柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
ちらりちらりと舞い落ちる。 時の彼方 静かに目を開けてみれば見慣れた天井が視界に入る。 ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出す。 ……………僅かに脈打っていた心臓の鼓動の大きさはゆったりと静まり、子供はゆるゆると起き上がった。 緩慢な動きに苦笑する気も起きない。あまりにも鮮やかな残像がいまもまだ脳内を占めている。 忘れて、いたのに。 その人のことを忘れることなど出来ないくせに、その笑顔も……顔さえも、思い出すことを恐れていたのに。 まっすぐに自分に差し出される指先。印象があまりに優しく穏やかで……空気のようにひっそりと、その癖なくてはならないほどはっきりと示されていたから。 捏造された記憶。 生々しい思い出は斬り付ける刃のように思考を破り感情を曝け出すから、恐れて隠蔽される。あまりにも無意識のそれは……ずっと自分自身でさえ気づかなかった。 なんで気づいてしまったかなんて、いやになるほど明らかだ。 なんて厄介で迷惑なことだとどこかで疎ましくも思う。 小さく溜め息のように息を吐き出して俯きかけた顔を起こす。…………何故か口元に灯っていたのは困ったような微苦笑だったけれど…………… 夢などずっと見なかった。………否、記憶していなかった。 思い出すことをどこかで厭っていたから。ずっと、置いて行かれたと思っている幼さが残っていたから………… あんまりにも優しかったから。 あんまりにも理解してくれたから。 …………あんまりにも信頼してくれたから。 その人がいなくなったことを知りたくなかった。突き付けられて流れた涙の意味など判るわけもない。 ずっと一緒にいたかった。母というには幼さの残った人と、運命がもぎ取らなければ大差ない寿命を持っていた筈だったから。 無意識の期待は増幅して、それを決定事項に変えていた。 当たり前、なんて……誰が決められるというのか。 それでも突然消えたその存在の大きさに戦いた。幼過ぎた自分には、つらいという観念さえも麻痺させるに足る出来事だった。結果……恐れを忘れなければ立っていられなくなった。恐怖を隠して…虚勢を身に付けるなんて愚の骨頂と自分でも思うけれど。 再び落とされた溜め息とともに、ドアが開く気配。 それに視線を向けてみればきょとんとした少年が顔を見せた。ドアの奥からいい匂いが漂っているから、きっと朝食が出来たと声を掛けにきたのだろう。 時計を見るために視線が逸らされれば、確認するより早くにやわらかな音が捧げられた。 「今日は随分早いですね。6時前ですよ」 「………目が覚めただけだ。飯か?」 「あと少しでご飯が炊けますから。もう少しです」 6時を過ぎれば大丈夫と言いおいてカイがドアを閉めようと身体を引く。 緩やかに流れる黒髪。 精悍な指先が、離れる。 重なりかけたビジョン。顔も思い出せなかった人の、それでも忘れられない面影。 息を飲んでみれば、再び開かれたドアに、今度は爆が訝しげに眉を顰める。もっとも、そんな真似をされなくても顰められたまま沈下させることに必死であったのだろうけれど………… 「………スミマセン、包みをとりに来たのを忘れていました」 どこか照れるように顔を赤くして、入り込んできた黒髪の人。ずっと、願っていた。間違いだよと笑ってあの人が帰ってくることを。 あり得る筈のない夢想。不可能な祈り。…………永遠の呪縛に身をゆだねる所行に吐き気さえするのに、やめられなかった。 薄暗い室内では少しくらいの表情の変化は判らない。まして僅かに俯いた爆の顔を覗き見ずに気づくなんて、無理に決まっていた。 それでも……噛み締めた唇だけは瞳に悲しくなるほど鮮やかに映えるから。 タンスに伸ばされかけた指先が、止まる。 どこか不機嫌な子供。………子供と、思える所作は数少ない癖に、それでも印象をそう色付けたことに今更ながらに気づいた。 詰まりかけた息をゆっくりと嚥下して、カイは静かに足を運び爆に向き直る。微かに俯いた頤は覗けず、前髪に隠された視線の強さも感じない。視線を逸らしているのか、あるいは視線そのものを閉じ込めてしまっているのか。 理由なんて……判るはずもない。 耐えられると自ら決めたことを、彼が口にする筈がないから。言わなくてもいいことと、傷を抱き締めてしまう悪癖も愛しいとは思うけれど。 ………痛みを感じない人間はいないのだから、何もかもを我慢しなくてもいいと……知って欲しい。 自分ごときがそれを知らしめられるなんて、傲慢かもしれない。 それでも……………… 「爆殿………?」 声を注ぐことを恐れるつもりはない。 分不相応なんて、もうとっくの昔に身に染みている。その上で、伸ばした腕を躊躇いながらもとってくれたから。 震えることなく語りかけたい。怯えることなく指を差し出したい。 祈りとか願いとか、そんな在り来たりな言葉で括ることなど出来ない思い。………あるいは自己満足と嘲笑されるかもしれない。 それでも口元に浮かぶのは笑み。 知って、いるから。愛しいと思ったなら、相手の笑みが自分の笑みに変わる。それを望んでなにが悪いのだろうか…………? 心憂えているならば、それを掬いとりたいと思うことを罪だなど誰が糾弾するのか。 「……………………」 僅かに顔が動き、晒された頬。逸らされた面の意味は少ない選択肢から想像するしかない。 一歩、近付く。…………怯えるように微かな震えを感じる。それは琴線を侵すが故の、震えか。 ベッドのそばに膝を下り、床に足をつければ落ちた視線の分、顔を覗ける。 厭うように更に顔を逸らされる。知っている。………逸らされるのは自分になにかを重ねたくないときの所作。 過去など知りはしないし、無理に聞きたいとも思わない。 …………ただ、ここまで彼が思う人に、僅かであっても自分が似ているというのなら……少しだけ誇らしい。それほどの価値がある腕かどうかは判りはしないけれど…………… 「今日はとてもイイ天気ですよ」 なんてことはない会話。………逸らされたままの気配が、少しだけ揺らぐ。 それでも頑さに変化はない。微かな苦笑を溶かして、カイは立ち上がり、ベッドに膝をつく。爆を通り越してベッドの奥、窓にかけられたカーテンにカイの腕がのびる。シャッと威勢のいい音とともに差し込まれた陽射しに一瞬ついていけなかった爆は数度瞳を開閉させた。 背後に感じる気配。やわらかなそれに固く唇を噛む。…………誰かが誰かの代わりになることはない。それと同じように……その面影を誰かに見つけたくはなかった。双方ともに侮辱するようで。 それなのに………… 「だから、今日は外でご飯食べましょう。ちょうどいま、花も盛りですしね」 優しい音があたたかく迎え入れてくれる。痛みを晒すことを恥じるなと………恐れるなと。 …………どんなものでさえ受け止めてくれるというように。 怯えた視線がその音に惹かれて盗み見るように背後を覗く。 陽射しが、眩く舞い散る。 風に靡く黒髪が鮮やかに透き通る。 長い耳と頬しか見えない少年の面。…………振り向かないかと僅かに望んでみれば、応えるように振り返った。 やわらかな、笑みとともに。 ………………思い出さないわけじゃない。 忘れることなんか出来ない朧な記憶。 零れそうな懐かしさを飲み込んでみれば伸ばされた腕。 似ているとか……いないとか。そんなことは本当はどうでもいいのかもしれないと思う瞬間。 いまこの時を共有出来る誰かと、それを心地よく思う自分。 わかっているのはそれだけ。 それだけで、十分なのだと教えてくれる。 承諾の頷きに、注がれるぬくもり。 離れはしないかと少し思って。 …………添えられた指先に灯った笑みの気配。 ちょうど読み終わった本の感想的ですねー。 選択的忘却、しちゃうと思うのですが。爆とシスターの関係考えると。 かけがえがなかったのに突然いなくなって、悲しいけど同じくらい自分を置いて行ったことを恨めしくも思って。 大好きだった筈の笑顔も、いつだって一緒にいた筈のその姿さえ記憶がなくなっちゃう。 忘れたかった部分だけを忘れる。 ………すごい器用ですよね……人間って。 まあ覚えているとつらいというのはあると思いますが。克服出来ればしだいに思い出せるのかなーなんて。 それには自分の成長と、それを促してくれる環境とが不可欠だと思いますが。 |
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