柴田亜美作品 逆転裁判 D.gray-man 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter | だからそろそろだと、わかっていた。 それでもなにも言わずにただ待っていたのはおそらくその傷を知っているから。 早く帰っておいで、も。 気にしないで気ままにいなよ、も。 何も言えるわけのない深く甘いその傷。 だからせめて、騒いで明かそう。 疼く痛みに浸るより、美しい記憶に花咲かせて。 笑いと喧噪の渦の中、ただクタクタに疲れ果ててしまえばいい。 ………そういって差し出す腕を、決して拒む子供ではないから。 守りたいと、思うのだ。なによりも切実に……………… 群青色の空間 突然のアラームに驚き、子供はサイドテーブルに目をやった。 カーテンの合間から差し込む日差しは明るい。おそらく外は快晴だろう。そう思うだけの暇もなくけたたましい音で存在を主張する携帯電話を捕まえた。アラームにこんな音を設定していたか一瞬頭が回らず、とにかく音を止めようと携帯を開けると……メール着信の表示が出ていた。 一瞬の沈黙。着信音も消えたので室内は本当に静かだ。外を羽ばたく鳥の羽音が聞こえるほどだ。 そうしてようやく回りはじめた頭の中で爆は誰からのメールなのかを分析しはじめた。この音は確か………ピンクだ。決して聞き逃さないようにとわざわざ耳に響く着信音をダウンロードした上に設定したのだ。全て自分に言わずに勝手に。 それ自体は別に咎める気はないが………出来ればもう少し柔らかな音の方が良かったと毎度それに驚かされる度に思う。ましてそれが寝起きの音楽となるのならなおさらに。 小さく息を吐いてディスプレイに表示された内容を読みすすめ、再び息を吐いた。今度のそれは僅かに幼く…苦笑とともに晒されたけれど。 枕元で疑問を投げかけるような鳴き声がし、爆は目を落とした。そこには自分同様いまの着信音に寄って強制的に目を覚ました聖霊が佇んでいた。 「昨日言っていた通りになったぞ。……昼過ぎに二人とも来るという連絡だ」 子供のような得意げな笑みには予想が当たったという自負と、ほんの僅かな誇らしさが見え隠れしていた。言葉を投げかけながら立ち上がった子供はそのままタンスへと向かう。時計に目をやりながら引き出しを開け、手近な服を適当に取り出した。 今の時刻は8時ちょっと前。少々寝過ごしたようだが………朝方に寝た事を考えればむしろ睡眠時間は不足している。このところ忙しくてろくろく寝ている暇がなかったせいかすっかり夜更かしする癖がついてしまった。この家にいる間にそれらの悪習慣もきちんと直さなくてはと息を吐きながら服を着替え終えると近くの椅子からダイブして来た聖霊が背中に張り付いた。重みでそれを知り、よじ登る僅かな間にタンスの上に置かれたGSウオッチを手首にはめた。 それも終われば朝の一仕事を終えた聖霊が満足そうに額の汗を拭っている。小さく笑いながらそれを確認し、爆は室内のカーテンを全て開けた。 思った通りに空は快晴。日差しを受けた葉が心地よさそうにそよ風に揺れていた。 一日が始まる。………数日後に控えたたった一日をここで迎える為だけに帰って来た自分の、僅かな帰郷の第一日目が。 「あの……ピンクさん?」 「ちょっと黙っててって言っているでしょ。うーん……やっぱショートケーキは基本よね。ガトーショコラと……フランボワーズのケーキ、爆好きだったわよね」 「ええ、ベリー系は……って、ですから」 「じゃあコレも。持ち歩きは1時間くらいでお願いしますv」 ようやく購入するもの全部が決まったらしいピンクは朗らかに笑って販売員の女性に言った。その後ろで結局言いたい事を言う前に会計まで進んでしまったとカイが項垂れていたが、視界には入っていないらしい。 大きな箱を受け取り、早めに召し上がって下さいという言葉に笑顔で答えたピンクが未だ凹んでいるカイにようやく気づいて眉を顰める。 「………ちょっと…ケーキ屋の前でそんな鬱陶しい顔していないでくれる?」 折角の甘い香りさえ霧散すると追い払う手つきでカイを隅に寄せると、カイはじと目でピンクを見上げた。 それに心外そうにピンクが目を大きくした。営業妨害として訴えられるのを未然に防いだのだから、感謝されてもいいはずだ。 「なによ、不満そうな顔して」 「不満と言いますか……それ、どうするんですか?」 ピッと指し示されたのはピンクがたったいま購入したケーキだ。少女が持つにはかなり大きめに見える箱なだけに、中身の数はようとして知れない。 重くはないだろうが邪魔そうなので指し示したついでにその箱を代わりに持つと、ピンクは礼を言いながらあっけらかんと応えた。 「は?あんたケーキを買っておいて飾るとでも言うの?これから爆も交えて一緒に食べるに決まってるでしょ」 「…………ひとり何個の計算なんですか……………………」 げっそりとした声ににんまりとピンクが笑う。 「あら、何個でもいいのよ。私が食べたかったヤツ全部買っただけだもん。どれ選んでもいいけど、私に絶対分けなさいよ」 このところ修行三昧で好きなケーキを買いに行くのも億劫だったのだ。ちょうどいい機会だしと、買い溜めしてしまった。甘いものが意外と嫌いではない爆の家になら置いておけば捨てるような事はないだろうし、訪れるいい口実だ。 ピンクらしい物言いに苦笑し、カイはちらりとGCウオッチを見た。いまは時計に設定してあるが、そろそろここを出なくては爆に伝えた待ち合わせ時間に遅れてしまう。 「もうそろそろ行きますか? まだ買い残し、ありましたっけ?」 「大丈夫よ。どうせあの日までは毎日通うし、必要なものがあればまた明日でもいいじゃない」 どうせあんたも一緒にいるんでしょうとからかう声が響けば少しだけ切なく眉を垂らし、カイが笑った。 それを目に映し、からかう場所を少し間違えたかとピンクが前を向く。悪戯っぽい笑みが消え、深みのある、女の顔が覗いた。 「まあ、ひとりには出来ないものね。あーゆー馬鹿だから、よけいに」 「そう…ですね………」 耐えられるから大丈夫だと、初めは拒まれた。 確たる言葉ではなく、ちょっとした仕草で。約束しようとすればはぐらかし、いたわろうとすればするりと逃げる。…………どこか、彼は優しさに臆病だった。 それは仕方のない事かも知れないけれど、だからといって優しくしたいと言う気持ちに変化があるわけではないのだ。むしろそうだからこそ余計にそうしたいと思うのだから、もう仕方ないと諦めて欲しい。 少しずつ早くなる歩調に苦笑しながらお互いにたった一つの家を目指す。この時期の、もう恒例行事。 知っているから。もうあと数日で、彼の子供の誕生日。 それは同時に……子供の最も愛しむ命が失われた日。 切ないでは……ないか。その日をただひとり過去の記憶を思う為に過ごすなど。 もっと明るく開けた未来だけを夢見ていい……はずなのに。あまりに深い情がその日だけは全てを遮断して過去に縛られる。 子供がそこまで思う人物が、そんな子供の姿を喜ぶはずがないと、知りもしないくせに断言する事は憚れるけれど。それでもそう声高に言ってやりたい。 遠くを見つめるその仕草が、あまりに大人びていて声も出なくなる。自分達よりも小さな背で、歳若いはずのその視線で。一体どれほどのものを見つめてきたならそれほどの深みを備えるというのだろうか。 だから出来る限りの心とともに、言葉を。 それだけが優しさに怯えた心を癒す術だと知っているから。 手みやげに近況報告。他愛無いものでいいのだ。ただ……自分達が彼を思っていると示せる思いと行動を。 木々の檻の先、覗ける一軒家の屋根を見つめてただ思う。 …………どうか幸せに。 それはきっと、いまはいない誰かと同じ思い。 「早かったな」 「途中からなんか意地になっちゃったのよ……こいつに負けたくなくて」 「…………?」 「いえ…1kmほど手前から何故か競争のように駆け始めてしまいまして………」 恥ずかしそうに照れ笑うカイの息は乱れていないが、それに対してピンクは息も絶え絶えだ。もともと体力勝負に長けていたわけでもないのにカイに勝負を挑む事自体無謀だ。それでも自分の家に初めに辿り着こうと必死になってくれた事は……嬉しいと、素直に思う。 こんな時期だから余計にそうしたものに敏感になるのかもしれないと苦笑し、膝に手をついて肩で息をしているピンクに声をかけた。 「とりあえず中に入って休め。飲み物くらい出してやる」 「あたしピーチティーにバニラアイス浮かべたヤツ……」 「……………息も切れ切れでも図々しい奴だな」 そんな状態でもきっちり要求してくるピンクに呆れながらも感心し、爆は中へと導いた。 いつも仲間たちが集まるのに使っている居間は、子供のいない間に掃除にきた時とは一目で違う事が解った。初めに目に入った開け放たれたドアにかけられたのれんからして既に違う。以前は淡い黄緑に大きな輪が幾重にも重ねられたものだったが、今日のそれは空のように鮮やかな青に透かし模様で大柄の花がいくつか入っていた。 昨日帰ってきたと思ったが……気づかなかっただけでもっと以前に帰ってきていたのか。一瞬疑問に思うが毎朝起きたら必ず帰っているかモニターでチェックしているのだ。見落としはあり得ないと判断すれば……これは昨夜一晩で、しかもひとりで行った事になる。 なんとなく…嫌な予感がする。鮮やかに姿を変えた室内の様子に顔を輝かせながらも、どこか冷静な部分でピンクはそれを感じていた。 「爆殿……これ、ひとりでやったんですか?」 同じ事を感じたのか、飲み物を持って来た爆にカイが尋ねる。キョロキョロと物珍し気に室内を見ている二人に少しだけ得意げに笑い、爆はテーブルに飲み物を置いた。 「ああ、昨日寝付けなかったのでな。気分転換と虫干しも兼ねて出した」 「虫干しは兼ねないでいいわよ……ロマンがないわ」 折角海か…あるいは空の中に漂っているような青で程良く統一された空間で、そんな言葉は少し現実的で聞きたくない。顔をひくつかせて答えたピンクに軽く笑い、テーブルに皿を何枚か用意した。先ほど手土産として渡されたケーキを適当にいくつか乗せるとそれに気づいてピンクが近付いてくる。 息も整えられ、紅潮した頬も大分元に戻った。思ったより持久力がついたらしい少女の様子に、おそらくはスパルタ教育をしているのだろう彼女の祖母を思う。 大人が子供に寄せる思いは……どこか甘い。それが身内の者だとなおそう思うのは欲目だろうか。 そうしたものを眺めるのはどこか苦しくて……けれど同時にひどく心地よかった。微かに綻んだ口元を隠すようにコップに口を寄せた瞬間、唐突に甲高い声音が耳を貫く。 「キャ〜vvv なにあれ、カッワイイー!!」 「ぴ、ピンクさん……声が…………」 爆よりもピンクに近かったカイはその声量の見事な犠牲者となったらしく耳を押さえて蹲っている。そんな彼を気にもせず、ピンクは何かを見つけたらしく駆け寄って行った。 一晩でほとんど全てのものの装飾品を変えたため、その辺りに何を置いていたかいまいち思い出せず、一体ピンクがそれほど歓喜するものが何であるのかまで見当が付かない。そんなに気に入りそうなものがあっただろうか。顔を顰めて思い出そうとするが……解らないものは見にいった方が早い。蹲っていたカイの肩を叩いて促し、ピンクの傍までいくと…………さっと顔が青ざめたのが自分で解った。 可憐な指先に佇んでいるのは青いひれ。紺色の紐が手のひらからこぼれ落ちている。 それだけで十分だった。そして同時にピンクが言うだろう言葉を抑制しようとついて出てしまった言葉。 「ねえ爆、これ………」 「ダメだ!」 「え?」 欲しいのだとピンクが言う瞬間、否定の言葉が響いた。それに驚いた声を出してしまったのはカイだったけれど。 きょとんと、ピンクは意外なものを見るように爆を見つめた。いままで自分が欲しいと言ったものは大抵渋りながらでもくれたのだ。あまり物に執着しないせいか、欲しがられれば手放す事をさして惜しまない。それなのに、まるで言われる言葉を厭うように自分の言葉より先に爆は断ってきた。 決してそれは手放せないのだと……そう訴えるような瞳はどこか幼い。 少しだけ驚いたように目が見開かれているのは……自分で自分の声に驚いたせいだろうか。小さく頭を振る仕草にピンクは眉を顰めた。それは冷静になろうとする時の、爆の癖だ。 「爆殿?」 「あ…いや、とにかく、それはダメだ、ピンク」 訝し気にカイが問いかければはっとしたようにいつもの声音が響いた。 なんとはなしに勘付いて………むっとピンクは顔を顰めた。 それが幼い感情だという事は解っている。同時に、爆を困らせるだろう事も。それでも降って湧いた感情はやっぱりそう簡単には鎮静しないのだから。 我が儘を、口にする。それは自分にだけ許されている事だから。 「やだ。だってこれ、かわいいんだもん!こんなの初めて見たし…あたしも欲しいし。絶対にこの子だって可愛〜いあたしのところに来たいって言っているわよ!」 無茶苦茶な言葉で言ってのけ、ぎゅっとそれを抱きしめた。ずっとピンクが持っているのでカイにはそれがなんであるのかがよく解らないが、何やら珍しそうな布の片鱗だけ伺えた。 突然の我が儘に絶句しているらしい爆は一瞬開きかけた唇を噛み締めた。どこか幼いその仕草に、ふと思い至り……ピンクの行動の理由が何となく解った。 悔しいと……思うのは我が儘だろうか。物に執着をあまりしない爆が、それでも決して手放せないと、そう必死になって守りたがる物が誰から与えられたかと思い馳せてみれば鮮やかな残像が脳裏に浮かぶ。姿さえ知らない、彼の為に生きた誰か。比較対照など爆自身が望んでいないのだから己を差し出すだけ愚かだけれど、それでも思ってしまう腑甲斐無さ。 けれど、だからこそ。………自分達が守りたいものも結局はそこに帰着してしまう。 「でも……ピンクさん………?」 言葉に詰まった爆を庇うのではなく、自分と同じ思いを抱えているだろう人をいたわるようにカイが問いかける。明確な単語ではなく、そのニュアンスのみで。 それだけで十分なほどには明晰で勘のいい少女は悔しそうに唇を噛み締めていた。 「ピンク、それは…」 「なら!」 決定的な言葉を与えられる前に、ピンクが叫ぶ。 どこか必死になって綴る音は、まるで過去から引き戻したいのだと叫ぶようだった。 過去を思う事が悪いなんて言わない。そうしなければ生きられない時期だって人間にはあるのだから。 それでも祈ってしまう。自分達にはそれを晒して欲しいと。 何もかもを自分ひとりで飲み込んで誰にも晒さず生きる事の出来る人だから、我が儘にも縋ってしまう。自分達には隠すなと、脅迫的な強さで迫ってしまう。 「あんたがこれと同じの作ってよ!絶対に見劣りするだろうけど………それで我慢してあげるから!それっくらい、いいでしょ?」 抱きしめた胸の中、たたずむ青い切れ端。 鮮やかな鮮やかなその色が柔らかく綻ぶ理由など、知りはしない。 それでも、その尊さだけは感じるから、せめて分かち合って欲しくて捧げられる祈りのような我が儘。 唐突なその言葉にさすがに面を食らったように爆は目を瞬かせた。数度のそれを経て………やんわりと浮かんだのは、笑み。 「相変わらず不遜な奴だな。どんな物になっても文句は言わせんぞ」 だから見本品を寄越せ、と。そうして差し出された小さな手の中に捧げられたのは小さな小さな金魚の巾着。 それを手にした時の言い様のない深みある表情を、なんと称すべきか知らない。笑みのようにも悲しみのようにも、もっと別の感情のようにも見えた。 ただ解る。………子供が、それを思うように自分達を迎え入れてくれている事を。 だから不貞腐れた振りをして、もう一度我が儘を。 それさえきっと受け入れてくれる。 「可愛いヤツじゃなきゃ認めないわよ!」 あとたった数日。けれどそれがいかに長く遠いか、よく知っているのだ。 だから我が儘を。 流れる時間さえ忘れるように、沢山の我が儘を降らせてみよう。 包むように守るように……そんな関わり方をする間柄ではないのだ。互いが互いに言いたい事を。心の限りに、遜色なしの掛け値なしで、ただ与える。 そんな奇妙で不可解な……けれど表しようもないほどに優しい思いがあってもいいではないか。 「話もまとまりましたし……お茶の続き、しますか?」 小さく笑い少しだけ羨ましそうな響きを隠してカイが声をかける。決して自分には真似できない方法で、それでも爆を気遣い心安まるように計れるピンクへの畏敬のような思いを噛み締めながら、どこか似通った意地っ張りな二人を促した。 時間は短くありながら長いのだ。 たった一日をただ安らぎの中で過ごせるように。 それだけを祈って始まった連日のお茶会の始まり。 小さな我が儘の中に流れる優しさに染まる笑みを溶かした紅茶は、ひどく甘く心に染みいるのだろうと、思いながら。 ………長かったな、ここまで書くの。 それでもお茶会開催と同時に終了かよ。って感じですか(遠い目) いや、ピンクの我が儘発揮と、それが爆にどういう作用があるのかを書きたかっただけなんですが。 そのおかげでかなりカイがぞんざいな扱いなんですが(オイ) 書ききれたような中途半端なような。微妙な感じです。 妙に長くなってしまいましたがこちらの小説は祝10000HITという事で朱涅ちゃんに捧げさせていただきますv 前回送りつけたキリ番小説「風に揺れる青」の前半部分になります。 会わせてお楽しみいただければ幸いさ。 |
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