柴田亜美作品

逆転裁判

Dgray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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巡り巡る季節
時間は流れ
日々は過ぎ去る

別れのあとには出会いがあり
終結のあとには始まりがある

だから何一つ恐れる事はないと
優しく微笑み頭を撫でた人を思い出す


とても小さな世界で生きた
とても深い心を携えた
たった一人の、その人を




虹色に煌めく



 久しぶりに帰ってきた自宅は相変わらず綺麗に掃除が行き届いていた。
 無人の家はすぐに傷むというが、その心配はなさそうだ。世話好きの仲間の顔を思い浮かべ、苦笑する。
 いつ帰ってくるかなど解らないというのに、暇を見つけてはきっとやって来ているのだろう。
 庭の草花も元気なものだった。窓からそれが見え、ホッと息を吐く。
 いつも身一つで世界を駆け回り、そうそう物に執着をする暇などないけれど、それでもこの庭に咲く花たちは無くせないものだった。
 幼い頃、小さすぎる手のひらで必死になって植えた花。慣れ親しんだそれらの花が、ひどく特別なものに見えたのを覚えている。
 そろそろ庭の整備もきちんとしておかなくてはと、子供は道具のおさめられている天井裏を見上げるように窓から天井へと視線を移す。………もっとも、そこまで辿り着くには階段を二度上がらなくてはいけないけれど。
 少しくらいは手伝わせようかと足元に目を向け、パートナーである聖霊を探す。が、いない。
 首を傾げてみれば窓の傍、いつの間にかクッションを置いて寝そべっている。一番日差しが当たり心地いい場所を、教えなくてもしっかり把握しているその姿に子供は呆れたように笑った。
 クッションを奪って起こしてもいいが、わざわざそこまでして手伝わせても不貞腐れて邪魔をするか、あるいは遊び始めるだろう。
 それならばこのまま昼寝をさせておこうと背を向け、子供は階上へと向かった。

 昔から愛用していた自室でもある天井裏は、今はもう荷物置き場に近かった。階下にある、過去に共に暮らしていた少女の部屋はいつも整頓しているけれど、自室は収集したものの保存や興味の湧いた書籍の山になっていて、若干研究室じみている。
 それはどこか、あの馬鹿な青年の研究所を思い起こさせ、子供はむっと顔を顰めた。
 「まったく…あの馬鹿に似るとはな………」
 どこか拗ねたような物言いでいい、小さく息を吐く。………この家にはあまり寄り付かない、他国で研究に没頭している馬鹿な男の顔は、忘れようと思っても忘れられない。少女とともに、自分の人生に多大な影響を与えたのだから、当然だろう。
 ずっと、一緒にいると思っていた、あの頃。
 少女とともに日々を過ごし、帰り来る渡り鳥のような男を待ち焦がれ、馬鹿な事で反発しながら、けれどいつだって………笑い合っていた。
 今を不幸と思うほど愚かではない子供は、けれど過去の眩さを幻想と思うほど浅はかでもない。
 過去の充実が自身を育んだ事を、知っている。
 そっと小さな明かり取りの窓に近づき、外を見下ろした。………毎日をとても緩やかに過ごしていた。時間に追われる事もなく、怒声や憤りといった忌避すべき感情に染まる事もなく。ただ穏やかに優しく、包まれるように愛しまれて、生きた。
 そうして時が流れるように変化するものを、教えられた。季節の流れ。時の移り変わり。命の循環。人間という生き物の、意志のあり方。
 全てが謎かけのようで、明確な回答はなく、そのくせ、目を奪われるほど鮮やかに展開された。美しく、喩えようもないほどに優しく世界を愛でる人が教えてくれたのだから、当然だろう。
 思い、目蓋を落とした。………柔らかな日差しが目蓋を染め、閉ざした視界に光を寄り添わせた。
 吐息を落としかけた瞬間、何か違和感を感じる。同時に、響いた声。
 「よう、爆。暇だから押し掛けてやったぜ〜」
 「仙人ー!!!」
 呑気に明るい声が楽し気な調子で綴られ、それに被さるように咎める大音量が響く。
 一瞬にして静寂という言葉が遥か彼方に過ぎ去ってしまった。呆れたように目を開けながら、それでも窓から外を見下ろしたまま、子供が声を掛ける。
 「漫才なら他所でやれ、お笑い師弟」
 「何いってやがる、お前だって俺の弟子だろうが」
 あっさりと憎まれ口を叩く可愛げのない子供の様子に、口の端だけで笑みを作り激が告げる。ついでのように頭を撫でたその腕を、微かに首を振って子供が拒んだ。
 …………それ、は。たった一人だけが与えてくれればよかったものだ。今はもう、いない人だけれど。もしもそれでもなお得たいと願うなら………もう一人、帰り来るのを少女とともに待ち続けた人だけが許される事だ。
 師であるから許されるわけでも、彼であるから拒まれるのでもなく、ただもう、受け入れられるだけの幼さも甘えも、薄れてしまったから。
 世界はあまりに目紛しく、それらから視線を逸らさず駆け巡るには、子供のままでいる事は難しい。守られ愛され慈しまれ大事にされる、そんな立場では子供が成したいと願った事は、実現出来ない。
 微かに眉を上げ、笑みを苦笑にした激は仕方無さげに吐息を吐き出し、逆手の弟子の頭を遠慮なくなで回した。
 「まったく、ちったぁオメーもカイ並みに素直になりゃいいのによ」
 「それは馬鹿正直というだろう」
 「まあ間抜けとも言うな」
 「………お二方とも、ひどい言い草に聞こえますが………」
 まるで初めて意見があったかのように顔を見合わせて言い合う二人に深い溜め息を吐き出しながらカイが割り込んだ。………このままでは話が成立しないと感じたのは杞憂ではないだろう。
 「突然申し訳ありません爆殿。仙人が遊びに行くといったかと思うとテレポーテーションされたもので……」
 「大体想像はついていたからな、気にするな」
 これが退屈だっただけだろうと不躾な指先は年長者を指差して呆れていた。
 未だ小さな指先を軽く叩いて窘め、激は屈託なく笑いながら頭の後ろで腕を組んだ。どこか掴みどころのない人物ではあるが、その実、ひどく人の機微を見ている事を子供は知っている。
 ちらりとその顔を見遣り、怪訝そうに眉を顰めれば、少しだけ安堵を浮かべた柔らかな眼差しに見つめられた。
 それに微かに瞠目して、思う。…………心配、していたのだろうか。
 世界の方々に渡り歩き、生き急ぐように留まる事をせず、疲弊すら飲み込む事を。
 辛い事ではなく、悲しい事でもなく、無理でもない事、だけれど。それが親しい人に不安や遣る瀬無さを与える事を、子供は教えられた。
 告げる事の出来ない言葉や意志は、それでも相手を疎んじているからではないのだと、訴える事すら上手く出来ない子供を、慮り労る指先があったから。
 分かち合う道ではなく別離でありながら重なる道を歩む事すら諾とする人が、子供には与えられた。それ故に、青年が憂えるような事は、ないのだ。
 自分同様に内情を口にする事が不器用な年長者を見遣り、子供は仕方なさそうに溜め息を吐き出し、近くの引き出しを開けるとそこに収められていたスコップを彼らに投げ渡した。
 「丁度いい、庭の整備に人手が欲しかった所だ。手伝わせてやるからついてこい」
 「………そういう時は手伝って下さいってお願いするもんじゃねぇのか」
 「招いた覚えのない客など下僕と変わらん」
 辟易とした顔で間違いを指摘した激は、更に顔を引き攣らせそうな発言を与えられて閉口した。それを笑んで眺めていたカイは、特に子供の発言を咎めるでもなくその背についていく。
 相変わらず従順なものだと溜め息を落としながら、人のいい弟子の安否を思い遣ってしまった。
 「………カイ、たまには逆らっておけよ?」
 そうでなければいい様に利用されそうだと、子供に対してはそんな危惧はしていなくとも、その他の人間全てにまでは言い切れない事をこっそりと耳打ちする。
 その言葉に彼は長い耳をピョコリと跳ねさせて、思案するように首を傾げた。そうして、柔らかくその深紅の瞳を細めて、告げる。
 「遠慮のない物言いは、気遣いと同じなんですよ」
 子供はどこか臆病で、指し示す好意や思いやりが相手の負担となる事を嫌う。そんなはずがないと思うのに、彼はそれを自身に許せない。
 だから、告げる言葉はどこか不遜で居丈高だ。それでも……与えられるその時は、傍にいる事を許すとき。そして、いつだってそれらは相手の憂いや苦慮を溶かすものだ。
 「心配するなって、いっている気がします」
 たとえば庭の草花を思い遣れる余裕があること。たとえばいつもと変わらぬ言葉を吐き出せること。たとえば、そんな言葉を与えても、きちんと彼の隣には人がいること。
 それをきっと、教えるための言葉。だから拒否すべきものはなにもなく、むしろ喜びでもって共にいられる。
 そう笑んで告げる弟子の言葉に、激は目を瞬かせた。
 ………とんだトンチ比べだ。狸のばかしあいでも、もう少し易しい。
 グルグルと互いを考え思い合い、そうして、その思いの与え方は、他者を介入させて緩やかに知らしめられる。
 「ま、オメェーらがそれでいいなら、年寄りは何もいわねぇけどな」
 苦笑を滲ませ、階段を下りる小さな背中を見遣る。
 「爆殿はちゃんと知っていますよ」
 独りで生きる痛みも、人とともにある痛みも。失う痛みも、得る痛みも。生きる上で感じなくてはいけない痛みも悲しみも理不尽さも、知っている。その上で、彼は立ち上がり前に向かうのだ。
 それはひどく痛ましく遣る瀬無い、けれど。
 そうして生きる事こそが神々しくも美しいと、知っている。
 「…………だから、大丈夫なんです」
 時には揺れる時もあるかもしれない。けれど、そんな時は自分たちが傍らにいるだろう。彼は一人立ち進む人だけれど、決して独りではないのだから。
 誇らし気に笑んだ弟子の顔を眩しそうに細めた視界に収め、激は不器用に笑んだ。憂える事はある。長く生き、多くの呪いを見つめてきたからこその、憂い。
 それでもきっと彼らなら、そんな憂いすら素知らぬ顔で乗り越え進むのだろう。
 闇に捕われた事がありながら、その闇を光に照らし鮮やかな彩りある世界に換えた、子供たちだからこそ。
 遅いと叱咤する子供の声に答える少年を見つめ、青年は緩やかに吐息を吐き出す。
 憂慮すべきは自身の経験故に未来に固執する自分自身だ。………思い、子供の様子を見にきたはずが、逆に思い遣られてしまったらしいと笑い、頭を掻く。

 子供の世界は無限だろう。
 闇を知り闇を抜け出し、無限の世界を己の色彩で染めていく。

 それは未だ成長過程にある生き物にだけ許された、可能性。



 その鮮やかさを愛でるように、青年は眇めた視野に希有なる弟子たちを映した。





 シスターシリーズでカイ爆+激、でした。
 初めは和也の配合した新種の花の株が爆の家にあって「なんでこれ、お前が持ってんだー」と植物収集壁のある激が驚愕する話だったのですがね。
 でもこの話はオリジナル要素の方が強いのでオリジナルで形変えて書こうかと。
 しかし…カイ爆というか激のお父さん視点っぽいな。まあいいか、そんな役所だよ、きっと。

08.2.14