「おーい、キリー!」
声をかけると辺りを見回す子供の髪が揺れている。気づけよ、仮にも英雄なら……
まだまだ修行不足だな、近頃の若い者は!
……今度ガマ仙人の所でまた修行させるかな。
「あ、シンタローさん。どうしたんスか?」
ようやく上に漂っている俺に気づいたキリーに苦笑を零す。全く、子供っぽい顔で笑うな。
英雄の中で一番まともに思考回路出来てそうだ。あ、タイガーも似たようなもんか。
年相応に笑える事ほど微笑ましい事はない。自分達年長の者はその頃笑う事さえ出来ない戦の真只中にいたのだから。
こぼれる自嘲的な笑みに気づかれないようにしながら、俺は持っていた箱をキリーの目の前に差し出した。
「…………シンタローさん…?」
………ん?おかしいな。
なんだか知らないが、キリーの目に微かな不信の色が……
よく判らないが、まあいいか。とりあえずさっさとこれ、渡しちまおっと。
俺はそう結論付けてにっこりと笑う。
……普段の扱いが扱いだからな。つっかされなけりゃーいいけど。
「あのな、これ………」
「えっと、俺にッスか!?」
ズイッ!と顔を近付け、キリーは真剣な顔をして聞いてくる。
なんなんだ、一体。
「まあ一応……」
少し引きつりながらも俺はそう答える。……一応、プルルちゃんにでもと思っていたが、別に食べてくれりゃあ誰でも構わないし。
……気になるのはむしろ人の言葉を聞いたらそのままどこかにイッちゃっているこの目の前のカマキリだ。
手を合わせて一体なにに祈ってんだ、こいつ。まるでサクラに苛められている時のバードだな。
まだ手の中に残ったままの箱を持て余しながら、とりあえず俺はキリーに声をかける。……さっさと渡してヒーローの修行をしたいんだがな。
そんな俺の心の声が聞こえたわけでもないだろうに、突然キリーが振り返った。……おーい、涙と鼻水、プルルちゃんに会う前に拭けよ?
そんなことを考えていた俺の手を、キリーは掴んで握りあわせる。
……なんだ?なにか頼みごとでもあるってのか?
唐突なキリーの行動に、今度は思わず手がでてしまう。
「うれしいっス、シンタローさん!」
そのまま近付こうとしたキリーの顔を渾身の力で殴り飛ばしてしまった。
……やばい。咄嗟のことで加減してないぞ。
まあ仮にも英雄だ。死にはしないだろうが……
遠くの木にぶら下がった少年のシルエットを見ながら、深いため息を吐いて俺は空に飛び上がった。
結局箱はまだこの手の中。
当初の目的を果たすどころか、キリーが変になってしまった。
一体この箱、なにが入ってるんだ?……まさか呪われてるとかないだろうな。
ちょっと馬鹿馬鹿しい疑いを持ちながら俺はこの箱をどうするかまた考え始めた。
今度見えたシルエットはよく見知ったものだった。あいつ、甘いもの好きだったっけか?
特に好んでいた記憶はない。まあ、もしかしたらいるというかもしれないし、声を掛けていくかな。
そう思って細身の羽を持つ男に声を掛けようとした。
………その前に相手は俺の方を見上げてきたが。
「よう、シンタロー。仕事か?」
「まあな。この先の村で害虫退治があったんだ」
ニヒルな笑い方はこいつの癖だ。ふざけた性格している癖に、結構カッコつけたがりなんだよな、昔から。
まあ厭味にならないからそれも人徳の一つか。
……ん?なんだ、視線を妙に感じるが……
ジッとバードが見ているのは俺の持っているこの箱。なんだ、食いたいのか?
それならちょうどいいや。これほど好都合もないと俺はバードに笑いかけながら訪ねる。
「なんだ、お前腹でも減ってんのか?」
「……いや、減ってるわけじゃ…………」
視線を逸らしていっても全く説得力ないぞ。
ちらちらと気にしているのはわざとか?
……まあどうでもいいけど。
そんなにこいつがなにか食べたがるなんて珍しいな。
そう思いつつ俺は箱をバードの方に差し出した。
「これでよければ食べるか?」
「……いいのか!?」
………だからなんでお前らはそんなに驚くんだ?
俺別に人にものやらない人間でもないだろーが。貧乏だけどさ!
この上もなく驚くのはちょっと失礼ではと思うが………
微かに顰められた俺の顔に気づいたのか、バードは苦笑した。
それにカチンとくる。……なに年上ぶってんだ、こいつは。4つも年下の癖に。
憮然とした俺の頬にバードの指が絡む。
……昔っからなんかこいつは人に触れるのが好きらしい。こそばゆいからあまり嬉しくないんだがな。
そんな風に考えていれば、間近にバードの声が聞こえる。
……おい、いくら幼馴染みの親友のとはいえ、この距離は気分のいいものじゃないぞ?
邪魔だと押し返そうとした瞬間、バードの唇が額に触れる。
――――――………………………………
思考が麻痺した。なに考えてるんだこいつはーー!!
キリーと同じく殴り飛ばしてやろうと身構えた瞬間、目の前に気配が消えた。
……おお、よく飛んでいってる。あいつ、自分の羽で飛べるか?
あ、駄目だ。気絶してるし。
大きな土煙とともに墜落の音が耳に響いた。
あれくらいならまあ、バードはすぐ復活するだろうし、放っとくかな。
俺は改めてバードを蹴り飛ばした相手の方を見た。
……片眼の顔が楽しそうに笑っている。
顔が赤くなっていて少しふらついた足取り。……リュウの奴、また飲んできたのか…………
ため息を吐きながらもとりあえず俺は礼をいう。
……後々面倒なんだ、酔ったリュウというのは。
「ちょうどいい所に来たな。サンキュー、リュウ」
「ん〜?なんだぁ、シンタロー。それ俺にか?」
………………聞けよ俺の言葉。
まったく噛み合っていない会話に頭痛してきたぜ。まあ酔っ払い相手にそんな事言っても始まらないか。
「これか?いるか?」
なんか今日一日、こんな言葉ばかり言っている気がしてきた。
……なんで今日に限ってみんな変な反応ばっかりするんだ?
流行の風邪なんていまないよな〜?
……っておい、リュウ!?
人の身体にもたれるな!お前、俺よりガタイいいから重いんだよっ!
うー、酒の匂いがする。苦手なんだよな、この匂い。頭がクラクラしてくる………
襲ってくる気分の悪さと戦っていた俺の身体を撫ではじめる腕………?
おい……リュウ……………。
相変わらず迷惑な酔い方しやがって。
ピクピクと顳(こめ)かみの辺りが痙攣を始める。
ああもう!!今日は一体なんだってんだ!?
勢いよく羽で風を起こしてやる。……方向的には竜人界の方向だ。
酔いがさめれば勝手に帰れるだろう。はーやれやれ。……もう家に帰ろう。
ミイちゃん、食べるかなー?ダイエット中とか前に言っていたけど。
タイガーはこれ以上甘いものやると太るしな。虫歯できるんじゃないか、あいつ……。
ため息を吐いているうちに、懐かしい我が家が見えてきた。
……長かったな、今日の帰り道は。
妙に疲れた気がする。さっさと寝ちまおうっと。
「あー、パーパ帰ってきたぞー!」
「ガウ!」
お出迎えにヒーローとタイガーが出てきてる。あ、そうか。ヒーローが食べるかな、これ。
羽をしまってヒーローの頭を撫でながら俺は箱を渡してやる。
「……ほらヒーロー。お土産だぞ」
「わー、チョコだ!やーほーv」
おーおー喜んでるなー。ほんと、我が息子ながら可愛いv
いてえッ!なんだ!?……ん?これは…おたま?
こんなものを投げる相手と言ったら……
「ミイちゃん?一体どうしたの?」
ありゃ?なんで泣きそうな顔してんだろ。うーん、近頃は手伝いもちゃんとしているけどな?
「ひどいですわ!!」
「はい?」
一体なにがどうひどいと?
……ってああ!タイガーに八つ当たりするなって、泣いてるぞ………
ばたばた手足動かして、うーん、まんま子供。まあまだ7歳だし仕方ないか。
なにがあったんだ?ここまで駄々こねるなんて………。
全く心当たりがないぞ。
「ヒーローにチョコをあげるなんて!私のチョコはどうすればいいんですの!?」
「へ?いや、食べればイイんじゃないのか…な?ああ、いまダイエット中?」
「的外れですわーーー!!!」
一体なにが言いたいんだろうか。うーん、泣いた子供ほど話の通じない相手はいないな………
困っていた俺の耳聞こえた単語はすっかり忘れていたものだった。
「今日はバレンタインですわ!そのために一生懸命練習していたのに……」
あ、だからあんなにいっぱい作っていたのか。
すっかり失念していた行事を思い出し、俺は泣いているミイちゃんをあやす。
……あったなーそんなもんも。このところ無縁だったから忘れていたぜ。
「どうせあげるならさっき帰ったお祖父様にでもあげればよかったんですわー!!」
「……え?親父来てたの?」
珍しいなー。なんの用だ?
「お父様はいらっしゃらないって言ったら泣きながら帰りましたわ」
………………………。
まさかチョコ目当てじゃないだろうな。
毎年この時期にでかい人陰見るとは思っていたけど。
寒気を覚えながらも俺は改めてミイちゃんの御機嫌を伺う。
……ミイちゃんはいいけど、アマゾネスがな………
「えっと、ごめんな?パーパ、すっかり忘れてたもんだから……」
「ヒーローはどうせミイが一番じゃないんですわー!!」
いや、そんな事はないと思うけど……
泣き濡れているミイちゃんになにか声を掛けてやれとヒーローの方を見ると……
食べてるよ、すでに。ああ、タイガーまで一緒になって!
少しはこっちの状況を気にしろよ………
「おーい、ヒーロー。ミイちゃんがチョコくれるって……」
「パーパ!」
どわっ!?
唐突に抱き着いてきたヒーローを取り落としかけながらもどうにか受け止める。
やれやれ、危機一髪だよ。
……一体どうしたんだ?
「……………んぐ!?」
ヒーロー……!?
うわー、なにしてんだお前は!!父親にキスするな!!!!!
……たっぷり時間をかけていたそれは再び後頭部に直撃したおたまとミイちゃんの出ていく音によって中断された。
ヒーロー………。ミイちゃんが怒っちゃったぞ………
脱力した俺にヒーローはにっこり笑っていた。
……口の周りチョコだらけだぞ。仕方ねーなー。
「あのね、パーパ」
「ん?なんだ?」
ヒーローの口元を拭い、ああいう真似はしてはいけないと注意を与えるとヒーローが俺を見上げてくる。
うーん、ほんと可愛いなーv
「ヒーローパーパ大好きだぞ。大きくなったらお嫁さんにする♪」
「……………いや、お前はもう結婚しているから……」
他にどう答えろと言うんだ俺に………………
可愛い笑顔に強くも出られず、俺は滝のような涙を流してミイちゃんを探しに出ていった。
…………あれ?ちょっと待てよ。
今日あのチョコをやたらと欲しがった馬鹿どもはまさか…………
…………………………………。
忘れよう。俺は今日誰にも会わなかった!
キリリク2345HITパーパ争奪戦ギャグ、勝者はヒーロー!ですv
うーん、前回を上回るわけ判らなさです。もう私ギャグ書かないです(涙)
書いてて後悔ばかり……。なんか頼んで下さる方に申し訳なさ過ぎる。
もっとこう、自分でも笑えるようなものが書けるようになったらにします……
もともと冗談さえいわない奴なので、『笑い』が判らないんですよね。困ったね!
苦手といわずにギャグも読もうかしら……
今回争奪戦という事でしたが、これは『パーパ』争奪戦ではなく『チョコ』争奪戦(もれなくパーパ付きv)
せっかくこの時期なのでバレンタインものにしてみました。
……2月過ぎても置いておくのに季節ものやるなって感じですね。
前回では全く無関係だったキリーをどーんと出してみました。
……いやだこんなキリー………。(←おい!)
でも誰を出すか悩んだ末に、書き易い英雄&人王を!
親バカな人王、好きです♪
それではこの小説はキリリクを下さったさきごけ様に捧げます。