柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | 子供が泣いていたんです。 ………哭いて、いたんです。 声も出せなくなるその衝撃を小さな小さな身体の中に溜め込んで。 綴ることも忘れた唇を噛み締めて。 空を仰いで小さく小さく哭いていました。 誰にも聞かせない、悲しい声で……………… ほんの道すがら。声をかけたって相手も自分もすぐに忘れてしまいそうな、そんな些細な一時。 それでも見つけてしまったから。 声を、かけました。 哭いているその声をどうにかできるなんて思いません。 ただ……寂しくて。この胸が疼いたんです。 ああ…………あの月の夜が、この身にも蘇る。 寂しい寂しい泣き声は、小さく小さく響きます。 噤んだ唇から零れることのない悲嘆が、どうか子供を傷つけませんように……………… 空が随分高く感じた。きっとぽっかりと浮かぶ雲が青空を引き立てるせいなのだろうとぼんやりと眺めながら子供は歩いていく。 早く、家に帰りたかった。家というべきかも悩むけれど………… 家族を亡くして…再興しはじめた村のはずれに小さな小屋を作った。勿論子供ひとりで出来る筈はなく、大人と……大部分は自分が師事する仙人の力によって。 子供がひとりで住むには十分な広さと機能を与えられた家は、どこか空々しくて未だ好きにはなれなかった。………ずっと、迎えてくれる声があるのが当たり前に生きてきたから。 ひとりは寂しいよ。……囁く声が自分の内側から響く。 聴覚に優れた耳を塞いで、布団を被って目を瞑る。そんな仕草を覚えてもやっぱり…寂しさは変わらなくて悲しくなってくる。 どこか澱みそうになった赤い瞳がゆっくりと振られる。ひとりでは、ないから。………自分を育ててくれる人を知っているから ……子供は軽く振った頭の中から寂寞を追い出そうとする。 こうして、仕事だってしているのだ。子供の足でも赴ける届けもの。修行の一環でもあるこれは、けれど子供の並外れた脚力を鍛え上げる効果は充分にあった。専門の人間以上に早くに届けることのできる子供の宅配は村人からも評判がよかった。 保証などを考えたなら勿論専門機関に頼んだ方がいいと村人は知っていて、それでもなお一生懸命な子供に腕を差し出す。………自分がいてもいいと、無言で教えてくれるそれは優しさ。 甘えない子供をそれでも精一杯の愛情で包もうと腕を伸ばしてくれる村人たちを知っているから、子供は俯かない。 気晴らしにいいだろうとサーの国から離れ、ファスタまでの少し遠いお使いもやっと終り、もうこのまま帰るだけ。陽射しのや わらかさは心の軽さだろうと幼い心は現金な自分を楽しそうに見つめた。 笑える自分が嬉しかった。それを言葉と変えられる自分が、嬉しかった。 …………辛いことが、沢山あった。 全てを失った。 恐怖を覚えた。 自分の無力に打拉がれた。 それでももう、笑えるから。…………ちゃんと生きていける。そう、墓前に笑いかけられた自分を誇っている。 不思議の山を登り、不思議な出会いを経て……不思議な命に道を示される。 朝日に照らされ浄められ………生き抜く勇気を与えられた。 ほんの1年前のことなのに、まるで生まれる前の出来事のようだ。 潰れた声はゆっくりと綴ることを思い出し、1年経ったいま、もう過去と変わることなく音を紡ぐに至った。 軽くなった足先が地面を蹴る。少しくらいの遠出を辛いと思うほど幼くなくなった足はしなやかな力を内包しはじめている。仙人の力の偉大さか、子供の努力の成果か、思った以上にその力は開花しやすかった。 あるいは武道家であったという両親を持つ子供の血筋故なのか………。 GCの世代交代の話も持ち上がり、このお使いが終ったなら候補として針の塔へと赴くことになっている。 少しずつ夢が叶っていく。強くなりたかった、から。 あの悪夢の日、なにもできずにいた幼子のままでいたくはなかった。……そうして手に入れた自分の国で最強と謳われる地位へとのぼる資格。 どれほど困難でも構わない。……むしろ困難な方が都合がいいのだ。 この身体に刻み付けたい。生きている証としての強さ。それを克服していく過程を。 そう笑んだ子供の瞳は幼さを亡くしている。どこか眩みはじめたそれが、不意に幼い子供を写した。 数人の自分より小さな子供達。仲良く遊んでいるのかと綻びかけた唇が………驚きに引き結ばれる。 よく見てみればそれはたったひとりを数人でいたぶっている姿だった。ぎょっとして子供が止めに入ろうとした瞬間、いたぶられていた筈の幼子の視線にぶつかる。 ………近付くなという無言の牽制。そうして拒んだ幼子はたったひとりで相手全てを打負かしてしまった。 技術も合理性もない、ただの力技。頑な意志だけが貫かせたのだろうと知らしめる無茶な反撃は幼子の身にも無理をきたしたのか関節が少し腫れていた。 なにか叫びながら泣いて逃げていく子供を見送ったあと、子供はまっすぐに伸びた背中を晒す幼子に近付いた。 「……怪我、大丈夫ですか?」 なにも敬語を使う必要はないと、わかっている。それでも睨むように射る視線が子供を圧倒させる。 荒んだ…というには少し違う。けれどどこか切羽詰まったように鋭く尖った視線が余裕のさなを示しているようでかける言葉が霧散していく。 ………正直怖かった。 斬り付ける視線は無言のままで、腕を伸ばしたなら噛み付かれるような気がしたから。 躊躇う素振りを見せたなら幼子は呆れたような溜め息を落として子供に振り返り………興味をなくしたように歩き始めてしまう。 無礼な行動に一瞬呆気にとられる。……ある意味こんな反応をされたのは初めてだった。 文句をいおうという考えより先に子供を支配させたのは、何故かその目をもう一度見たいという衝動だったのだけれど。 知っている、のだ。あの瞳を。 かつて自分も携えていた悼みに耐える無為の視線。 肉体の痛みなど記憶することも忘れてしまう喪失感故に………………… 「待って下さい………!」 焦ったように叫んだ声に反応なんてないと、思っていた。 それでも幼子は立ち止まった。子供を待つわけでもなく…ただその空を見上げて……………… ゆっくりと吐き出された吐息が空を震わせる。 瞬くことも忘れた瞳が静かに伏せられる様が静止画像のように子供の瞳に記録される。 息さえ紡ぐことを忘れて見上げる空。悲しいほど澄み渡った遠すぎる…………… 伸ばす腕さえ、ない。 それを自覚しているから零される吐息の切なさを覚えている。 子供が悲しそうに眉を垂らし、囁こうとした言葉も紡げないと唇を噛み締めたなら、むけられた至純の瞳。 囁けなかった声を聞き届けた瞳は痛みを覆い隠して静かに沈めた視線のまま子供を写した。 ………息が詰まりそうになる。 泣いていることがわかるのに。声をかけたくてかけたくて………自分がかつて携えていたあの痛みを誰かが味わっているなんて堪え難くて。 自分よりも小さなその身体で、それでもたった独り耐えている姿が忍びなくて…………… 紡げない音を紡ごうと開きかけた唇を妙なる視線はやわらかく諌めて幼い指先で覆った。 吐息を飲み下し、息を詰めた子供の眼前に晒されるその視線。 …………気休めのために紡ぐ気ならばいらないのだと振られた首が痛い。どうしようもなく……心が痛かった。 なにもできない。癒すどころか…気を紛らわすことさえ。 そんなものはいらないのだと囁く瞳はあまりに孤高で、晒された背中の小ささが信じ難いほど強固な意志に息も出来ない。 幼子になにがあったかなんて知らない。………この先この幼子に関わるのかと問われれば、否だ。 自分は帰ったならGC登録のための旅に出る。いまこの時癒す腕を必要とする人のために何もできるわけがない。 それでも痛むから。………あの暗闇しか思い出せない月明かりが脳裏を掠めるから。 叫ぶように開かれた唇から落ちたのは吐息のような掠れた呼気で…………… そんなものに価値があるわけがないと泣きそうになったなら立ち止まった幼い背。 …………振り返った子供は、それでも小さく不器用な笑みを落とした―――――――――― いつもと同じ朝が迎えられて…小さく溜め息を落とす。 たった独り生きることを恐れる気はない。…………あの人を弔ったあの雨の日に自分は墓前で誓ったから。 それでもこうしてひとり生活を始めたなら紡ぎたくなくなった言葉。 ……なにかの本で読んだことのある症状に辟易とする。 心理的要因によって語ることを止めるなど…自分が弱いせいだと舌打ちしても声を落としたいと思えない自分の拙さ。 知っている。あの雨の日から自分の心はずっと曇ったまま。 晴れたことなどないのだ。………まだほんの数カ月。それでも自分にとっては何十年も経ったような感覚だった。 こんなことで自分の成したいことを為せるのかと戒めても詮無きこと。 囁きたい相手が……いない。もう自分の言葉を真摯に汲み取ろうとする瞳がない。 不器用なこの言葉を正しくしろうと心砕く視線が、ない。 嘆いたって始まらないと知っている。 進まなくてはいけないと……………………… そうして晴れ渡った空の下歩いてみればいつものように突っかかってくる子供達。 ………幾度撃退しても飽きないのか、何度だって絡んでくる。冷めた視線で甘受してみようかと思っても余計に苛立たしそうに繰り出される幼い指先が哀れで、後々叱られるのが自分だとわかっていながらもそれを振りほどく。 それがいつものことで…………それでも今日は少しだけ違っていた。 赤が……貫いた。 それは見知った色。………未だあの腕が自分の傍に佇んでいた時に掬いとった小さな灯火。 あの頃は澱み…その澄んだ色を頑なに凝り固めていたのに。 ………やわらかく澄み始めた開花された性情。 息を、飲んだ。あの時の子供は自分の道を手繰りはじめていたのだ。 こうして自分が空の下紡ぎ忘れた言葉さえも飲み込んで……………立ち向かって。 悔しかった。……噛み締めた唇に気づいたのは立ち向かってきた子供だけだったのだろうけれど………… 助けに入ろうとしたその人を視線ひとつで遮る。………不様な自分など晒したくはなかった。 軽やかに自分を傷める……否、自分の声を引き出そうとする不器用な子供を怪我のないよう退けたなら呆気にとられたような瞳が自分を見ているのがわかる。 ………背を向けていて、よかった。 まっすぐに見つめる視線。あの人によく似ていると思った……その静謐さ。 息が詰まる。………誰かの代わりなど求める気もないけれど…未だ弱い自分はこの子供にシスターと同じものを求めそうになる。 先程の視線に怯えたのか、子供は辿々しく言葉を紡ぐ。遠慮がちな音にあの日のことはやはり覚えていないことを教えられた。 ………少し、寂しい。 覚えていて欲しいなんて思わない。それでも…シスターの残した白い布を携えた子供には綴りたくなる。 あの人の希有さを。………自分にとっての重さを………………………… そんなものに巻き込むことはないと振り切るように落とした溜め息は緩やかな風が掬いとってくれる。 それを感じ、僅かに支えられるように幼子は背後の子供に振り返る。一切の興味も望みも求めてはいけないと戒めた視線はいっそ哀れなほど透明でなにも写しはしない。 その姿を瞳に刻み、子供は再び背を向けたなら歩き始めた。 ………これ以上は、耐えられない。 泣きたくなってしまう。空にいつも嘆きかけた音なき音を吐き出したくなる。 そんな姿を誰かに晒すことを願わない幼子はその意固地な意志で追い掛ける気配を拒絶する。 それなのに…あんまりにも子供の声が震えていて。 ……………嘆くように響いた音に心が震える。 空が零れそうだったのだ。 ずっとずっと睨みあげていた空は吐息を混ぜたなら崩れるのではないかと思うほど儚かった。 それを知った声に震える心が華開きそうになる。 ……その花弁をそれでも未だ頑に隠しこんだまま、幼子は静かに瞼を落とした。 背後に感じる、子供の気配。 悔しそうな……泣きそうなそれに視線を向ければ思った通りの情けない顔が写った。 子供は嘆いてくれている。なにも出来ないことを。 ………それを自覚し、その腑甲斐無さを自身で責めて………………… なんとか癒したいのだと訴える瞳の奥にある微かな驕りとそれを溶かすにあまりある慈悲。 けれど自分はそれを…ほんの気紛れなそれを欲しいとは思わない。 一瞬だけ与えられたそれに支えられるものは多いだろう。希望を携えて前を向けるものは……… …………けれど自分は、違うから。 そんなもの与えられなくても自分の意志で前を向く。 ほんの一時の気休めはいらない。この先ずっと一緒にいられるわけでもない相手の癒しなど、痛みを抱えるのと同じことだから。 いまはこれ以上の痛みを抱える余裕がないから……拒んだ。 音を紡がない自分の拒絶に赤が切なく傷つくのがわかるけれど……どうすることも出来なくてこの背を晒す。 ひとりでも立っていられるのだとどんな者にも知らしめることのできる自分の背を…………… それを見つめても納得しない唇から零れる悲鳴のような呼気に心が疼く。 癒さないで……いいのに。 自分はいまはまだひとりで大丈夫だから。 ………目隠しをしたまま、独り立って…いつかきちんと周りを見えるようになったならそれを解いて再び傷ついてみるから。 傷ついても言葉を失わない強さをちゃんと手に入れるから。 だから…構わない。 その呼気だけで十分だと囁くように振り返った。 そうしたなら一雫落ちた涙がこの喉の蟠りを溶かしたのだけれど………… 相変わらずのいつの日かシリーズ。懐かしいな……… いえ。久し振りに導きの月読んでいたらふと書きたくなってv カイは失語症により近い状態に書いてみましたが、爆は緘黙です。 言葉を修得済みで言語機能にも支障はないけど精神的要因で話すことをしない状態。学童期に現れるそうなのでちょうどいいだろうと! ちなみにこのとき爆は8歳。カイは…11歳くらいかな。 お互いが辛い時…やっぱり救い手は欲しいものです。 そんなものが都合よく手に入るとは限らないけど…それでも手にできるものはあると信じたいから。 痛みの時、ちゃんと周りを見れる人間になりたいなーとも思います。 40000HIT記念&頂き物100作突破御礼! ……つうわけでお持ち帰り自由です。■配布終了■ いつも来て下さる皆様、こんな辺境に花を添えて下さる皆様に感謝を込めまして♪ 御要望があったので再びアップいたしました〜v …………いつ書いたやつか記憶ないので再アップの日付けで書かれていますけどね(死) |
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