柴田亜美作品

逆転裁判

Dgray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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その背を見つめる事が当たり前に思える程、その人は強かった。
憧れ、ではない。
これは村の英雄へのものとは明らかに質が違う。
自分よりも小さなその人への敬慕は尽きない。

……捕らえる事が、できない……………―――――――





天来跋渉



 木々の擦れる音が谺する。
 つい先日までの荒れ狂った世界が嘘のように今は平穏だ。
 宇宙へと旅立った針の塔。そしてかつて憧れた人。
 それ以外に変化のない世界は、余りにも穏やかだ。
 この平穏をもたらした子供を、少年は探していた。
 未だ傷の癒えない子供は、自分の言い付けなどお構い無しに気紛れにどこかへと逃げ出してしまう。
 まるでネコのようだ。……けして人に従わない、気位の高いネコ。
 今まで出会ったどんな人物にも似ていない、この世にただひとり特別なその子供を、こんなにも必死になって探している。
 ……滑稽だとも、思うけれど。
 それでもこの身体は意志などお構い無しに子供の存在を欲していた。
 ふいに木々の呪縛がなくなり、目の前は開けた丘に変わった。
 その中腹に寝転がる人物に気付き、少年はため息を吐いた。
 ……こんなにも堂々と、抜け出した脱走犯は居眠りをしていた。
 傍まで近付いても起きない子供に苦笑しながら、少年はその顔を覗き見た。
 少々きつくも見える瞳が閉じられると、子供の印象は驚く程柔らかくなる。
 まっすぐと、無遠慮なまでに相手の目を見つめる水晶の瞳は相手を善くも悪くも引き付ける。
 ……ふと思い出す。師匠である激の持っている書物の中にあった、神話の女神。
 その目を合わせるだけで相手を石と変えてしまうメデューサという化け物。
 たった独りぼっちのメデューサは、本当に戦う事を望んだのか分からなくて、激に尋ねた事があった。
 なんで石にみんななってしまうのか。一人くらい一緒にいてあげればこんな事にならなかったんじゃないかと……
 そう言えば激は困ったような寂しそうな顔をして、無言のまま幼い少年の頭を撫でた。
 それがどんな意味があったかなど、分かりはしなかったけれど……
 規則正しい寝息を聞きながらそんな事を思い出し、少年は薄く笑う。
 子供の横に寝転がり、同じ空を見上げれば、先程までの不安もなくなった。
 どこかでずっと声がしていたのだ。
 子供はもう、この手に還らないと。
 伸ばした手はけして届かないと……
 けれどこうして子供は見つかった。
 伸ばした手はなにに遮られる事もなく子供のふくよかな頬に触れる。
 サラサラと、かたく太い頑固な…質のいい黒髪が手の甲をくすぐる。そんな些細な事さえ愛しくて少年は目を細めてその様を見つめていた。
 少しの間そんな触れ合いを楽しんでいた少年の手を、ふいに掴んだ手があった。……それはまだ眠ったように目を瞑っている子供のものだった。
 「爆殿……起きていらしたのですか?」
 「……顔を撫でられていれば起きる。なにをしているんだ?」
 起こされた事に不機嫌なのか、爆はぶっきらぼうに言った。……その手は未だ少年の手を握ったままだ。
 温もりに包まれている事にこの上ない喜びを感じながら少年は苦笑した。
 「いえ、診察の時間になっても戻らない患者を探しに来たんですけど、よく眠っていらっしゃったので………」
 「もう傷など直った。お前達は心配し過ぎだ」
 呆れたような声は強がりでもなんでもない事実を語っていた。
 それを知っているので少年は言葉をかえせない。
 ……爆はあの戦いでそんなにもひどい傷を負ったわけではない。
 だからもう、目に見える傷は確かになかった。
 それでも内臓や神経に障害が残る事はある。それを恐れて必要以上に過敏にはなっているのかもしれない。
 自分も激も、他のGC達さえも。この子供の事になるとひどく敏感になっている。
 子供にとって、それは少し鬱陶しいものだったのかもしれないけれど……
 「あなたは………」
 ため息のように囁けば爆は少年の方に瞳を向けた。
 ……瞑られていた瞳はあどけなく少年を写している。続く言葉を大体理解していると、そう語るように………
 「余りにも自分の傷に無頓着だから……。私もピンクさんも出会った時からずっと、心配ばかりしていますね」
 挑むように見つめてくる子供の視線から逃げるように、少年は視線を逸らして空へと向けた。
 澄んだ空の底のない様は、結局子供を思い出させて意味はなかったけれど……
 「……カイ」
 少しして、爆は少年の名を呼んだ。
 それに導かれるようにしてカイの視線は再び子供のもとへと戻った。
 ……交わる視線は揺れる事もない。
 しっかりと相手の目を見据えたままに、子供が少年を驚かすであろう一言を事もなげに囁いた。
 「俺は、旅に出るぞ」
 「………………………はあぁ!?」
 突然の言葉に、カイは起き上がる。
 それに合わせるように爆もまた上体を起こしてその視線を合わせた。
 まだショックから立ち直っていないらしいカイは、言葉もなく口を開閉させるだけだった。
 それを横目で見てから一度爆は息を吐いて、再び同じ言葉を口にした。
 「旅に、出る。出来る限り早くな。……俺はもっと、世界を見たい」
 どこか遠くを見て微笑む姿に高鳴る心臓はある。……けれど疼くのだ。
 ………この胸の奥が。
 息を飲み込み、決死の覚悟で少年は言葉を紡ごうとする。
 強く握られた手の平に、深く爪が食い込んでいた。
 「爆殿……。私も……」
 「許さん」
 同行を願おうと思ったカイの言葉は言い終わる前に打ち消されてしまう。
 それに心底情けない顔をしてカイは爆を見つめた。
 ……それに爆は苦笑する。
 「いまは、だめだ」
 言葉が足りなかったと言い直せば、カイは不思議そうな顔をした。
 どこか、言葉の意味を掴みかねている顔だ。仕方なさそうに爆は再び口を開く。
 「お前はまだ激のもとで修行中だろう。俺は自分の力を見つけた。……だから、お前も見つけろ」
 「見つければ……」
 瞬時に輝いた瞳に、爆は嬉しそうに笑う。
 「追い掛けてこい。……待っていてやる」
 尊大なその物言いさえカイには愛しい。
 幸せそうにその約定を胸にしまい、思いのままに爆を抱き締めた。
 抵抗さえなく腕の中におさまった子供の肢体を存分に抱き締めながらカイは囁く。
 「約束ですよ。私があなたに追い付いたら………」
 自分よりも広い胸に寄り掛かりながら、居心地よさそうに凭れていた爆は言葉に続きがある事に気付いてカイを見上げた。
 優しい、穏やかなカイの瞳。見つめられる事に慣れてどれほど経つだろうか。
 余りにも静かにカイは自分の傍にいた。それがひどくくすぐったくて……嬉しい。
 絡む視線は瞬く事さえ惜しんでいた。
 「……あなたを攫っていきます」
 囁きと同時に、強く掻き抱かれる。……寄り添っていた視線ははずれ、カイの額は爆の肩口へと押し付けられる。
 言葉の意味をよく理解していない爆だったが、それでも言葉に含められているその真剣さと切実さは理解できた。
 だから、その背を強く抱き締めた。
 構わないと、無言のままに答えるように………
 「………………」
 包まれる、その小さな手のひらに。
 ただその背を抱き締めてくれただけでも、カイには至福だ。けしてこの手の中に留まらない子供は、それでも確かに自分を思ってくれていると知る事ができるから………
 触れるだけの口吻けをその唇に落とせば、子供は困ったように眉を寄せる。
 それさえ抱え込むように……溺れさせるように。
 カイは再び口吻けた。
 「……………んっ……!」
 触れるだけでないそれに、爆の瞳は見開かれる。
 ……次いで朱に染まった頬を認めないようにゆっくりとその目は閉じられ、縋るようにカイの背中を抱いた。
 こうしている事が、嫌いなわけではなかった。
 何も考えられなくなるというのは嫌ではない。……その間ずっと、カイを感じていられるのだ。
 長く長い口吻けは爆の息が切れかかったころ、ようやく終わりを告げた。
 肩で息をしている爆の顔に、カイの唇が優しくふれる。
 何度も何度も。惜しむように……忘れないように。
 暫くの別離が、確実に自分達の前に立ちふさがっている。
 ……それを恐れはしないけれど。
 互いの存在を確かめたいのは仕方ないではないか。
 強く強く抱き締めあって、またどちらからともなく唇を合わせる。

追い掛ける方も、追い掛けられる方もただ前を見て。
同じ未来を見ながらも、駆け出す速度はそれぞれで。
……けして妥協なんてできないから、お互い納得できるまで一人になる。
それは永遠を伴にするための、大切なる儀式………







 「てんらいばっしょう」と読みます。
 天来は天から来る、人力とは思えないすばらしい事
 跋渉は方々を歩いて渡る、山を越え川を渡るという意味です。

 前に書いたカイ×爆の続きです。
 こいつら、最終回までもずっと普通に接してやっと一段落ついたと思ったらまた爆はどっか飛んでいって、カイは必死になって追い付こうと頑張っている……
 そんな感じになってます。

 はー。よかったー。年内にジバクくんの本命二人、増やせましたよ。
 しかもこれが初めての同カップリングもの……
 今まで全部違うカップリング書いてたものね

 でもすっごく楽しかったv
 アーミン作品、ホントツボにはまるな〜♪
 新年からもまた頑張るぞ!