柴田亜美作品

逆転裁判

Dgray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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高い空を見上げ、少年はため息を吐いた。
……一体なにがいけなかったのか。
それさえ判らないのだから
先程から幾度重いため息を繰り返しているか判らない。
滅多に使わないテレポーテションを行ってまで
自分の前から消えた子供の相談をしようと登っている、
慣れたこの山道さえいまは鬱陶しい。
あと少しで自分の師がいつもいる岩山が見える。
………重い足をノロノロと機械的に動かしながら
少年はようやく開けた景色に顔をあげる。


瞬間凍り付いた心臓を、どう溶かせばいいのだろうか?





掴む青雲



正直、何故こんな風な状況になっているかいまいち飲み込めていなかった。
イライラしているらしい子供は肩を怒らせながら自分に八つ当たりをしてくる。
確か、子供が目の前に現れた第一声は………
「貴様は客に茶も出さんのか!?」
 テレポーテションで眼前に落ちてきたにも関わらず、子供は威風堂々とそういってのけた。
 呆れた顔でジュースを出してもそれに手はつけない。
 ウロウロしている子供の様子を観察しているのも飽きてきて、青年は声を掛けた。
 「………で、爆。一体なにがあったんだ?」
 軽い口調を笑みと共に囁けば、この上もない鋭い視線が返ってきた。
 一瞬…声を掛けた事を後悔する。余りに無遠慮に睨み付ける子供の視線から逃れる事は困難だ。
 ずかずかと近寄ってきた子供は、至近距離でようやく止まった。幼い肢体は青年よりも小さい。……にも関わらず仰ぎ見る視線は青年の上をいきそうなほど強い。
 それをどうにか受け止め、青年は子供の言葉を待ち構えた。
 ………耳に鋭く響く声は、普段の子供からは想像出来ないほど幼い。
 「あいつは一体なんなんだっ!人が目の前にいるにも関わらず関係ないヤツのことばかりいいおって!!」
 「はぁ……?あいつ?」
 大音量に耳が痺れたが、どうにか聞き止めた単語を青年は繰り返した。
 とりあえず、この子供の憤りはわかった。ただその原因が判らない。
 ……もっとも、この子供がここまで感情を露にする事自体が珍しいのだが。
 全く自分の言葉が通じていない事に気づき、爆は顔を顰める。
 そして青年の胸をどんと強く叩き、顔を臥せる。
 …………紅潮するであろう顔を隠すようにして、小さく子供は囁いた。
 「……決まっている。貴様の馬鹿弟子だ」
 寄せられた眉に苦笑し、青年はその背をゆるく抱き締める。
 子供は結局八つ当たりもしきれない。内に溜め込んで、自分でどうにかしようと努力する。
 少しつっつけばもう殻に閉じこもってその激情を隠す。………こんなに幼い肢体の中にある強靱な精神力は青年の目を引き付けてやまない。
 人になにかを教えるものとして、これほどの逸材はない。ほんの僅かな導きで信じられない成長を見せつける。……研摩される事を拒む原石は自らの力で輝こうと弟子入りを拒むのだけれど。
 なにかを必死で整理しているらしい子供の顔を覗き込み、青年は囁きかける。
 「………カイの奴、なにかしたのか?」
 そんな甲斐性を持ち合わせているようには見えないがなぁとからかえば、子供の腕が上がり顎を殴られる。
 見事なアッパーもくる事が予想出来ていれば大したダメージを受けない。
 ニヤニヤと笑ったまま青年は子供の顔を持ち上げる。
 「なんだ?図星か?」
 「………激。俺はその手の下卑た話題は嫌いだ」
 吐息さえ交わるほど近付いても、子供の顔に何の変化もない。
 からかい甲斐がないと息を吐き、コツンとその額に自分の額を合わせた。
 ゆっくりと流れ込む暖かなぬくもりに子供は目を閉じる。……精神を安定させるために送り込まれる穏やかなイメージ。ゆっくりと息を吐き出してそれを身体の隅々にまで分け与える。
 離れた青年の額が少し惜しいと思う瞬間、子供は瞬きを繰り返して自分の頬を叩く。
 ………青年の治療はよく効くが、一種の恍惚状態に陥り易いのだけは欠点だ。
 もっとも、青年も子供が自力で回復出来るからこそ行うのだが。
 視線に普段の深い思慮を秘めた鋭さを戻した子供を見つめ、激は岩に腰掛けながら尋ねる。
 「………んで?結局うちの馬鹿弟子が何やらかしたんだ?」
 穏やかな問いかけに居心地悪そうな顔を子供はした。できればこのまま去ってしまいたい。
 ……が、さんざん八つ当たりをしたのだから、いわないわけにはいかない。
 軽く息を吐き出して、子供は視線を逸らすと小さな声で囁いた。
 「………カイは会うと炎の話ばかりする」
 「へ………?って、いつも?」
 唐突な言葉に一瞬意味を掴みかねる。
 問い返した馬鹿な質問に律儀に子供は頷く。
 ………本当に馬鹿弟子もいい所だと激は目を覆う。焦がれて焦がれて。……やっと手に入れたと思えば、過去に憧れていたものの話しかしない奴がどこにいるだろうか。
 ましてカイの炎への尊崇はかなり深かった。自分の前に現れ強くなりたいといっていた時から、彼は炎の名しか囁かなかったのだから。
 その憧れをそのままに語られていれば、誰だってイヤにもなる。
 突然この子供がテレポートまでして自分に当たりに来たのだから、本当にそれ以外の話題もなかったのだろう。
 深いため息を吐き、激は申し訳なさそうに顔を歪めた。
 「そりゃ……悪かったな。あいつも慣れてねぇから………」
 微妙にフォローになっていないような事を呟きながらいう激に、爆は苦笑する。
 ……人のいい青年は、自分と少年のケンカの仲裁さえ厭わずに引き受けようとする。そんな過保護な真似までしなくてもいいとその肩を叩きながら笑いかけた。
 「大丈夫だ。……どうにか収まった。まあまた言ってきたら問答無用で殴るが………」
 それくらいの報復は許されるだろうと不敵な笑みで囁く子供に、青年は吹き出す。
 「ああ、少しくらい見栄えが落ちても関係ねぇだろ?」
 別に外見に惹かれたわけではないのだから、好きなだけ殴れと無責任に言ってのける青年が、不意にあたりを見回した。
 それは一瞬で、面白そうに爆に笑いかけると、唐突にその腕を引っ張った。
 抵抗もしない子供はすっぽりと青年の腕に中に収まる。
 「…………激?」
 不思議そうな顔を向けて見上げる子供にニッと青年は笑った。
 馬鹿な弟子の馬鹿な思い込み。それが馬鹿な結果を導いていた。
 それならいっそもう一つ。
 ……馬鹿みたいな思いを披露させてやろう。
 悪いと囁く声と共に、その唇が子供の頬に落ちてきた…………

 その瞬間、風さえ凍てつく。
 ……二人を見つめたまま固まってしまった、木々に包まれた少年と共に。

 突然の激の悪ふざけに爆も面を喰らったように目を丸くする。
 凍り付いた少年は二人を見つめたまま動けない。
 ……そんな二人に忍び笑いを零し、激はパッと爆から離れた。
 「ま、今日の受講料はこれで勘弁してやるよ」
 おどけた声で言うと、ようやく我に返った爆の頬が朱に染まっていく。
 ………殴りつけようと睨み付けた先にはすでに青年はいない。
 消えたと思えばまたすぐ傍で空気の摩擦する音が響く。
 少年の目の前に現れた青年は悪戯っ子のような笑みを零しながらその顔を覗き込んだ。
 凍り付いた少年の瞳の焦点がゆっくりと合わさってくる。
 それを面白そうに見つめながら、その耳元に囁く。
 「なあカイ。あんま腑甲斐ねえ甲斐性無しなら、俺が貰っちまうぜ?」
 からかいの声にどこか本気を滲ませて囁いた青年の影を薙ぎ払うように少年はその手に握りしめていた棒を繰り出した。
 それを予想していたらしい青年は再び消え、今度は子供の後ろに現れた。
 「じゃーな、爆。また相談したけりゃ来いよ。安くしとくぜ?」
 その目に輝く少年を挑発させる色に、子供はため息を吐く。
 ………揃いも揃って、似た者師弟だ。
 まっすぐで澱みない。そのくせ融通の効かない弟子を余裕のある師はからかうのを趣味にしているらしい。
 今度こそ本当に姿を消した青年を見送り、この収集をどうつける気だと深いため息の中で子供は小さく囁く。
 「爆ッ!!」
 憤りを多分に含んだ少年の声に子供は一瞬引きつる。
 ………自分の名を呼び捨てにする時は少年に余裕のない証拠。
 振り返った子供の目に入る少年の姿は一目で怒っている事が判る。
 自分が怒られるいわれはないのだが。泣きそうにも見える少年を子供は見捨てられない。
 苛立たしげに子供の腕を掴み、引き寄せる。力任せの行為に腕の付け根が微かに悲鳴をあげた。
 一瞬走った痛みに顔を顰めながらも子供はその腕を厭いはしなかった。
 強く、抱き潰すほどに力を込めて少年は子供の存在を確かめる。
 ……少し高い子供の体温が、自分の荒れた意識と混ざる。
 抵抗のない事にほっと息を吐き、息苦しくないように少しだけ力を緩めて子供の肩に顔を埋めた。
 「なんなんですか、あれは…………!」
 いつものような礼儀正しい言葉遣いは、けれど余裕などない声音で綴られた。
 震えた肩を子供は愛しげに見つめる。……あれほど憤って青年に八つ当たりまでしたというのに。
 結局こんな少年の姿を見ればそんな不満は霧散してしまう。
 我ながら甘いと思うけれど、縋る腕を無下には出来ないのだから仕方がない。
 ………力強い腕に指を絡め、子供も少年の肩に頬を埋めて瞼を落とす。
 囁けば、その肩が揺れた。
 「……貴様が悪い。毎日毎日炎のことばかりいいおって」
 掠れた声に、少年は顔をあげる。自分に寄り掛かっている子供の瞳は閉じられていてみる事は叶わないけれど。
 不機嫌そうな眉や、拗ねたような唇がそれを雄弁に物語っていた。
 とたん襲いかかる思いを、どう表せばいいのだろうか………?
 高鳴る鼓動に同調するように頬が熱を持つ。
 微かに瞳を開けた子供はそれを認め、口元を綻ばせた。それにたとえようもなく誘われて………少年は至近距離の唇に触れる。
 拒まれはしないかと怯えてすぐに離れたそれは、伸ばされた子供の指先に導かれて再び降り注ぐ。
 初めての口吻けはひどく穏やかに優しく……甘く二人を溶かす。
 撓む背を撫でる指先に怯えれば、少年は微かに笑いかける。
 頬に唇を寄せ、ゆっくりとその輪郭を辿る。細い頤を舐めとって、少年は深く息を吐き出した。
 やわらかな子供の肌にもっと触れたくて、背中を彷徨っていた指先が不意に子供の服の中を侵す。
 「………………………ッ!?」
 突然の刺激に子供が目を見開く。
 形のいい肩甲骨を撫で、脇腹を辿れば子供の身体が震える。
 …………愛しげに頬を舐めとった舌先に不意に刺激を感じる。
 違和感に少年は目を開けて子供の顔を見つめた。
 その瞬間、子供の肌を味わっていた指先が凍り付く。
 恥も外聞もなく、子供の大きな瞳から日に透ける雫が流れる。
 ポロポロとあとを断たないそれに、急速に熱が冷えていく。思いを押し付けて手に入れても意味などない。
 ………そんな事しなくたってほんの少し待てば子供はきっと受け入れてくれるから。
 子供の乱れた服を整えて、少年はその頬を拭った。指に絡む涙はまだ消えないけれど。
 「…………スミマセン。大丈夫ですか?」
 囁く声に赤い顔が頷く。……そして構わないのだと言うようにその身を寄り掛からせた。
 それを受け止めながらこの上もなく幸せそうに微笑んで、少年は子供の背を撫でた。
 ………無理をしなくてもいいのだと囁きながら。


 震えて怯えた肌。……辿る指先は心地よいけれど。
 寄せられた眉も零れる涙もあっては意味がない。
 いますぐでなくて構わない。
 だから…………
 …………この腕だけを選んでくれと少年は子供の耳に熱い吐息で囁いた