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柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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離れる事を知っていた。
彼は……一ケ所になど留まれない。
数多の腕が彼の救済を求め………それを切り捨てる事など出来ないのだから。

だから知っていた。
一緒にいられない事を。
………離れるだろう、悲しい予感。

それは互いを厭ってではなくて。
………思いが、消えたわけでもなくて。
ただ歩む道が分かってしまっただけのこと。


風を抱き締める術なんて知らない。





愚かしく流れる涙



 その背を見送った初めは……いつだっただろうか。
 不意に小さくなるその背を見つめて湧いた懐郷に遣る瀬無く少年は唇を噛んだ。
 視界からその姿が消え、緊迫した己の身体から力が抜けて思わず座り込みそうになる。
 ………いつも、そうだった。
 彼の背を見送らなくてはいけない時の、この虚脱感。
 共に歩む事のできない事実がゆっくりと魂さえも蝕むように力を奪う。
 わかては…いるのだ。彼が一緒に生きたいと言った意味くらい。
 同じ道をともになど、求めるわけもない……生きる意味を知った瞳が、互いを縛る約束など欲するわけがない。
 ずっと見つめ続けた背を見送る事は存外簡単で。
 こうして離れている間が不安とか…そんな考えさえ浮かばない。
 …………………生きている感覚さえ掴めなくなってしまうのだから。
 だから一緒には生きられない。
 そう思った。
 いつか……足枷になってしまうのではと、そればかりが怖かった。
 鮮やかに咲くその花弁を自分が毟り取るのかと思うと息も出来ない。喘ぐように祈るように……口をついて出た言葉が決別の意味を内包する事くらい……あの小さな背が判らないわけがない。
 それでも道が違うなら……………
 拙い足先で辿々しくも歩ける気がした。
 ……幼い背を見つめずにいたのなら………………
 漏れる呼気が切なく軋む。
 胸の痛みなんか知覚も出来なくなる。
 正しいか間違えていたか……判るわけがない。
 ただ受理された。
 恐ろしく呆気無く…………退屈そうな瞳が震えた声を受け入れた。
 たった…………それだけ………………………………………


塞き止める事も出来ない涙の所存など、知らない。
その意味も価値もいらない。

………ただ…あの瞳を注がれたい。

それは決して口には出せない最後の祈り。


 木枯らしが身を切るように吹き掛けた。それにコートも着ていない肌は一瞬だけ寒気に緊張する。
 そんな感覚をやり過ごし、少年は小さく息を吐く。
 久し振りに出かけた町中はクリスマスのイルミネーションに彩られていた。それを眺め……やっと少年は今日がクリスマス当日である事を知った。
 ずっと山に篭っていたせいですっかりこうした年間行事に疎くなっている自分に軽く笑い、唇から白く彩られた吐息を零しながら辺りを見回した。
 雑多な通りには普段からは想像も出来ないほどの密度で人が歩いている。
 ケーキを買いに来た親子や、肩を並べて語らう男女。明るい声を響かせている少女たち。
 自分には随分縁のない光景ばかりで浮かんだ笑みが少しだけ寂しく沈みそうになる。
 …………なにかに必死になっていた頃の方が、充実していた。
 たとえ世界が危うくても、痛みばかりが積み重ねらた時があっても。それでも確実に注がれていたものを知っている。
 この手が抱き締める事を許されたぬくもりを、知っていたから。
 それももういまはないのだけれど……………
 会えない時間に………慣れたと言うべきなのか。
 そんな事を不意に考えてしまう時点で断ち切れていないと少年は苦笑した。
 鮮やか過ぎる幻影は残像にさえならないで、瞼に焼き付く必要もないほど自分の身に沁みている。
 初めに……その背を見送ったのはいつだったか。
 不意に湧いた問いは過去にも繰り替えした問い掛け。
 ………初めは共に生きていた時。互いの差も、夢の違いも、………まして生きる道など確信もしていなかった頃。
 その背を見送るしか出来なかったあの時が………初めての別れの道。
 幼い背はたったひとりなにが待つかわからない建物に向かった。力にも……なれない事実を見せつけられた。
 肩を並べて戦いたいなんて、どれほどの思い上がりだろうか。
 ………危険だと、はっきりと宣言された。だから一緒にと駆け寄った自分達。
 助けられないかもしれないからひとり行くと言った子供。
 何もいえなかった。そんな必要はないとその背を追い掛ける事だってできた筈なのに……………
 一緒に生きたいなんて、傲慢だ。
 ………力になれるなんて、どうして思えたのだろう。
 子供の言葉に反論も出来ない身で………………
 その時から予感していた。離れる日のこと。
 怯えてずっと先延ばしにしていただけで…本当はもうあの日に決定していたのだと、ありふれた考えで納得する事は簡単だ。
 あの視線がなければ、きっとどんな事だって耐えられる。自分を弱くするのは……強く鋭い、あの深き視線だけだから。
 心の底さえも覗き込まれるような静謐さ。
 …………どこまでも深く受け入れてくれるその情深き懐に包まれてしまったなら、きっともっと愚かしく堕ちる事ができたのに。
 そんな真似、彷佛させる事もない潔癖さは、互いの背を弛ませる事なく導いてくれる。
 だから手放した。
 ………だから逃げ出した。
 彼を貶めたくなくて。…………嫌われたく、なくて。
 溢れそうな吐息を飲み込み、少年はゆっくりと空を仰ぐ。曇った空は泣き出しそうに暗い。どこからか雪が降るなどと言う声も聞こえたけれど、それももうどうでもいい。
 静かに落とされた瞼は暗闇を映し、ゆっくりと歩を進めた。
 冷たく凍えた身を溶かすぬくもりなどある筈もない家路につくために…………………………


 自分の足音がやけに大きく響く。………耳の奥にまで谺するその音を聞きながら少年は山道を歩む。
 気晴らしになったような……余計に気が重くなっただけのような外出だったが、時間を潰すくらいの役にはたった。
 久し振りの外出の理由がそんなものである事に苦笑ともつかない笑みが浮かぶ。どこかに行くとか……なにかしたいとか。そんなもの全てが後回しになってしまった。
 …………あの小さな背が頭から離れないから。
 突然修行を取り止められると、なにをしていいか判らなくなってしまう自分に辟易するが、それでもまだ……足りない。
 もっともっとと飢える自分に時折驚かされる。求めても求めても飽き足らない。
 なにが欲しいのか時折判らなくなる。それでも枯渇した心は己を高ぶらせるものを探す。
 棒を持ちそれを奮って鍛練している間はそんな雑念さえも払い除けられるから……余計に没頭して、師に禁止令まで出されてしまったのだけれど…………………
 基礎メニュー以外の一切を許されなくなってしまった少年はなにかを探しに歩き回る。いっそドロドロに疲れて眠れたならよかったのかもしれないが、その程度の運動量で疲れる事もない。
 明日はどうしたらいいのかと溜め息のように空気を白く染め、少年は見えてきた自身の家を視界におさめた。
 ……瞬間、硬直する肢体。
 畏れるように震えた四肢を自覚しながらも声もでなかった。
 赤い瞳には幼さをいまだ残した愛しい容貌が蘇る。その背が視界に入っただけだというのに………………
 ………離れたあの日からまだ2回季節が変わった程度だというのに……堪えきれないほど懐かしい。
 伸ばしたくなる腕が…………震える。
 駆け寄りたい足が……震える。
 それでも詰めた息と噛み締めた唇だけでその衝動をおさめ、少年は踏み締めるようにその影へと近付いた。
 近付いた気配に揺れた肩。………いまだ自分よりも二回りは小さい。
 鼓動が高まる。震えが初めて四肢を侵した。寒さからではなく…たとえようもない歓喜から……………
 喉が蟠る。ほんの僅かのこの距離が、ひどくもどかしい。
 駆けていく事ができたなら…どれほどよかっただろうか…………?
 その資格もない足先は重く土を踏み締める事しか出来ないけれど。
 それでも声をかけたくて。
 それでも………立ち去って欲しくて。
 相反したままの思いに音を重ねる事もできずに足音だけが静かに響く。
 わかっている筈の子供はそれでも動きはしない。
 少年の家を眺めているのか、遥か彼方の薄雲った暗い空を見上げているのか……じっと虚空を見つめている。
 不意に沸き起こる焦燥感にゾクリと肌が泡立った。
 「爆………殿……………?」
 畏れるように響いたのは泣き出しそうな子供の声音。
 やっと、揺れた小さな肩はゆっくりと振り返った。
 …………ずっと見つめていたくて……それでも畏れ続けた視線。
 電流に侵されたように身体が跳ねた。
 子供もそれに気づいたが……その唇は何もいわなかった。
 振り返ってもなにをいうでもない子供を見つめ、少年は言い様のない感覚に襲われる。
 それとも……白昼夢とでもいうのか。
 ……………どこか現実離れした意識が子供の頬に指先を滑らせる。
 愛しく引き寄せて……囁きかける。至極当然のように…………
 手放した身でなにを愚かに願うのかと己を自嘲する笑みも落とせない。鋭敏過ぎる子供の感覚がそれを取りこぼす事などあり得ないから……………

貶めたくない。
枷になどなりたくない。
共に羽撃く翼がないなら……離れたい。
愛しき影が艶やかに舞う姿を奪いたくないから。
だから……………

 コクリと、息を飲み込む。覚悟を決めるために。
 もっとも……その腕を手放したあの時以上の覚悟なんて、存在する筈もないのだけれど…………
 ゆっくりと唇に笑みを象らせ、少年は震えそうな声を自制して囁きかける。
 …………どこか機械的に…………………
 「お久し振りです。なにかご用ですか………?」
 能面のような似合わない笑みに子供の瞳が瞬く。じっと見つめる視線が……不意につまらなそうに眇められて逸らされた。
 あの時と…同じ仕草に身の奥が悲鳴をあげるように軋む。
 視線の揺らめきにそれを感じ取り、子供は軽く息を落とした。
 ……………くだらない事、この上ない。
 互いに痛みあって惜しがって、それでも離れなくてはいけない理由は一体どこにあったのか。
 見つめた視線に含む問いに気づけないくらい余裕もない少年は、子供の祈りの先になにが坐ますか知る由もない。
 手放す事に苦痛を覚えないわけじゃない。それでも……なにを思っての言葉か判らないわけじゃないから、受理した。
 確かに世界は魅惑的で、約束すら残せずいつ果てるかも判らない未到の地を好んで赴く自分を待っていて欲しいなど……言えなかった。
 もしも自分以外の誰かを彼が望むなら、止める事は出来ないといつだって覚悟して互いの道を歩む事を決めていた。
 愛しまれたいから……ともに生きたいと囁いたわけではないから。
 少年を見つめる事は自分に勇気をくれる。疲れて何も考えたくない時に無条件で受け入れてくれるその優しさが、自分を支えてくれたから。
 だから受け入れた。自分が痛んだ事なんか、絶対に悟らせない鋼鉄の心のままに。
 流れた時のあいだ、空知らぬ雨がこの身に注がれても………耐えようと思っていたのに。
 もしも彼に思う相手がいるのなら、と……………
 だから、試してみた。
 …………もしもそうであるなら、今日という日をひとり過ごす事はないだろうから。
 こんなにも浮かぬ顔で泣きそうに……自分を見つめる事はないだろうから。
 もう一度紡ぎたいと思う事が罪だと囁かれても、伸ばす事を知った腕が堪えられるわけがない。
 独り生きる事のできた自分に、独りの寂しさを教えたのだから……責任くらいとってくれてもいいではないか……………?
 逸らした視線を少年に戻せば凍り付いた気配が溶ける感覚。………どこか極まり悪げな眉はそれを自覚しているからだろうか。
 ゆったりと、昔と変わらぬ笑みを浮かべた子供はつ…と少年へと歩を進めた。
 近付いた気配に、少年の鼓動が跳ね上がる。思わず後ずさりたくなる自分を引き止める事に必死で………子供の肩がそのまますれ違った事に一瞬気づかなかった。
 「もう終った」
 小さ過ぎる囁きはどこか幼い響き。
 ………時折零される甘えるような………………………
 けれどそれを囁かれる絆を断ち切ったはずで。困惑した瞳はただゆっくりと離れる小さな背を見つめる。
 追い掛けて抱き締めて………口吻けて。
 そうできたなら…………どれほど……………………………
 小さな背が立ち去る。………ずっとそれを見送るしか出来ない…歯痒いほど力ない自分。
 揺れた視界を厭うように……愛しさを押し込めるように落とされた瞼から止め処なく落ちる雫を凍らせるように冷たいなにかが肌に触れる。
 ……………舞い降りた雪を見つめる事も出来ない瞳は固く瞑られ…凍てつく肌を晒すだけで動く事も出来ない。
 小さな背が消える残像だけが脳裏を占め、他の何も知覚出来ない。
 振り返った子供は……雪の中佇む自分より大きいはずのその肢体を見やった。
 涙して震えて……畏れるように耳さえ垂らして。
 それほどの自制を総動員してまで何故離れなくてはいけないのかなんて……考えた事もないのだろうか?
 降り注ぐ雪が白く白く少年を染める。多分……自分のことさえも。
 いっそ真っ白に溶けたなら、少年の不安も消えるというのか。
 ………………そんな愚かな願い、互いに望みたくもないから…少年もまた離れる事を選んだのだろうけれど。
 雪の中で琥珀の中に眠る虫のように小さく凍ろうとする少年に、子供の足先が向けられる。
 駆けたその音さえ、雪の気配が掻き消した。
 不思議な静寂の中、ただ気配だけが優しくあたたかく互いへと募る。
 振り返って、もしもまだ笑んで見つめているなら………もう暫く待とうかと思った。
 まだかけた声もその胸に染みない、虚無に浸っているのだろうから。
 けれど賭ける思いで見つめた視線に刻まれたのは願いを零した涙だったから。
 雪に侵され冷たい少年の肌に………ぬくもりが降る。
 ………誰の、なんて…わからないわけがない。
 その気配を、ぬくもりを間違うなんて……あり得ない。
 溢れた涙を掬うように頬を辿る細く小さな指先。まだ幼いそれが少しだけ乱暴に拭い……………あたためるように唇が触れる。
 驚いたように跳ねた肌に、それが現実である事を悟った少年の瞳が初めて見開かれた。
 ………久し振りに間近で見つめた赤は切なく瞬き……戸惑いを隠さない。
 それに苦笑し、子供が頬を包む指先もそのままに囁きかけた。
 「俺はサンタじゃない。………まだ貰う側だしな」
 「……………?」
 その囁きの真意を読み取れず、怪訝そうに赤が子供を見つめる。
 …………変わらない、言葉を知ろうと向けられる真摯な瞬き。
 流して有耶無耶になどしない、どこか生真面目で不器用な……………
 「ねだった事もないがな。…………一度くらい……いいだろう………………?」
 少しだけ背伸びして………子供の唇が掠めるように少年の吐息に触れたなら、凍えた頬に鮮やかな朱が灯る。
 いつもお互い…はっきりなんていわない。
 それでも判る。伝わる。………感じて、しまうから。
 その心の琴線の微細さを…………
 だからいまだって……わかる。
 子供の言葉の意味。…………自分の願いの浅ましささえ、わかってなお伸ばされた腕。
 伸ばしたい腕。抱き締めたい、肢体。
 そのぬくもりを分かち、支えとなって……歩むその背を押したかった。
 それでも自分は求めてばかりで。願ってばかりで……………
 いつかその美しい背を震わせるのではないかと畏れてばかりいた。
 伸ばされた腕にも、いたわられている心にも気づかない愚かしさ。
 ……………それさえも許し、なおこの愚かしい涙の主がいいと伸ばす腕の尊さに息が詰まる。
 凍えた腕が…躊躇うような逡巡を経て、細く幼い腰肢を抱き締める。それまで緊張していたのか…触れた肌からゆっくりと力が抜ける感覚に祈りにも似た愛しさが身を占めた。
 手放す事が正しかったのか。
 ……その腕をとった事が正しかったのか。
 そんな事判らない。
 それでも求められ…求めて。なおも来るか判らない未来を畏れて離れる事は愚かだと、涙を掬う御手が囁きかける。
 久方ぶりに触れた唇は雪よりもなお冷たい。
 ………ぬくもりを願うように頬を包む腕が揺れたなら、注がれる口吻け。
 白く白く世界が染められる。
 そんな中、僅かに赤く染まった頬を残し、子供の頬が少年の肩に埋められる。




白く白い………純白の世界。
真っ白になりたいなんて馬鹿な願い、持つ気もないから。
いっそ染めあげて。

………………赤く赤い…君の瞳の色。






 暗いんだか甘いんだかはっきりしろよ………とか自分でツッコミ入れたくなりました。
 ちなみにイメージソングはBZの「もう一度キスしたかった」だったりします。
 いや……あれは別れてっけどね。爆が違う場所でしか夢が叶えられないからって諦めるわけはないなーとか。
 …………ええ、そうですよ。あんまり見えないだろうけど、うちの爆はかなりカイのこと好き………(遠い目)

 ついでに戯言もうひとつ。
 あの………私もしかしなくても物凄く久し振りに「口吻け」と描写した気がします。
 ん?あんなにカイ爆書いておいてキスもまともにしていなかったんかこいつら。
 ある意味らしい二人でございましたとさ。

 つうわけでまさにクリスマス当日に書き上げました。
 実習復帰第一作がこれかと思うとどうよという気もしますが、一応お持ち帰り自由にしておきますので。■配布終了しました■

 ……サンタにゃなれない事を悟っていますのでそっとしておいてやって下さい。