見上げた先には蒼穹が広がる。
掴める筈もないそれに手を伸ばす幼い姿。
今はあり得ない、他愛もない記憶。

傍にいたかった。支えたかった。
……強くあれと突き放しておきながらなんと傲慢な願いであることか…………
それでも願った。祈った。望んだ。
己の血をわかち生まれたその魂が、自分を頼ることさえ恐れているなど……悲しいではないか。

抱きとめられなかった幼い腕。
伸ばされていることにも気づかなかった愚かな自分。
それでも子供は笑ってくれたから……甘えていた。
あまりにも今更な、それは自分の我が侭。

かつての自分と同じほどになったその背。守ることを知った瞳。
もうその指は憧れだけでは伸ばされない。

掴みとる為の努力を知った、それは弛まない腕……………





玄天に祈りを捧げて



  起きた瞬間、なにか違和感があった。
 訝しげに眉を潜めて天井を見上げる。………広がったのは見慣れない宮殿のような天井。
 それを視界に収めて違和感の理由に合点がいったと小さく息を吐き出す。
 久し振りに自分達は父親の城に泊まりに来たのだ。見慣れない天井が目覚めた瞬間の違和感の理由。……と思いたかった。
 何の気なしに頭に手をやって自分の長い髪をまとめようとしたなら………空を切ってしまう。
 ぴたりと子供の動きが止まった。
 髪がない。長かったはずの自分の髪が随分短く刈り上げられている。
 そしてなによりもいま視界に入った腕。………まるで子供そのもののいまだ丸みを帯びたそれは……一体誰のものなのか…………
 飲み込んだ息の音が異様に響いた気がした。
 引き攣った笑みを浮かべながらも現実を確認しようと動かされた指先はしっかりと視界に入り……次いで響いた子供の金切り声とも言える怒号のような悲鳴に城に泊まっていた者たちは叩き起こされるのだった…………

 ムッとしたように眉を寄せ、子供は首をあげなくては顔も見えない友人たちの視線に晒される。
  子供好きの虎が首が痛まないようにとその背に乗せてくれたが、それでも追いつかない身長差がなんだか悔しい。
 みんななんとも言えない顔をしているけれど、一応に好奇心が隠せないでいる気がしてならない。
 ……青い羽根が揺れ、不思議そうに……けれど労る指先が子供の頬を撫で前髪を掻き上げた。
 「こりゃ………ヒーローと変わらなくなっちまったなパーパ」
 「…………言うな、自分でもわかってる」
 軽い溜め息とともに言われた青年の言葉に瞼を落として観念したように子供が声を出した。
 認めたくない……わけでもない。別に外見などどうなろうと構わないのだが、如何せんこれは子供の身体なのだ。
 なにかあったときどうしたって自分は足手纏いになってしまう。それだけは嫌だから、一刻も早く元に戻りたいのだが………
 この城の主がいまだ帰らず、最も年長であるその人の言葉がきけないのはかなりいたい。
 こんな朝早くから一体どこにいっているというのか………。子供が悲鳴をあげた時、すでに父親である彼はいなかった。
 漏れた溜め息に眼下にいる虎が心配そうに見上げてきた。
 それに苦笑して、子供は毛並みのいいその毛皮を撫でる。
 「………大丈夫だ。気にするな」
 「どこが大丈夫なのかしらね」
 あっさりと言い切った女性の声。
 自分の息子夫婦とともにやはり泊まりに来ていた姑だが、その声はかなり心配と困惑に染まっている。……もっともそれを素直に出す人ではないけれど。
 「……アマゾネス………この場合その突っ込みはしてはいけないものだと思うが………」
 自分の言葉を即追い落としてくれた女性の声にぐったりとした声を出しながらも子供は苦笑を浮かべて呟いた。
 まるで変わらない男の仕種。……子供になってもその心は変わらない。
 当たり前ではあるけれど……錯覚しそうになる。この子供は男になど関係なく元からこうであったような………そんな錯覚。
 そんな思いに至り……不意に女性は気づく。この子供を、その年相応の頃を知っている筈の男は違和感を覚えずにいる姿に。
 疑問は即解決を。………思い悩んだところで無駄な問答。目の前にそれを解決できる者がいるのだから、女性は躊躇うことなく青年に声をかけた。
 「ちょっとバード。あなた随分あっさり受け入れてるわね」
 一番違和感を持ってもいいものなのに、むしろ懐かしそうな視線で当然のように子供を見つめている。
 それが何故か知りたくて……けれどわかりきったその答えを聞きたくもない気がして、不可解に眉を潜めながらの女性の問い掛けに青年は小さく笑う。
 ………考えてみればいまここにいる虎とこの女性とは大人になった男しか知らない。
 だとしたら、こんな子供がいるのだなど……考えることもできないものなのかも、しれない。
 あまりに変わっていないその魂。
 偽りも知らず、まして歪むこともできない至純。
 むしろ今以上にそれは硬質で、付け入ることもできないほど潔癖な意固地さ。
 覚えているその瞳の深さは今も変わらない。ただやわらかくなったそれに人は安堵するようになったのだけれど…………
 思い出した過去の彼と、いま目の前にいる小さくなってしまった彼。
 その差など……歳を経てやわらかさを持ったその魂の熟成くらいだ。
 青年は困ったように眉を寄せると居心地悪そうに不貞腐れた顔の子供の頭を撫でた。
 囁かれる言葉がわかっていて、子供は何故か申し訳なさそうに俯いてしまったけれど………
 「こいつは昔からこうだったからな。俺が後ろ追い掛けてたガキの頃から……ずっと戦士だった」
 実力云々の問題ではなかった。その心はもう、物心ついた時からひとり立ち上がることを願っていた。
 …………支えられることを拒んでいた。
 いっそ残酷なほどの、意固地さ。
 だからこそ憧れた背。………大人たちがどんな思いでその小さな背を見ていたかなど、あの頃の自分にはわからなかったけれど。
 それを自覚しているのだろう子供は、青年の指の下にある幼い顔を痛ましげに歪めて床を見つめている。
 子供を持って初めて知れる親の心。……それを知ってしまえばこの男が見ぬ振りなどできる筈もない。
 囁く声の力なさがいっそ哀れでならない幼気さ。
 「………別に捻くれたガキだっただけだ」
 周りの期待にしか目がいかなかった。父と同じほどに早くなりたいと足掻いているだけの可愛げのない子供だった。
 ………それをあまりにみんなは美しく彩り過ぎて心が痛む。
 願いがわからなかったわけではなかった。
 甘えて欲しいとか頼って欲しいとか……ちゃんと知っていた。
 それでも知らない振りをしていた。強くなりたかったから。認めて欲しかったから。
 ………認めているが故にその無茶を憂いていたなど、気づきもしない愚かさで………………
 それは今もまだ残る親とのしこり。…………なくして欲しいと願われてもなくせない、悲しい溝。
 小さくなった掌はその頃を克明に思い出させる。
 暗くなりはじめた思考に気づいたのか虎が悲しそうな鳴き声をあげて慰めるようにその頭をすり寄せる。
 腹に当たる毛皮にくすぐったそうに笑い、子供は不器用な笑みを落とした。
 仕方なさそうな二人の友人の視線。
 このままの男だったから、二人はその背を見続けてきた。
 それでも……親というものはどうしようもない。どこまでいっても子供に甘えてしまうものなのか…………
 浮かんだ寂しげなその広い背に子供は幼い笑みを浮かべる。
 もしかしたら、この妙な奇蹟は自分の願いなのか。
 ………それとも、父の願いか。
 あるいはそのどちらもなのかもしれないけれど………………
 「まあ……そうだな、子供になっちまったんなら……少しは親父に甘えるか」
 願っているとか望んでくれているとか……そんなことは関係なく、この腕がそれを欲しがるかどうか。
 抱き締めて欲しい。愛しんで欲しい。頭を撫でて、笑いかけて欲しい。
 まるで似合わない陳腐で幼く……それでも心からの願い。
 照れたように顔を赤らめて呟いたその声に優しい友人たちは励ますように背を叩いてくれる。
 不器用過ぎる優しい親子。……人を思う気持ちだけは決して褪せないその血故に、擦れ違いが起こる悲しさ。
 その心の清さは確実に繋がる二人の絆。端から見れば分かてしまうそれさえ、本人たちにはわからないものなのかもしれないけれど………
 あるいは、わかってもその性質故にひとり強くあろうとしてしまうのか。
 切なさに軋む胸は、それでもちゃんと癒されるように世界は廻る。
 甘えることに慣れていない幼い男。育たせることを忘れた頼る思い。
 ………それを少しでも思い出させようと伸ばされた二人の腕に、困ったように眉を寄せながらも子供は笑った。

 幼さに彩られた無邪気な、子供らしいその笑みで……………








キリリク31000HIT、パーパが子供になった話でしたv
ギャグを望まれていただろうことをわかっていながらあっさり真面目に書いちゃってみました☆(オイ)

ちなみに書ききれなかったのですが、人王はガマ仙人のところにいってます。
彼も彼なりに考えて、普通サイズに少し戻してもらってシンタローと少しは交流を深めようと。
………そして帰ったら大人だったはずの息子は子供に変わっておりましたとさ(笑)
相当驚いたでしょうね………。つうかやはり彼も子供の姿をビデオに収めて喜んでいた類いなのでしょうか…………
過去の話はあまりに真面目っぽいことしか出されていないのでなんともいえないですね!
まあ………ヒーローの溺愛ぶりを見ていればわかりますが………………(遠い目)

この小説はキリリクをくださったまゆらさんに捧げますv