柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | 消えた景色。 ………当たり前のことにそれでも痛む胸を覚えている。 流れた時の分、変わる確率は増える。 わかっていた。頭の中では。 それでも……どこかで楽観視していた。 だってそこは、自分しか知らなかったから。 ………二人通ったあの人はもう……いないから。 だから誰も訪れることはないと思っていた。 それでも荒れ果てた土地。 あの頃の面影もない景色。 …………零れそうな涙は記憶という名を持っていたのか…知らないけれど……………………… この手に花を。 沈黙が……耳の奥まで占拠したような重苦しさに少年は小さく息を落とす。 別に言い争ったあととか、そういうわけではない。ただ何故か今日は起きた時からずっと目の前の子供はぼんやりとしていた。 野宿続きで身体に負担がかかっているのかとも思ったが、自分は置いておくとしても共に旅をしている少女もまた元気に意欲的に動いている。 精神力だけで体調などコントロールしてしまうのではないかと本気で疑いたくなるこの子供が、自分達より先に身体を壊すという姿はあまりにも想像出来ない。 口数の少なさも普段の寡黙さというよりは話すことが億劫そうなどこか間延びした返事だけで………… 熱を測ろうかと伸ばした指先はさり気なく躱されて、いまは樹にもたれ掛かったままぼんやりと空を眺めている。 こんな時になにかと子供の世話を焼いていつものような元気さをあっさりと取り戻させてくれるのは自分ではなく快活で社交的な少女で。 …………それなのによりにもよって運悪く少女は友人の呼び出しにあっていまは席を外している。ドライブモンスターを使っていったのだから、それほど子供と少年が急がないでいれば明日には合流出来るだろうと通信が先程入ったことを通達して……それっきり流れている沈黙の調べ。 こんなにも傍にいる愛しい存在は、けれどどこか心ここにあらずといった雰囲気で空だけを眺めていた。 ちらりと子供と同じように空を見上げてみればその先に広がるのは灰色がかった雲。雨雲というにはまだ成長していないその色にとりあえず夜までこの状態は保たれるだろうと少年は推測した。 風が……僅かに木々の間から吹いてくる。静かなそれは音すら零さずに少年の髪を揺らし、次いで子供の頬も掠めて消えた。 吐息のような微かな音が幼い唇から漏れて……消える。 それに気づいた赤がゆっくりと空から舞い戻り小さな子供の肩を見やった。 ゆっくりと息を吸い込む仕草。……珍しく深呼吸でもしているのだろうか………? 肩が大きく揺れ、静かに落ちる。それを数度繰り返し、まるで覚悟するかのように一度堅く結ばれたのだろう拳が腕に込められた力の具合で知れた。 子供の頬がゆっくりと動き……………小さかったその影を威風堂々とした絶対さを潜ませる背で隠す。 それを座ったまま切なげに見つめていた少年は声をかけられる前に自身も起き上がり静かに足を運んで子供の隣に近寄った。 無遠慮なまでに鋭い子供の視線が……突き刺すように少年を見つめた。 なにか語ろうとした唇が一度開いて、……けれど少年の瞳に言葉を奪われたように静かに閉じられる。 …………零れたのは微かな溜め息。 なんという目で…見つめるのか。 まるで寄る辺なき子供のように置いていかれることを畏れて。けれどそれさえも覚悟しながら付き従う殉教者のように静かな瞳。 深過ぎる深紅は虚勢すら見抜きそうで。ましてや偽りなど綴ることすら認めてくれない。 だからなにかいい言い訳をしようかと開かれた唇は頑なに閉ざされた。 ……………誠実に受け止めようとするものに対し、あまりにもそれは失礼だと知っているから。 逸らした視線の先に僅かに掠める少年の黒髪。微かな風に揺れる様に過去の日のビジョンが重なる。 それを恐れるようにゆっくりと子供は瞼を落とした。 どこかいつもと違う雰囲気の子供に戸惑うように………いたわるように少年が一歩傍に寄る。土の踏まれた音と気配の揺れからそれを察した子供は…けれど動くことなく間近に寄った気配を甘受した。 「爆殿………? どうかされましたか?」 小さな小さな少年の声。震えることを必死で自制した未だ大人になりきらないそれに、躊躇うような逡巡が返る。 風が……ゆっくりと二人を包み込む。 舞い上がった木の葉とともに二人の髪が空へと舞った時、子供の指先が己のポケットの中にある携帯電話を取り出した。慣れた手付きで己のドライブモンスターを呼び寄せる姿を見つめている間さえ、少年は返事を求めずただ静かにそこにいた。 それに微かな苦笑がもれる。 ………その面は心許なく切なげな癖に……それでも態度だけは自分の負担にならないようにと必死で。 不器用ないたわりはあまりに優しくて。 だから…………あんな夢を見たのだと、思う。 小さく息を飲み込み、子供は閉じた瞼をゆっくりと開いた。 弛まない視線がはっきりと示される。赤と交じる視線の揺るぎなさにほっと吐かれる息。……恐れるわけでも厭うわけでもなく……それどころかそうあることを望むようなその仕草にどこかくすぐったそうに子供が苦笑いを落として…ゆっくりと口を開いた。 「少し…行きたい場所がある。貴様はどうする………?」 ………やっと落とされた、子供の深き音に少年の頬が綻ぶ。 ついてくるなといわれたならどうしようかと惑った思いさえ見透かしていたのか。……それともただ純粋に誰かの存在が欲しかったのか。 それはわからないけれど……それでも心に灯る灯火。 舞い降りた大きな鳥の影に目を向け、笑んだ少年にどこか不器用に子供も笑んで後ろに乗ることを許すように鳥の背に飛び乗った。 思った以上の風圧が頬を掠める。体術に優れた少年であっても少々その抵抗は強い。………まして幾分小さめの体格を有している眼前の子供であったならふとした拍子に吹き飛ばされはしないかと視線を向けるが………悠然とした背はまるで地上を歩んでいる時と変わらないほどに静かにそこに佇んでいた。 別に修行を積んだわけでもなくて。………ただその意志だけで培われた絶対的なまでの背。 追い越すことを望むより、その背が弛まぬよう支えることを願わせるどこまでも清く寂しいそれを眇めた視線の中におさめたなら………不意に子供が足元の鳥に声をかけた。 小さなその声が目的地に近付いたことを知らせ、降ろすように囁く。………眼下を覗けば竹藪に囲まれた岩地で、どこか少年の故郷に似た雰囲気がある。 ………既視感に瞳を眇めたなら頬に感じる視線。 すでに降り立ったらしい子供の不思議そうな視線に促されて少年は地面に足をつく。舞う長い黒髪が優雅に靡き……どこか子供の視線を険しくさせた。 「ば………」 不思議そうにその名を囁こうとしたなら……遮るように子供は背を向け足早に歩き始めてしまう。 躊躇うように言葉をとぎらせ……微かな逡巡を醸しながらも少年もまた子供の背を追い掛ける。 土と草を踏む足音。……微かな竹藪の掠れる音。 ………………小さな音が沈黙の中零され、そしてまた消える。 それを幾度も繰り返したなら……不意に子供の足が止まった。消えた足音に落としていた視線を持ち上げ、小さなその背を見やった少年は………微かに息を飲む。 震えて…いた。 小さな背はまるで幼子のように頼り無く小さな震えを繰り返し……泣いていた。 嗚咽を零すわけでも、涙を流すわけでもない。 …………それでも泣いているのだと、知れた。 肌を突き刺すような寂寥が子供の背からこぼれるから。痛みも苦しみも哀しみも決して落とさない背が、初めてはっきりと少年に示したそれは切なさ。 詰まる息をもどかしそうに飲み下し、少年は一歩子供に近付く。 パキリと折れた枝が間延びした音を響かせ、子供の背を一瞬揺らす。それを眺めながらも……声のでない己の喉を少年は歪めた眉のした息苦しそうに酸素を嚥下させた。 肩が………ゆっくりと上下する。 落ち着こうとしている子供の様子に顰めた眉がより濃くなる。 遣る瀬無い。……どうすることも出来ないわけじゃなく……どうすればいいのかわからなくてただ戸惑っている自分が情けない。 祈る仕草で言葉を綴ろうと息を飲み子供の指先を包んだなら………驚いたようにその髪は揺れて………初めて振り返った。 大きな瞳を濡らすわけでも……まして赤く腫れさせるわけでもない。 それでもその濃い瞳の奥底に悲嘆と郷愁を隠して揺れた子供の目がまっすぐに少年を射抜く。手を離せというわけでも、慰めを欲するわけでもない無為の視線がいっそ痛い。 何も望まない子供。抱き締められることも包まれることも……まして癒されることさえも……………… ただそこにある。その貴重ささえ知らずに佇む影のなんと儚く尊いことか。 まるでそのままどこにでも消えてしまいそうなほどに自然に愛しまれて………………… 不安を溶かした赤がそれを晒すことを恐れるように伏せられ………俯いた唇が小さく掠れた音を落とす。 「ここは……どこですか…………?」 きっと……痛みを刻む言葉だと本当は知っていた。 それでも囁いてしまった。…………知りたかったから。 この子供がここまで心を揺らすなにかが、一体どうした意味を持つものなのか…わかりたかった。 そしてもしも可能であるのなら共有したい。こんなにもこの胸を軋ませるほどの瞳をひとり耐えることはないのだと……教えたいから。 揺れた視線。一瞬だけ閉じられた瞼は緩やかに逸らされ……静かに先程まで子供が眺めていた先に目を向けた。 その先になにがあるか見えず…少年は俯いた視線を恐れるように躊躇いながらも持ち上げる。おびえる視線の先に初め入ったのは子供の幼さの残る頬。 それを通り越して伺えるのは……………荒野。 荒れ果てた土地にはいくつかの手作りらしい遊戯道具が転がっていた。朽ちかけながら、という哀れな姿だったけれど。 息を飲む少年の仕草に小さく笑み、子供は顰めた眉をほどけないままに噛み締めるように音を綴る。 ………魂さえも掻きむしるような深さを秘めた寄る辺なき声音は、それでも震えることを厭って毅然と囁かれるのだけれど……………………… 「ここは……俺の育った場所だ。小さな頃はここだけが……世界だった……………」 昔は花が咲き乱れ、まるで竹藪に守られた楽園のような場所だった。たおやかな指先の少女が住む家で一緒に暮していた。…………ほんの数年だけ。 二人だけで暮すことが困難になって離れた。それでもいつかここに帰ろうと約束をして……結局は叶うことはなかった過去の記憶。 美しい故郷だった。そこで生まれたわけではないけれど…それでもここだけが自分の思い描く生きた世界。………心の奥底にしまい込んで誰にも晒せないでいたほどの………………… 愛しさだけの詰まった宝箱のような場所。決して誰も足を踏み入れないと…愚かにも信じていた。 揺れそうな視界を厭って子供はまっすぐにその荒野を見つめた。 予感は……あったのだ。 夢を、見たから。 なにもない崖の中、優しい影が手を振っていた。ここではない帰る場所を探しなさいと、やわらかな声が静かに響いた。 ………他に帰る場所なんて知らないと叫んだなら……示された指先。 いつも自分を抱き締めてくれた細く白い指先は自分ではない誰かを見つけて指し示した。 誰もいないと思っていた子供は訝しげにそれを見つめ、小さく息を飲み込む。 それを辿って振り返った先に佇んでいたのは…………………… 堅く握りしめられた指先。まるで消えるものを繋ぎ止めるような仕草に子供は少年に振り返る。 見つめた先に広がる赤。 ………冷たいはずの色はどこまでも優しくあたたかく自分を包む。 詰めていた息を緩く吐き出し、子供は微かに視線を眇めた。………覚悟をして、来た。だからいま胸裏をざわめかせる思いも予想していた。 耐えられると思っていた。ひとり赴いたなら泣き崩れたかもしれないけれど……誰かがいたなら自分は不様な姿を晒すことは出来ないから。 だから同行を乞うた。……それでもどこかで知っていた。 この少年が一緒では隠しきれない思いがあることを…………………… 痛ましく荒野を見つめる少年を見やり、それを断ち切らせるように微かに軽い音で子供は呟く。 自分は傷ついていないから、傷つくなといたわる音に少年の瞳が揺れる………… 「花の多い……綺麗な場所だったんだがな。仕方あるまい」 苦笑して噛み締めるように囁いた子供の瞳を覆う…少年の指先。どこか躊躇うような素振りを残すくせに有無をいわさないその仕草にきょとんと子供が目を瞬かせる。 微かに……あたたかい。 瞬いた睫に触れる発光に大きく目を見開いたなら………………その掌のなか鎮座する愛らしい花びら。 頬を伝って落ちたそれはまるで涙が花と変わったように美しくて………… 唖然と少年を見やったならその視線は遠く荒野を見つめていた。 少年の指先はなおも眩さを消さず…静かに小さな花を生み出した。やわらかな色をしたその美しい光景に魅入られるように子供が指先を伸ばしたなら……よりいっそうの瞬きを繰り返す。 奇蹟を起こす泉のような光に指を浸らせたなら……弛むことなく少年の豊かな声が響く。 ………癒すことを乞うような、慈愛に満ちた声音は切なく軋む胸を包むように優しく綴られる。 「まだ…生きています。癒せますよ。爆殿が手を貸して下さるなら…………」 大丈夫。……亡くしてなどいない。亡くさせや、しない。 失うことの痛みを知っている少年の声はどこまでも透明に子供の肌に染み込む。 この指先を溶かしたなら。 ………そうしたなら………………………… 優しい赤が見つめる先、幼い指先が躊躇うように重ねられる。 眩い閃光の先、空からこぼれるように降り注ぐ花は種子を孕み螢のような灯火は土地を癒す。 …………蘇るかつての風景に、子供の頬を一筋の光が零れ落ちた。 荒れ果てた荒野。切り立った崖。 佇む優しい彼の人の影は微笑んだ。 その指先が静かに指し示す。 ……………紅に身を包む、しなやかな少年の姿を………………………… 随分前に頂いた1枚のイラストが元ネタです。花を造り出したシーン。 妙に印象深くて、小説書きたいなーと思っていたんですが、その旨をお伝えしたメールの返事が来なかったので勝手に書いたという(極悪)←後日きました!すみません、驚かせました! 一度イメージがわいちゃうと気に入ったものはなかなか消えないで何回も何回も浮かんでは消えてを繰り返します。 おかげさまでだいぶ初めのものと違う物体になったような気が??(すでに覚えていない) でもようやく書けて満足です。 故郷がなくなることは辛いです。現在の事情だと昔のものが昔のまま残っている方が珍しい。 私が生まれた場所に帰ったなら、ここはどこだろうと悩むのかもしれない。 ………そう思うと当たり前に思っていた景色の大切さが身にしみますね。 大好きだった場所がそのまんま残っていなかったら、また自分達の手で作ればいい。 そう思って実行出来る人間でありたいな。 |
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