柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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それは空色の宝石。

カップの中の青空。

彼女の瞳のように透明の、

美しい色。


それはなに?
問いかければ微笑んで
お薬なのよ、と
あなたは面白そうに囁いた。





マローブルーの日差し



 バスケットには人数分のカップと皿。空いたスペースには焼き菓子などの型くずれの少ない甘味。窮屈にならず注意をしながら詰め込み、爆はその蓋をした。
 近くには白い四角い収納式のテーブル。その隣には(ござ)があり、逆隣にはポットが鎮座している。
 一つずつ点検しながら漏れのないことを確認し、ようやく一息つくかのように息を吐き出した。
 それを見越したかのようなタイミングの良さで、奥のキッチンからカイの声が響いた。
 「爆殿、荷物はここにある分だけですかー?」
 「袋二つだ。あとはこの部屋ので終わりだ」
 応えた爆の声に彼の、はい、という声が返り、ごそごそと小さな音が耳を掠めた。ほどなく指定した通りの袋を抱えたカイが室内に足を踏み入れた。
 両手の布袋を見せながら確認をとるように視線を向ければ爆は頷いてそれを肯定し、立ち上がる。
 その僅かな間を待ちながら、カイは足下の蓙に腕をのばし、抱え上げた。
 「これで大丈夫ですかね」
 「忘れ物があったところですぐに取りに来れるだろう。たいした距離じゃないしな」
 いいながら爆はカイの抱えた蓙以外の荷物を肩にかけたり腕に持ったりと準備をはじめた。重いものではないが嵩張るので少々抱えるのに難儀する。
 それを見て慌てたようにカイが蓙を身体で支えるように置き、腕をのばした。
 「あ、爆殿、テーブルも持ちますよ?」
 「貴様はそれだけ持っていけ。俺だって物くらいは運べる」
 まるで幼子に無理をさせまいとする年長者のような物言いにむっとしたように爆が答える。多少の年齢差はあったとしても自分もカイも条件は同じだ。気遣われなければいけない理由はないと毅然とした声がいった。
 それに苦笑するようにして笑い、カイは頷いた。それはやはり、どこか我が侭を甘受されたような感が残る仕草だが、言い出せばきりがないと軽く息を吐いて留めた。
 器用に荷物を抱えながらドアを開け、外に出た。
 目に広がるのは鮮やかな青い空。これではまだここに辿り着かない少女が、唐突に外でお茶を飲みたいなどという我が侭も言いたくなると、小さく笑う。もっとも我が侭とあっさり片付けるには自分や少年もまた、その考えに同調し過ぎだが。
 好むものや思考の方向性が、多分自分達は似ているのだろう。その表現の仕方は面白いほど違うというのに。
 遊びにくると言い出すのも珍しくなく、常備している紅茶類に彼女や他のGCたちが置いていくお菓子をプラスして突然開催された青空の下のお茶会は、けれどなかなか準備が大変だ。運良くなのか悪くなのか、祖母の用事を終えてからでなければ来れなくなった少女がここにやってくる頃には、その準備も終わっているだろうけれど。
 子供の家からさして離れず、小さな森のような樹林に区切られた広場がある。桜も散った今、咲き誇るのは小手毬や矢車草、クローバー、ひっそりと咲くベルフラワーも顔をのぞかせている。子供に似合わず可憐な場所だと感激していた少女を思い出し、そこでお茶を飲もうと声をかければ心得たように少年が頷き子供を追い越した。
 彼の持つ蓙が敷かれなければ準備も何もないことを言わなくてもきちんと気づく。勘がいいのか人に気を配り過ぎるのか判断は難しいが、そこがひどく彼らしく、知らず笑みがもれた。
 振り仰げば鮮やかな青。
 隣には仲間がいて、過去の日、あの人に教わった紅茶を入れる。
 不思議で…綺麗な日だと、そんな風に思っていれば不意に耳にばさりと蓙の開かれる音が響いた。
 「この辺りで大丈夫ですよね?」
 花たちを潰さない一角を見つけて、そこに上手く嵌め込むように蓙を敷いた少年が確認をとるようにいう。それに頷き、爆もまたその蓙の上に荷物を置いた。
 テーブルをセットし、食器を取り出す。皿の上にはいくつかの焼き菓子。
 場所のセッティングさえ終わってしまえば、あとはさして大変ではない。少女が来るまでのんびり待っていようかとポットに腕をのばす。
 「あ」
 子供がポットを持ったか持たないかという頃合いで振り返った少年が、思い出したかのようにそう呟いた。
 そうしてそのまま不思議そうに視線を向けた子供には答えず、自分の荷物を探りはじめる。
 どうしたのだろうかと首を傾げその姿を見ていた子供は、おそらくはポットはまだ使わない方がいいのだろうと、そう考えてテーブルに置いた。たっぷりと入っている白湯がちゃぷんと揺れる音が聞こえる気がする。
 それを澄ませた耳で聴き入ろうとした時に、喜色に溢れた音が響いた。
 「あった!あ、あの爆殿」
 鞄の中から取り出された小さな袋が、少年の手の中で縮こまるように座っている。子供に見えるのは何やらシールの張られた背だけで、その中身がなんであるかは知れなかった。
 首を傾げてそれに手を伸ばすと、心得たように少年は手のひらを差し出して袋を子供に向けた。
 つまみ上げた袋を裏返してみれば透明の面がのぞき、中には乾燥した花が重なるようにして眠っている。青紫の、鮮やかな花。
 見知った花だ。昔、よく見ていた。いつの頃からか自分はそれを探さなくなったけれど、確かに昔、自分はこれを見たことがある。
 いつだっただろうか。思い出せない記憶に眉を顰めかけながらも、ほろりと綻んだ胸が、疼く。
 「これは………」
 「知っていますか?」
 訝しそうな顔をしてはいるが、声の響きは懐かしそうだ。それに励まされるようにして少年が声を続けた。
 「以前ピンクさんが飲んでみたいと言っていた奴です。レモンを入れると水色が変わるという」
 「………ああ、言っていたな」
 ピンクに変わるのだから自分のためのお茶だと目を輝かせていた。思い出しながら、それが原因だろうかを悩み、じっとその花を見つめた。
 何か、違う。
 もっと………もっと深い、記憶だ。
 首を傾げそうになり、やめる。色の変わるお茶など、一度見たら忘れるわけがない。それを思い出せないのだから、きっと本で読んだとか、その程度のことだろう。
 そう思いながら少年を見れば、いつの間にか茶こし付きマグカップをバスケットから取り出している。
 「おい?」
 「せっかくですから先に一杯飲んでみましょう」
 絶対に気に入りますよと無邪気に笑う顔は、どこか幼さが滲んでいた。おそらく家で自分でも飲んでみたのだろう。少年が自分の前で無邪気さを示すのは珍しく、自然口元が綻んでしまう。
 少年はどこか自分に負い目がある。それは決して誰も抱えるべきではないものなのに。
 まるで歳以上に老熟してしまう自分を、それ以上でもって包めないことを悲しむような、負い目。
 馬鹿だと幾度もそれを注意してもなくならない。まるで、彼の一部のように。
 自分の手から袋を取り上げてシールを剥がせばあっさりと開かれ、微かな薬草じみた香りがする。そういえばこれはハーブティーだったかと考えながら、その匂いに覚えがある気が、した。
 まさかと思い、それでも打ち消せなくて、少年の手元をじっと見つめる。
 覚えている、この香り。微かで、自分は飲んだこともなかったけれど。それでもよく、覚えている。
 「……………………」
 「ほら、綺麗でしょう?」
 首を傾げて少年がマグカップを差し出した。白地に山桜の描かれた茶こしをカップの縁にかけて置き、鮮やかな色に染まった透明のマグカップを。
 息が、出来ない気が………した。
 それは空色の宝石。
 カップの中の青空。
 あの日のぞき見た彼女の瞳のように透明の、美しい色。
 知っている。覚えている。この青い水色。何を飲んでいるのだろうと、好奇心のままに問いかけたとき、彼女は喉の薬といって笑っていた。
 「……………知ってい…る」
 ぽつりと呟く。それは、忘れていないとそう確認するかのような音。
 目を瞬かせながら少年は子供を見遣った。………静かな呼気は密やかで、まるで深呼吸とともにすべてが霧散しそうな、静寂。
 熱いそのマグカップを手のひらで包み、子供はそれをかざす。自分の顔よりも少し、高く。
 キラキラとカップの中で光が舞う。まるで空が切り取られ小さな宇宙を手におさめたような錯覚。
 その様は美しかった。こくりと空を飲む彼女の姿は、どこか神話の地母神を思い出させる。微笑みは薄く穏やかで、僅かに香る薬草の匂いさえ、自然の香りに思えた。
 空の似合う人が空を口にし、空に溶ける。それは不可解な、美しさ。
 幼い心にその青は深く刻まれていた。綺麗な綺麗な、その光景。
 無言のまま、子供はそれを口にする。紅茶よりも飲みづらい気がするのは、やはりハーブティーに慣れていないせいだろうか。それでも飲み込んだ後のほっこりとした暖かさは、同じだ。
 せがんで一口飲んだ昔の自分が顔を顰めれば、彼女は笑っていっていた。これは薬だから飲まなくてもいいの、と。それでも綺麗で。その青に透かしてみた彼女は、本当に綺麗で。
 いつまでもいつまでもカップを握りしめていた。仕方なさそうにもう一杯そのお茶を入れてきた青年に顔も向けないくらい、夢中になって。
 「…………懐かしい、味だ。うまいとも思わんのにな」
 綺麗な色に不似合いの薬草の香り。ハーブが得意でない身には、あまりおいしい代物でもない。それでも懐かしい。この香りも、味も。そして何より、その色が。
 「そういってもらえると嬉しいですね」
 きっと何かに勘付いているのだろう少年は静かにただそういって、自分の分のカップに口を付ける。
 青いその水色がピンクに変化する、このハーブティー最大の魅力を勧めることもなく。
 「なんだか、空を口にしているみたいですよね」
 そうして、彼は。
 過去の日、自分が思ったのと同じ感想を彼女によく似た笑みで、いった。





 書いたぞー、サイト移転一周年記念カイ爆の日小説!(笑)
 ちょっと近頃マローブルーがお気に入り。味がいいわけではありません。あの色が綺麗なの!
 飲んでみたいと言っていたら職場の人が買ってきてくれてね。試しにレモンも入れましたよ。
 すごく鮮やかな変化ですよ! 私は青の水色の方が好きですが、あれは感動しますわ。
 …………もっともレモンをレモンティーでもあり得ないくらい入れて、私は飲めませんでしたが。
 私の父は気管支が弱かったらしく、私はそれをちょっと請け負ったようでよく喉痛めます。
 このハーブティーは気管支にいいらしいのでせっかくだし、一日一杯くらいは飲み続けようかな、と思いましたよ。
 ハーブティーは匂いがネックですが、色々な効用があるのでシスターには色々飲ませてみたいものです(おそらく全て和也が調合しています)

05.3.1