――――――息が青く染まる。
紺碧に彩られた闇夜。
吐く吐息は白いのに、囁く言の葉は蒼く舞い散る。
その様はあまりに美しく、幽玄にたたずむ子供の腕を引き寄せたくなる。
置いていかないで…………
………先に進んで。
相反した思いはいつもこの胸の奥に巣食う。
追う必要とてないと笑って振り返るあなたに……どうして自分が相応しいと思えるのだろうか……………?
あなたの傍にいたいのに。
……どうしてこの身はこんなにも脆いのだろう。
あなたの高潔なる魂さえ包み、守り抜きたいと思っているのに…………………
清楚なる夜半
煌星が降り注ぐかのように瞬いていた。
吸い込んだ空気は微かに薄い。……星に近付くその道程をたった二人歩む。
それはまるで夢見るように軽やかな気持ちを附随させる筈なのだけれど…………………
数歩前を行く影に少年は目を向ける。
………先程から繰り返される少年の仕草に勘のいい子供が気づかないわけはない。
それでも振り返らない事実にこっそり息を落とす。
呼気は白く空気を染めあげ淡雪のように溶けた。
不安もそんな風に溶けて消えてしまったならどれほど気が楽だろうか。
不意に湧いた思いに少年は自嘲げな笑みを浮かべた。…………思い悩むことこそがそもそも子供が怒れる原因だというのに、本末転倒な考えだ。
時折先を行く子供の足取りは緩やかになり、考えに耽っている少年が見失わないように気遣ってくれる。
………そんなことにも気づけない。
否……気づくことができない。あまりに子供を遠くにある人なのだと思い込む視界はどこか歪んでしまう。
空は晴れ渡っていた。澄んだ空気に低くなる気温。
高山とまではいかないけれど、それなりの標高を誇る山道を弛むことのない背は堂々と歩いていく。
その背を見つめていることが好きだった。迷うことなく突き進む魂を克明に写す小さな背中。
…………いつもその背がまっ先に目に入る。
傍らにいつだっていた筈なのに、想起したなら思い浮かぶ子供は…綺麗に伸ばされた美しくしなやかなその背だけ。
時折零される笑みや顰められた眉や………思慮深いその声はその背を介して少年に降り注ぐ。
別に子供の顔を覚えていないなどということはない。
………ただあまりにその背の印象が強烈だった。
その魂の清らかさを……孤高とも言える潔さを見せつけられたあの時の背。
血に塗れボロボロになった子供の声をこの耳は忘れることができない。
震えていた自分の指先を覚えている。………自分の愚かな挑戦が子供の命を危険に晒しかけた。
まっすぐに子供を見ることもなかった自分の為に……子供はその身に聖霊の爆発を浴びた。
………満身創痍のその身でなお……人を守る為に立ち続けた。
これほどまでに美しい姿を……見たことがなかったのだ。
命の輝きに圧倒される。迸るそれは灼熱の炎をあげて全てを飲み込み……なお悠然とそこにあり続ける。
――――――――目を…奪われた。
息さえ飲み込むことを忘れ瞬きすら惜しんでその背を魅入っていた。
何もできない自分の腕を歯痒く思いながらも伸ばせなかったのは………その美しさに声もでなかったから。
あの時に……誓ったのだ。
………自分はこの人を守ろうと。
子供は守る為に生きる生きものだから……その命を自分は守ると。
守られるのではなくその背を支えたいと……………………
いつだって毅然と立つことができるように傍にいたいと願ったのだ。
震える腕で子供を包んで…乞うように願えば受理された誓い。
それに違える気はないけれど……いまもまだなくならない彼への引け目。
静謐の世界に風も姿を晒さない。
星と……遠慮がちに雫を落とす月の瞬きだけが彩る世界。
小さく響くのは子供のしっかりとした足音と、それに続く自分の足音。
どこまで続くかもわからない道。………子供の背をいつまでも追い掛けることのできる……………
不意に湧いたその思いにギクリと少年の足が止まる。
…………それに気づいた子供の足音が微かに歩調を崩し静かにゆっくりとしたテンポに変わる。
晒され続ける背。駆け寄ることも考えず……ただ追い掛けたいと願う自分の本心。
自分の消極的な考えを打ち消すように少年は軽く頭を振る。
傍にいたい。それは本当で。
…………………隔たりを認めることこそが子供を侮辱することを知っている。
子供は逃げまどうような愚かな自分を選んだわけではないのだから……………
冷たい空気を飲み込み、少年は覚悟を決めるように足に力を込める。
僅かに距離の開いた子供の背までの道。
斜面は緩やかだけれど少しだけその角度を鋭くしていた。
あと少しいったなら開けた頂上についてしまう。
それまでに……追いつけるだろうか…………?
考えている暇などない。だから……駆け出した足に疑念も挟む気はない。
祈りも願いも…望みも。たった一人に帰す為にあるのなら……この腕で抱き締めたいのだ。
離したくない。………なによりも切実に焦がれた。亡くした故郷よりも、いまはもういないパートナーよりも求め続けた。
たった、ひとつ。………………………たった……ひとりの人。
頬をきる空気がまるで刃のように冷たかった。火照った頬が微かな痛みを覚えるけれど瞬く月に染まった子供しか意識に触れない。それ以外、知覚出来なくなる。
だから……怖かった。
近付いたなら自分など消えてなくなるほど子供しか感じられなくなる。
それでも……自分を形成するものに子供は不可欠要素。
手放せるわけがないのだから……手を伸ばす。
あと一歩で子供は月に攫われてしまう。………紺碧に溶け…触れることさえできなく………………
引き離されることを恐れるように少年はその幼い肢体を抱きとめた。
…………突然の衝動に意識していなかった子供の身体は、引き寄せられるままに少年の腕の中に収まり…………そのまま一緒に倒れ込んでしまう。
子供が微かな苦痛の呻きを零した。………いくら少年が受け身を取りクッションの代わりを果たしてくれてもそれではカバーしきれるはずもない。子供は突拍子のない少年の行動を窘めようといまだ抱きとめたままの腕の主に振り返ろうとした。
そうしたなら自身の肩に埋められた少年の額。
微かに覗けたその顔を彩る恐れと……喪失感。
固く自分を抱き締める精悍な腕は微かに震えて怯えるようにその力を強める。
まるで自分が泡沫に消える泡にでもなったかのように………………
ずっと自分を見つめていた視線を思い出す。傍にいることを恐れながらも離れることの出来ない視線。
馬鹿な……少年。捕われた意識しか持たず自身が魅了したことにさえ気づかない。
震える腕を包み、小さく息を吐き出す。………白く染まった吐息は蒼い月明かりを灯す。
そろそろ………始まるはずだった。
空を見上げた子供の視線を肌で感じ取り少年は添えられた腕を引き剥がすのではないかと震えを強めた。
そうしたなら降り注ぐ……子供の声。
どこまでも透き通ったやわらかく響く至上の歌声………………
「………カイ、空を見てみろ」
びくりと震えた肩は……けれど子供の言葉に逆らえるはずもなく恐れるように時間をかけて顔をあげた。
…………………そうしたなら広がる……光の渦。
流れゆく瞬きは灯ると同時にどこかへと駆け去っていく。
生まれては消える儚い星の群れ。
けれどなによりも鮮やかに瞳を彩る美しき………………
声もなく見上げた少年の耳に子供のぬくもりが溶ける。
腕の中くつろぐように力を抜いた子供の肢体はやわらかく少年に寄り掛かった。
「なにを貴様が悩むのか……俺は知らん」
………たとえ気づいても認めない。
傍によることこそを恐れるなど……選んだ相手に失礼にも程がある。
だから知らないまま。言葉になんかしてやらないし、促してもやらない。
それでも憂愁を漂わせる少年は放っておけないのだから……大概自分もどうかしているとは思うのだけれど………………
声がどこか…やわらかく響く。
深く澄んだ空さえ染める静謐を彩る妙なる声が…………
「……が、これだけの流星群だ。願いの1つや2つ…叶えてくれるだろう………?」
ままごとのような言い伝えを信じるほど幼稚ではないけれど。
…………それでも人には気休めが必要なのだ。
浮かべられた笑みに降り注ぐ月の明かり。………流れゆく星の瞬き。
腕の中に収めたなら……なくなると思っていた自分ははっきりと存在していた。
より克明に……貪欲に子供の気配を知るように。
ただどこかが溶ける。……子供の意識もまた………………
そうして交じりあった先が重ねられて唇だったのかわかる筈もないけれど………………
………降り注ぐ星の雨の下、凍えぬようにぬくもりを分かち合う影を月影も染めることはできない………………
近頃よく書いているカイ爆ですv
フフ……オフでも書いてばっか☆はっきりいってこのところ書いた記憶があげられるのはこの二人だけです(オイ昨日の更新)
このところ書いていない真面目にシリアスです。そして消極的カイです(笑)
なんか懐かしい………。いい加減この二人で34作目だからネタも尽きるが。←オフも入れれば39作+1シリーズ?
それでも書きたいと思うのはなくならないのでから怖いね☆
ここまでハマる予定なかったのにな。
そして今更ながらの突っ込みをひとつ。
………………会話しろよお前らッッッ!!!
うちの子って「会話」ほとんどしないんですよね………
それでなんで話が成り立つんだよ………わかんないな……………(汗)
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