柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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帰りたい。

………一体どこへ?

還りたい。

……………覚えてもいない故郷へ。

還りたい………

あの優しい腕の中、微睡んでいたい。


時折頭をもたげるそれに吐き気がする。

ひとりでも、大丈夫なのに。

それなのに疼く。


……………………ああ、漆黒が優しく揺れる。

帰りたい。

たったひとつ自分が願ったその腕の中に…………………





ハイムヴュー



 あたり一面の暗闇の中、ぽつりと異質に溶けない影。
 泣いている子供。
 まだ幼い手足を縮こまらせることもなくただ雫を落としている。
 雨の中、泣いている自覚もなく低く高く唄を謳っている。
 墓石の…………前で。

 知っている。

 それは自分。
 あの腕を失った時の、いまだ守られることしか出来なかった幼い自分。
 眼下に見せつけられる無力感。眉を潜めて視線を逸らしても何故か消えないビジョン。
 喉が…干上がる。
 頭の奥がズキズキと痛み始めた。息苦しさに吐き出した吐息さえ喉で蟠って溶けはしない。
 後ろ髪を引かれる。こっちを見てと叫ぶように必死な歌声。
 ………もう、聞かせる相手だっていないのに。
 この唄をくれた人は土の底に消えてしまったのに。
 あのぬくもりも優しさも。たったひとり与えてくれた真摯な自分を認めてくれる視線も………ないのに…………………
 それでも訴えるように唄が響く。
 ひとりにしないでと泣く、幼い自分の歌声が……………………………………
 塞いだ耳にこびりついた悲歌。誰も知りはしない、あの人と自分の見ることのできない絆がゆっくりと途切れた感覚にゾッとする。
 エレジーはどこまでも蝕むように耳を侵す。
 震えた四肢が蹲りたいと訴えても子供はそれを許さなかった。
 過去に…負けたくはなかった。
 噛み締めた唇が鉄の味を滲ませても、震えた身体を抱く爪が赤く染まっても、毅然と立ったままその背を晒した。
 互いに意固地な過去と現在。
 ………未来は、どうかなんて知らない。
 ただ立ち続けたかった。
 あの人が誇れるほどの強さを身につけたかった。願った全てを守れる、正しき力を所有したかった。
 手段も方法も知りはしない。混乱した幼い頭の中、冷たい地面を歩み始める。
 楽園を……夢見てなんか、いない。
 そんな囁きを裏切るように零れ落ちた涙が身を焼くほど熱く感じた…………………………………


 頬になにかが触れる。
 熱い。………アツイ。
 優しく撫で下ろされたその感触に夢がだぶる。
 寄せられた眉は解かれぬまま、恐れるように震えた睫がゆっくりと持ち上げられた。
 「…………爆殿……?」
 どこか気まづげな音が響き、頬を辿っていた熱が動きを止めた。
 それを確認してやっと詰めていた息を子供は吐き出した。………熱は涙ではなく、少年の指先だ。
 恐れることも怯えることも……悲しむこともない。
 深く吸い込んだ息が肺を満たし、激しく脈打っていた鼓動が僅かに静まる感覚にほっと息を落とす。
 遮られたカーテンの先、いまだ明かりは差し込まない。
 少年の顔を彩る仄かな明かりは灯籠であることにようやく気づいた子供は決まり悪げに笑んだ。
 ………時計は見えなくともいまが夜中であることは明白だ。
 そして自分も少年も比較的早く夜は眠る。それなのにこうして少年が起きているということは…………
 「……………うなされていたか?」
 自分が、とは囁かずに確認する子供に躊躇うような間を開けて少年は静かに頷いた。
 やわらかな灯火を浴びた少年の頬に微かな影が過る。
 その意味を知って子供は自分を覗き込む赤を覆い隠すように指で遮った。
 眉が不可解そうに動いたことが掌で直に知れた。それを受け流し、子供は深く息を吸い込む。
 「ば………」
 「夢を見た」
 焦ったように囁かれる自分の名を打ち消すように子供は口を開く。
 声に潜められて寂寞に少年が動きをとめる。
 ………子供の腕を掴んだ指先に微かに力がこもる。痛めないよう気遣いながらも決して解かれはしないそのぬくもりに、気づかれないよう子供は不器用に笑んで言葉を続ける。

怖かった。
         …………なにが?
悲しかった。
       ………なにが?
辛かった。
              ……………………なに、が?

 わからない。それでも不安がわきいでた。
 まるで煙りのように流れて、むせてもむせても肺にたまる一方で。
 根源の火をどうにかしなくては動くことも出来ないと、自分は知っている。
 躊躇う唇は笑んだまま。………閉ざした相手の瞳を覗きたいと思いながらも、いまはまだ闇の中。
 懺悔する咎人のようだとどこか震える自分の指先を眺めてぼんやりと子供は思った……………
 「昔の夢だ。………ひとりで、謳っていた」
 声は震えない。
 ……震えることを子供は自分に許しはしない。
 それでも少年は噛み締めていた唇を知っているのだ。
 嗚咽を零すことを拒んで、隣に眠る自分に縋ることもなく。
 ただひとり、耐えていた。
 歯痒いほどの高潔さで……………………
 「帰りたく……なりましたか?」
 囁く言葉の意味なんて、正直自分にもよくわからなかった。
 ただ…ひどく子供が郷愁的で。…………あり得ないどこかを、なくして取り戻せないなにかを願っているように感じて。
 ついた言葉に少年は唇を噛み締めた。
 ………帰りたい、なんて。いっても手放せないのに。
 自分の我が侭だけで子供を縛り付けたくないのに、それでももう、ひとり眠ることはあまりに寂しい。
 ぬくもりを覚えてしまった身にその途切れは日を奪われた花と同じ。
 あとはもう……萎れ枯れるしかないのだから……………………
 自身の傲慢な願いに囁いた言葉を悔恨で染めた少年の唇に子供の指先が落ちる。
 隠された瞳が、覗いた。
 ………思った通りに情けなく眉を垂らして…否。噛み締めた唇と歪められた眉で苦しげだといった方がいいのだろうか…………?
 暗闇の中、微かに灯る灯籠の火。
 少年に隠された自分にそれはあたらず、おそらくは表情も闇のなか隠されてくれる。
 帰りたいかときかれれば……頷くしかないかもしれない。
 幼い自分はいまだあの腕を願っている。
 ………それでも……………………………………
 「もう、帰っている」
 ちゃんと、知っているから。
 怯えて逃げまどう自分の魂を辛抱強く待ち続けてくれた誠実な指先。
 ………絡め捕られた魂。
 一度は失った自分の家。亡くすことが怖くて手に入れる努力を忘れた幼い頃。
 もう………帰る場所を間違える気はないのだ。
 自分は伸ばした腕をとった。自分は……腕を伸ばした。
 ホームシックなど、なる必要もない。
 少年の唇を覆っていた指先が僅かに大きい指先に搦められ…口吻けられる。
 祈りと鎮魂を込めておくられるぬくもりに霞んだ視界を子供は不覚そうに閉じた。


 唇に捧げられた熱にあたたまる心を優しくくるめながら…………………






 いつの日かシリーズ。何作目だ。というか何番目だ?(オイ)
 ハイムヴューはドイツ語でのホームシックです。………が、ハイムヴェーとどっちか忘れました(吐血)
 わからないよー、どっちだっけな………←資料がない。
 まあ間違っていたら馬鹿だこいつということで笑ってやって下さい。教えてくれたら小躍り披露。

 ホームシック。私はなかなかならない奴ですが。
 いなくなった誰かに会いに帰りたいと思うことはあります。
 絶対にもう会うことはないし、会えるわけもないってわかってる。
 代わりというわけじゃなくても大切な人はいるし、もうちゃんと新しい居場所はあるにね。
 後悔の念がある限り決してなくなることなく燻り続けます。
 あの人にとっての帰る場所が、自分のなかにもあったのだと知っているから尚更に。
 愛されていたのだとわかっていたなら…後悔はなかなか消えない。
 帰りたいと思うことが悪いとは思いませんけど、せめて自分ひとりそれに立ち向かっていられるくらいの気構えは必要だと思うのです。
 甘えさせてくれる腕に寄り掛かるのはやっぱり性にあわないらしい。私も、私の書く爆も(笑)