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柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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許せること。
許せないこと。
そんなもの、知らなかった。

世界の全ては優しく美しくて。
………哀しみさえ浄化出来ることを知っていたから。


心の底、蟠るものなんて………知らない。





消えない隻影(せきえい)



 ふと、空を見上げる。
 それはあまりにも何気ない仕草で誰の目にも止まらない………いつの頃からか身についた癖。
 まるで小さなその背を押しつぶす重みを見上げているような、癖。
 遣る瀬無く寄せられた眉にさえ気づけない背中の主を憂えて見つめても詮無きこと。その人の中にある傷を、誰も肩代わりなど出来ないことを、自分はよく知っているのだから………………

 小さく息を落とす。………正直、話し易いことではないから。
 幾度かそれを繰り返していたせいか、見つめた先の影がぴたりと止まる。地面ばかり見ていたせいで下がっていた視線を持ち上げてみれば不機嫌そうな子供の顔が映り、苦笑しか零せない。
 「…………言いたいことがあるならさっさと言え。鬱陶しい」
 僅かないら立ちを込めた声。
 ………それが震えるかもしれないからこそ、言い出せずにいるのだなどと言ったならきっと怒髪天を突く勢いで怒鳴られるのだろうけれど。
 もう一度小さく息を落とし、苦笑のままに少年は空を指差した。………言っても言わなくても不機嫌であることには変わらない。それならば、せめて隠したまま苛立たせるよりは、知らしめた方が幾分ましか。
 欠片ほども計りにかけられる問題だなどとは思っていない身で、そう思い込まなくては口にも出せない。あまりにもこれは、自分達に根深く蔓延る意識……だから。
 「一度……来るそうです」
 空の先、誰かなんて囁かない。
 それだけで充分知らしめることのできる相手なのだから、言わない。…………はっきりと囁くことさえも躊躇われる、から。
 そうして確実に読み取れる相手にただ知らしめることもまた、残酷なのかもしれないけれど…………
 困ったような苦笑の先、未だ幼い顔の大きな瞳が……無表情に彩られる。驚くことを自分に戒めて、冷静でいようとするかのように…………………
 心構えなくして出会うよりはと、師から伝言を頼まれた。幾度嫌だと言いそうになったか、判らないけれど。
 反応が、判りきっていた。どうせなにもなかったかのように小さく息を落として前を向くに決まっている。誰にも、その心を吐露することなく………………
 それでも他の誰かにそれを教えられるより……自分が教えたかった。
 微かに……息を飲む音。続いてゆっくりと瞼が落とされ、自分よりも小さな背が晒される。
 「………そうか…」
 震えることさえない、幼い声。哀しみに濡れることさえないと知らしめるそれに、少年の指先が伸びた。
 本当は伝えたくなかった。………でも、伝えなくてはいけないのであれば、他の誰でもない自分が伝えたかった。
 ほんの少しの自惚れ故に…………
 「…………カイ?」
 唐突に包み込んだ腕を訝しげに見つめ、離すように示す指先が腕を軽く叩く。それでも動かない相手に振り返ろうとして……やめた。
 少しだけささくれだった心に、ぬくもりが心地いいことは知っている。………欲しいと、求めることのできない自分の性格もまた、熟知している。
 わかっているから与えられているのだろうこともまた、知っているから。拒まない指先が自身を包む腕に添えられた。
 それに小さく安堵の息を落とし、カイの声が静かに響いた。
 ………どこか、切ない旋律のまま……………………
 「爆殿は、結構淡白ですよね?」
 囁きの真意を掴み損ね、爆が眉を寄せる。それに気づき、抱き締めた幼い肢体の小さな肩に顔を埋めて囁きが続けられる。
 「嫌ったり憎んだり……そういうこと、苦手じゃないですか」
 こちらが危ぶみたくなるくらいなんでも背負い込むほど懐が広いからか、ただの性情か知らない。ただ……判る。全ての負の感情を浄化する術を、この子供は携えてしまっている。心のままに悲しむことも怒れることもできる癖に、どこかでそれを戒めている。
 だから、言いたくなかった。
 ………知らしめることはもとより、見せつけられることをどこかで恐れていた。
 怯えていたのは伝える内容ではなく子供の反応。腕の中の思い人が灯す感情が怖かった。
 それでも壊れそうで、怖いから。………他の誰かに言われるよりも、自分が言いたい。
 とんだ自惚れだと笑われたとしても……………
 「炎のことも……もう許しているんでしょう……………?」
 囁きが残酷であることくらい知っている。
 ……………それでも、間断なく腕に触れる熱い雫の存在に目を瞑っても、囁かなくてはいけない言葉があることくらいわかっているから。
 絶え間なく響く、優しい声音。
 頬を伝うそれを優しく指先で拭い、微かな胸の疼きを霧散させながら少年が問いかける。
 「………でも、許せなくてもいいと思いますよ?」
 びくりと怯えるように震えた小さな肩。…………許せないことを恐れている、健気な魂。
 息を乞うように小さく開かれた唇から、それでも震えない声が紡がれた。
 「あいつは……間違いを認めたし、自分の道も見つけた。許すとか、そういう問題は関係ない」
 だから自分は何も言わない。………許すとか許さないとか、そんな次元の問題じゃないのだから。
 そう囁けばどこか困ったような苦笑の気配。なにを言わせたいのかくらい、気づかないわけじゃない。………それでも口に出すことが恐ろしい言葉くらい、あるのだ。
 わかっているらしい背中のぬくもりが、少しだけ悔しいけれど……………
 「許せなくても嫌っても、いいんですよ?」
 心がある限り、傷つけば恨むのが当たり前。
 ………全てを許せる聖人君子なんて、この世に存在しないし、する必要だってない。
 相手を思うから、感情が生まれる。それならば、たとえ負の感情であったとしてもそれは相手を認めているからこそ。
 他の誰にも見せないそれを、確かに示す相手がいることを恥じることはない。……醜いわけでは、ないのだから。
 きっと……それは特別ということだから……………
 「………少し、羨ましいくらいです」
 ほんの少しの羨望を秘めて囁かれて、カイの声。…………どこか、本気の囁きに驚いたように爆の瞳が見開かれる。
 馬鹿な、言葉だ。嫌われたり憎まれたり、嬉しいわけがない。
 それでも自分がたった一人に向ける感情だから、羨ましいとでもいうつもりなのか。
 ……………くだらないと、切り捨ててしまえばいいこんな稚拙な物忌みを、それでも本気で汲み取ろうとする誠実な指先。
 それに敬意を込めて、囁きが生まれる。
 僅かに軽くなった心のままに…………………
 「嫌いな……わけじゃない。ただ、ずっと引っ掛かっているだけだ」
 それをこそ憎悪とか、憎しみとか………嫌悪とか。
 自分の嫌う感情に結びつくだろうことがわかっているから、忘れてしまいたかった。………許して、消去してしまいたかったのに。
 消えてくれない蟠りに、喉さえ塞がれる。思い出しただけで、身を裂く裏切りの記憶が肌を怯えさせる。
 綺麗なままでいたいなんて、どこかで思っていたのか。……憎むことなく恨むことなく生きることの難しさくらい、知ってもいい筈なのに……………………
 「いいんですよ、そのままで。爆殿は無理矢理納得しようとし過ぎです」
 ……………嫌悪して、傷つくのが自分でないことくらい知っている癖に。
 相手を悲しませたくないから、浄化された切ない思いたち。……深い慈悲故に、己の身を裂いて、心を痛めて。そんな真似をしなくたって、いいのだ。過ちは償うべきなのだから、全てを許さなくても……心のままに嫌っても、それは仕方ないこと。
 いつか道を正した相手の姿を見つめることができれば……それだけで十分な許し、なのだから。
 「第一、こんな焼きもち……ごめんですよ」
 小さな溜め息が深く吐かれる。肩に埋められた少年の唇がどこか悔しそうに噛み締められていて……微かに爆の唇が笑みに染まる。
 どこか不貞腐れた感の残る幼さに間近な髪に頬を埋め、爆が小さく小さく囁きかける。
 「………なんでもかんでも見通すお前も、嫌いだ」
 同じ言葉で、確かに恐れていた響きなはずなのに。
 …………まるで、睦言のような囁き。
 感情の不思議なんて今更だ。そんなこと、誰かに言われなくては思い出せないほど、張り詰めていたのか。
 余裕のなさを詫びるように僅かな甘えを込めて頬を寄せれば、髪から覗く長いその耳さえ赤く染まる。
 返答を求める仕草に、言い倦ねているらしいカイの肩が僅かに震えている。催促するように自分を包む腕を叩いてみれば、ビクリと身体が跳ねた。
 「えっ…と………こ、光栄です………」
 なんといえばいいのかなんて判るはずもなくて、間の抜けた答えであることを知っていながら呟かれた言葉に子供が小さく笑う。

 もう大丈夫だと、煌めく瞳に残された最後のひと粒が囁いた。






 というわけでして、こちらは朱涅ちゃんのサイト10000HITおめでとう小説。
 ………リク聞いたらなんだったと思いますか?
 「カイ爆で、爆がカイに対して”嫌いだ”、と言う話」
 私に恨みはないか小一時間ほど問いつめなくてはいけないですかね…………。このところ見事なくらい私が苦手そうなジャンルを頼まれている気がしてならないです。フフフ……………

 私は人嫌うの嫌です。できれば誰もを好きでいたい人間です。まあ不可能ですが。
 私にとっては血の繋がりが一番愛しくて……一番嫌悪の対象です。許せないと思っているのも血縁者だけですし。でも許せないのでも嫌っているのでもなくて、どちらかというともう10年にもなるというのに未だ割り切れない自分が厭です。だから負の感情を感じないように一時期してみたんですけどね。それすると生きている感覚なくすのでやめました。つまらないし。

 そんなわけで今回の「嫌い」もそんなイメージ。
 相手が嫌いなのか自分が嫌いなのか、その境が判らないから……それなら全部浄化してしまえばいい。
 でもそうする必要もないんですよね。嫌うことはまた、別の意味で特別で、強くそこまで考えられることはある意味すごいと思います。
 でもやっぱり嫌うのは怖いですが。同じ感情を返される覚悟がなきゃ、人を嫌うべきではないとは思います。
 一方的な感情は成立しないだろうから。