柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
空が明るむ。 初めの音と祈りと…… 「そういえば、ないな」 僅かに眉を顰めて記憶を探っていたらしい爆が、どうやら探り終えた後の僅かな間のあと言った言葉。 それが全ての始まり。 肌に触れる気温は低い。もっとも、例年に比べればそれほどではないと誰かが言っていた気がするが。 それとも寒さをさほど感じないのは魔力のせいだろうか。みんなが起きて興奮して、一心に何かを楽しんでいるという連帯感と高揚感。 手袋に覆われもしない指先を少し動かしてみる。皮膚を滑る空気の感触は昼間ほどではないとはいえ寒いとはあまり思わない。マフラーもつけずコートだけを羽織った格好の自分がこうなのだから、多分隣の人は寒くはないと……思いたいのだが。 「…………………………」 唇を噛み締めるように引き締めて、ずっと地面を睨むように見つめている。何かを我慢している時の、それは癖。 手袋に覆われた指先は硬く握りしめられているし、マフラーでくるまれた首元など見えはしない。それなのに俯いているのだから自然口元すら隠れているのに。 なんとなく、顔色も青白い気がする。やはり寒い……のだろうか。 ちらりと辺りを見回す。 どこかあたたまれるカフェなりあればいいが、明かりの灯された場所はどこもかしこも人でごった返している。自分が言うのもなんだが、みんな何故こんな夜中まで起きているのだろうか。 普段であれば不思議で仕方ないことだが今日だけは別だ。いつもなら眠っている自分だって起きているのだ。仕方ないことだけれど、非常に困る。 出来れば、嫌な記憶にはしたくない。 このイルミネーションに包まれた町中で、そうして迎える新たな年の幕開け。 除夜の鐘を聞いた記憶がないなんて言われたから、思わず後先考えずに誘ってしまった。なにも、本当になにも予定も立てずに待ち合わせだけ決めて、ずいぶん時間は経ったけれどまだまだ0時にはならない。 かといって今さら家に帰ってしまうのも気が引ける。せっかく初めて聞くなら、少しでも記憶に残る景色で綺麗なイメージで、残したかった。 それがほんの少し、対抗心を含んでいないとは言わない。 ………いつも彼の記憶の中の美しく心温まるものたちは誰かの影を潜めていたから。 自分では入り込めないことがあることくらいは承知していて、それを晒して欲しいなんて言わないけれど。 ほんの少し、寂しい。自分だけでは彼に捧げられる色鮮やかな美しさはないのだろうかと、そんなことを考えてしまう自分自身にも嫌気が射すけれど。 ただ、知って欲しかった。何の変哲もないたった一日が終わるというそれだけのことだけれど。 この日は区切りで、また新たな幕開け。歩むその足をほんの少し休めて休息を許される一時だと。…………まるで、祈りのようだと思うのだ。 人はあまりに強過ぎて、何かを思い駆けはじめると何も見えなくなってしまう。 だから今日と言う日があるのだ。たった一日、変哲のない一日の終わり。それでも今日は特別。 いままでの365日を思い返す特別な日。 新たな365日に心馳せる特別な日。 駆けるその足を止めて、ゆっくりと息を吐いて。そうして周りを見返す日。自分がいまどこにいて、どこに向かうのかもう一度問いただす日。 あまりに人は強いから。………彼は、あまりに強過ぎるから。 駆ける足がボロボロでも気づかないで必死に駆けてしまう。ただ一心に人のため。自分のためだと笑いながら、傷付いていく姿は痛ましいのだ。 だから、今日という日を覚えていて欲しい。 自分の傷を知って、歩みを止めろなんて言わないから。 その傷を乗り越えてなお進むのならばせめて……せめて知っていて。 ただそれだけを祈っている。 「爆殿…寒い、ですか?」 躊躇いがちの問いかけは確信を含んでいて、返された返答代わりの睨む視線に苦笑を漏らした。 並んでいても店内であれば暖かいだろうと手近な店を指し示そうと腕を持ち上げた時、その意図に気づいたように首を振られた。 きょとんと、カイが首を傾げる。………寒いのなら別にここにいなくてはいけないわけでもないのだから、店内に入ればいいのに。 「………人込みは、苦手だ」 ぽつりと小さく声が響く。 …………人込みにいると、息が詰まる。世界にはこれほど人がいるのに、まるで自分はひとりになったような錯覚。相容れないことくらい解っていて、その上で寄り添えればいいのだと決めて生きてはきたけれど、時にはへこたれることくらい、あるのだ。 今さら馴染めないことが異星の血のせいだなど逃げる気はないけれど、それでもこの孤独感はいいようのない寒さを与える。 近頃はそうしたこともなくなったが、それでも完全になくなったわけではないだろうから。 それに染まるくらいなら実際の寒さに震えていた方がまだましだ。まして隣にいる青年にそれらを気づかせずにいられる自信もないのだから。 ………そう思いいたって、ふと気づく。 自分が彼に、それを晒すことを許していることに。 困ったように自分を伺っている青年の人のよさそうな顔が視界をかすめる。あんまりにも自分のことばかり気遣うから、それが当たり前に思い始めていた。いつからだろうか、隣にいることに違和感を覚えなくなったのは。 決して長くはない時間だった。本当に短い、時間だったのに。 それでもそれまで気づいて来た頑な城壁を壊すのでも乗り越えるのでもなく、そんなものがあることすら知らないように当たり前に、隣にいた。 気づけば気配が寄り添っている。どんな時でも。遠く離れていた間でさえそうなのだから苦笑も漏れる。 ちらりとカイの顔を見上げる。気づけばふんわりと微笑まれた。 それが少し罰の悪そうな申し訳なさを含めて、ゆっくりと囁く。 「なにも持っていなくてすみません」 何のことかと見つめて、ようやく気づいた。マフラーなり手袋なり、自分が寒いのであれば与えたかったという、そういうことなのだろう。 本当に馬鹿で頓珍漢な考えだ。自分には到底考えることも出来ない。 ………だって、ほら………あたたかい。 ずっと昔から感じていた痛みすら伴う寒さを感じない。そばにいるというただそれだけでこの孤独感をなくせるくせに、いまさら更にどんな暖かさを自分に贈りたいというのか。 これ以上などあるわけがない。人がそばにいるというその事実に恐れも怯えも抱かない自分を、くれたのだから。 素直ではない自分と、素直すぎる青年。言ってなどやらないけれど、気づいてはくれるだろう。 小さな小さなヒントくらいは、いつもこぼしているのだから。 なにかあたたかなものでも買ってこようかと辺りを見回しているカイの片腕を引き、自分より大きめの手のひらを握ってみる。手袋越しだから感触も体温も解らないけれどほんわかと暖かい気がするのはきっと、思いのせい。 「………寒くは、ない」 だから気にするなと小さく笑う。見上げた先のカイの顔は鮮やかなその瞳の赤に負けず劣らず染まっていて思わず吹き出しそうになる。 それを飲み込むように苦笑に変えて空を見上げてみる。 こうして大晦日を過ごすことは考えてみればなかった。 彼の人はあまり夜更かしの出来ない人だった。頼めば当たり前のように笑って叶えてくれるだろうけれど、そうして無理をすれば体調を崩すことくらい幼い自分にだって解っていたから。………ただ同じベッドで同じ夢が見れるようにと祈って眠った。 彼の人がいなくなってからはひとりだったから。 一緒に過ごす人がいなから、せめてあの人の夢を見れればと祈って、眠った。 そうして始めて仲間を手に入れて迎えた大晦日。 特に希望があったわけでもない。こうして誰かとともにカウントダウンを待つなど想像すらしていなかった。 それでも祈りが、湧く。 「あと一時間程度だ。少し歩いて、カウントダウンの場所を決めていればいいだろう」 祈りの言葉など持ち合わせていない。運命の残酷さも痛ましさもよく知っている身は祈りの儚さもまた、知っている。 それでも祈りが湧く。 ………静かに静かに湧くそれを、もしも互いに共有しているのであれば。 「そうですね。途中で飲み物くらいは買っておきましょう」 ただ手を繋いで空を見上げて、祈りを心のうちに秘めて一緒にいればいい。 それだけで寒さも消え失せてしまうから。 ゆっくりを歩みながら込み上げるのは笑み。 祈りを秘めたそれはやわらかく互いを包む。 今日というこの日、祈りが湧く。 ………どうかあなたのそばに。 ………どうか歩むその道の先に。 ………………光とともにあなたがいますように。 不格好な欠片たちは祈りを込めて欠片を探す。 そうしてその健やかさをまた、祈るのだ。 カウントダウンとともに祈りは舞い上がり、また次の年の瀬に舞い降りる。 祈りは永遠に消えはしない安息の灯火だから―――――――― というわけでカイ爆ですよ。 普通にカイ&爆でも可ですが。 私は普段は起きていないですよ。わざわざ真夜中まで。 小学校の頃も寝ていたそうです。私除夜の鐘まともに聞いたことないよ(オイ) でも大晦日は大切だと思うのですよ。 年の瀬でアップアップしますけど、でもそういう区切りがあれば振り返る機会にもなると思うので。 新年小説に見せ掛けて大晦日小説になってしまいましたよ。 いや、他所様のところで見た新年カイ爆のカイの哀れさに涙して思わず書いてしまったとか、そんなことはないですよ。ええ。 でもどうにか初更新に間に合いましたv よかったよかったv |
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