柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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朝日が昇る瞬間を見るのはいつもひとり。
当たり前過ぎる日常を寂しいと思ったことはない。
厳かに湧く黄金の燈。灼熱を模す色でありながら優しくやわらかな光。
それに包まれることが好きで、自然止まる動き。

閉じた瞳の先に広がる楽園のような眩さ。
身体まで溶けそうなその感覚に灯る笑み。

それでも、思い直すのだ。
…………自分には帰る家があるから。
自分を待つ人がいるから、ここで溶けることなどできない。

どこか名残惜しげな陽射しを眇めた視線に収め、少年は踵を返した。



還る家



 樹に囲まれた道を少し早歩きで少年は過っていく。
 ………別に急がなくてはいけないわけではない。太陽の位置から考えて普通の人ならまだ眠っていても不思議はない時間帯だろう。
 それでも早く家に帰りたくて、少年は歩を速める。いつの間にか走り出していることにも気づかないで…………
 小さな一軒家は落ち着いた色合いの花に包まれてひっそりとあった。
 数名で住むなら十分過ぎる大きさのその家からは……何故かとてもイイ匂いがした。
 ……………嫌な予感が頭を過り、少年は慌てて駆けていた速度を速めた。
 魚の焼ける香ばしい香りにご飯が炊けてくる湯気の匂い。
 味噌汁の匂いまでしてくるのだから玄関を開けた少年は帰宅の挨拶も忘れて台所に駆け付けた。
 響き渡る足音に少年の帰宅を知った子供は掻き混ぜていた味噌汁の味見をしながら入り口の方に目をやった。
 案の定、息さえきらせて汗だくの少年が顔を覗かせる。
 続いて叫ぶだろう言葉も予想出来、子供は大音量の被害を被らぬように味見の小皿を置くと耳を塞いだ。
 そんな子供の憶測と寸分変わらぬ行動を混乱している少年は晒した。
 「爆殿ーーーッッ! 朝と夜は私の当番ですっっ!!!!」
 まるで悪いことをしたように大声で叫ぶ内容は………別に少年に迷惑をかけることではない。
 むしろ当番を変わっただけなのだから楽ができたと喜べばいいものを…………………
 生真面目な少年は自分の仕事を変わったというだけで申し訳なく感じるらしい。
 そんないつも通りの少年の反応に耳を塞いでいた手を離して子供は呆れたように息を吐く。
 ………少年が願ったのではなく、子供が進んで行なったのだから感謝を示して甘受すればいいだけのことだという考えはなかなかこの少年には浸透してくれない。
 もっともそうした気遣いをいつまで経ってもなくさない少年だからこそ、こうして一緒に暮らすようになったのだろうけれど…………
 顔を赤くするのか青くするのか迷ったようにグルグルさせている少年を見遣り、子供は至極簡単にことの経緯を話す。
 「朝起きたら暇だっただけだ。貴様はさっさと風呂に入れ」
 「ですからいつももっと寝ていて下さいと………!」
 「これ以上寝たら溶ける」
 日が落ちるのと同じく就寝する青年とたいして変わらずに眠る自分が日が昇りきるまで眠っていられるわけがない。
 それくらい一緒に暮らし始めて互いの生活習慣を知るようになったのだから少年だって分かっている。
 …………当然の事実なのだが、毎日毎日当番を変わってもらっては少年の立場がない。
 必死な顔でなおもなにかいい募ろうとする少年の言葉を制し、子供は改めて口を開く。
 「………それよりカイ。まだ俺は聞いていない気がするが?」
 「………………え……?」
 改まった声に一瞬少年はきょとんとした顔を見せる。
 毎日の恒例ではあるけれどどうしても慣れることのできないこの一悶着の行き着く先、必ず待っている言葉。
 いつもきちんと守っている当たり前過ぎること。
 けれど慌てていた少年の頭の中には勿論しばらくの間帰ってこなかった言葉で…………
 一瞬の沈黙のあとなにを示しているのかに気づき、少年はさっと頬を赤く染めた。
 ………すっかり忘れ去っていた言葉を少年は口にする。
 「………ただいま帰りました。………遅くなってすみません…………」
 口籠りそうになる自分の声を必死になって励ます仕種はもう毎日見ていれば分かってしまう。
 帰宅時間のことも言うことが遅れたことも込めた謝罪に子供は苦笑する。………虚勢とも言える声音は、ばれてしまっていてはなんの意味もない。だからこそ自分は毎日結局同じことを繰り返しているのだから。
 ………少年は知っているのだ。こうして朝の仕度をすることが自分にとっては規則正しく1日を始められるペースだと。
 もっとも、それだけではないことに彼自身が気づくかどうかは別なのだけれど…………
 それでも約束は約束で、反故などできずせめて手伝えるくらいの時間を残して欲しいと切実に思う少年の気持ちもわからなくもない。
 けれどいまだ自分に意見することに遠慮の残る少年は促さなければ絶対にそんなことはいえない。
 ………………一緒に住む身でいつまでも遠慮だらけではいい加減気分も悪いのだ。
 決して自分からはそれを示してはやらないと決めている子供はいつもと変わらない尊大な態度で少年の言葉を受ける。
 幼い子供らしい笑みに乗せてしまうのは仕方ないことだと思うのだけれど…………
 「お帰り。………問答は貴様が風呂からあがったら聞いてやる。さっさといってこい」
 やわらかな笑みにそう囁かれ、少年は続けようと思った言葉を飲み込む。
無愛想といっても差し支えのない子供の、それは知らなかった仕種。
…………家に帰る言葉。朝に囁く挨拶。眠る前にかける声。
そんな普通の言葉をひどく愛しそうに子供は呟き受け止める。その笑みがあまりに幸せそうで、……少年はどうしても言い返すことができなくなり毎朝恒例の帰宅後の劇は幕を閉じる。
深い溜め息を落とし、すでに背を向け楽しげに料理の続きに打ち込んでいる子供の小さな背に少年は困ったような笑みを浮かべたまま軽く頭をさげて風呂場へと足を向けるのだった。


子供と一緒に暮らすようになっても少年は朝の修行を怠らない。
………むしろより過度になった感さえあった。
間近にこの子供がいるとより自身の力量が浮き彫りになる気がして、焦っているように………
冷たいシャワーを浴びながら少年は苦笑する。
きっと子供はそれに気づいているのだ。だから幾度自分の役目だからといっても朝食の準備をしてしまう。
自分に仕度をされたくないなら……早く帰ってこいと、無言の仕草が語る。
子供の背を見つめる自分をそれでも切り捨てられなくて、けれど無茶も黙認出来なくて。………抗議するかのように子供は繰り返す。
………まるで幼子の癇癪のように………………
普段は老成された大人のような顔をするくせに、そんなときばかりはどうしていいのかわからないように戸惑う子供が愛しい。
人に関わることが不得手だと、本気で思っているのだろうか……………?
こんなにも人を惹き付ける心を有している人間が、この世界幾人いるというのか。
水を止め、小さく少年は息を吐いた。
子供の輝きは色褪せない。月日などという言葉に邪魔もされない。
………だからこそ焦る気持ちが首を擡げるのだから始末に終えないのだけれど……………
情けなさそうに耳さえ垂れた自分が鏡に写る。それを見つめ、少年は自分で自分の頬を勢いよく叩いた。
その音が風呂場に響くのを聞きながら、せめてもう少し余裕を持てるようになろうと苦笑いするのだった。


動き易い服に着替えた少年は髪を手早く乾かし一本にまとめると子供がいる筈の台所に足を向けた。
もっとも、もう手伝うことなど残っているわけがないとはわかっていたけれど…………
まだ運ぶものくらいはあるかもしれないと思い台所に顔を覗かせると……吹き抜けになっているダイニングから子供の怒鳴り声が聞こえた。
「………ジバクくんっ!まだカイが来ていないのになにをつまみ食いしている!」
最後の膳を運んでいるらしい子供はテーブルの上でこっそり魚に手を伸ばそうそした聖霊を叱りつけているらしい。
おなかが空いたと抗議するように大きく鳴く聖霊に苦笑し、子供は並べ終えたテーブルの端にある聖霊用の食事の前に座らせた。
たしなめるように囁く声はどこか優しくて少年は知らず笑みを零す。
「貴様も俺が先に食べていると怒るだろう。食事は全員でとるものだぞ」
軽くつま弾いた仕草さえやわらかく、子供が聖霊を愛しんでいることがよくわかる光景。
それを壊すことを躊躇いながらもまざりたくて、少年は遠慮がちに開け放たれたドアを軽くノックする。
気配に気づき、子供も聖霊も一斉に少年の方に顔を向ける。
子供が声をかけるより早く遅いと叫ぶような聖霊の鳴き声に少年は苦笑して近寄る。
「スミマセン遅くなりました」
聖霊の背を撫で、子供に目を向けて少年がいうと子供は軽く笑って席についた。
それに従い少年も子供の前の席に座れば、聖霊は慌てて子供の横に置かれた食器の前に駆ける。


全員一緒に食事の挨拶をして、子供の作った朝食を食べれば1日が始まる。
それはもう当たり前になった光景。
愛しい人の待つ家に帰ることができる幸せを、誰よりもこの家の住人は知っている。
それが得難いほどに尊いことも……………







 というわけで同居している二人の話でした。
 ………本当に健全に同居ですね………。書いていて思いました。
 カイ爆ではなくカイ&爆の方が正しかったかな…………(遠い目)いや、こういう方が私的には好きなのです。
 一緒にいるのが当たり前で、気兼ねなく同じ部屋にいても息がつまらない。そういう存在が一番大切であって………いわゆるそういったことをすることにあまり重点がいかない……………
 この二人は特にその感が強くて親友以上恋人未満がまさにぴったり。

 ちなみに朝の食卓で必ずでてくる会話。

「ジバクくん!零さないように食べろといっているだろうっ」
「爆殿ジバクくんには器類大きいですから仕方ないですよ………」
「こいつは旅の間はできていた!お前が庇ってくれるとわかっているからだ!」
「いえ…でも……まだ小さいですし…………」
「これは俺たちの何十倍も生きとるわっ!!」

 優しいお父さん(カイ)としっかり者のお母さん(爆)と自由奔放な甘えん坊の子供(ジバクくん)という図ですね!(オイ)