柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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絵本をたくさん読んでもらった。
色々な絵本があった。
毎日違うのを選ぶこともあれば
何日も同じ絵本をねだることもあった。

優しいあの声が綴る物語は
どれも心地よい夢世界。





紛れるようにそこにいる



 首を傾げてカップに口を付けると一口飲み込んだ。琥珀の液体は暖かく喉をしめらせた。
 手に持っているのは一冊の絵本。大分古びているのはそれだけ何度もめくり、その話をねだったが故だろうか。
 器用に片手で絵本を開き、子供向けの他愛無い絵柄を見つめる。懐かしい絵だった。
 「なんだ、それ」
 カップをテーブルに置くと不意の声が聞こえた。目を向けると少し眩く感じる明るい色彩の羽根が見える。
 目を瞬かせながら興味を示すように身体を乗り出している。…………宙に浮いたままの、不可解な格好ではあったが。
 見慣れた光景に苦笑するでもなく、子供は少し身体を起こして膝に乗せた絵本が青年の視界にも入るようにした。視界に入ってきたものがくたびれた古い絵本だと知り、青年は不思議そうな目を子供に向ける。
 それには小さく笑い、子供は仕方がなさそうに絵本を閉じ、その表紙が見えるように持ち上げる。
 「俺が小さい頃よく読んでもらったものだ」
 書棚の整理をしていたら、一角に懐かしい絵本がしまわれていた。見つけてしまったなら、どうしてもめくらずにはいられなかった。ただそれだけのことだ。
 事も無げにそう呟く姿は、他愛無い日常に埋没するほど自然な所作だ。
 それを見つめながら青年は目を丸くしてさも驚いたといわんばかりの顔を作ると、素っ頓狂な声で子供に言った。
 「お前でも絵本なんて読んだのか!」
 「………………………俺も赤ん坊だったことくらいはある」
 この上もなく馬鹿馬鹿しい反応に呆れたような顔で子供が返す。どれほど大人に生まれたいと願おうと、生まれてきたからには赤子からしか始まらない。クローンでもロボットでもないのだ。そればかりはどうしようもない自然摂理だろう。
 もっとも、青年の意見にも確かに頷けはするのかもしれない。どうしたって自分は幼い頃を想起させるのが難しい子供だ。
 そう思い、苦笑する。………もっとずっと小さな腕でしかなかった頃は大人になる自分こそ、想像も出来なかったというのに。だからこそ、一刻も早く大人になりたいといつだって願っていた。
 「でもよ、お前って何かこうー…ガキの頃でも絵本なんて読んでいられるかって突っ返しそうじゃん」
 無邪気な笑みで思ったままのことをいったのだろう青年の声は、それ故にその音によって疼くものを霧散させた。ある種、自分とは対極だと思いつつも、それでも似かよらざるを得ない仕草。
 ………それはきっと、世界に散らばる仲間全てに共通するものなのだろうけれど。
 脳裏を掠めそうになる過去をひっそりとベールに包み、子供は飲み込んだ。そうすることで壊したくないのは、過去と現在のどちらであるのか決めかねてしまうけれど。
 「これでも懐いていた大人はいた。その人が読むと、本当にそこにその世界があるようで楽しかったぞ。……朗読など、誰がしても同じはずなのにな」
 思い出す面影にほころぶ頬。幼い笑みは、その姿には似合うはずだというのに、あまりにチグハグに感じるのは、常の子供があまりに孤高であるが故だろうか。思い、青年は少し遣る瀬無さそうに眉を寄せた。
 ふわりと微かな空気の揺れの後、青年が子供のすぐ近くに浮いていた。羽で移動する癖が抜けないのは、鳥人の性なのだろうか。もっとも、青年の体格からいってこの室内で空を飛ぶ移動は逆に面倒ではないかと思うが。
 微かに影を作られた頭上に目を向けると、寂しそうな顔の青年がたたずんでいる。感情の流出が顕著なこの青年は、他者の心理にも敏感だ。それはその生い立ちにも起因してしまう悲しい所作。
 小さな笑みをともし、子供は痛みではないと示すように微かに頷く仕草を与える。それさえ、青年にとっては痛ましく見えたが。
 「なあ……」
 躊躇うような小さな声。頬に触れる風は、寄る辺ない羽の作るもの。
 目を細めてその羽を視界におさめ、言葉を必死で綴ろうとする青年を見上げた。真っすぐな、いつもの子供の視線のままに。
 その力強さに手助けされるように、青年の喉は潤った。さえずる言葉を紡ぐことがあまり得意ではない青年にとって、常と違う雰囲気はそれだけで喉に圧迫を与える。
 ほっとするように吐息を落とし、青年は淡く笑んで拙い仕草のまま、乞うた。
 「それ、読んでくれねぇ?」
 何をどうすれば寂しくないのか解らない青年の、精一杯の言葉。
 昔が重なって寂しく思うなら、今と摺り替えられないかと、羽を揺らしながらしなだれて願う。その様はまるで叱られる直前の子供のようだ。
 苦笑が浮かぶ唇を隠すように絵本を持ち上げ、子供は軽く息を吐いた。
 ………別段、悲しんでいたわけでも痛んでいたわけでもない。ただ、とても懐かしかっただけだ。
 そしてその懐かしさが絵本の内容に及んだ時、ほんの少しだけ、思った。この物語を読みながら、あの人は何を思ったのだろうか、と。
 幾度も幾度も読んでとねだったのは自分だった。それを一度だって拒まなかったあの人は、どんな思いで語り部となっていたのだろう。
 ただ、そう思った瞬間だけが、ほんの少し棘になった。
 それだけ、だったのに。馬鹿な青年は幼いまま、なんとか腕を伸ばしたいと願っている。それはどこか小さな頃の自分の拙さに似た仕草。
 それを愛で、子供は指先で床を指し示す。
 自身の問いかけへの答えがよく解らず、青年は首を傾げた。
 「読み聞かせの基本は同じ視線だろう」
 空を飛んだまま聞くのは不作法だとたしなめるようにいう子供に、青年は破顔して羽を繰り、床へと腰を下ろした。
 ソファーに腰掛ける子供の隣に座れば良かったことだろうが、羽がある分、どうしてもソファーは狭く感じた。それをいわなくても理解しているらしい子供は特に何もいわず、絵本を捲り始める。

『虎は空を見るのが好きだった。

のんびりと空を見上げ、虎は目を瞑る。
虎は空を見れば鳥を思い出した。
優しい歌を奏でる、綺麗な青い鳥。

まだ虎が小さい頃のことだ。
たった一匹だった虎は、狩りの帰り道に歌を聴いた。

青い鳥が羽ばたきながら鳴いている。
それは聞いたこともないメロディーだった。

お腹も空いていなかったし、虎はそのままただ見ていた。
たいして大きくない鳥一匹食べてもしかたもない。
木の間、風下に座りながら鳥を見る。

そのメロディーはいまも耳に残っていた。

虎は目を開ける。
見えるのは綺麗な青空。

虎には鳥の歌声しか解らなかった。
鳥がなんという名かも、
どんな歌をさえずっているかも解らない。』

 ぱらぱらとめくられる絵本の絵は、他愛無い可愛いものだ。自分の幼い頃にはまるで無縁のものだが、他の国ではこういうものを子供のうちに読み聞かせているのかと、楽しそうに青年は目を細めた。
 子供の声は随分とそれを読むことに慣れているように感じる。この絵本が好きだったというだけでなく、誰かに読み聞かせることに慣れている風だった。
 きっと彼の育った院というところで他の子供たちに読んでやっているのだろうと、存外面倒見のいい子供の姿を思うと自然と笑みがこぼれた。

『それでも、いつも狩りの帰り道、鳥を見ていた。

グミの実を食べている姿を見た。
小枝を運ぶ姿を見た。
鹿と話している姿を見た。
………歌を奏でる姿を見た。

その距離はいつも変わらない。
ただ見ているだけでよかったのだ。
その歌を聴いているだけで。
けれど、ある日。

いつものように木に隠れて耳を澄ませていると
目の前に花が降ったのだ。
たくさんの花が、虎の上にだけ。

虎は目を丸めて空を見上げた。
そこには青い鳥が一匹、ハンカチをくわえて羽ばたいている。
小さく、虎は鳴き声を漏らした。
慌てて口を押さえる。虎の声は鳥には危険信号だ。

けれど青い鳥は歌った。

それから幾度も二匹は会った。
鳥は歌を歌い、虎はその歌を聴いた。
互いの言葉を知らず。
……互いのことも知らずに。

そうして、年月は過ぎた。

今はもう、虎の澄ました耳に歌は聞こえない。

虎は、空を見るのが好きだった。』

 ぱたんと、絵本の閉じる音が耳に響く。最後のイラスト……寂しそうな背中の、項垂れた虎の成獣が脳裏に刻まれた。
 問わなくってもどういう話かは解る。解るけれど、釈然としない寂しさが残った。
 戸惑うように青年は子供を見上げた。そうすると、その顔をのぞくことを拒むように絵本で額を叩かれた。絵本はそのまま動くことなく、青年の顔を覆ったままだ。
 「なあ…これ、寂しいぞ?」
 「そうか?」
 戸惑うような声で感想を口にすると、子供はそれを理解した声で問い返した。
 解っているけれどそう感じたくないと、そういっているようだ。
 それが解るけれど、それでも何をいえばうまく場をまとめられるのかは知らない青年は、焦れたように羽を動かす。言葉にならないということが、ひどくもどかしかった。
 額に乗せられた絵本も、歯痒い。取り払おうと思えばそれは容易いけれど、それは子供が望んでいない。敢行するにはあまりに子供は青年にとって別格な人間だった。
 不可侵の聖域のように思う友人を知っている。それとは多分、交わりながら異色の敬虔さだろう。
 「だって…虎、可哀想じゃねぇか」
 一人残されるのは寂しいと、その思いだけはよく知っている青年が小さく力なく呟く。子供の思いがどこにあるか、まるで青年には見えなかった。
 それを探るのではなく捜すように、迷子の青年は覚束無い足取りでよろよろとふらついている。
 方向の解らない迷宮では空も飛べない。そんな心許なさに眉が垂れ下がるが、その情けない姿もまた、絵本に隠されて誰にも見えはしなかった。
 「寂しいのは鳥も同じだろう」
 「………………?」
 「いなくなりたくていなくなるわけじゃ、ない」
 噛み締めるような子供の声。深く吸い込まれ、吐き出される息。
 たった一言のそれを綴るのに、どれほど彼は意志の力を要したのだろうか。あんなにも朗々と言葉を綴る喉を持つくせに、彼はその実、己の深みにある音を出すことは稀だ。それはあまりに棘つき、痛みしか見いだせない寂しさを内包しているから。
 それは告げる自身にではなく、告げられた相手にこそ作用する。だからこそ、彼はそれを口にしない。自身の感情を他者に押し付けることを、彼は好まない。
 そうすることで己が楽になるなんて、思いもしない。そうした視野の狭さは頑なまでに一人生きてきた彼の欠点でもある。
 「まあ確かに、一人はどちらも寂しいだろうがな」
 「じゃあっ!」
 ぽつりと取りこぼしたその声に、知らず声を張り上げた。驚いたのか、絵本を持つ指先が少し揺れ、視界が半分開けた。
 中途半端な世界の中には、天井と子供の顔が少し欠けて見えた。突然の大声に子供は目を丸くしている。意表を突いたらしい自分の言動に少しだけ笑いが込み上げた。
 そうしてその笑みのまま落とされた声は、ひどく滑らかだった。
 「虎と鹿が友達になっちまえば、いいな」
 「……………………は?」
 「鹿だって寂しいだろ?一人じゃなければ、寂しくねぇだろ」
 口早に、思ったままの言葉をさして深く考えずに告げる。ただ、寂しくなくなればいいと。
 ………一人蹲り物思うことは、過去も未来も、ましてやたった今という現実さえも、あやふやにしてしまうから。
 だから、誰かに出会えばいいのだ。寂しさが癒えれば、きっと別の見方ができる。ただ留まっているだけだった現実から、いつかは前に向かっていける。
 それを確かに知っている青年は、とっておきも妙案を思い付いたような顔をして意気揚々と子供に告げる。
 幸せそうな青年の顔は、確かにその方法が彼にとって祝されるものを作り上げたことを知らしめた。
 絵本を取り上げ、その際にもう一度軽く青年の額を叩き、子供はゆったりと唇に笑みを乗せる。
 「そうだな」
 短い肯定の言葉に青年は嬉しそうに笑い、ソファーにもたれかかった。すぐ間近に寄せられたその頭を見遣って、極自然な仕草でその頭を撫でるように手が動く。
 まるで懐いた犬か猫を撫でるようだったかと少し思案し、子供は気付かれないように手許の青年の様子を見てみるが、別段気分を害した様子もない。むしろ心地よさそうに眠る体勢に入っていた。
 時計を見てみれば、あともう数分もすれば買い物から帰ってくる友人たちがドアを叩くだろう。うとうととし始めた青年の羽はしんなりと萎み、床に流れるように畳まれている。
 ドアを叩かれるまでは静かにしているかと、自分よりも幼く感じる青年の頭を規則正しく撫でながら、子供はもう一度開いた手で絵本を開く。

 美しい声でさえずり歌う、虎の愛した鳥。

 脳裏には鮮やかに蘇るあの人の奏でた優しい音色。
 何を思い語り部になったか。それはきっと解りはしない。それでもほんの少しでも悲しさや寂しさを減らせていたならいい。
 絵本に添えられた指先はあの頃よりは大きくなった。少しは成長したのだと、今はいない人に語りかける。


 静かで優しい、あの人の声。それに寄り添う幼い声音は、いつまでもいつまで褪せることなく響き続ける。

 出会えたことを、感謝しながら……………





 ただ単にソファーに座って本読んでいる爆と、そのソファーにもたれかかって寝ているハヤテのイメージが脳内で定着してしまったので。書いただけです。
 いや、爆とハヤテだと爆がお兄ちゃんのようで可愛いなーとも思いますが。そして二人でほのぼのしているとデッドに呪われるんだよ、ハヤテが。可哀想な子(笑)

 絵本の方は創作です。うん、虎と出たところで解ったでしょ、といいたい。
 イメージ的に鹿は和也です。あいつは肉食じゃないのよ。そう見せかけてるけど。まあ鹿や山羊も角は立派な凶器だけどね(吐血)
 ちなみに、なんでこの絵本をよく読んでもらったかというと、鳥が歌うシーンで「どんな歌?」というと必ずシスターが歌を歌ってくれるからです。
 単にシスターに歌って欲しかったというだけの他愛無い理由ですよ。
 色んなことに埋没しがちで、見つけるのも大変になるけど、昔の記念品というのはやっぱり宝物だと思います。
 まあ私は何度か引っ越ししたせいで全部処分してしまってますけどね。残っているのってアルバムくらいか。だからこそ、そういうものを大事に出来る人は尊敬しますよ。私には出来なかったことだから。

06.6.8