柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
道ばたに花が咲いていました。 咲き誇る花のように 山道を歩くことはさして苦痛ではなかった。 だんだんと空気の薄くなる感覚はよく見知ったものだ。身体も慣れている。 木々は緑を濃くしていた。陽射しは強く、けれど天然の日傘が肌を優しく包んでくれている。登山には向いた日だった。さして標高の高くないこの山なら半日で登りきるには十分なほどだ。ゆったりと息を吸いながら先を歩く背中をちらりと見遣る。 話さないな、と思いながら。 珍しいな、と思いながら。 自分も彼もおしゃべりとは言い難いし、沈黙は決して珍しくはなかった。それは穏やかな時間を約束しているかのように暖かく、居心地のいいものだけれど。 それでも不意に彼は、言葉を落とす。それは脈絡のないもののようで、本当に深い音色だ。 傍にいることの尊さを、言い表すことのできる言葉など自分達は知らない。沈黙だけがそれを確かに語ってくれる。それが不思議で嬉しいと、その沈黙を壊さぬ微かさで、囁く仕草が脳裏に浮かぶ。 自分よりも広いその肩を木の幹に預けながら、日に溶けるように穏やかに彼は笑う。 囁く。 懐かしいと思うわけではないけれど、その暖かさを思い出す。 自分よりも前を歩く彼を見るのは珍しかった。そうしたときは大抵、なにかしら 自分はそれを解き放つことは出来ない。そしてそれを自分も彼も解っている。………己を真に解放することは、誰にも出来ないことを。受け入れ認め、そうして歩くことだけが許される。覚悟とともに、それを定めることが出来るのもまた、己自身だけだ。他者に出来るのはそれを見つめて見届けて、そうして傍にいることと支えていること。 それすらとても難しいことを、知っている。容易くそうしたいなどとは言葉にできぬほど、それはひどく重いものだ。 だから、今このときを同じ場所で過ごしているのだろうかと、ふと思う。 別に何かが出来るなどとは思えない。そんな驕り、あまりに浅はかだ。自分にもまたこれは覚えのある念。…………だから多分自分は今の彼と同じくらいに、それを解ってしまう。どれほど冷淡と思われようと薄情と罵られようと、それは誰も肩代わりは出来ないし、まして支えることも共感することも出来ない。それを味わうその人だけが知り、そして乗り越えなくてはいけない事実だけが確かに存在する。 前髪をなぶるように吹きかけた風を見遣りながら、ぼんやりと先を歩く背中を見つめる。相変わらず律儀にのばされた背中は綺麗だ。武道に秀でているからこそか、背筋の伸ばし方や身体のバランス感覚は抜きん出てうまかった。踏み締める足先から音がこぼれることはなく、空気の上を歩いているように静かに移動する、彼の癖。 背中からその踵へと視線を落とし、山道を眺める。春も過ぎ、緑の濃くなった山道はちらほらと彩りを見せている。殺風景な緑の渦に見せかけて、存外色数は多い。 思いながら、また視線をその背中に戻した。 問いかけてみたくなる。…………いまその目にこの景色は映っているだろうか。 彼が好むだろうその自然の営みを、今彼は見つめることが出来るだろうか。 言葉も忘れ果てたようにただ呼気を繰り返すだけの唇は、数日前の柔らかな音を忘れることなく紡げるだろうか。 微かに眇めた視線の中に映された背中を見ながら、微かに眉を顰める。意地の悪い思考だと、自身を諌めながら。 不意に彼が道から逸れる。山道を無視して茂みの中に入り込む背中に驚くことなく、爆は従った。この先に何があるか、自分はよく知っている。 今日というこの日、この山を登りたいのだと、そういった時に全ては解っていた。同時に、自分を一緒にと願った彼の勇気を、自分は誇ってしまう。 悲しみに浸ることは容易いのだ。己を一人その場に放り出して、そうして過去に浸かってしまえばいい。他の誰にも見咎められることなく、在りし日の思い出に微睡み幸福と悲嘆を繰り返し繰り返し夢見ていればいいだけだ。 それでも、そうはしたくないのだと、彼は自分の腕をとった。 幸せにも悲しみにも浸りたくはない、と。 ただあるがままを見つめられるようになりたい、と。 無様で滑稽な姿を晒す覚悟と、過去にしかもう存在しない者を尊ぶ思いと、未来を見つめるための意志を、綯い交ぜにして。 震える腕はそれでも差し伸べられた。共に、と。 だから従った。普段ならば立ち位置すら逆の自分達。彼が前を歩き、自分がその後を少し遅れて従っている。 彼も自分の後ろを歩く時、いつもこんな風に感じるのだろうか。たかだか数歩のその距離が、例えようもなく遠く感じる、虚無感。 出来ることと出来ないことを知っているからこそ、その隔たりがあるのか。解るわけもないけれど、それでも僅かなその綻びをじっと見ながら、そのたった一歩の距離をどう詰めればいいのか模索する。 茂みが不意に途切れる。………日差しが、空から舞い降りた。懐かしいと、いうべきだろうか。喉奥で小さく笑い、爆は空を見上げる。 鮮やかな青が、雲すら浮かべずに広がっていた。こくりと飲み込んだ息がひどく冷たく感じるのは、何のためにここまできたのかをしっているが故の感傷か。 跪くようにカイが足を折る。見遣ってみればこんもりとそこにだけ土が盛られている。特に目印があるわけでもないけれど、それでもそこに何かがあると確かに解るのは、あるいは自分達がそうした小さな変化を感じ取ることに長けた証拠か。 自分よりも下に見える肩ごしに、土の山を見遣る。どこか、温かなイメージを醸すその土地に目を眇める。優しさと深さと、どこまでもどこまでもただ清浄である、気配。 それは自分が彼女の墓石を前にして感じる胸の締め付けられるような幸福と悲嘆に酷似している。見たこともない……まして彼から語られることすら稀な、その土の下に眠る人たち。 きっと、とか、おそらく……とか。そんな想像も夢想も無意味ではあるけれど、感じ取れるイメージの温かさに、目が眩みそうになる。間近の背中の痛々しさが、あまりに浮き彫りになってしまうから。 その肩を抱き寄せて、大丈夫と問いかければ、いいのだろうか。 不意に思って、すっと伸ばされた指先が、躊躇うように握り締められる。 何を求めて、彼は自分を連れてきたのか。縋りたいからではないのなら、差し伸べる腕は不要の長物だ。彼自身を辱めることしか出来ないのであれば、ただそこにある木立と同じほどに、寄り添うだけでいい。 甘やかしたくなるその衝動を唇の裏側で留め、飲み込む。黙祷を捧げるように目蓋をおろし、見たこともない誰かの安らぎを、祈ってみる。 いまこの眼下に跪く人が、安らいでこの日を迎えることが出来るように、と。 微かな祈りを乗せた風が舞い上がり、数枚の木の葉とともに青空へと旅立った。それを眺めるように薄く開かれた目蓋を知るわけでもないのだろうが、深く……ゆっくりと呼気が流れた。 ゆるりとしたそれは、僅かに震えている気が、した。 呼気を慕うように短な沈黙が落ち、それを見送るような間を残して、ぼんやりと彼の背中を見遣った。そうした後、再び空を見上げたその視線を求めるように、背中越しの声が、響いた。 「すみません、爆殿」 「謝る必要はないだろう」 不思議そうな音を紡ぎながら、こぼれる涙を見ぬように素知らぬ方向を見つめる。 「………いいえ。あなたをここに誘ったのは、私の弱さですから…………」 風が吹きかけ、前髪をかき乱すのを防ぐように持ち上げられた腕が、彼の音に一瞬、止まる。 よく、解らない言葉だった。自分にとって、ここに今日という日人を連れることは勇気のいることだ。分かち合うこと、あるいは、己をさらけ出すこと。それはどちらにしろ途方もないほどの覚悟と勇気を必要とすることだから。 自分にはまだ、それが出来ないのだから。 不可解な言葉をどう解釈すればいいのかわらず、爆は言葉を飲み込む。カイの紡いだ音を幾度も反復し、告げたいことを、共有したいのだろうことを、探す。 それが解るよりも早く、黒髪が揺れた。長い髪が日に染められながら輝いている。………微かに蹲るその背中がまるで懺悔する咎人のようだと、ぼんやりと思った。 「人は、必ず潰えてしまうから…………」 「………………」 「それは誰にも予想はできないし、いつ、見舞われるかも……解らないから…………」 震える音は、哀れだった。どこか幼子のような幼気なさが、初めて出会った頃よりもずっと成長したはずの彼を包んでいる。 怯えて、いるのだろうか。 見開いた瞳で微かな揺れを見せる肩を見つめる。自分よりもずっと引き締まった、鍛えられたその肩を。 吐き出す吐息すら、震えている。彼自身の存在すら、掠れるように朧げなのは…………消え入るようなその羞恥故だろうか。 こくりと息を飲み、カイが唇を開く。言葉とすることの愚かさをどこかで戒めたいと叫ぶような、痛々しさで。 「今日、あなたが一緒でなければ、ここに来れなかった」 「…………………?」 「あなたがいるのだと、解っていなければ…………墓前になど立てなかったんです」 消えるのが宿命の、命なのだ。生きたからには必ず死が訪れる。それは何の決まり事もなく、ランダムに。この日にくるのだという予告もなければ予測もなく襲いくるもの。 まして自分達は誰よりも危険に接して生きているのだ。いつ、訃報が寄せられるかなど、解ったものではない。………それを承知で、それでも自分たちは離れた土地で生きている。己の生を、確かに刻むことを互いに約している。 それでもこの日は………両親の、命日は、駄目なのだ。そんな覚悟すら霞んでしまう。大切な人があっさりと奪われたあの月夜がまざまざと迫りくる。 …………優しい月が、残酷に微笑んで近付いてくるのだ。 「私は、弱い……から。あなたに…………」 今もまだ縋ってしまうのだと、幽かな嗚咽の合間、空気が震えて囁いた。 ああ……と、思う。人とはこんなにも違う生き物なのだ、と。 自分には彼の勇気はない。彼には自分の勇気がない。 彼は連れ立つことが弱さの証であり、一人墓前に立つことが勇気の印だった。 …………自分には、それがまるで逆だった。 潔さは彼がたずさえているのだと、そう感じていたというのに。彼はそれをこそ、恥じている。 未来を恐れて共にあることを祈っている己を、恥じているのだ。 震える花弁のようにかすかな音はゆるゆると差し出される。まるで、懺悔をするようなその仕草。 「あなたと出会わなければ……なんて、思いたくもない、のに………」 恐れていた言葉なのだというように、一際それは小さな音と成り果てた。形となることすら厭っているかのように。 揺れる黒髪を見つめながら、胸が締め付けられる。 自分達はあまりに幼い頃に知ってしまったから。先立たれる苦しみと、一人残される悲しみを。 そして……それすら癒す出会いを、知ってしまった。 だからこそ怖いのだと、自分達はそれだけは同じ思いで抱えている。 「……馬鹿者」 小さな音が、風に乗った。ふうわりと、木立がそよぐ。 声が響く。小さく深く。カイに囁くように。………己に、囁くように。 「弱さなど、誰にも解らん。自分で決めて立ち向かうだけだろう」 彼が己を恥じるように、自分は自分を恥じていた。 そんな風にチグハグな強弱に捕われる必要などない。ただ、それに立ち向かう意志だけをなくさなければいいのだ。 それはたった一つの、けれど何よりも重要な意志。 「簡単なことだ。どうせ別れてしまうから出会いなんて要らない、なんて、腹が減るからメシを食わないと言っているのと同じだろう。………お前は、そう、思うのか?」 穏やかな音が、空気に溶ける。清浄な、山の呼気。 ゆるゆると眼前の背中に備えられた頭が振られる。その度に、鮮やかな雫が日に透かされて土へと還る。 どこか美しい、それは還元の法則。 見つめて、自然ほころぶものがある。彼の答えはいつだって自分をあたためる。きっと、そんな自覚もなくさらされるからこそ、なのだろうけれど。 「それなら、わかるだろう。一人耐えることだけが勇気とは限らん。オレと会ってよかったんだ、お前は。……………オレも、な」 小さな笑みは、背を向ける彼には見えない。 それでもこの声だけで全ては伝わると信じている。 俯いていたその面がゆっくりと持ち上げられ、遥か彼方上空を見上げる。 見えるのは緑のフレーム。そしてその中に切り抜かれたような、鮮やかな鮮やかな、青。 怯えるのは当たり前だと、声はいう。 消え去ることを恐れるのは当然だと、音が響く。 それでも、それを覚悟した上で。 出会えた奇跡を祝すのだ、と。 ………なによりも尊き声音は鮮やかな花となってこの身に微笑みかけた。 元ネタは朱涅ちゃんの「今日の出来事」に描いてあった現代パロね。 爆の台詞を微妙に変えながら使用。これが一番きつかった(涙) 微妙にね、流れとチグハグになってしまいそうな台詞で。でも組み込みたくて。いくらか台詞が増えました。 しかし………同じ「爆」なのに、台詞回しや言い方、語尾にいたるまで違うものだなぁ(しみじみ) いや、うん。おもしろい。 私はどちらかというとカイの方です。墓前は一人でいくと息が詰まりそうで怖い。 そのまま一緒に同じ場所に行きたくなりそうで恐いです。 でもまあ、だからといって誰かと一緒に行きたいか、といわれるとそれも微妙で。 一人でその人に向き合えもしないでこの先まともに生きられるかー!!とも思うので、多分一人で行くことになったところで大人しく墓参りします。 ようは自分が目の前の事実に負けて逃げることが嫌なだけです。 どんなことであろうと受け入れて、自分の糧にできなきゃ生きている意味がないだろうと思うのですよ。実現は難しいけど。 そういやね、小説書いたのが実に半月ぶり。その間していたことといえば、ただひたすらに姪っ子と遊んでいました。ごめん、子供大好き。 04.12.15 |
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