柴田亜美作品

逆転裁判

D.gray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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風が吹きかけ、自覚する。

ああ、もう…そんな季節なのだと。

日差しが、風が、空気が変わる。

季節が変わりゆくように、その日を目指し世界が変わる。

この目に映る姿さえたゆたわせ、流転する。

さあ帰ろう。

あの家に。

静かな微笑を讃えて自分を迎えてくれる彼女の待つ家に。



……………いまはもう、たったひとりのあの家に。





閉ざした瞼をひらく術



 頬をそよいだ風を受け、微かに目を細めた。
 ………どれほどぶり、だろうか。正確な日数など覚えているほど細かな質ではない自分だが、それでもかなりの間留守にしていた事は解る。
 それでも眼下にたたずむ家は、外見上、特に廃屋のようなみすぼらしさはなかった。
 こまめに通い家が傾かぬよう苦心してくれているらしい友人たちを思い浮かべ、ほんのりと笑みが染みた。無理をしなくて構わないと、それでも信頼を寄せて頼んだ。………自分が物を頼むなどとは思っていなかった友人は驚きに目を丸くしていたけれど。
 正直なところ、自分でも意外だった。どれほど親しくなれてもあの家に自分のいないときに他者を入れるなど、そんな事を許せる事が。
 「チッキー、下降してくれ。ゆっくりだぞ」
 のんびりと近付く家を、じっくりと見たかった。微かな……それは感傷なのかもしれない。
 まっすぐ捧げられた視線に映るのは子供がひとり住むには広すぎる家。
 辺り一面は木々に囲まれ、隣家も見当たらない。防犯の上であっても子供が生活するには不向きだ。それでも周囲の誰もがそれを理由に子供を別の場所に移そうとはしなかった。
 そんな必要すら、子供は感じていない。もしも自分に害為す者が現れたしてもそれを退ける程度の事は出来る自負がある。そしてそれを誰もが認めていた。
 だからこそ守れるモノがある事を子供はよく知っていた。保護を求める事はあまりに簡単だ。そうする事こそが己の年代であれば当たり前であり、自然な姿だという事も解っている。
 けれど同じように知っている事実。……そうすることは同時に己が守るモノを手放す事に直結してしまう事を、子供は熟知していた。
 チッキーの短な体毛に埋められる自分の小さな手のひら。これだけで守れるモノは、あまりに少なかった。守りたいという思いばかりが先行して、ただ守られることしかできないでいた頃。
 その細やかな背を見上げ、微笑む仕草に笑んでいた……幼さ。
 ゆるやかに飲み込んだ息が微かに苦い。
 感傷と……人はかくも同様の言葉でそれを括るだろう。それは正しい判断でありながら、決定的に間違っていた。
 眇められた視線の中、淡く輝くように己の家が近付いた。より正確にいうのであれば自身の家ではなかったけれど、譲り受けたから自分と……そして彼女の家だ。
 朝は同じ家からそれぞれ学校と院に向かった。夕方は院に自分が顔を出し、彼女の手伝いをしてから一緒に家に帰った。それは院の出身者としてはひどく風変わりな生活だったけれど、それでも誰もがそれを認め手助けを申し出てくれた。…………おそらくは、最初で最後の彼女の我が儘の為に。
 初めての………そしてたった一度きりだった彼女の我が儘は、結局は自分の為に晒されていた。そんな事、あの頃は知りもしなかったけれど。
 ゆっくりと流れたたったひとりの時間は、その緩やかさとは裏腹に急激な成長を自分に与えた。
 ドライブモンスターが地面に降り立った微かな衝撃が身体に伝わり思考が断絶させた。不意に舞い戻れた現実の中、微かに甘い花の香り。
 首を巡らせてみれば季節の花々が愛らしく顔を覗かせていた。決して主張し過ぎる事のない小さくたおやかな花弁たち。
 春は小手毬に雪柳、ベルフラワーにアリッサム。夏には大小の向日葵と夜顔に近くの沼には睡蓮が顔を見せる。秋には辺り一面の紅葉や団栗(どんぐり)松毬(まつぼっくり)女郎花(おみなえし)や桔梗などの秋の七草。冬には静謐のあとに小さな水仙が芽吹いた。
 名もないような、そんな花ばかりを集める人だった。あまり厳しい季節には外を長く出歩けなかったせいか、春や秋は数々の花を巡りに行った。軽やかな足取りは健康そうで、誰ひとりとして彼女の身体を蝕むモノに気づかなかった。そう、思っていたのに。
 唐突すぎる別離は呆気無くやってきた。最期まで微笑んでいたのだろう頬を触れる事は出来なかった。
 触れてしまえば可能性が消える気がした。………もう一度彼女が還ってくる、その愚かな願いの叶う可能性が。
 「………覚えているか、ジバクくん」
 穏やかな……子供の声のまま深みのある音で呟く。肩に乗った聖霊が何の事かと問うように視線を投げ掛けた。
 それに応えるように静かな笑みを唇がたたえた。
 「まだチッキーがいない頃だ。小手毬が、泣いていた」
 謎かけのような細切れの情報に怪訝な顔を晒してみれば、あやすような指先が聖霊の目を覆った。
 きちんとした解答を求めるように抗議の為に振り上げた小さな腕が、その指に触れて………そのまま添わせるように指先を抱きしめる。
 微かに微かに震えている、その指先。
 どんな感情からそれがきているかまでは解らない。声も顔も、それを読み取るためのものをいま子供は与えたくないとその存在全てで伝えてきているから。
 それはひどく優しく……けれどどこまでも悲しい気配。
 暖かいのに泣き出したくなる、そんな不思議な雰囲気の中、それでもひとり気丈に前を見つめるパートナーを守るように差し出した腕は拒まれる事なく佇んだまま。
 そういえばと、思い出す。
 子供の元に来たばかりの……初めての春先、空から小さな花が降って来たことがあった。それは単にその花の咲き誇った細枝の下で昼寝をしていただけだったけれど、強風のあと雪のように降り注いで来た。
 珍しいその光景にはしゃぎ、駆け回っていた自分の傍で子供はどうしていたか………ゆっくりと思い出す。
 あの時も……いまと同じだった。
 子供はひとり遥か彼方を見つめていた。花を眺めているようなその穏やかな風景に溶け込む気配の一方で、まるで消えゆくように希薄になっていくその存在感。
 泡沫だったのだと、そういわれたなら納得してしまいそうになる微弱な気配に不安にかられ駆け寄った。その膝元に体当たりするようにして飛び乗れば、驚いたように目を見開き、次いで細めた視線で見上げた自分の目を覆うように指を伸ばした。
 以来長期間ここを離れ、戻って来たならその仕草を晒す事が増えた。
 なにを思っているかなど解るわけもない。自分が知っているのは彼とともに生きた彼のパートナーとなった、その時からの事だけ。
 幼い身でありながら思い出を語るという極当たり前の事をあまり好まない子供は、だからこそ過去にことを自ら教える事はなかった。
 知りたくないわけがないけれど……解ってしまう。
 それが決して優しく楽しいだけの記憶に帰着しない事を。
 守るには不足がちな小さな腕で、それでも支えたいのだと指し示すように聖霊は強くその指を抱きしめる。開く事の出来ない手のひらを微かに恨みながら。
 それに気づき、子供が笑う。その気配がした。そうして願うままに与えられる真っ直ぐな音。
 「久しぶりに帰ってくると感慨深いものだな。少し散歩していくか?」
 肩に乗ったままの聖霊が落ちないように支え、子供はチッキーの上から地面へと降り立った。
 小さな小さな甘えと我が儘。それを溶かして囁けば、聖霊は誇らし気に頷いた。
 おそらくは明日になれば子供が帰って来た事に気づいた仲間が家に訪れるだろう。いまだGCウオッチはそうした機能の為に健在なのだから。
 それまでの短く小さな静寂を二人で静かに受けているのも悪くはない。
 いまの時期はなんの花が咲いているのか知りはしないけれど、子供はそれらをひどく幸せそうに見つめるから。
 その笑みを守れるように、願う。


 同じ時期には必ず帰る渡り鳥。
 たった一日を忘れない為に帰りくる、渡り鳥。

 それがどれほど切ない事実でも渡り鳥は事も無げに受け入れる。
 傷も痛みも恐れはしない。
 ただ一つ恐れるならば。


 それは忘却という優しい癒しの存在だけ…………………






 うーん……おかしいな。一応カイ爆に繋がるはずだったんですけど。
 カイ出てきていませんねぇ(遠い目)
 つーか相変わらずのジバクくん贔屓でごめんなさい。

 とりあえず言い訳。
 これはキリリク小説の「風に揺れる青」に繋がる話です。
 これのあとにピンクとカイがやってきてのお茶会があって、「風に揺れる青」に繋がるのですが。
 いや〜、見事にそこまで入らなかったですね!(オイ)
 ちゃ、ちゃんと書きますよ? 逃げませんよ?
 なにせそれは供物になる予定だからね!(正確にはこれも込みで供物になるはずだったが長さが半端じゃないので止めた)