柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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月の下の漆黒
空から落ちた月影のよう
寂しい歌声響いたなら
そっと羽を翻し、岸辺に舞い降りよう

寂しさ知らずに悲しさ忘れ
静かに沈み漆黒に埋もれる

綺麗な光は闇夜に染まり
自分の色を忘れたと囁いている

ちっぽけな月明かり。
それでもこの身に宿す色。
君に捧げたら、気づいて欲しい

闇夜には月が添えられていることを。





たった一つを知る君に問いかける



 ふと見上げた空は快晴だった。まだ太陽は高く、もうトラブルモンスターもいないこの世界では平和すぎてやることもない。
 暇を持て余してかみ殺した欠伸も今日だけで何度目か解らない。考えてみると自分は本当にGCという役目のためだけに生きていたのだと思い知る。自国の民を守るという使命以外、特に娯楽というものを知りはしなかったのだ。
 「………あ…」
 ふと娯楽というものを考えてみて、その中に音楽鑑賞が含まれることを思い出す。
 音楽が特別好きなわけではないけれど、それでも聞いていると安らかな気持ちになれる音を知っていて、ふと口元が綻んだ。
 きれいな音なのだ。もの寂しいくせに澄んでいて。夜空の中、月と一緒に眠るような心地にしてくれる。多分、それは子守唄というものに似ているのだろうと、思う。
 眠ったならそのまま目覚めることがないのではないかと、そんな恐怖を思うことなく眠りに落ちることができるたった一つの手立てだった。今はもう、そんな心配をしなくてもいい身体に変化はしたけれど、その効果に変化はなかった。
 そう思うと、本当に依存をしているのだろうと突き付けられる思いだ。………昔は知らなかった色々な言葉や知識を思い返しながら、そんなことを考える。
 自分のための時間を費やす暇などなくて、無知なまま、ただがむしゃらに力だけを振るっていた頃。腕をのばすという原始的な方法以外の手段を一切知らず、向けられるであろう拒絶に怯えて逃げることしか出来なかった。
 守ることが生きることだと思っていた。この身体が朽ちても必ず何かが残ると。
 それでもたった一人で過ごす時間が寂しくて恐ろしくて、月を見上げては眠ることの恐怖に竦んでいた。
 早く朝になればいい、と。そうすればこんな物思いは消えてなくなる。また息をしてあたたかな体のまま空を駆けられる。
 短命を知りその覚悟を持っていたくせに、たった一人になった夜からずっと、怯え続けていた。
 そんなある日、音を聞いた。歌うようなオルガンの音色。綺麗で優しくて……寂しく響く夜想曲。
 真っ暗な世界の中の灯火のようなその音に惹かれ、夜の闇の中、知らず羽を広げていた。何も見えない目を閉ざして、色々なものにぶつかりながらただその音のする方へと羽ばたき続けた。
 予感が、したのだ。
 きっとこの音色を携えた人は、自分と同じ思いを知っている。そうでなければこんなにもこの音に惹かれるわけがない。
 羽も傷付き国も越え、それでも見つからない音の主を求めて泣きそうだった。夜は恐ろしく静寂で薄ら寒く、いつこの心臓を鷲掴まれるかと身体が竦むのだ。
 まだ日は昇らない。早く月が消え去り太陽が昇ればいい。そう祈るように暗闇の中の灼熱を探す。
 そうして月を見上げた時、その月明かりが注ぐ先に聳えた岩石の上にその影が、あった。
 「そんなところでなにをしている?」
 ふと物思いに耽っているところに、そんな不躾な声が割って入ってきた。唐突なその音に目を瞬かせ青年は辺りを見回した。
 ここは森の真ん中だ。しかも森というのは聞こえのいい表現であり、より正確な描写を求めるのであれば樹海といった方が正しい。鬱蒼とした、木が支配した人間から隔絶された土地。そんな場所に酔狂な旅行者など現れるわけはない。
 一体誰だと不審を持って見遣った先には、小柄な少年が一人、立っていた。
 その見知った姿に途端青年は破顔し、羽を舞わせて短いその距離を駆けた。
 苦笑したままの少年はその様子を咎めるわけでもなく佇んで待っている。辺りの木の密集加減を考えたなら、羽など使わずに地面を駆けた方がよほど早いし効率もいいのだが、飛ぶということに慣れ過ぎている青年にとって、それは第一選択項には加わっていないらしい。
 そしてその歓喜のままに馳せ参じた青年は、勢いもそのまま少年を飛びつく。まるで大型の犬のようだ。
 よろけながらも、その体当たりに近い抱擁を受け止め、少年は軽く息を吐いた。大体予想はしていたが、一人できたことは正しい選択だったと思いながら。
 「久しぶりだな、爆!遊びにきたのか?」
 息を弾ませて喜色満面にいう青年の顔はとても幼い。
 青年の歓迎の抱擁は解かれたが、まだ腕は掴まれたままで、どこか懐いた子供に久しぶりに出会ったような、心地が少年を包む。
 そんな青年に少しだけ困ったような笑みを浮かべつつ、少年は懐から数枚の写真を取り出してみせた。
 「いや、依頼がきてな」
 「…………?なんだこの草」
 「新種らしいが、この森の傍で見つかったんでな。調査にきた」
 何枚か角度や比率を変えて写されている写真を眺めながら、青年は奇妙な顔をして少年の言葉を聞いていた。自分よりもずっと幼く見える少年だが、いまや立派な覇者だ。その上行動力が常人の何倍も持っているせいか、こうして無鉄砲にも思えるような真似を突然行っているのだ。
 もっとも、覇者となったからといって行政に勤しんでいる彼を想像することが出来ないのだから、至極当然の姿でもあるのだけれど。
 「お前、冒険家とかはやめたのか?」
 「いや、今もあっちこっちに飛んでるから似たようなものだ」
 「ふ〜ん……そんなんで、カイとかに会えてんのか?」
 どうせ彼のことだから、一度熱中したことはとことんまで力を費やして、その間は周りのことなど見えなくなるだろう。それどころか自分自身のことすら疎かにしかねない。
 以前の旅では常に誰かとともに行動していたのでそうした心配はなかったが、その後世界を一人旅したときは、彼のパートナーである聖霊がどれほど苦労したかをみんなで集まった時に切々と訴えていた。
 そうした事情を知るものとしては、出来るだけ誰かに会う時間を作って健康状態を指摘された方がいいと思うのだが、なまじ自分の体調をある程度コントロールできたり、意志の力で捩じ伏せてしまったりできるだけに、彼の場合は観察力に優れた人間でなければ意味をなさないのだ。
 心配から発せられた言葉に、けれど少年は感謝を示すのではなく、不機嫌そうに眉を顰めていた。
 どうしたのかと驚いたように目を丸めてみれば、ひどく小さい声で少年が呟く音が聞こえる。
 「………何故そこでカイを出す」
 「へ?だってお前のことなら、あいつだろ?」
 当然の法則のように不可解な言語様式を使用する青年に、少年は深く息を吐き出した。…………悪意も悪気もない、純粋に思ったことを口にするだけに、質が悪い。
 自分と彼とが確かに親しいことは周知であるし、公言する気はないが否定する気もない。
 ただ、そうであるが故に自分は決めているのだ。決して相手の負担にはなるまいと。自分が自分の道を歩むのと同じように相手には相手の道がある。それが同じ方向を指しているとは限らないし、交わると断言もできない。
 だからこそ、尊厳を守りたい。歩む道が祝すに相応しいものなのだと、その背を押すことはあっても、自分の道に来いと腕を差し出すことも苦しいのだとその背を求めることも、しはしない。
 互いに決めた道を恥じることなく歩めばいい。
 たったそれだけのことを、けれど周囲は何故か理解しがたく思うらしい。一緒にいればいいのにと眉を顰められることもしばしばあるのだ。けれど、そうした場合、何故か自分が言われるのではなく、大抵があのお人好しの青年に告げられるのだ。
 だから、せめて自分だけは彼の道を肯定するものでありたい。思う者とともに進めというのは、自身の道を見失わせることにさえ、なり得るのだから。
 けれど目の前の青年の純朴さを思えば、少しこれは理解しがたいことなのかもしれないとも思う。彼は優しく、甘い。たった一人と決めた相手に、決して強い態度には出れないだろう。愛されたいが故に愛する類いの生き物だ。どこまでも守り慈しむことを願うだろう。
 遠く離れても、それでも途切れることはないと思う、この絆は互いに対しての厳しさが確かに内在する行為なのだから。
 「少なくとも年に1回は必ず会う機会がある」
 「………それだけじゃ、つまらなくねぇの?」
 困ったように簡潔に事実を伝えてみれば、青年は途端に寂しそうな顔をして問いかけてきた。
 愛しい存在とはいつだって一緒にいたいものだ。それはどんな立場の人間であっても当然の思いだろう。それを押し殺して、辛くはないのかと、幼い青年は思うがままの言葉を紡いで降らせる。
 「俺とあいつは別個の生き物だからな。考え方も未来も違うものだ」
 その音をまっすぐに見つめながら、少年は答えた。震えることもない誠意の込められた音は、深い覚悟と自戒の念が沈められていた。
 求めて、相手に溺れ、依存し生きるだけでは、自分は満足できないのだと。そうその音は囁いている。
 自身の生き様を知り、それに信念と確かな意志を持って生きる少年には、ただ流されるがままに生きる道は選択できないのだろう。それはとても眩く、ひどく痛ましいけれど。
 それでもやはりそれは美しく、尊い姿だ。自信を持って胸を張り、歩む足が傷付こうと進むことを恐れないその強さは、普遍的なまでに力強い。
 「やっぱお前は……太陽みたいだよなぁ………」
 ぼんやりと少年を見つめながらどこか自嘲気味に青年が呟いた。それに対して不可解そうに向けられた少年の視線を避けるように青年は俯く。
 先ほどの物思いが甦る。同じ夜を知っている相手を見つけたのだ。同じように命の糸のか細さを自覚している命。どこまでもそっくりな自分達は、まるで鏡のようにその姿は逆だったけれど。
 それでも救われた。自分が求めるものを同じように求めている人を知って、優しく包むように接している中、確かに救われる思いだったのだ。
 周りから見れば、それはさぞかし滑稽で醜悪であったことだろう。惨めな命が互いの傷を舐め合っているに過ぎないのだから。それでも誰からも与えられることのない優しさは甘露と同じに心を酔わせた。
 そうして、自分達はどちらかが消えるその日までたった二人で生きるのだと、思っていた。あの寂しく暗く薄ら寒い月夜に包まれたまま。
 それなのに、突然訪れた月夜の終焉。立ち上がった相手は太陽を見つけたのだと自分に立ちはだかった。
 訳が分からず混乱して、守るべき対象を傷つけた。あの夜の、悲劇。
 今なら解る。彼は汚濁に眠るような甘美な退廃の夢より、苦痛を伴い傷付いてもこの光の住う世界を歩みたかったのだ。そしておそらくは、それを自分にも知らしめたかったのだ。だからこそ、立ちはだかったのに。
 それを知らない幼く無知な自分の過ちを、やはり光は当たり前のように照らし癒して導いた。それはまるで薄ら寒い月夜の先の、朝日の輝きのようだった。
 過去の事実はとても嬉しかったことだ。彼らの中に加えられ、生きることが出来た。
 けれど、と。思うときもある。あの、たった二人だけの世界のとろみがかった悪夢のような、甘美さ。
 「……………お前とあいつも、別々だ」
 項垂れるような青年の面を持ち上げることなく柔らかな音が響く。
 決して強制はしない、それはどこか厳しい音だ。自身で掴めと響く厳かさ。
 垂れ下がった青年の羽は地面にひれ伏している。それを揺り動かすように柔らかな風が吹きかけた。
 その風は囁きかけるようにゆったりと、青年の長い髪をも揺らして霧散する。
 「違うから、お前はあいつの傍にいられるんだろう?」
 意識を共有することはなく記憶も違う。同じものを見ても受ける印象はバラバラだ。それでも、そうであるからこそ、人は他者をあたためる体温を携えている。
 それだけはどんなことがあろうと否定はされない事実だ。そしてそれこそがどんな言葉にも勝る支えにも変わる。
 自分以外の誰かが自分を認め、全てを承知してくれる。たったそれだけのことがどれほど困難であるかを、あまりに人は知らなさ過ぎる。
 …………そしてそれを得た人間が、どれほどそれに救われるかさえも。
 そう囁く少年に俯いたまま青年は笑い、腕をのばす。幼子が親を求めるような、そんな弱々しい指先。
 「やっぱ…お前は太陽だな………」
 どれほどかすむ厚い雲に遮られようと、必ずその存在があると信じられる。そんな少年は関わる命の指針に変わる。そしてその重ささえ、彼は平然とした顔をして受け入れるのだ。
 青年は自分よりも小さな肩に額を埋めて、溢れそうな思いを飲み込んだ。
 優しい生き物に、なりたいのだ。たった一人を慈しみ守れるものに。それは決して共依存の中の怠惰な共生ではなく、自立した命としてともにありたいという、願いだ。
 あの薄ら寒い月夜ではなく、この太陽の下、歩けるように。
 今度会いにいくときは一緒に夕日を眺められればいい。そんなことを思えば、優しく頼もしい少年の慰めの腕が髪を梳く。
 まるで母が子を包むようなその腕の優しさに、吹き出しそうなほどの勇気がわいた。
 もう少しだけその指先を甘受したら、笑ってみよう。
 同じであった自分達はやはり別々の命であったのだと。それがどれほど尊いことかを、自分達は確かに見つめてきたから知っているのだ。



 薄ら寒い月夜の下の寂しい自分達。
 手を振って別れを告げたなら、日差しの下に一歩を踏み出そう。

 自分達を導いてくれたこの少年に深い感謝と祈りを捧げよう。





 ハヤテと爆の話です。そして冒頭部分は以前日記に掲載させていただいた絵チャで暇つぶしに書いたもの。
 これ書いた時に書きたいなーと思ってはいたのですが、如何せんストーリーがうまく構成できなかったのですよ。
 爆のこと太陽みたいだな、と思っていても決して特別な感情で思うわけではない鳥。
 表現間違えればカップリングだものね………(汗)

 本当はこの話とリンクしたストーリーがもう1つあったのですが、そちらは形にすることが不可能に近い気がします。
 うん、二人が一緒にいる形を想像するだけで怨念を感じる。

05.10.4