柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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会えない日が幾日続いても。
たとえこの身が朽ち果てようとも。
……あなただけを待ち続けたい。

追い掛ける道もあって……けれどこの地に留まった。
あなたを抱き締める。
この地があなたにとって心地よき場であれるように……………

帰ってきて。……還って…来て。



約束さえ出来ない、世界に愛されたたった一人の希有なる子供……………





ゲシュタルトの祈り



 微かな溜め息が窓を曇らせる。
 まだ初秋だが、僅かに肌寒い。そのせいか少年の吐き出した息にさえ窓は微かに白く染められていた。
 やわらかなその色はけれどどこか寒い雰囲気を醸し、切なく少年が苦笑を零す。

 ………彼が旅立って…何ヶ月たっただろうか………?

 待っていられると、思っていた。
 それは事実で……颯爽と飛び立ったその幼い背を自分は見送り、自らの故郷に帰ってきた。荒れ果てた地をひとつずつ……祈りを込めて蘇らせる。そのために費やした数年は確かな形としてこの地の息を吹き返らせた。
 少しずつ増えていった人々。別の地に出ていったかつての仲間が再び戻ってきてくれた。
 2度目の強襲の被害にはあわなかった彼らはそのどちらもに関わりながらも生還した自分を讃え、ともにこの地を育てることを選んでくれた。
 自分はひとりではない。……孤独ではない。
 迎えてくれる腕はあり、やらなくてはいけないことは数多い。
 なにもかもをこの腕が作らなくてはいけない現実。いくらあっても足りない時間と自身の能力。
 …………そして不意に気づく。自分は、それを苦もなく行えている。昔なら……子供の背を追い掛けたばかりの頃ならば腑甲斐無さに自己嫌悪してばかりだったはずなのに。
 自分に自信を、与えられる。
 頼られる事実。………自分がGCであった意味を思い出した。それはこの国で一番の実力を持つものの証。
 あの子供とともにいたなら、他のどのGCも忘れてしまう、その誇り。
 だからなんとなく、わかってしまった。
 ………あの子供が…誠実なる子供が肌を重ねた自分に何の言葉も残さずに旅立った理由。
 自分で自分に目隠しをしてしまう愚かな自分達。
 同じ筈なのに。………自分達と変わらぬ時しか生きていない、幼いその肢体の中にある無限の可能性を決めつけ頼り、自身を卑小と見る愚かさ。
 そんなつもりはなかった。……けれど、どこかで甘えていた。
 子供の采配を絶対とし、その背を追い越すことを願わなくなったのはいつからだろうか………?
 この腕の中、抱き締めて閉じ込めて……愛しいと触れた唇の意味さえ穢す事実。
 どこかやりきれなく微苦笑した子供の寂しさが……今更わかってもどうしようもないのか。
 帰ってこない、子供。
 ………気づき始めて、やっと答えが出たと思ったならその足は途絶えてしまった。
 時折入り込んだ通信も、気紛れに立ち寄られた気配も、プツリと切れた。最後に会ったのは……雪も溶けて芽吹きを迎えた頃だっただろうか…………?
 その背をただ見送った。胸のうち蟠るものをまとめられなくて、畏れるように自分を律した記憶だけが鮮やかに残る。
 ……覚えて、いない。
 彼がどんな顔をして別れの言葉を口にし、再び旅立ったか。
 その面差しがどれほど成長し、かつての自分と同じほどのとしに達した彼の雄々しさを感嘆することも忘れて。
 ただ……怯えた。
 答えのない迷路が怖かった。子供の示す指先が判らず、指し示されていることさえ見ないように目を瞑った。
 傍にいたかったから。

 その矛盾がこの結果なのか。……噛み締めた唇が赤く晴れても少年はそれをやめられない。
 この唇が、辿った肌。溶け合った体温。
 手放したくなかったのは本当で。それでも傍にいられなかったことも事実。
 あまりに自分は盲目的で、何も見えないその拙さ故に子供の足枷にしかなれなかった。
 出会った意味を忘れはしない。………傍にいれた価値を………………………
 それでも出会えたその価値だけでこの先も生き続けることは辛すぎる。
 不意に思い出す。……己の師匠の言葉。
 出会えたことが苦しくて……出会えないことがやりきれないなら、呟いてみろといわれた祈りの音。
 喉の奥を蟠る音が、ゆっくりと唇を滑り落ちる。
 ………囁きは朗々と響く。静かに厳かに。けれど哀しいほどの真摯さと痛みを附随させながら………………
 謳うように祈りは綴られる。
 地に染みこんだその声は緩やかな風を生み、空気に溶けることを厭いながら静かに空に舞い上がる。
 それに触れた……気配。
 懐かしい、その気配。幻覚かと思うそれに一瞬少年の肉体が硬直する。
 ずっと思い描いていた人。切なさを祈りに変えられるほど、思い続けた人。
 忘れることも割り切ることも出来なくて、迷宮の中その答えを光明のように願った…………
 「ゲシュタルトの祈り、か。……激にでも教わったのか?」
 どこかからかうように響いた声。幼さが随分ぬけた、幾分低くなったその音に耳を澄ませる。
 幾日間、その存在だけを思ったのだろうか………?
 奇蹟のような出会い。捕らえられた自分の魂。けれど……………
 いつだって、自由に。彼の命の輝きは自身が弛むことなく歩むことで増していて。
 決して何者も束縛することなく羽撃くことを祈っている。……………たとえこの身を願ってくれても、枷をはめて空を奪うことはなくて………………………
 だから、戸惑った。
 あまりに自由で美しくしなやかに飛ぶその姿に目が眩んで、見つめることを途切れさせ、殻に閉じ篭った。
 まるで児戯のような卑怯で愚かな逃避に苦笑も浮かばない。
 …………それを看破するにはあまりある瞳を携えた子供が自分から離れることなんて判りきっていて……怖くて、また逃げた。
 やっと振り返る余裕をもったいまの自分が、それでもまだ子供に腕を伸ばす資格があるかなんて、判る筈もないけれど…………………
 掠れそうな吐息を飲み込んで、少年はゆっくりと振り返る。
 記憶に残る姿よりも幾分大きくなった背。丸みのとれはじめた頬や鋭さを僅かに沈めた目元。………伸びた髪が緩やかに風に舞う。
 吐き出す吐息が涙に濡れそうになることを堪え、少年は空気よりも儚く音を紡ぐ。
 「……爆…殿………………」
 「なにを惚けている?」
 躊躇うような響きに子供は苦笑を零す。勝手に室内に入った非礼は詫びるが、気配はあれどもノックにすら反応しない少年だって悪い。お互い様だろうと零される笑みはあまりに穏やかで。
 ……昔のような切なさや、飲み込んだ感情を想起させなくて。
 その強さに、泣きたくなる。
 どこまでも清く立ち続ける幼さ。守られることも、頼ることも忘れて……諌めて。そうして伸ばす腕だけを知っている絶対者。
 哀しげに眉を寄せて答えることも忘れ子供を見つめる少年に子供は笑みを深める。
 どこか嬉しげな、その気配。
 少年の瞳を喜ぶように……謳うように幼い声が零れる。
 どこか言葉遊びを楽しむ子供のように………………
 「仕方がないと……思うか?」
 祈りの言葉を知っているからこそ晒される、言葉。
 息を飲む少年を見つめ、子供は笑みを微かな苦笑に変えようとする。
 …………まだ、答えが出ていなかったのならこの問い掛けは失敗だった。
 だから誤魔化して……また旅立とうかと思った子供の口元が意味を変える瞬間。

 震える腕が、その肢体を抱き締める。

 戸惑うように…けれど手放すことが出来ないことを訴えて。
 痛いほどに抱き締める縋る腕は、微かに子供の肌に爪をたてる。………それを甘受し、子供はゆっくりと瞼を落とした。
 妙なる旋律が、耳をくすぐる。
 ……ずっと聞きたかった、それは祈り以上に子供には意味のある言葉。
 「そう思うように……努めました。けど…………」
 噛み締めるように苦しげな旋律が熱く子供の耳に注がれる。
 灼熱の色を模した囁きは微かな寒さを覚えさせる室内を溶かしてしまう
 「仕方ないなんて思えません。あなたに会いたくて………気が狂うかと思った……………!」
 祈りの意味を知っている。それは確かで……そう思わなくては生きていられない時だってあるかもしれないけれど。
 それでもと、駄々をこねる自分を知っている。
 その姿に平伏していたいわけではない。支えたい。傍にいて、その力になりたい。
 だから選んだ。自分の道を。
 いつからか無意識に覆った目隠しは自分も子供も不鮮明にして混乱ばかり深めていったけれど。
 もう迷わないから。だから………祈りではなく自分の言葉を聞いて欲しいとその腕が囁く。

 瞼を落とした子供の瞳が笑みを浮かべ、ゆうるりと開かれる。
 やわらかなその色は喜色を孕み、微かな吐息を落とす唇が優しく少年に注がれる。


 出会えた奇蹟を忘れることなど出来ないと溶けたぬくもりが囁いた……………






 ゲシュタルトの祈りは心理療法の1つである「ゲシュタルト療法」の考え方と精神表現したパールズの作品です。

「私は私のことをする。
 あなたはあなたのことをする。
 私は、あなたの期待に沿うために
 この世に生きているのではない。
 あなたも、私の期待に沿うために
 この世に生きているのではない。
 あなたはあなた、私は私である。
 しかし、もし、機会があって
 私達が出会うことがあれば
 それはすばらしい。
 もし出会うことがなくとも
 それはいたしかたのないことである。」

 ちょっとこれを発見した瞬間にカイの姿が頭を過りました(笑)
 旅に出た爆の足枷になりたくなくて必死で自分に言い聞かせている姿(苦笑)
 でも今回の話ではお馬鹿さんになっていただきました。いや、元から結構馬鹿だけどね、うちのカイ。
 意識的に盲目的であった自分を捕らえて乗り越えるようにしたかったのです。

 本当は「彦星と織姫は一年に一回確約があって会えるんだからいいです!」的なシーンも入れようかと思って………話の方向性がずれたことに気づきました。
 ちょっと残念。でも時期ものだから加えない方がよかったのかもとか(苦笑)

 この小説は素敵な七夕物語をくださった朱涅さんへ!
 ………あんなほのぼのしたお話にたいしてこんな暗い話でごめんなさい。
 なにはともあれジバク小説68作おめでとうございます!お互い微妙にずれてのお祝でしたが!(笑)この先も頑張っていきましょうね♪