柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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目蓋の裏に焼き付いた色。

赤く赤く燃える色。
白く白く照らす色。
暗く暗く包む色。

忘れ果ててそれでもなお、忘れられない。


なくしたいわけではなくて。
消したいわけでも、なくて。
それでもそっと蓋をした。

それを開く勇気を持てるその日まで……………





愛しさを綯い交ぜにする朝靄



 息が乱れる。辺りは真っ暗で、樹海の匂いが濃く漂う。
 おかしい。
 解っているのに吐く息は凍るように冷たく胃の奥を刺激する。
 そうしてまるで走り去るその足が自分の意志かのような錯覚をする。
 …………おかしい。
 呟いてみる。音として出したつもりなのに音にはならなかった。ただ焦燥感が身を突き動かす。
 震えるような細い手足。怯えるように伸ばされながら必死で逃げている。否。追いかけているのだろうか。
 解らない。それでも、確かに駆けていた。

 おかしい。
 ……だって、走ってなんかいなかった。
 あの日、自分は走らなかった。
 とぼとぼとゆっくりと、死を求める夢遊病者のように漂う浮き草のように、歩いていた。
 月は眺めていた。いっそ冷たいほど冷静に。
 その光を浴びながら染まることも出来ない闇と白の挟間で赤く染まったまま、流されていた。

 だから、おかしい。
 走っているはずがないんだ。
 ああ………それでも必死に、いま、自分は走っている。
 何かを求めるように。

 手を伸ばす。何かが、あった。
 その影すら朧な幻影。それに必死で伸ばした指先がそれに触れる。

 ――――――瞬間の、暗転。


 「あ…………れ…」
 ぱちりと勢い良く夢から覚めた目蓋が数度まばたきを繰り返す。
 いまいち自分がどこにいるのか解りかねてしまう。うっすらとベールを引くように闇が広がり、カーテンを引かれているらしい窓の先にも闇の気配。
 まだ夜らしい。そう気付いて起き上がろうかと逡巡した瞬間、頬に当たった呼気。
 ぎょっとして、思わず怯えるように起き上がって座り込む。次いで、それがなんであるかを確かめるように間近なシーツを滑るように指を這わせれば、自分とは質の違う髪が触れた。微かに細めた視線でそれを見極めるように見つめて………ホッと息を吐く。
 少しだけ幼い頬の輪郭。閉ざされた目蓋の奥底に沈む意志の強い瞳。頑固さを知らしめるような眉。
 思い描いたものとは違う、それはあたたかな血を宿した人。
 間近に感じるには、あまりに烏滸がましい憧れにも似た存在。………否。それは遠い偶像ではなく、現実の光。曇った自分の視界を晴らしてくれる、清涼な吐息だけで存在した不可解な人。
 自分が動いたせいか、お互いの身を包む布団が少しだけずれる。僅かな隙間から忍び込むような寒気にブルリと幼い肌が震えた。
 それに気付いて硬直して座り込んでしまった身を再び布団の中に戻す。夜気に濡れたせいか、微かに冷たい。
 すぐ傍には眠る幼い子供の顔。
 微かに胸が高鳴る。恋情からではなく、おそらくは安堵と期待から。
 冷たく冷たく染まった自分。もう二度とその氷塊が溶けることなどないのではないかと思えるくらい、凍り付いたままだった、自分。
 …………そんなことにも気付かないでいた自分を、あっさりと溶かした存在が間近にいるのだ。
 恐れるように震えを帯びた指先がこっそりと……まるで秘め事をさらに隠し込むようにひっそりと伸ばされた。
 髪に触れる。………ほんの少し、冷たい。先ほど自分が潜り込んだ布団のようだ。
 固めの髪は指に反抗するように揺れてはねる。それをなだめるように撫でてみれば、微かな寝息がこだました。
 ぎくりと指を凍らせて様子を窺っても起きる気配はない。ほっとしてもう一度、撫でる。今度は髪から滑り落ちて頬まで。………滑らかな肌は眠っているせいか体温がいつも以上に低く感じる。そのせいか、まるで人形のような無機質さを醸していた。
 わずかに眉を寄せて人形を愛でるには少し強く、頬をこする。
 寄せられる眉。起きるかもしれないという危惧が、何故か浮かばなかった。
 ただ熱を落としたかった。冷たいまま凍り付かないで欲しくて。
 ………この手で触れた肌が凍てついたまま動かないことが、怖くて。
 乱暴だと解っている所作のまま、それでも止められない指先が起きて欲しいと懇願するようにその頬をこする。
 僅かな間のあと、ややくぐもった声が掠れながら音を紡ぐ。
 「………冷たい」
 冷えた指先に訝しげに顰められた眉。それを見つめながら、ふと気付く。暗闇と思っていた室内は、けれど月明かりに朧に染まっていた。
 さわさわと風の音がして、窓が開いていたことを知る。不用心だと苦笑しても心地よい夜風とともに訪れた月光は手放し難く、あえて気付かなかったことにした。
 「すみません」
 やんわりと謝りながらも指先は退かず、微かな夜風にも似た仕草で頬をあやすように撫でたままだ。顰められた子供の眉。微かな溜め息が聞こえた気がした。
 気付かれたかなと頭の隅で思いながら、それでも何も答えはしない。多分、晒したなら甘やかされることを知っていたから。
 この小さな存在に受け入れてもらえたなら、それだけで確かに自分の中の蟠りは霧散する気がするけれど。………それはただ、彼にその全てを明け渡して楽になるに過ぎないと思うから。
 覚えたまま、乗り越えたい。押し付けるのでも捨て去るのでもなく、刻み込んだまま前を歩ける強さを知りたいから、今は晒したくない無様な自分。
 解っているのか、いないのか。どこか寂しげに子供は笑い、その小さな腕を伸ばした。
 細くしなやかな指先。鍛錬という言葉も知らなさそうなその腕には、無数の傷跡。古いものから新しいものまで、数えることすら困難なそれは彼自身の生き様のようで痛々しい。
 それがいたわるように少年の頬を撫でた。まるで自分の頬をあやす礼のように。
 驚いたように耳を揺らしてみれば、ふんわりと淡く灯った笑み。
 「寝ろ。………大丈夫だから」
 傍にいる。いなくならない。この身体は冷たく凍り付いたりはしないし、動かなくなることもない。
 月に染まって消えることなどないから。だから眠れ、と。あたたかな指先が知らしめる。
 …………そんなにも、情けない顔をしていたのだろうか。苦笑を模して……それを隠すように小さな肩口に唇を埋める。
 あたたかな気配。呼気の感触。鼓動の、確かな音。
 それらを吸い込むように息を飲み、ゆったりと目を閉じる。


朝、目を覚ましたならいつも一人だった。
月明かりではなく。日の光の下。
突き付けられるたった独りという現実。

朝は嫌いだった。朝が来たならまた、夜が来る。
そうしてまた、独りの日々が繋がっていく。

それでも。その全てが今のこの瞬間に繋がるというのなら。
過去の痛みも悔恨の傷も全てを認めてみせるから。
朝の目覚めを与えて。

たったひとり、自分の愛しんだ命の傍で生きる。
そんな奇跡の朝を、どうか――――――――…………





 カイ爆です。なんかシスターシーリズっぽいですが。
 でも基本的に私のカイは『選択の道』を経過しているし、爆は『見上げる空の青』を体験しているということで。

 嫌なこと。思い出したくないこと。あってもやっぱり生きなきゃいけませんし。
 どうせ生きるなら堂々と生きたいし。
 そんな時にほんのちょっとのぬくもりが、ものすごい支えになったりもするから。
 そんな二人の話。カイ視点だけど、似た感情は爆にもあります(笑)