柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
言葉が不思議なものであることを 言葉。 『一緒にいられるか?』 『一緒にいたいわ』 『俺が大人になっても?』 『傍にいるわよ』 『ずっとか?』 『ずっと』 『…………じゃあなんで、そんなに遠くにいるんだ?』 『 』 不意に脳裏に響いた音にゆっくりと目を覚ます。記憶の欠片として残っている夢に辟易とした溜め息が落ちた。 淡く小さく笑った面。淋しげな瞳の瞬きさえ、覚えているのに。 言葉が、紡げなかった。なにか伝えたくて仕方なかったのに。 喉が押しつぶされたようになって………不安で怖くて、ただその細い手のひらを必死で掴んだ。幼い自分の力であったとしてもきっと痛かったそれを、けれど微笑みを深めて受け入れてくれた優しい人。 「なんでいまさら………」 言葉も約束も全てに誠実だった人は、けれど最後の最後で嘘を吐いた。嘘を吐きたくなかったことを知っていて、それを違える気もなかったことも解っていて………それでも取り残されてしまった事実。 もうそれを気に病んだりはしていない。 ………自分を残して逝くことがどれほど彼女の心を傷めたか知っている。 あの約束を取り交わした時、彼女はひとり知っていたのだ。自分を残さなくてはいけない現実を。それでもあまりに自分が彼女を必要としていたから、分かつことも出来なかった。 なんて、情けない話だろうか。気遣われいたわられるべき人に気づかず、ただ甘やかされ支えられていたなんて。 その特権を誇っていた幼ささえいまは厭わしい。もっと……彼女に捧げたいものはあった。母ともいうべき美しき人。この両腕が彼女と同じほどになったなら、もっと色々な場所に連れていこうと思っていた。どこか儚い面影を霧散出来るくらい、美しい場所へ。 悔恨など似合わない真似をしたくはない。噛み締めた唇に痛みが走る前にそれを解き、ゆっくりと息を吸い込む。 ………吐き出した吐息の重さを見ぬ振りをして、カーテンの隙間から空を見上げた。 美しく染めあげられた空が、何故か疎ましく感じたけれど…………………… 「………………」 溜め息をつきそうに、なった。 なにが悪いわけでも、別に呆れたわけでもないけれど。 ただ彼があまりにも必死に言葉を綴ろうとしていて、それを解っていながらはぐらかしている自分に気づかないから。 紅潮した頬を必死で抱えながら戦慄きそうな唇がその言葉を囁こうと開かれた。 それでもやはりタイミングの悪さというものには素晴らしく恵まれた星の元に生まれているのか、それはことごとく邪魔が入っていたけれど。 「あ、あの……爆殿ッ! あの、す………」 中途で耳を劈く飛行機の低空飛行の音が谺する。この辺りに滑走路などない割に、随分その音は大きい。ちらりと見やった先には大きくはない飛行機の羽が見えたから、あるいは個人用のものなのかもしれないが。 「随分低空飛行だな。…で、なにかいったか?」 「………いいえ………………」 どんよりとした雲を背負って低く小さく呟く。………なにを言いたいか、自分が気づかないと本気で思っている所が純粋だと思う。どこか荒んだ自分とは違って。 言葉に変えなくたって解るから、自分は言葉になんかしない。言葉となった音は相手を縛り、それは約束という形をとって雁字搦めにするから。 …………相手も自分も、雁字搦めにして息絶えさせるから。 だから、言わないし………言われなくても構わない。 自分にとって言葉はあまり重要ではない。 重要になって……欲しくない。 「…………………」 脳裏に浮かんだ今朝の夢の会話。幼い自分があどけなく少女のまろやかな胸で眠りながら問いかけたときのこと。 最後の問い掛けは、多分捏造。だからこそ少女の答えは聞こえなかった。 そしてそれでいいと、思う。 失うことを知ったあの日からずっと言葉は怖かった。言葉が相手を縛っていたことを自覚した瞬間。 …………自分の言葉を守るために。ずっと無理をしてきたのか。其れ故の、結果だったのか。そんなことはないと自分と彼女の絆を知る人は囁いたが、それでも消えなかった考え。 言葉は嘘になる。そうして……それは自分ではなく相手を傷つける。それが悲しくて言葉を紡ぐことを躊躇うようになった幼い頃。 だから正直……真直ぐ言葉を繕うとする姿が………羨ましかったりも、する。 たいしたことはないと、思っていた。思い込むことで無言実行を信条に。 ……………逃げて、いた。言葉という恐ろしい武器から。 「…………ああ…それと………」 だから、多分その声は蟠っていたのではないかと、思う。 実際はいつもと変わらぬ凛とした響きでもって谺していたが。 「わざわざ言わんでもいいぞ」 ゆっくりと落とされた瞼の裏、たゆたう長い黒髪。残像のように朧な姿で微笑む美しき人。 彼女から欲しかった全ては与えられた。望んで拒まれた思いなどひとつもない。いつだって与えることを当たり前として、微笑んでいた人。 …………何一つ返すことも出来ず、手放さなくてはいけなくなった儚い人。 与えられるだけ与えられて何も自分は返せなかった。いたたまれない。………愛しいからこそ、何も出来ない自分が疎ましかった。 「………え…………?」 驚いたようなカイの顔。当然といえば、当然か。解っていながら知らない振りをしていたなんて、彼の思考回路には組み込まれていないのだろうから。 小さく……笑う。それ以上なにもいうなという意味合いを込めて。 そしてそれを汲み取ってくれるくらいには……彼は自分のことを知ろうと腕を伸ばしてくれていることもまた、知っている。 「あの……じゃあ……………」 言葉が濁される。なにか問いかけたかったのか……あるいは確認でもしたかったのか。どちらにせよ音としてそれは形を成さなかったけれど。 そうして噤まれた唇は一度固く噛み締められた。痛ましくそれを視界におさめ、次に紡がれる音はなんであろうかと眺めてみれば、ゆったりと微笑まれる。 まるであの、儚い人のようにやわらかく優しく。…………どんな感情さえも包み込むからと、慰められているような錯覚が身を侵す微笑み。 「爆殿……は?」 問い掛けに含まれる、音とすることへの願い。 …………それは自身のみの願いではなくて……恐れて逃げる自分を引き止めようとする音。 その意味が解るから、息を飲んだ。 何故気づくのか。晒した情報などほんの僅かで、きっと普通なら解らない。自分でさえ、それを分析して納得するのにひどく時間がかかったのだから。 それなのに彼は知ろうとする。それは心地いい陶酔とともに、嫌悪さえ呼ぶ深さで。 怖いと、彼は知っている。 ………自分が逃げていると、解っていて……その上で囁いている。 どれほどのそれは、問い掛けか。重さを知る秤(はかり)などあるわけもないけれど、ずっしりと心にのしかかった。 唇が戦慄きそうになる。…………昔彼女にしたようにその胸に顔を埋めてその震えを塞き止めたい衝動。 それらを捩じ伏せて………ゆっくりと唇を開いた。 なにを囁けるか自分でも解らなかった。それでも知っていたのは…… 「……………言わなきゃ解らんのなら一生わからんでもいいが?」 拒むだろう、事実だけ。 怖いから言わせないで。………言ったその言葉に縛られる人をもう二度と造りたくはない。 あんまりにも人は優しくて。不器用な自分を支えてくれる腕はどこまでも優し過ぎて。 ………穢したくないから、抱き締めたかった。言葉という汚染に晒さずに、ただぬくもりを与えたかった。 それだけで自分も構わないから……確たる証など、必要はないから。 だから………言わせないで。 囁いたなら呪にさえ変わる美しき言の葉を。 そうして視線さえ逸らした身に捧げられたのは苦笑の気配。………次いで、どこか哀しみをもって紡がれた音。 「………ちょっと、酷いですよ………爆殿?」 解っているけれど、と。言外に響くニュアンスが耳に痛い。 傷つくことも解っていて、自分に指し示した言葉。逃げないでと真摯な腕が指し示された。 わかっていた。………解っていて、それでも彼はいいと微笑んでくれると思ったから………囁いた卑怯な言葉。 「………わからないお前はひどくないのか?」 「それは……解っていて言う自分が悪い、という意味ですか?」 なおも知らない振りをしている爆に少しだけ真剣さを含ませて呟かれた音。………ぎくりと、躯が跳ねそうになる。 その怯えを悟られたくなくて、やっと逸らしていた視線が動いた。 ………初めに映ったのは、黒い髪。長くて……風に揺れていた。 そうしてその合間から覗く長い耳は淋しげに垂れ下がり……微笑みは儚く悲しげで。 それでも耐えられるから向き合いたいと……その赤い瞳が誠実に注がれたまま瞬きすらしない。 ………息を、飲んだ。 伸ばされた腕さえ無意識で………どうしたかったとか、何も考えてはいなかった。 雨が降るのではないかと思った。だからそれを拭いたくて頬に添えられた指先は、けれど思いのほかあたたかな体温を感じ取っただけに終った。 離れかけた指先をゆっくりと包まれる。多分、どこかでそうされることは解っていた。 そうして……そのままゆったりと微笑まれる。 …………声が響く。いつの間にか、それが響く傍にいることが当たり前になっていた音。 「私は………好きですよ………?」 なにが、とは言わない。それでも確かに伝わる言葉。 心が………ひどく締め付けられる。憂いさえ含んで囁かれるにはあまりに綺麗で優しい言葉。 それを感じながら不意に夢を思い出す。 どうして……あの時彼女が遠くにいると感じたのか、やっと気づいた。 「……………………」 傍にいたのに、自分が離れていた。この心が、傷つけることも傷つくことも怯えていた。 手放したくない。そう思ったことくらい、自覚している。 …………ただあまりにも鮮明な過去の記憶が、その恐怖を思い出させる。 言葉は恐ろしい。囁けば全てが真実。そうして、人を捕らえる。…………約束という形代で、永遠に身動きもとれなくなる。 それでも気づけばなんて簡単なこと。 それは自分が描いた境界線。誰もそれを造ってなどいない、自分の防波堤。 ただ自分だけがそれを造り、壊せる。そして自分だけがそれに閉じ込められ出られない。 それならばできることがあるはずだと、爆はゆっくりと息を吸い込む。 …………震える指先を握りしめ、その体温を確かめる。 小さく小さく唇を開き…………音とはならない音で、囁く。 いまはまだ気づかなくてもいいから。 …………伝えられるその時まで、その勇気をわけて。 ぬくもりとともに。 この小説の会話部分は大部分が朱涅ちゃんとのメールで作成されましたv 基本的にここに使ったものでは カイ→朱涅ちゃん 爆→私 な感じです。この会話以前に2、3回は言おうとして色んなものに邪魔されています。 偶然ではなく必然か?と言いたくなるくらい。 妨害は誰がしているのかな〜(笑) いや〜、しかし面白いですね。 私だったら絶対にそんな返答返さない!という返答返ってくる(笑) なのでこれを小説にしたらなんだかいつもと違うの書けそう(ドキドキ)とか思い誘惑に負けました。 しかし……夜勤明けにこんな長いの書くのはやめようぜ、自分。文章支離滅裂になっていないか心配だよ。 ところで。気づきましたかみなさん。 今回カップリングで始めて!「言葉」での告白ですよ!!! とっくに70作を超えているカイ爆の中でようやく………(遠い目)まあこの先こういったことは書かないでしょうけどね。 私、言葉の告白書くより傍にいる時の感情書く方が好きだから。 こんな小説ですが、とりあえず共同製作っていうことで(笑)朱涅ちゃんにプレゼント! なんだか言葉の意味がちがくなっていないかということは気のせいに。 私が書けばこうなるのよ。 |
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