柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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夕日に空が赤く染まる時間。

木々が緑を脱ぎ捨て朱に変わる季節。

……曙の寂々とした赤の気配。

ずっとずっと赤が嫌いだった。
思い出したくない記憶を思い出させるから。

赤は……いつも自分を裏切る。自分の望みを壊す。

願いを踏みにじる。

だから関わりたくなかった。
………だけど、傍にいたかった。
なぜかなんて、問うことさえ愚かだ―――――――。





磯頭霜楓



 遠くに確認できるその大きいとはとてもいえない人影を見つめ、少女は不思議そうに首をかしげた。
 外出をあまりしないとは言い難いが、それでも世界が新たに脈動し始めてからは事後処理や今後についての見当などで大抵家にいるはずだった。
 それは何度も押し掛けた身にはよく理解していることだった。
 けれど祖母の言い付けで届けものに来たなら、子供は丁度ドアに鍵をかけるところだった。
 それはひとえにどこかに出かけるということで…………
 久し振りに子供と一緒に散歩でもできるかもしれないと微かな期待を込めて少女は小走りにその家に近付く。……明るく響く鈴の音のような愛らしい声が子供の名を呼んだ。
 「爆ー!!久し振り!どこか行くの?」
 突然響いた見知ったものの声に子供は驚いたように振り返る。
 なにも手荷物はなく、近くにただ出歩くような、そんな様子だったけれど…………妙な違和感を少女は感じた。
 勘のいい少女は微かに眉を潜める。
 子供が、驚いていたのだ。
 自分が突然現れることなど別に珍しくもないのに。それでも確かに子供は驚いていた。
 そして………………困ったように一瞬だけ眉を潜めていたのだ。
 自分がそれを見逃すことなんて、あり得ない。それだけの自負が少女にはあった。
 なにかに勘付いたことに気づいたらしい子供は微かな苦笑を零し、少女に声を返す。
 「……なにが久し振りだ。一昨日あったばかりだろう」
 からかうような声音に微かに少女は赤くなる。
 自分より幼いはずの子供は不意に底知れない老成した声音で囁くのだから心臓に悪いことこの上ない。
 どことなく悔しくて、少女は改めて先程の質問をする。………微かに不貞腐れた、愛らしい唇で。
 「いいでしょ。そう思ったんだから!……それより、どこか行くわけ?」
 なにかしらの期待が込められた少女の言葉に、子供は微妙な笑みを落とす。
 答えたなら、確実に返ってくるだろう言葉が想像できる。
 ………けれど、自分はそれを受け入れることが出来ない。
 微かな逡巡は本当に数瞬。少女にその間さえ気づかせはしない程の刹那。
 それでも変わりようのない、答え。
 嘘もつけず、誤魔化す器用ささえない。……まして信用しているこの少女相手になにを隠し通せるというのか…………
 微かな吐息は苦笑の溜め息。
 それとともに、子供は少女に答えた。
 「………カイと、紅葉狩りに行く約束をしている」
 サーは自然の多く残った国だから、この季節はその模様替えした姿は素晴らしく、他の国からわざわざ訪れるものも少なくない。
 赤に黄色に……僅かな緑と茶。
 それは珠玉をちりばめた冠のように空を包む。
 見目麗しき自然の面を見たいといったのは……どちらが先かさえ覚えていないけれど。
 懐かしい少年の名を聞き、少女は目を輝かせる。……続く言葉に返す言葉はもう、決まっているのだけれど………
 「いいわね! サーの紅葉は名物よね。私もいこうかな」
 「………今日は、ダメだ」
 楽しげに弾んだ少女の声を遮るように、子供の声が響く。
 …………遮る様は意図して行なわれていることを示すように鋭く、けれど傷付けないよう気遣って晒された。
 それに驚いたように目を見開けば、子供のやわらかな音が降り積もる。
 「……二人でと、約束した」
 微かな愛しさを滲ませて…申し訳なさそうに呟かれて。……気づかない女がいるわけがない。
 少女は唇をとがらせ、不機嫌そうに囁いた。
 「………なにそれ。まるでデートね」
 子供が厭うであろうことを、わざと囁く。それはせめてもの意趣返し。
 突然顔を背けて前を歩き出した少女の囁きにぎょっと子供が目を剥く。……どこかの機能がおかしくなったのか、ひどく早く鼓動が鳴っている気がした。
 「なぜそうなるっ」
 慌てたような、声。微かに朱に染まる目元さえ気づかない幼さが愛しい。
 それは自分では引き出せなかったこの子供の本来の姿。
 ……だから、口出しする権利などないことは知っている。そうだからといって、この気持ちにケリをつけられるわけでは決してないのだけれど。
 追ってくる子供の気配。それは本当に長くはない道のりだけれど、せめて笑っていられるように少女は意地悪く振り返る。
 「だって、二人っきりで紅葉狩りなんて、完璧デートスポットじゃない。気をつけなさいよ、爆?」
 「だからっ!」
 ほんの少し……僅かな時間。あの少年ではなく自分を追って欲しい。
 それは自分と同じ思いからでなくたって構わないから。
 ………二人楽しくいられる時間を、ほんの微かに………………………。
 ともすれば込み上げそうな熱を飲み下し、少女は楽しげに笑う。

 ……………大好きな子供と、大好きな少年の傍にいられるように。


 とてもよく晴れていた。冴え渡った空は透き通り、時折浮かぶ雲をやんわりと抱き締めていた。
 それを眺めもせずに朝から何やら忙しそうに動き回る少年を見ながら、青年は楽しげに口元を綻ばせる。
 誰と会う、とか。どこに行く、とか。
 そんな陳腐なことを聞くことはないけれど、それでも想像は確信にしかならない。
 ……あの子供とともにどこかに行くに決まっている。
 焦がれて焦がれて焦がれて。自覚することもない程その傍らにあることばかり願っていた純乎なる少年。
 彼の腕を望むことさえ烏滸がましいと愚かしくも思い込んでいた少年。
 前に進むと同時に一歩下がってしまうような謙虚さは救い難い程チグハグな音しか奏でなかった。
 それでも子供は気づいた。同じ傷を持つものだからか。……同じ程に近しい穢れなさ故か。
 なんであれ、それはひどく自然な姿だった。形がどうであれ、傍らにその存在があるのがひどくしっくりとするよう出来た生き物を、自分は初めて見た。
 長い時間をかけて……やっと傍に歩み寄れたのだ。同じ目線に立てるようになってきたのだ。
 それは親代わりである自分にも、とても喜ばしいと思うけれど………
 あんまりにも無防備過ぎて本当に危うい。子供も少年も、自身の持つ輝きには決して気づかない質なのだから…………
 それを熟知している青年は微かな苦笑を零した。
 ………それを埋めてやりたいと思うことと、このからかいたくなるもどかしさはどちらが重いというのか。
 そんな滑稽な物思いさえ飲み下し、青年は傍にいた少年に声をかけた。
 「なあカイ」
 微かな笑いを含む声音に不思議そうに少年は振り返る。手の中にあるリュックには二人分には多過ぎる食料が入っていた。
 「どうかしましたか?」
 朝からどこか楽しげに自分を見ているのは知っていたけれど、それでも特になにをいうでもなかったのだ。
 今更なにか言い付けをされても時間的に不可能なので少年は微かに眉を寄せた。
 ………そんな少年の機微さえ理解できる青年はよりいっそう楽しげに笑みを深める。
 「いや……爆とどこいくんだ?」
 「……………………なんで爆殿と一緒だと知っているんですか」
 話してもいないのに看破されていた事実に少年の頬が一気に赤くなる。
 純朴極まりないその反応につい青年は吹き出した。
 「お前それじゃあ絶対手なんか出せねぇぞ……?」
 突然の青年の吹き出しと、その笑い声の合間に囁かれた言葉とに驚いたように目を丸くしていた少年だったが………腹さえ抱えて笑い始めた青年にからかわれたことに気づき、少年が眉を吊り上げる。
 ……………………怒鳴り声は空にさえ響いた。
 「激殿………!!なんでそういうことをいうんですか!?」
 顔を朱に染め、悲鳴のように叫ぶ様さえ幼い少年。………本当に愛しい家族だ。
 なにに対してもまっすぐに向き合うことのできる魂は、一種の才能と同じく獲得の難しい類いのもの。それこそが子供を搦めとった所以であろうと涙さえたまった眦を擦りながら青年は嬉しげに少年を見上げた。
 美しく染まった赤が、不機嫌そうに見つめてくる。
 穢れなさなら子供とためを張ると喉奥で笑い、青年は瞳を眇めて笑みを零す。
 もうずっと、昔から見続けた幼い子供。いまは少年にまで成長してもなお、その魂は歪曲しなかった。
 それがなにより嬉しい。この何も生み出せない腕でも壊すことなく育むことはできる確かな証だから…………

 さほど遠くはない距離に愛しむもう一つの気配を微かに感じ、彼がその姿を見せるまでの僅かな間、この潔癖な弟子をからかうことを決めた瞳は意地悪げに細められるのだった。


 赤く染まった世界を赤に彩られた少年と歩く。
 赤く染まった世界を赤に守護された子供と歩く。

 ゆっくりと……たった二人きりで。
 寂しくなることも気まずくなることもない。

 ………好まなかった色を愛しいと思わせる程に深く刻み込まれた人と、たった二人きりで……………………






 「きとうそうふう」と読みます。磯頭は砂原、霜楓は紅葉したかえでという意味だそうです。
 初デートをからかわれる二人という……なんとも難しいお題でしたが、これでクリアーでいいですか(汗)
 『初デート』をからかうであって、初デートで、ではないですよね!?
 いや……前者であってもこれでいいのかもかなり疑問ではあるのですが………
 からかってくる相手は即決まったんですけどねー。ええ、あっさりと。でも一体なにからかわれたらこの二人って……慌てるんでしょうか(遠い目)
 考えてみると、この人たちってからかわれて慌てること、ないような………(汗)
 はっはっは……なんとも老成人間ども。ええ、なんか枯渇してますね☆(オイ)

 それではこんなへんてこな小説に成り下がってしまいましたが、「セフィロトの樹」の資料を下さった朱涅さんに捧げます。