柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
「どうしたの?」 指折り数えるよりも 目を覚ました時、ふと頭痛のような軋みを感じた。 微かに眉を顰めて起き上がると、それは別段増強することもなく霧散する。気のせいかと首を傾げてベッドから降りると、妙に身体が重い。 風邪でも引いたかと軽く息を吐き出すが、別段喉は痛くはない。だるく感じる割には身体も熱っぽくはなく、重い足取りさえなければ健常な状態だ。 不可解な感覚に単に寝ぼけているだけかと考え直し、子供はベッドサイドに置いておいた着替えを手に取った。 ぼんやりと空を見上げる。ぽっかりといくつかの雲が流れている以外は何もない、綺麗な青空だ。 もうどれくらいの時間こうしていただろうか。じっとしていることに飽きたらしい聖霊は、少し前から姿を消していた。 おそらく森のどこかで遊んでいるのだろう。好奇心の旺盛さは自分以上なパートナーを脳裏に描いたが、唇に笑みは浮かばなかった。 何となく、身体が怠かった。何となく、ものを考えることが億劫だった。それでも約束があったのでこうして待ち合わせ場所には赴いたが、出来ればあのまま家の中で過ごしていたかったと心の内だけで子供は溜め息を吐いた。 何があったわけでもないし、特にこの状態の引き金は思い付かない。最近は珍しくいつもどおりの日常しかなく、慌ただしさはまだしも、過酷な現状には遭遇していなかった。 木々の合間から洩れ落ちる日差しを細めた視界で受け止め、子供はそれさえ鬱陶しいとでもいうように目を閉ざす。 頬にはそよ風が触れた。さわさわと木々の声音も耳に響く。優しい、風景だった。 けれどそれらがどれも心に沿わない。まるで歯車が合わないのだ。 顰められた眉はどこかあからさまだった。それはきっと誰もいないという安堵感からだろう。まだ約束を交わした相手は姿を見せていなかった。もっともまだまだ約束の時間にはなりそうもないが。 あのまま家にいてはどんどん出かける気持ちが萎えそうで、そんな自分が嫌で早々に外に出たが、それが吉と出るか凶と出るかは解らなかった。今のところ、悪化はしていないが改善もしてはいないのだから。 閉ざされた瞼のまま首を振り、肌に触れる日差しを拒むように子供は身体を丸めた。 不意にその仕草に触発されたように脳裏に声が響く。 ………優しい高音。まろやかなその音は包むようにゆったりと響く。 問いかける声に首を振り、強がった。理由もなくただ気持ちだけが萎えているのだなど、あまりにも言葉にするには難解だった。幼すぎる純粋さは、それが怠けていると見なされることに怯えていた。 たったひとり、自分を認めてくれる人だったから。顔を顰められるだけでも、きっと自分は傷付いた。それが恐くて、よく強がっては問いかける声音を否定した。 そうすると………彼女はいつも同じ笑みを返すのだ。 胸裏を満たす甘やかな思いと一抹の切なさに子供は唇を噛む。 丸めた身体を更に屈め、膝を抱くように腕を絡めた。いっそそのまま夢へと逃避できれば気も楽だった。もっともそんな風に逃してくれるような感覚なら、とうに振り切って自分は立ち上がるが。 顰めた眉を緩やかに苦笑の形に変え、子供は喉奥だけで笑った。 幼い頃から自分は自分だった。不器用に、自分に正直にしか生きられない。だからこその摩擦は常のことで、磨耗するほど弱くはなくとも、時折抱える全てに雁字搦めに捕われる。 それは今も昔も変わらず、もっと狭量だった幼い頃は、それを上手に導き癒してくれる人が傍にいた。だからこそ、自分は何一つ狂うことなくまっすぐであれたのだろう。 そうでなければ、いっそ神経症状でも現れた方がらしかった。それくらいには、自分は周りから浮いていたし、一線を画していただろう。あらゆる意味で。 瞬きをするように目を開け、半眼の状態までの視界で、光と闇を数度繰り返し見つめた。日差しを受けて輝くような緑が、目前で香しい薫りとともに元気づけるようだ。 いつもであればそれを愛でるはずの感情が動きはしなかった。麻痺したように感覚が鈍る。 軽く吐き出した息に白詰め草が揺れた。 もう一度目を閉ざし、心を深く静かに沈め込む。そうすればきっと立つために労力はいらなくなる。ずっと支えてくれた人がいない今、自分一人で立ち上がる以外に術がないのだ。 息を吸い、胃の奥で熱した後に、吐き出す。繰り返し、身体が熱を覚えるまで吐き出した息は、けれど凍えたまま。細胞たちはまるで活動を始めなかった。 「………………」 微かに動いた唇が何か言葉を形成しようとした。が、それは音とはならず呼気だけを落として閉ざされる。 ぼんやりと霞んでいく思考。眠いのではなく、思考力が低下している。まるで酸欠にでもなったかのようだ。その評価の妥当さに苦笑しようにも、笑みが浮かばなかった。 鬱々として、なんと鬱陶しいことだろうか。そんなもの全て振払って立ち上がるのが、自分だというのに。そうであろうと、ずっと心に決めて生きてきたくせに。 思った瞬間、不意に香るようにまた、脳裏で瞬く音。 微笑む彼女の残像。その唇が囁いている。その音に耳を澄ませてみれば、風が鳴いていた。 ぎこちなく唇が蠢く。笑みを作ろうとしたその動きは、半端なところで硬直した。それは作れなかったのではなく、純粋に驚きに止まってしまっただけだが。 「………爆殿?」 眠っているのかとひっそりと声をかける音に肩が撥ねるかと思った。 いつの間にか来ていたらしい少年は、丸まって横になっている子供の顔を覗くように膝をついていた。 気付かなかった迂闊さは、この怠さに起因しているのだろう。顰めそうになる眉さえ、億劫だった。 けれど起きなくてはいけないだろう。目を開けて、どこに行くのかを聞き忘れてはいたが、約束までさせたのだから、きっと用事があるのだ。それに付き合わなくてはいけない。 微かに睫毛を震わす。このままゆったりと眠っていれれば、少しは楽だろうかと考え、それを打ち消した。そんな風に何かに逃げ込んでいることを、自分が許せるわけもない。 指先が微かに蠢き、力を加えるように握りしめられる。その瞬間に、聖霊の鳴き声が耳に届いた。 おそらく遠目から少年が来たことに気付いたのだろう。ようやく出かけられると喜色に染まった鳴き声は風に混じることなく良く響いた。 それに微かに慌てたような少年の気配。どうしたのかと薄らと睫毛を持ち上げた。まだ、眠気眼のような、ぼんやりとした視界。 微かな身振り手振りで静かにするように示しているらしい少年の向こう側、聖霊の鳴き声が掻き消えた。代わりに、どちらともなくシーと空気を震わせる程度の音で言い合っていた。 それはどことなく滑稽な風景だった。気遣われている身で笑うのは忍びないが、眠ってさえいない自分を前に必死な二人は笑みを誘うには十分だ。 もう一度睫毛を落とし、振り返る少年には気付かれないように呼気を潜めた。ゆったりと響く、自分の呼吸音。鼓動と相まって、それはそのまま空気にでも溶けて消えそうだ。 いっそそうなってもいいだろうかと思う反面、頑なまでにそれを拒否する心。相反するのはいつものことだ。 さわさわと風が揺れた。頬を過り、少年の髪をすくって空に還る。 「ん?ええ…そうですね。しばらく休みましょう」 耳に響くのは潜められたゆったりとした音。同じように押し殺した聖霊の鳴き声が軽く響き、握りしめていた手の甲にぬくもりが触れた。 聖霊もまた、眠ることを選んだらしい。遊び疲れでもしたのかと心の中で呆れたように息を落とす。自分達の何十倍も生きている割に、この聖霊は幼い楽しみを褪せることなく持ち続けていた。 …………それは羨ましい姿でも、確かにあるけれど。 自分を間に挟み、聖霊の小さな鳴き声と、息を潜めた少年の声が行き交う。 聞こえないように控えられていながら、それはたった一人眠っている自分のための、音。 「いいえ。たまには休むことも必要ですから」 何がだろうかと首を捻る。少年がいま手掛けている依頼がなんであるか、子供は知らない。 軽く吐き出される聖霊の溜め息。それに困ったように笑う、少年の気配。 「頑張り続けることがどれだけ大変か、爆殿は知らないんですよ」 躊躇うような、寂しそうな少年の声はどこか寄る辺なかった。 幼い頃の自分の声を思い出す。………必死になって強がって、でもどうしようもなくて。 泣きたい気持ちさえ噛み締めて耐えていれば、優しく頭を撫でてくれた指先。やわらかな微笑みと穏やかな声が包むように与えられた。 そうして、彼女はいうのだ。何もかもを自分で背負う子供を寂しそうに見つめながら、それでも決して拒まないで。 優しい人だった。自分のことよりも相手のことを思う、そんな人。きっとどれほど生きたって彼女のような人には巡り会えない。それはもう、仕方のない摂理でさえある。 沈み込む思考の渦の中で思い出す言葉に、少年の声が重なるように、響く。 「立ち止まることだって、大切ですから」 せめてその必要性くらい知ってほしい、と。少年の声は戸惑いを染み込ませたまま遣る瀬無い響きで子供の肌に落ちた。 ふわりと髪が揺れた。手の甲のぬくもりは動かない。ではいま髪に触れた暖かさは、きっと少年の手のひらだろう。風ではあり得ない仕草に、強張っていた筋肉が弛緩する気がした。 決して自分を子供扱いしない少年は、それでも年長者として時折甘やかす。それを嫌って顔を顰めるせいか、こんな風に頭を撫でるような真似をしたことはなかった。 それでもそれは繰り返される。眠っているという事実が躊躇いを打ち消すのか。そう考えて、違うだろうと己で否定した。 きっと少年には、強がりにしか見えないのだ。…………大丈夫という姿さえ、おそらくは不格好なのだろう。無様さに顔を顰めたいけれど、触れる指先の暖かさに気持ちさえ萎えた。 「少しくらい、弱音を吐いてもいいんですけどね………」 全部教えて、なんて。そんなことは言わないけれど。こんな風に心が疲れきってしまう前に手を抜いて気持ちを休ませることが出来ない人だから、いらぬお節介と思いつつも手を伸ばしてしまう。 伸ばせるほど立派な腕でもなければ、彼に見合うだけの実力も秘めてはいないけれど。それでも気付けるなら、精一杯を差し出したいと思うから。 触れる前髪が隠さない面は幼くて、一層遣る瀬無さが込み上げる。 どんなことも完璧に行おうとして、大丈夫だと自身に言い聞かせて。休む間もなく動き続けて、己の感情さえ、静かに沈めてばかり。 我が侭な振りをする奔放なはずの子供の、それは寂しい本質だ。 せめていまこの一時くらいは平穏を与えたいと、少年もまた子供の隣に蹲り、目を閉じた。 自覚のないその疲弊をすくいとれればいいと、そう祈りながら。 背中と手の甲のぬくもりに挟まれて、いつの間にか子供の唇から漏れる吐息は、寝息へと変わっていた。 歯医者で読んだ雑誌に心の免疫力低下の5大要因が書いてあったのですよ。 『完璧主義』『無理を重ねる』『何事にも全力投球』『自分の感情を出さない』『他人の評価が気になる』というものだったんですけどね。 自分が書く爆に見事にあてはまるねー。とか思って。ちょいと書いてみました。 実際、『何となく』だるいとか、そういうものは上記のようなタイプであれば怠けているせいだ!と思って余計に我武者らになると思うんですけどね。 言葉に変えられない不調っていうのは、結局本人が認めない限り養生しないから溜め込まれてしまって。最終的にパンクしちゃうんだろうなーと思う。 上手に息抜きの仕方を教えてくれる人がいればいいのでしょうけれど。 06.6.7 |
---|