注ぐ。
それは思いのほか優しい音色で、子供はほっと息を吐き出した。
「天帝……お前ェ、それをどこで見つけた?」
青年の問いに、子供は悩むように視線を揺らす。
……言葉を濁すのではなく、答えがわかっていない様子の子供に青年は寒気を覚える。
子供はただ……選ばれたのか。
未だ自身の武器さえ知らない幼子。
生きる道さえ模索し始めていない嬰児。
それでも……その魂故にもう選ばれている。
それはそのまま……子供の進む未来の困難ささえ指し示しているような気がしてならない。
こんな子供の内から継承者として認められたものを……自分達は知らない。
「天帝……その秘石を絶対に手放すなよ?」
いまだ問い掛けへの答えに悩んでいる子供の髪を混ぜ、優しい…切なささえ込み上げる笑みで囁き、青年はゆっくりとドアの外に身を戻した。
その背が消えても……その気配が消えても。子供は不思議そうに青年の視線を追っていた。
「……なあ、なんで乱世はあんな苦しそうなんだぁ?」
ぽつりと……子供は囁く。それに秘石は淡く輝いた。
その赤に微かなビジョンが灯る。
顔すら掠れて見えない…不鮮明で不格好な映像。
それに顔を顰めれば……小さな声が脳に響く。
………それは語られることのなかった創世記。知られることのなかった秘話。
―――――遠い過去。この世界がまだ形成されていない…伝説にすらならない太古のこと。
………この子供と同じく幼いままに育った青年がいた。
両の眼に力を宿し、彼は幼気な思いのままに全てを愛し受け入れ…この世界の元となる島を守っていた。
たった独りで存在した青年。たった一人手に入れた友だちさえ、彼を愛するからこそ手放し……消えた。
それでも忘れることなどなくて。………風の囁きや星の瞬きに彼の健在を聞いては小さく息を吐いていた。
世界は青年の友の導きで穏やかに伸びやかに育っていったけれど。
それでも離れ離れの添え星は寂しさに瞬くことを忘れた。
片割れが消えたなら……輝き方さえ忘れ去った。
………それほどに深かった二人の絆に気づこうとしなかった。……気づくことで守り手を失い、再び自分が独りになることが怖かったから。
そんな愚かさが……世界を別けた。
幾重にも張られた不可視の罠。負を司ることを願い破壊することで手に入れる方法を覚えた片割れは……青年の嘆きを利用した。
力の暴走を……自分はただ見つめていた。
流れない涙。噛み締めることのない牙。
何も持たない自分は…青年がもっとも哀しみ自身を責める道を選ばせてしまった。
崩壊した世界は……長い年月を経て7つの島にまとまった。
その中心に…青年の眠る島は佇んでいた。たった一人願った友の亡骸を守るように。
切ない時の止まった島を地上に残すことが忍びなくて……せめてもの贖罪に島は空へと舞った。
不可侵の扉を門に据え、悠久の時の間……ずっと考えていたことを実行することを決意する。
青年の魂に自身の欠片を埋め込み……再生すること。
青年の友の亡骸に光を与え……地上に降ろすこと。
二つの欠片は混ざりはしない。けれど……青年は永遠に友を見守り続けることを願ったから。
見下ろせばある輝きに嘆きを癒せるように…………
なにも出来ない……なにもしなかった自分の、それが償い。
祈るようにそれを願えば……青年の鼓動は蘇った。
――――――それが……この国の成り立ち。
思いの深さ故に壊れる世界があるから……天上人は地上に赴かないよう閉じ込めた。
赤の瞬きに子供は瞼を落とした。
灯る胸の疼きは……自分のものでないと囁きながら。
「………俺は……でも地上人なんて知らない……」
出会ったこともない。いまだこの城の外さえ知らない幼い自分にこの疼きが蘇るのはおかしい。
そう噛み締めた唇で呟けば、秘石は微笑むように…悲しむように輝いた。
いつの日か解る日が来ると……小さく応える声を最後に、その音は紡がれることはなかった。
瞬く視界には消えない残像。
…………寂しく美しい……先祖の墓石。
この身に宿る切なさを飲み込み、子供は目に浮かんだ涙を拭った。
いつか……本当に秘石の囁いた解る日がきたなら…………
きっと自分はこの心の限り、彼を愛し守るだろうと思いながら……………
キリリク10900HIT、4兄弟のミッシングピースです。
おいおい……リキッド出てないよ(遠い目)
今回は天上界の話……ということで、世界の成り立ちを考えてみました。
私的に……C5はそのまま成長していっていて……自由人は一回潰れたと思ってます。
じゃないと後退した意味が解らないから。
その理由をまあ…今回考えたのですが。
………ごめん。滅茶苦茶私の勝手な好みに走りました。
パプワ……シンタロー死んだからって世界破壊しちゃダメでしょう(遠い目)
まあそんなわけで好き嫌いの激しそうな話ですいません。
結構私は楽しかったです(きっぱり)
こちらの過去の話は『眠りの声音の神話』として連載(完結)しています。パプワの部分に掲載されていますのでよろしければご覧下さい。アンハッピーエンドですが!!
この小説はキリリクを下さったれいこ様に捧げますv
想像とおそらくかなり違っている物体ですいません。