柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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暑い頃にはよくベッドで眠っていた。
外に出られないほどではないけれど彼女は暑さに弱いのだと
他のシスターたちが困ったようにいっていた。

 それでもそれはそこまで重篤なものではなくて
 自分が願えば彼女は微笑んでドアを開いた。
 きれいな白い肌を日傘の下にとどめて
 彼女の作る影を踏みながら駆けることが好きだった。

ああ……どれほど自分は浅はかだったのだろうか。
青い肌に気づきもしないで
かすかに浅い吐息を知りもしないで
いたわるつもりで知らず絡めとっていたのだろうか

あの、貴き人の命を。



無力な僕のこの腕の意味



 ぼんやりと木陰の中で空を見遣った。相変わらず夏特有の頑強な太陽は我が物顔でそこにいる。
 風は時折吹く程度でさしてなく、この木陰がなかったらさすがに辛いだろうなと、木漏れ日の中で目を眇めながら思う。
 夏は嫌いではなかった。暑さに弱いわけではないし、この時期は命が活発になって色々な発見があるのだ。
 それを見つけては駆け寄った幼い頃の足を思い出す。ただ無邪気だった頃もあったのだ、こんな自分でも。それは禁忌ではないが、どこか遣る瀬無さの募る記憶だ。こんな風に暑く……そう、陽射しの強い中をよく散歩した。
 その頃の自分は内包しているエネルギーをどう解消すればいいかよくは知らず、駆け回ることで発散していた。そうしたところは多分、時折帰ってくる少年に似てしまったのだろう。一か所にじっとしていられない、そんな無鉄砲さが強かった。
 そうした我が儘を当たり前のように叶えてくれる人がいたから、増長してばかりだった。何も考えずただ願うばかりで、自分の楽しさが彼女に伝わることが嬉しかった。
 微睡むように目蓋を落としかけながら、鮮やかな彼女の残像を思う。強く刻まれた記憶と同じように、彼女の姿は綺麗に蘇る。時折取りこぼしそうになるけれど、それは鮮明に浮き彫りに出来るようになってきた。
 その原因を知っているだけに、少し腹立たしい。
 隣で眠る少年を苦々しそうに見下ろしながら、幼い指先が長い彼の髪を引っ張るように引き寄せた。少し強く行ったその横暴な仕草に従うようにピンと張ったその髪は、けれど持ち主の目蓋を持ち上げはしなかった。
 それに気づき、珍しいことだと改めてその顔を覗き込んだ。考えてみれば、このところまともに顔を合わせていなかった。自分も大概色々な方面に飛び回っているが、彼も似たようなものだ。拠点とする場所があるかないかの差程度で、結局お互い多忙だ。
 どの世界でも同じだが、混乱が起これば必ずトラブルコールは鳴ってしまう。そのシステムは瓦解したというのに、人には拠り所が必要だからと言えば、誰もが拒否することなくその継続を受け入れた。
 彼のリストバンドの下にも隠されたまま残っているGCウオッチは、相変わらず彼を色々な場所に呼び寄せるらしい。
 久しぶりに互いに帰ってきたからと、何となく顔を合わせた。けれど、知らぬうちに眠っていた少年は随分深くその眠りに捕われているようだった。
 ふとそれに気づき、眉を寄せる。………大抵、眠り込んでしまうのはいつも自分だった。基礎体力差ではないけれど、どうしたって武術を幼少時から身に付け修行を行っている彼とは体力に差がある。無駄を省いて動くからこそ、まだ同等程度で済むのだ。
 その自分がまだそこまで疲弊していないというのに。
 嫌な予感が一瞬脳裏に湧く。まさかな、と打ち消しかけて頭を振った。
 そうあるわけがないというのは、結局否定したいから考えるだけの、身勝手な思い込みだ。人間なのだから100%があるわけがない。そう思い直して、ひっそりと寝息すら微かな少年の額に指を這わせた。
 少しだけ……熱い、だろうか。元々体温は自分の方が低いのだからいまいちよく解らなかった。
 けれどそのまま触れた頬が少しだけ膨らみをなくした気が、する。日によく焼けた彼の肌が微かに白く見えるのは、この木陰のせいなのだろうか……………?
 疑念ばかりが湧いてくる。過去の日には気づけなかった、それらの信号。
 自分は彼が思うほど聡くはないのだ。鈍感だし、気づくことが遅れることだってある。気づきたいと願うからこそ張り巡らす思索の網にそれらが引っかかるだけなのだ。気づかないまま見過ごすことだって、ある。
 ………そうであることを願って隠されることもあると、自分は知っているから。
 だから気づきたいのだ。そんな気遣いはいらないと、共有させて欲しいのだと血を吐く思いで願った過去があるから。
 「………おい」
 小さく、声をかける。震えることはない相変わらずの不遜な音。
 それに気づかないまま眠っている相手の髪を、もう一度強く引く。今度はころりと顔の位置が上向きに変わるくらい、強く。
 「起きろ、カイ」
 不躾な仕草とともに微かに尖った音が少年の名前を呼んだ。そこに至ってようやく目蓋を開けた相手は、数度瞬きをしながら木漏れ日に眩しそうに目を細める。
 それを見遣った後、もう一度だけ、強く髪を引いた。
 その痛みに眉を寄せ、痛みの源を探るように横を向く顔に映ったのは、表情の読み難い子供の面だった。
 …………ひくりと、息を飲む。
 平素、周りから無表情がちに見られる子供だが、慣れてくると大分その機微は読み取れるようになる。案外感情がこぼれやすくて解りやすいのだ。それを厭ってわざと無表情を装っている面さえあるほどだ。
 だからこそ解ってしまう。なにをだかはわからないが、彼が怒っていることが。……否、怒っているのではないのかもしれない。悲しんでいるのかもしれないし、憤りを耐えているのかもしれない。
 ただ伝わるのはそうしたものに隠された遣る瀬無さ、だ。
 彼の年齢で感じるにはどこかチグハグな感情だが、何故かよく彼はそれを抱える。寄る辺ない子供に何も出来ないような、そんな無力な感覚を。
 「………爆、殿………?」
 困ったようにその名を呼べば、彼の指に絡められた自分の髪が堅く握りしめられる。それに頭皮が引きつるような感覚が襲うが、気にも止めずに俯く顔を覗き込むようにしてもう一度声をかけた。
 やんわりと、その手をそれ以上痛めるように握りしめないでいいように。
 「爆殿………?どうか、されましたか?」
 それ以上力を入れては皮膚に傷がつくと、握りしめられた拳を包むように自分の手のひらを添えれば、微かに肌が怯えるように竦んでいた。
 怯えるような真似をした覚えのない少年は怪訝そうに眉を顰め、子供を見つめる。俯くように首を垂らしていても、眠っていた自分の位置からはその全貌が見て取れた。それくらいは十分理解しているのだろう、厭うように顔を背けた子供の頬を、逆の手で押し止める。
 そうして、先ほどとは違う意味で、息を飲んだ。
 歪められた眉が、泣き出しそうだ。幼い子供のようにただ辛さを表すように歪められた表情は、今まで見たことはない。
 一体なにがあったのか眠っていた少年には皆目見当もつかない。驚きに染まった瞳で幾度も瞬きを繰り返しながら、畏れるように震える彼の拳を包む指先に力を込めた。
 彼は時折、自分などではまるで解らないどこかから見つめてきたかのような、そんな深く遠い憂いに染まることがある。それは決して厭うような類いではなく、自己憐憫など遠い感情だけれど、深く深くそれに入り込むと、この腕でもすくいとれないのではないかと恐れを抱いてしまう。
 彼はあんまりにも潔くて、その痛みの全てを粛々と己に課せて乗り越えようとしてしまうから。気づいたその時には、遠いどこかでただ一人戦ってしまうのだ。
 自分にはそれを止める権利はなく、その生き方を否定することも出来ない。だからせめてと、願うようにその腕を強く握りしめた。
 気づいてほしいと祈るような体温に、反射的な脈動が伝わり、ホッと息を吐く。まだ自分の傍にその思考は残されている。
 それなら大丈夫と、握りしめたその腕を引きながら、上体を起こす。
 すっぽりと腕の中におさめた自分よりもまだ小さな子供の細い身体を抱きしめながら、まだ遠いどこかを眺めている心を呼び戻すように声をかける。
 「爆殿、聞こえますか…………?」
 自分の声が、とはいわずに問いかければ、微かに揺れた瞳の後、深く吐き出される溜め息のような吐息。それが消えれば、力が抜けたようにその額が自分の肩におさめられた。
 そうして項垂れるようなその姿勢のまま、抱きしめる自分の首元に手を当てて、低く小さな音が響いた。
 「…………いつからだ」
 「はい?」
 「いつから、体調を崩した?」
 「…………………え…?」
 問いかけではなく決定事項として言い渡された質問に知らず少年の頬が引きつる。
 誤魔化そうかと一瞬の間をあければ、肩に埋めた額が動き、位置はそのままに睨みつけられた。
 それを感じ、仕方ないと溜め息を落とす。ぎゅっと小さな身体を抱きしめながら。
 「……数日前からだるくて、食欲が落ちたくらいです」
 「熱もあるだろう?」
 「気にかけるほどひどいものじゃないんですよ?ちょっと熱がこもっているくらいで………」
 溜め息と一緒に吐き出す返答に抱きしめる子供の身体が沈みゆくようだ。
 だから出来れば言いたくはなかった。それでも彼の睨む瞳の奥に揺れる感情は、容易く偽りを許さない。そんないたわりは求めないと潔癖な魂は物も言わずに自分を脅すのだ。
 「顔色だって、悪い。寝れていないんだろ?」
 こんな暑い最中、熟睡してしまうなど奇妙だ。それにすぐに気付かなかった自分の浅慮さに恥じるように小さな音が問いかける。
 気づこうと思えば気づけた筈なのに。自分のことに手一杯でいつだって気づくことが遅れてしまう。大切にしたいと思った人に対して、自分はどうしてこうも愚鈍になるのだろうか。
 「そんなにひどくないですよ。……でも、爆殿は心配するでしょう?」
 「……………」
 「心配して、気づかなかったことを、責めるでしょう………?」
 苦笑して言いながら、否定しようとする彼の反応を押さえ込むように肩に埋められた頭を抱き込む力を込めた。過去にどんなことがあったかなんて、聞いたことはないし、この先も彼が語ってくれない限りは問い質しはしないだろう。
 それでも解るものはある。いたわれるはずのことをいたわれなかったと、彼はいつだって悲しむから。
 自分が突発的な傷や赤い血に恐れを抱くように、彼は突然の不調や体調の変化に怯える。
 だから教えたくない。自分のことで悲しむ姿を見たいわけがない。
 それでも、彼は気づこうとして……そうして気づかなかった時間を恥じるのだ。
 「だから別に……いいんです。どうせなら傍にいたいのに、気づいたら爆殿、部屋で休めって追い返すじゃないですか」
 拗ねたような声でいう言葉は茶化しているように響かせながら、切実な願いだ。
 短い時間しか互いに用意できないというのに、その時間さえ奪われる方がよほど苦痛だ。傍にいたいという願いは、体調の不具合などよりもずっと切実で………重篤なのだから。
 「………貴様が休もうとしないからだ」
 言い返すような声音は幼さを滲ませている。
 「爆殿だって怪我してもいうこと聞かないじゃないですか」
 それに応えるような甘える声に爆は顔を顰めて黙り込んだ。
 結局隠すのはお互い様だという声が何を望んでいるかくらい、解るから。
 それに気づいて、少年は笑みをやわらかなものに変える。………愛しい体温は続く言葉を拒んでいないから。
 「いってほしいなら、爆殿も教えて下さい」
 「………………」
 「離れているから、言ってくれなければ解らない傷も、あるでしょう………?」
 たとえ治癒した後だとしても、いたわりたい気持ちに変わりはない。それはお互い様だ。
 …………それならもう、互いに言葉を許す以外ないではないか。
 そう告げる声音の柔らかさに眉を顰めながら、子供は深く深く息を吸いこむ。いつだって彼は自分を甘やかす。それは子供扱いとは少し違うけれど、それでも腹立たしさは変わらない。
 そうだというのにその声の紡ぐ願いは、必ず自分の祈りに重なるのだから腹立たしさが切なさに変わる。
 過去の日には叶えられなかった願いがあるのだ。………守りたくても守られることしか出来なかったことが。
 だから、せめていまの祈りくらいは叶えたい。


 承諾を捧げるように強くその背を抱きしめてみれば、木漏れ日のような微かさで額に口吻けが落ちた。





 うっかり夏バテになったカイを怒りつつも世話する爆。
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 うん、確かに自分の生活省みるのはいいね。でもね、構想練っていたらカイに殺意を抱いたので止めました。まあこの小説のカイも十分腹立ちますけど。
 へたれていた方がカイらしく感じるのはどうしてでしょうか。

05.7.4