柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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昔々、夢を見ました
とても幸せな夢です
誰もが笑って生きている
そんな当たり前で
…………不可能な、夢です

昔々、夢を見ました





ゆめひとひら



 窓に映る自身の顔を見つめ、軽く息を吐き出した。窓の奥に広がるのは鮮やかな空ではなく曇天で、しかもその色は今にも雨を降り注ごうとする、どす黒い灰色だった。
 憂鬱さを厭うように吐いたはずの息は、けれどその虚空に蟠(わだかま)り身体にまとわりつくようだ。
 視線を手元の本に落とし、子供は仕方なさそうにその文字列を追った。内容は大体知ってはいたが、編集段階で多少の誤差もあるものだからともう一度読み返したそれは、記憶に残る言葉と重なってしっくりと脳に刻まれていく。
 数ページを手繰った頃、不意に耳に入ったのは自分のパートナーである聖霊の鳴き声。その音を探すように視線を向ければ、いつの間にか窓にのぼったらしい彼は、小躍りをしながら外を眺めていた。
 窓には大粒の雫が所狭しと打ち付けられている。突然降り始めた雨は大分大降りらしい。立ち上がった子供が窓に近付き外を眺める頃には、外の景色はぼやけてよく見て取れないほどだ。
 「ひどい降りだな」
 辟易といった様子の声に聖霊が子供を見上げる。外を見つめるその目は、ただ真っすぐにぶれたような景色を映していた。
 小さく声を上げてみれば子供の手が聖霊を包む。
 けれどその顔を微動たりともしなかった。
 鋭い子供の眼球はなりをひそめ、静寂をたたえた瞳がただその風景を映していた。耳には打ち付けられた雨の音と風の音が響くだけだ。
 決して楽しい光景ではないそれを、ただ見つめる子供の指に包まれた聖霊は、先程までは無かったはずの寒さを感じたように、そっとその指を抱きしめた。
 それに気付いた子供はようやく頤を下げ、その目に聖霊を映す。軽く指を動かし聖霊を手の中におさめると、ゆっくりと自身の肩に乗せた。微かとは言えぬくもりが間近に感じられることは、この冷気を帯びた窓のすぐ傍にいる身に安堵を灯した。
 頬に背を押し付けて、己の存在を主張する聖霊に苦笑するように子供の口角が持ち上がる。窓には相変わらず自分の顔ばかりが映って、外の景色は溶けたように朧だった。
 そこに一瞬の違和感が湧いた。それは摩擦が起こったような違和感。空間の振れを感じ、子供は窓越しに室内を見回した。
 「……………なに二人の世界作ってんのよ」
 一瞬の空白の後、室内に現れたのはよく見知った少女と少年だった。
 何故こんな場所にと問うこと自体、無意味だろう。この大雨だ。彼女のライセンスを考えれば、自分の家まで来るつもりなら、濡れないように自宅からこの室内までテレポートした方がいいと考える。
 こうした無茶な真似をするからシールドすら張れないと、窓越しに聖霊と目配せだけで会話をすると、ずかずかという音が聞こえるような歩き方で少女が近付いてきた。
 「外の雨、ひどいでしょ〜?傘さしても無駄そうだったから直に来ちゃった♪」
 「せ、せめて連絡を入れてからと…………」
 明るい声の少女の背後には、自身のリストバンドを直している少年がいた。おそらく連絡をしようとGCウオッチを操作中、少女に強制転移をさせられたのだろう。
 大体想像のついたやり取りに呆れたような顔をすると、少年はしゅんと項垂れる。おそらく迷惑をかけたとか、そんなお門違いのことを思ってだろう。
 それは少女も思ったのか、勢いよく少年の背中を叩き、その背筋を正させていた。
 「平気だっていったでしょ!この雨なんだから、家にいるに決まってんじゃない!」
 ちゃんと一昨日家にいることは確認したんだからと豪語する少女に、普段数日と留まることなくまた出かけてしまう事も多い子供は、あえてどちらにも味方せずに窓から離れた。
 それを見てどこに行くか勘付いた少女はにこりと笑って声をかける。
 「爆、私アッサムがいいわ」
 「………遠慮を知らん女だな」
 突然来て堂々と茶の種類までねだるとはいい度胸だと、呆れた声で答えた子供は肩の聖霊を少年の方に投げて寄越した。こういった時どうするべきかを心得ている聖霊は、そのまま自分を受け止めた少年にソファーの方へ行くように指示した。
 子供と少女とどちらについていくべきかを迷っていた少年は素直にそれに従い、少女の後を追ってソファーに腰を掛ける。既に少女は常備されているお菓子に手を出していた。
 「雨……止みませんね」
 「今日は一日雨って予報だったしね。最悪泊まっちゃえばいいんじゃないの」
 あっけらかんという少女は手にしたクッキーを頬張って咀嚼する。彼女らしい物言いに苦笑しながら少年は窓を見遣った。
 まだ午前中だというのに外は真っ暗だ。時間感覚が狂ってしまいそうな天気だった。
 なにがどうしたとか、そんな理由も特にありはしないのに、こんな天気の日は不意に不安に襲われる。それはあまりにも抽象的すぎて人に訴えることも出来ない、そんな他愛無いものだ。幼子が夜中に目を覚まし怯えるような、そんな感覚。
 けれど、それを感じるものにとっては、絶対的なものだ。言葉に出来なくとも形にならなくとも、それは確かにそこにあるのだから。
 「勝手なことをいっているが、女物の寝間着などないぞ」
 ダイニングに顔をのぞかせた子供は、少女の声が聞こえていたのだろう、顔を顰めて言った。その手に持つトレーにはあたたかな紅茶がポットに注がれ乗せられていた。
 三人分では重いだろうと少年が立ち上がり手を差し出すと、顎先で自分の分のカップを取るように示される。ついでに少女の分も取り上げて並べると軽く少女が会釈した。
 少年が動いている間にトレーをソファーに置き、その手に自分の分のカップとポットを持つ子供は、返答を求めるように少女のカップにはじめに紅茶を注いだ。
 「いいわよ、パッと取りにいくもの」
 仕草で解ったらしい少女は少し間の開いた解答を口にし、楽しそうに笑った。
 パッと取りに行けるのであれば別に泊まる必要もない。そう言われないことを知っているからこその答えに少年は苦笑する。実際、子供は軽く目を眇めただけで特に否定は示さなかった。白黒ハッキリしている子供にしてみれば、それは諾に値する。
 そうなると必然的に少年もそれに巻き込まれることが決定するが、特にそれに否を唱えることなく注がれた紅茶に頭を下げた。
 それまで少年の肩に乗っていた聖霊はテーブルの上を見渡し、慌てたようにその肩から跳ね降りると子供の手に飛びついた。危うくポットを滑らせそうになった子供は少しだけ目を見開き、不作法な真似をした聖霊の額を開いている手で弾いた。
 それに負けじと鳴き声を上げた聖霊の訴えるところを知り、呆れたように子供は息を吐く。まだテーブルに置いていなかった聖霊の分の小さなカップをトレーから取り上げて紅茶を注ぐと、納得したように聖霊もまたその場に腰を下ろした。
 「今日は何かあったか?」
 突然二人がいっぺんに来るなど、特に約束もしていない日には珍しいといってみれば素知らぬ顔で少女は紅茶に口を付けた。
 それを見て取り、次いで少年に目を向けると軽く首を傾げられる。おそらく突然少女が思い立って巻き込まれたのだろう。もっとも、少女もそこまで無茶な真似をするわけではないので、なにかしら理由はあるのだろうけれど。
 自分の分の紅茶を注ぎながら、子供は不意に耳に響く雨音に顔を顰める。耳障りとはいわないが、突然それだけが耳に谺し他の一切が聞こえなくなる感覚はどうしても好めなかった。
 「……なんていうかさぁ」
 そんなことを考えていると、紅茶を置いた少女が窓の外を見遣って呟いた。何となくそれは自分達に声をかけるというよりは、自身に問いかけるような声だった。
 子供と少年がそれに気付いて目を向ける。丁度せんべいを取りに少女の間近にいた聖霊が不思議そうに少女を見上げていた。
 「雨の日って嫌な夢とか思い出とか、そんなのばっかり思い出すのよね」
 雨が嫌いなわけではないけれどと言いながら、少女は視線を室内に戻していつもの明るさで笑った。
 多分という言葉しか当てはめることは出来ないが、過去に呪いを受けて遊ぶことさえままならなかった少女には、自由というものが極僅かだったのだろう。小さかった自分たちの腕では掴めなかった物が多くあったように、否、それ以上かもしれない歯痒さを味わっただろう。今でこそ健康であっても、過去は過去だ。変わることはない。
 「雨の音以外聞こえないからな。静かであれば自然と考えも深まる」
 「そうですね。思索というものは始めるとこ難しい、割り切れないことばかりに向かうものですから」
 「でもやっぱり楽しくないわよ。雨だって聞きようによっちゃ、楽しいものになるでしょ?」
 むうと不貞腐れたような顔でいう少女に笑い、子供は頷いた。少女らしいと少年もまた静かに頷く。
 「考えることだって必要だろうけどさ、息抜きだって必要なものなのよ」
 言い聞かせるような言葉に子供は苦笑する。………何となく、解ってきた。
 外は雨。家の中はたった一人。傍にいる聖霊は意志の疎通は出来ても言葉は操れない。他のどんな音もない中、ただ一人であることを厭いもせず誰かを求めもしない。
 だからきっと、来たのだろう。突然すぎる訪問は、いつだっていたわりや心遣いを孕んでいる。
 「だからおいしいもの食べにきたの。文句ある?」
 自分の我が侭も交えて、けれど純粋に思うことを知っている少女の声に少年は静かに笑みを浮かべた。
 突然通信が入って、子供の家に行くからこいと強制されて、否というはずもないけれどその唐突さに何があったのかと目を丸めてみれば、行くだけでいいのだと不可解なことを彼女はいっていた。
 自身のことを癒すことを忘れがちな子供だから、息抜きの仕方を教えるのは、多分、周りの役目だ。
 あまりに幼い頃に沢山の思索の時を、不自由と痛みと苦しみと……死の恐怖とを抱えて少女は過ごした。その日々が、きっと少女の中で自分達には解らない道筋で答えをはじき出したのだろう。
 「手伝いはさせるからな」
 タダ飯食らいは認めないと子供がいうと、少しだけ顔を顰めて少女が舌を出す。当然のことだと口論になりかける二人に、手伝いくらいはすると間に入る少年。楽しそうにそれを聖霊は眺め、豪快にお菓子を食べていた。
 相変わらず雨は降っている。外の景色も溶け出すような、豪雨だ。
 けれどあの強い雨音も風の音も、何故かもう聞こえはしなかった。
 ……少しだけ窓の外を聖霊は見つめ、すぐに向き直ると紅茶を飲み干してから、テーブルの上を駆けた。
 元気のいい音が響く室内で、憂愁などには染まらない眉を愛しそうに見上げ、聖霊はおかわりを求めるために子供の膝に飛び乗って盛大な鳴き声を出した。



 雨音はもう聞こえない。

 ………雨とともに降りる夢の兆しは静かに霧散した。





 やはりこの3人…というか4人というか。が、好きです。
 そして毎度のことだけどピンクが出るとカイがかすむ(笑)だってピンクの方が書きやすいんだもの。
 久しぶりにジバクくんを書けて楽しかったです。やはり彼が好きだ。
 この子たちを書くとたいてい日常の中の他愛無いやり取り、になります。そういうなかでの相手を思う仕草や言葉が見ていて好きだから。
 まっすぐな感情は子供の特権なのですかね(苦笑)

06.4.26