目が覚めたら何も覚えていなかった。
………そんなことが我が身に起ころうとは誰も考えるわけがない。
しかも………
「テメェ、アラシッ!! 英雄でもねぇくせにちゃっかり来てんじゃねぇよ! さっさと海人界に帰りやがれ!!」
「うるせぇ鳥だな。さえずんじゃねぇよ。俺はクラーケン様の護衛なんだよ」
「クラーケンの方がお前より強いぞ〜」
「余計なこというんじゃねぇよ、くそガキ」
「いいから貴様らさっさと帰れ!! 人の息子の取り合いで争うなっっっ!!!!」
こんなわけ判らん状況になるってコトもな……………
深い溜め息を思いっきり誰はばかることなく落とせば困ったように虎が見上げてきた。
なんだか心配してくれているらしい虎の頭を撫で、笑いかける。………情けねぇ。こんな動物にまで心配されるなんて………。
軽い頭痛に引きつりそうな笑顔をどうにか隠すと、目の前に湯飲みが差し出された。
見上げてみればまだ幼さを残した少年がいた。……えっと、なんて名前だったかな……これは…………
「あ、キリーか。ありがとな」
思い出した名前を口に出せば少し意外そうに目を見開かれる。………あれ? 間違えたか?
そんな疑問が顔にでたのか、キリーは苦笑して口を開いた。
「いえ、あの騒ぎの中で俺の名前よく覚えていたなーと思って………」
「あー………まあ、どうにか、な」
ぎこちなく視線を逸らしてその話題を回避したい気持ちを現してみる。
……なにせ、俺はこの虎に連れられて家まで戻ったらしいのだが、そのあとこの世界の父たる龍王の城に何故か連れてこられていて情けないことにまったく記憶にない家族やら友人やらに囲まれていたわけだ。
思い出したくないのに思いっきり克明に思い出してしまった………
最重要特記事項☆
目をあければ心配そうな子供の顔が見えた。次いで丸まるとした虎の顔。
「パーパ!!」
「がう〜っ!」
その二人がそう叫んで俺に抱き着いてくる。………ってコトはなにか。俺はこの子の父親なのか??
そう考えた自分に違和感を感じる。……なんかおかしいだろ。家族のことそんな風に思い返すものか?
……………そうして記憶を探って……正直愕然とした。
まったく持ってなんにも何一つ。覚えていることがない。勿論言葉や常識、この世界に関することは残っているのだが………
だから申し訳ないけど…俺はこういう以外の言葉を持ってなかった。
この子供や虎がもっとショックを受けるんだろうことはわかっちゃいるが、隠し通せるものでもないしな………
「えっと………キミ、誰かな…………?」
瞬間抱きとめた子供の身体が固まった。縋っている虎が驚いたのか爪を出して少し痛い。…………想像どおりとはいえいささか気分の悪さは拭えない。
そんな険悪とも言えるくらい空気を一掃すべく、喧(かまびす)しい音が大音量で響いた。
…………なんでだろうか。一瞬物凄く言い様のない嫌な予感に身を包まれたのは。
「なんだ、シンちゃん記憶喪失か!?」
興味津々に聞いてくるのは馴れ馴れしく人の肩に腕を回す金髪のつり目男。………誰だろ。少なくとも人のこと『シンちゃん』なんて呼ぶんだから親しいのかもしれんが……この状況で楽しそうに笑っているのは信用ならんな…………
警戒して視線を眇めると、にやりと男が笑った。ゾワワーッと身の毛がよだったぞ!? なんだこの生理的反応は!?
無意識にその男から逃げようとすると、それに勘付いたらしい男が肩に回した腕に力を込める。………痣できるぞ、そんなに力込めたら…………
「なんだぁ、シンちゃん。テメェのガキやペットは忘れても俺のことは忘れてねーの?」
「………悪いがまったく記憶にない」
きっぱりあっさり簡単に言い切ってやると一瞬沈黙が返ってきた。……なんだ。なんか物凄い警鐘の鳴り方してる。滅茶苦茶逃げ出してぇ!?
顔を引きつらせると男が間近に顔を寄せてくる。…………うーん、まったく記憶にないんだが………??
悩みはじめた俺の顔に影が近付いて……頬のすぐ傍まで近付いた唇が肌に触れたまま小さく囁く。
………ってなんんだ!? 俺男ってことに間違えないよな!?
「俺はアラシだよ。忘れたなら思い出させてやろうか………?」
「遠慮するッッッッ!!!」
わざわざ人の頬嘗めとって囁いていくような悪趣味ヤローが知り合いにいるのか?! 大丈夫か俺の交友関係!??!
混乱しはじめた俺にもたれ掛かってくるアラシに間髪いれずになにかが降ってきた。
………俺には人の拳と羽に見えましたが…………??
「パーパにさわるなっ」
「いい加減シンタローから離れろっ」
子供のパンチと黒髪の色男の攻撃でアラシ撃退? っていうか……この二人も誰なんだろ…………??
「パーパ無事か!?」
むしろ無事でないのはお前に殴られたアラシじゃないか………? 龍王様の城に穴開いてますけど…………
あ、城の人が颯爽と現れて修復していく。……なんでこんなに手慣れてるんだ、この人たち………
それはいいとして、俺はなんとか笑って子供に応えた。
「ああ、ありがとうな。えっと………」
「ヒーローだぞ、パーパ。こっちはタイガー」
俺に抱き着いたまま項垂れて泣いている虎を指して子供がいった。この虎、頭いいなー。俺たちの言葉ちゃんと理解してるんだ。
そう感心していると、いまさっきアラシにヒーローと一緒に攻撃加えた男が声を掛けてきた。目を向ければまっ先に視界に入るのは羽根。………すっげー青。空より深い色だな。それに負けないだけの美丈夫っていうのもある意味スゲーな。
「で、俺はバード。お前の幼馴染みの親友。あっちのはただのゴミだから気にせんでいい」
………極上の笑顔で前半を。…………思いっきり冷めた嫌味口調で後半を教えてくれた。
俺はどこまで信じていいんだろうか……………
「でもシンタローさん、本気で記憶ないんすか?」
後ろからまだ若い声がする。振り向けばまだ十代だろう子供がいた。……英雄たちっていってたけど、これは蟲人かな?
頷くと初めて同情的な視線を注がれた。……考えてみればこれだけ深刻なはずの問題が勃発しているにも関わらずまったく悲愴感がなかったな、いままで。
あっけらかんとしている俺も俺か。そう考えていた俺の思考を読み取ったようにまた声がかけられる。
「で、倒れていた傍にはこの木の実が落ちてた……ねぇ。今日はサクラがいねぇからなんなのかわかんねぇな。ま、長い人生少しくらい記憶なくなったって余計な手間省けてよかったな」
ニッと笑ったのは隻眼の青年。………隙なく構えてるな………。どんなに修練積んでもこうはならんだろ? もしかして口ぶりからいって龍人とかか………?
変なこと悩みだし倒れの耳が……今度は破壊される寸前まで鼓膜を震わせた。……これは一種の凶器だろ………?
「馬鹿ものー!! それはお前ら龍人のみだっ! わしらには一生問題じゃっ! たった一人の息子のくせに親不孝もんが〜!!」
唐突に地鳴りがして大音響とともに雨が降ってきた。ぎょっとして天井を見上げる。……まさか雨漏り…………??
見上げた先に佇む物体に思わず俺は白くなってしまう。………なんだこの巨人たちは。
しかも光景は更におかしい。なんかさめざめと泣いてる男を取り囲んでるし。
物凄く考えたくないが……あの輪の中心にいるのって俺の父上………?
「大丈夫じゃ、わしらも力になってやるから!」
「そうだぞ、人王。遠慮せずに頼ってくれ」
………その言葉は俺の父に与えるのではなく、俺自身に与えるべきでは………?
なんでさっきの青年が花人の王がいるのに英雄の方をあてにしてたかわかった。……俺なんぞ眼中になしだな。
こっそり溜め息をつくと、心配そうにバードが顔を寄せる。そっと額に手をあててきた。……ああ、体調を心配してくれてるのか。
それに苦笑してみせるとぎゅっと抱き締められた。な、なんだ………?
「こういう時くらい俺に頼れよ………」
いや……そんな憂いを込めて囁かれても………。俺も一応男なんでなんとも………
というかなにより切実な問題に、記憶喪失の時に一体誰になにを頼れってんだよ。俺にとってはまったく知らないヤツらなんですけど………
そんな風に対処に困っていると………バードが地面に潰された。
…………え、ヒーローさん…………? いま思いっきり踏み付けませんでしたか?
「人の父親口説くな! パーパはヒーローのだ!」
そんな怒らんでも………。ぱっと抱き着いてきたヒーローを受け止めるが、なんか地面で伸びてるバードが哀れ………
そう思っているとぐいっと顔を移動させられる。…………イタイ……
「パーパ! バードのことは気にしなくていいぞ。ちゃんと手加減したから」
「そうですか………」
ダメだ。なんだか知らんがこの子に強く出れない………。そう思っていたところに、天井から光が到来!?
は!? なんでそんなことが!? ………ってなんだ、アラシじゃねぇか。
「くそガキに鳥ィ〜………。よくもやりやがったな!!」
あー、やっぱり怒ってるな。………当然か。でもまだ羽根突き刺さったままだぞ、お前。頭にもなんか城壁刺さってるし。そのままだと出血大量で危なくねぇか?
…………なんか大丈夫そうだな。うん。
そして。………訳判らん言いあいモード突入。もうすでに俺は2分で飽きてその場を去ったけど、誰も気づいてねぇしな。
そんなわけで俺は虎と一緒に避難していたんだが………、この騒動、なんで被害者なはずの俺が一人蚊屋の外で呆れてないといけないんだろうな?
「がう………」
少し沈んだ俺の方を虎が慰めるようにポンポンと叩く。隣に座っているキリーも同じく労るように「頑張って下さい」っていってくれるし。
…………こいつらの方がよっぽどまともじゃねぇか………。嬉しくて俺は虎をぎゅっと抱き締めて頬を寄せた。………………………途端に悲鳴がほとばしる。
「テメェ虎!! なにシンちゃ………!!」
「タイガー!! さっさとそいつから離れてこっち来る!! じゃなきゃ解毒剤やらないよ!?」
「ガ、ガウ……!? ………できたのか?」
アラシの叫び声を遮って高めの声が城に響いた。美少女と見まごう少年が怒った顔で室内に入ってきて………夜叉顔負けの形相でなにかの薬入りらしい袋を見せながら言った。……………と同時に俺の腕の中にいた虎が軽い爆発音とともに姿を変える。
そりゃあもう、立派な青年の姿に。
寄せていた頬を硬直させて俺は見事な石に変化した。それに気づかなかったのか虎だった彼は少年の元にいって袋を受け取って戻って来る。
「味の中にあった成分が海馬に影響与えて記憶なくなっただけだから、もう一度それに有効な成分含んだもの食べればいいんだよ。俺の作った花の実だけど、それが一番だから。じゃ、タイガー借りてくよ」
口早にそれだけをいって少年は颯爽とタイガーを連れて去っていった。
………この場にいる全員の度胆を抜いたまま。
ちなみに。俺がこの種見たいのを食べて記憶が戻ったことは確かだが……それは数時間後のこと。
なんでって……余りのショックに俺が石になったまま復活しなかったからだよ。
今日一番驚いたのは………………記憶なくしたことでも、男どもに取り合われたことでもなかった。
あのかわいいことこの上ない賢そうな虎が実はいかつい青年だったという事実だった……………
……………………………絶対にあれは詐欺だろ?
ということで、キリリク20000HITですv ここまでこれて嬉しいです♪
キリリク20000HIT、木の実食べたら記憶喪失☆龍王の城にて争奪戦開始!でしたv
なんていうか………勝者なし?
ラスト書いていて思ったこと。
……もしかしなくてもこれは……タイガー、薬と引き換えに持ってかれたのか?
健気なヤツ…………(遠い目/おそらくはまっ先にサクラのところいって薬ないか聞いたんだろうね………)
この小説はキリリクを下さったユキ様に捧げますv
20000HITの申告ありがとうございましたv