柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
一人生きることが当たり前だった 取り零していたもの 目を開けるとうっすらと木陰が見えた。 それに訝しげに眉を顰め、目を瞬かせる。が、視界に覆われた薄い膜のようなものは消えなかった。 軽く腕を上げようとするとそれがひどく億劫なことに気付き、子供は首を傾げた。そんな動作すら気怠く感じる。 前髪をかきあげようかと思ったがそうするのは面倒で、子供はそのまま頬から目蓋に指先を這わし、潤む視野を霞ませる水膜を拭うように目を擦った。 「………爆殿?」 その動作に気付いたのか、潜められた声が遠慮がちに響いた。 ぼんやりとそれを聞き、誰のものであるかを思い出そうとした。聞き覚えのある音だ。少なくとも、警戒しなければならない類いからはほど遠い。が、如何せん脳が機能することを厭うように思考を拒んでいた。 眉を寄せて掻き集められるだけの意識を掻き集めようと目蓋を落とした。けれど思い出すより先に、相手の腕が伸びて頬に冷たいタオルが触れた。 小さくそれに抵抗するように肩が撥ねる。………意識がハッキリとしていない時、他者が傍にいることが苦痛だというかのように。 それに気付いたのだろう、タオルで汗を拭うことは止めぬまま、声をかけてきた。 「………少し熱が出ています。いまは我慢して下さい」 響く音はゆったりと、横たわる子供に負担をかけないように配慮されていた。けれどそれに含まれる僅かな寂寞は消しきれていない。それを感じながら、きっと相手はまだ子供なのだろうと、閉ざした目蓋の裏で思った。 頬や額の汗を拭い、冷たかったタオルはぬるくなった。大分発熱しているらしいことはそれでも十分伺い知れた。 とんだ失態だと子供は少し浅い呼気の下で思う。いまいち記憶が混乱しているが、少なくとも自分が倒れていることだけは嫌でも解る。 こんな調子ではまた……バカにされてしまう。 大きな手のひらで髪をぐちゃぐちゃにされて、まだまだ一人じゃ駄目だと、いわれてしまう。自分こそが一人では立てなくなるくせに、その部屋から立ち上がってからはずっと、また自分の面倒を見るのだ。 遠くにいて滅多に顔も見せないくせに。………それでも、欲しいと思った時に欲しい言葉をくれる、本当に数少ない心を許せる人間。 認められたくて、肩を並べたくて。大好きで大切なたった一人の人を失ってからなお、そう思っていた。自分が彼を守らなくてはきっと彼は消えてしまうと、そう思ったから。 だから強くならないといけないのだ。 …………一人でも生きられるようにならなくてはいけない。 守りたくて、ずっと幼い頃から心寄せ世界の中心に微笑んでいた人はもうこの手で届かない場所に逝ってしまったから。 せめてその人が心寄せていた人間くらい、自分の手で守りたいのだ。 そうだというのに現実は歯痒いばかりに自分の幼さを突き付ける。自身の体調一つ、コントロール出来はしない、なんて。 「…………平気、だ」 悔しくて噛み締めた唇の内側から、零れるように呟く強がり。起き上がろうと腕に力を込めれば、やんわりと肩を押された。 その手は無骨ながらもまだ幼く、成長途中であることを子供に知らしめる。誰だっただろうかと、また脳内で検索をはじめるが、やはりまだ瞬く意識はうまく情報を引き出せない。せめて顔を見れば解るだろうに、薄ぼんやりとした視界に逆光まで加わって相手のシルエットすらぼやけている。 そもそもどうして自分はこんな場所で眠っていたのか。院にいたのではないのだろうか。………いや、今はあの家で一人で暮らしているのだから、誰かが自室にいること自体がおかしい。 まとまらない思考で不可解な現実を読み解こうとするが、如何せん情報が脳内で錯綜し過ぎている。 頭痛まで始まった頭を軽く振り、もう一度起き上がろうかと身体に力を込めた。 同時に響く、労りの音。 「爆殿……お願いですから、眠って下さい」 「………これくらい…」 どうってことはないと呟く唇は先程と同じ指先が遮るように覆った。 それはどこか躊躇いを持った静止だ。解っているけれど、と。まるでそういうかのような指先。 理解しかねて眉を寄せれば、寂しそうな音が僅かながら掠れて響いた。 「あなたは立てるでしょうが……私たちが嫌なんです」 強さも弱さもどちらの意味であってもきっと、と。その声は呟く。正しさも過ちも交差した意志できっと立つだろうと。 それでも自分達はそんな背中を見たくはないのだと、願うようにその音が響く。 受け入れてほしいと、乞うように。 その真摯ではあるが滑稽な音に眉を寄せ、子供は不可解なものを見上げるような面差しで言葉を綴ったシルエットを見遣った。 姿形も朧な、歳も解りはしないシルエット。 「………我が侭…だ、な」 「お互い様です」 口腔内で響く程度の声は、けれどきちんと聞こえていたらしく笑いを含んだ音が返された。 それに響く韻もまた、切なさを孕んでいて、子供は寄せた眉を解くことなく身体から力を抜いた。 誰かを、労りたいと思う気持ち。それは自分もよく知っている。あまりにも不器用すぎていつも失敗ばかりだったけれど、それでも伸ばし続けた腕。 その腕が、せめていま自分が感じる程度には愛おしまれていただろうか、と。埒の明かないことを脳裏で響かせる。 下らない物思いだ。自分はちゃんと知っていた。………伸ばした腕を一度として厭われたことなどないと。慈しまれ、愛おしまれて育てられた、と。 だからこそこんなにも歯がゆいのだ、と。子供はきちんと知っていた。 「そもそもあなたの怪我の原因は、私にもありますから。我が侭くらい、いわせて下さい」 苦しみを分かち合うことは出来ないから、せめて看病くらいはしたいのだと綴る音。覚えのある響き。 差し込む木陰の中の陽光は柔らかく、ここが室内ではないことを今もいぶかしんではいる。 ぼやけた視界に映るシルエット。誰なのかと問うこともしないまま、それでも伸ばす腕を受け入れているのは無意識の仕草。………ぼんやりと、そんなひとつひとつを子供は眺めていた。 自分が悪いのに我が侭をいわせろだなど、とんだとんちだと子供は喉奥で笑う。 幼い頃同じように自分も腕を伸ばした。 自分が我が侭をいって寝込んだのだからと、また我が侭を差し出した。必死に、嫌わないでと願うように。………あなたのために何かがしたいのだと、祈るように。 ずっとずっと、幼い頃からの記憶。 「…………………」 小さく唇を動かして、眠りに落ちる前に伝えてやろうと子供は音を紡ぐ。けれどそれは掠れた呼気に溶けて消え、少年の耳には届かない。 それでも動かされた唇が何を伝えようとしたのかを悟って、少年はやんわりとした笑みを唇に浮かべる。 傷を受けることを当然とする子供は、傷つくことで傷つける現実を未だ知らない。誰かが自分に心寄せていると、気付いていない。 守りたいのだと彼に腕を伸ばし続けている仲間のことを、守らなければいけないのだと、己に定めている。 どこか独り善がりな矛盾。孕まれたそれは時間をかけて解さない限り、ずっと絡まる螺旋に抱かれたままなのだろう。 それを知らない子供は、けれどゆっくりと気付きはじめている。 今までであれば制止の腕など気にもかけずに起き上がっただろう。自分は強いのだから平気だと、ふらつく身体すら制して。 緊張に張りつめた糸を緩めることもなく、甘えることも頼ることも良しとはしないで。 ………そんな寂しい労りを捧げることが、彼にとっての愛しさだというなら、あまりにもそれは切なすぎる。 だからこそゆっくりと、同世代の自分達との旅の中、彼が気付いてくれればいい。 全てを抱えるのではなく、互いに分け合うことを。一人背負うのではなく、共有することを。 強いからこその弱さを恥とはせずに、花開くといい。 きっとそれをこそ、彼を育んだ全ては望み願っていただろうと、そう思うから。 「………ご自愛下さいね」 全ての他を己が身で守ることだけでなく。 己自身をさえ守ることに、気付いてほしい。 それはきっと彼に心寄せるみんなの、小さくも尊大な、祈り。 久しぶりにカイ爆。場面としてはサーでフネンに怪我治してもらった後の旅の途中。 一応あの怪我は表面は治したけど内面はまだ完治していない、ということで(以前にも似たこと書いたよね☆) どうでもいいですけど、最後まで爆は相手がカイだと気付いていないんですけど。気付かれていないことにカイも気付いていないのですけど。 まあこの二人はそんな感じでいいと思います(苦笑) 06.9.20 |
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