柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
小さな背中を思い浮かべる 綴られぬ音 闇夜の中、星が煌めいていた。 山奥の秘境とすらいわれる場所で寝起きしていれば、それら自然の産物は身近なものだった。見上げながら、遠い星と月に微かな溜め息が漏れた。 「なんだ、アンニュイなんざ似合わねぇ面で溜め息か?」 不意にからかいを含む音が響き、それまでその場にはなかった気配が濃密になった。 聞き覚えのある声とよく見知った気配に少年は苦笑し、悪戯好きの相手の居る場所を見極めようと振り返る。 「反応も遅ェな」 「仙人」 同時に、間近で楽しげな声がする。もっと遠くかと思ったが、既に彼は背後まで近づいていて、振り返った先にまるで初めからそこに居たかのように佇んでいる。 驚きに目を瞬かせれば、緩やかに伸ばされた指先が鼻先を弾いた。その痛みに両手で鼻を覆い、恨めしそうに睨むが、そんな視線は素知らぬ風に、彼は隙がある方が悪いとからかった。 「明日も早ぇんだ。ピンクを見習って高鼾くらいかいてりゃいいのによ」 くつくつと喉奥で笑いいうそれは、まるで今起きているその理由すら知っているような口ぶりだった。 返答に躊躇った僅かな間に、青年は許可を求める事もなく少年の横に腰をおろし、先程の少年を真似るように空を見上げる。 濃紺の布に散りばめられた水晶の欠片のように、星は大小様々に、そしてまるで無秩序のように煌めき瞬いていた。 それら全ての正確な位置と名称を諳んじる事が出来る青年には可能だ。知識を貯える度に摩耗していく感性は、けれど緩やかに回復し、この目にも星は無機物の輝きではなくぬくもりを覚えた。 ………もっとも、そんな風に思えるようになたのも、この手のかかる弟子を抱えて以降の話だけれど。 「どうも…気持ちが落ち着かなかったもので………」 心配をかけたと思ったのか、あるいは起こしてしまったと申し訳なく思っているのか、少年は空を見上げる青年にようやく先程の言葉の返答を返した。 久しぶりに修行三昧の日々で精神が高揚しているのだと、そう結論づけて話を終結させようとした音は、けれど続く言葉より先に綴られた青年の声に消えた。 「あいつは…また無茶してんだろーしなー」 他愛無い世間話のような軽さで返された返事に、少年は一瞬気配を硬化させた。その未だ未熟な素振りに、青年はひっそりと胸中で笑む。 まだまだこの少年は素直で、曲がり方を知らない不器用な生き物だ。 何もかもを抱えひた隠し、不敵に笑む以外の術を知らない、あの子供とは違う。……もっとも、あれもまた、曲がり方を知らずに生きる偏執的な頑固者だ。 だから、早くと思うのか。………あまりに生き急ぐ事に躊躇わないあの細い幼い足先が、茨を踏み締め血を滴らせ、それでも平然と進む事を奨励する以外の術を持ち得ない身だからこそ。 澄み渡った空気は、夜とはいえ冷えてはいなかった。吐き出す吐息を白く染める季節はまだ遠い。 けれど、喉が凍える錯覚をする。音と成すために震わせる空気が、ひどく喉に突き刺さる。 それは………ただの感傷と罪悪感でしかないのだろう。しかも、ひどく独り善がりで身勝手な。 「解ってんなら、さっさと腕を伸ばしとけよ。…………言わなけりゃ、打ち消されて終わるぜ?」 告げなければその思いごと棄却され無に帰すだろうと、残酷な現実を口にする。 同時に凍てついた気配。触れていた視線が消え、少年が目を閉ざした事を頬で知る。 呟いたのは、残酷な言葉だろう。今は遠く離れている相手だ。今はまだ、追いかける術すらなく、それが故に留まる者と進む者に別れたのだから。 そう仕向けたのは自分だ。………そのくせ躊躇いを知らない子供の歩みに危惧を覚え、少年に腕を伸ばせというこの身勝手さ。 吐き気がする。何よりも、永久を生き永らえながらも変わらない、この自身の性質に。 星を見上げたまま、ただ沈黙が落ちた。その静謐はあまりに澄み渡り、穢れを纏ったこの身が焼け爛れる気がした。 ………いっそ少年が、問題をすり替えるなと怒鳴ってくれる類いの人間であれば、良かった。 けれど現実はそんなことはあるはずもなく、ましてやこの空気を打ち砕く第三者の乱入など望めるはずもない。 未だ少年の眼差しは返らない。恐らくは考えているのだろう。何故の問答か、咀嚼し、紐解き、言葉の持つ意味と現状と、投げつけた相手の心情すら、鑑みて。 そんな高尚な意志を向けられるほど大層な理由などない。誠意に包まれた意識に居たたまれなささえ感じ、戯けて有耶無耶にしようかと青年は見上げているだけで見てもいなかった星から地上へと視野を転じた。 同時に、月明かりのような静けさを添えた眼差しが、触れた。 「言えません」 言葉は、簡潔だった。言い訳でも言い逃れでもない、単純明快な解答。そのくせ、情けないように垂れ下がった耳と困ったような眉を裏切るように、やんわりと優しさを滲ませた瞳が眇められている。 ………柔らかな、眼差しだ。もう数えられないほどの年月を重ねた自分にすらそれは表せない、慈しみの眼差し。 それに苦笑し、馬鹿な弟子をからかうように口角を持ち上げる。自分の手酷い問答に答えるには、随分と誠実過ぎる。 「…………バッカだな、お前が言わなけりゃ、あいつは絶対に言わないだろ?」 だから言えばいいと、願うように囁く。問いかけ自体終わらせようとしていた唇は、やはり与えられた至純に祈らずにはいられなかった。 ………未だ小さくいとけない馬鹿な弟子たちは、不器用にもたつきながら手探りでよたよたと歩くひな鳥のようだ。 求めるぬくもりが間近にある事を知りながら、それに甘える事を良しとえず、脆弱な己の羽を広げて相手を包む事ばかりを願う。 風も雨も己一人がかぶればいいと、そんな自己犠牲のように………… そう思ったなら、ちくりと、痛むものがある。それを誤摩化すように戯けて笑い、青年は少年を見遣った。 視野の先に佇む弟子は、無辜の眼差しで師を写し、ふうわりと微風のように微かな笑みを零した。 「………爆殿、は…………恐れる方、ですから」 「…………?」 この少年があの不遜な子供を称するには不似合いな言葉を綴った事に、青年は眉を顰めた。 誤摩化すという曖昧な真似が出来るほど器用な少年ではない。ましてや嘘や戯言で煙に撒くような不誠実さも持ち合わせていない。今時稀な、生粋な命の持ち主だ。 ならば、それは彼にとって確かに感じるものなのだろう。 そうして、その意味を考える。………考えて、喉が焼かれるような気分を味わった。 愕然とする胸中を隠すように仮面の笑みを唇に象らせれば、困ったように悲しそうに弟子は笑った。 「愛する事を知っていて、愛される事を知っているが故に、あの方は………失う痛みを恐れるでしょう」 静かに柔らかく、少年の声が響く。紅い瞳は微かに揺らめき煌めいていた。 まだ幼い子供だ。守られ愛しまれ、我が侭を口にし自由に生きる子供の年齢だ。………けれど彼はそれらを放棄し、使うその時は誰かを気にかけるが故の隠れ蓑だ。 どこか達観したように笑み、不敵に不遜な物言いをし、己を絶対化する事で周囲に安堵を与える術を身につけてしまった子供。 それは、悼みだろうか。それとも慈しみだろうか。あるいは……至上の献身か。 少年から綴られる音に青年は微かに息を飲み、目蓋を落とした。 ……かつての自分の悼みは、誰にも解らないだろう。それと同じように、子供や少年の悼みは彼らにしか解らない。 そうして、そこからなにを学び咀嚼し、己の歩む方向を定めるかもまた、己自身にしか解らない。 それは、同じように痛みを抱え苦しみに長い月日を傾斜し、盲目という目隠しをした自分たちの歩みが重ならない事からも知れる事だ。 「自分が味わうのであれば、受け入れる事が出来ても………相手にも同じ傷を植える事を、知っているから」 そして、それを既に一度は味わっていると知っているからこそ、あの潔癖な子供は何も言わずにいるだろう。 まだ幼く世界の広さを知りえない盲目さで、必死に目の前の命を守るために、押し殺し続けるだろう。 守る事のみが最上で、守られる事を知らない命。 …………守れなかった過去故の、盲目さ。 それは、少年も身に覚えのある感覚だ。だからこそ、己で気づき乗り越える以外に道がない事もまた、知っている。 「だから、今はまだ…………言えません」 ふうわりと、寂しげに、けれど確固とした意志を持って少年は告げて……笑む。 慈しむように愛おしむように今は遠い、傷つく事の意味を取り違えたまま突き進む子供を思って。 それでもせめて、未来を祈るくらいは許される。そう、願っているのか。少年は絶対的な否定は避け、微かな希望を織り交ぜた解答を捧げた。 「………そう、か」 それに泣き笑うような眼差しを嫌い、青年はまた空を見上げ、笑みを象る唇だけを晒して答えた。 柔らかく風が吹き、微かなぬくもりを思い出させる。先程までは真冬にも似た凍てつきを感じたというのに現金なものだと、己の単純さを腹の内で笑いながら星を見上げた。 祈りをこめて見上げた星は、煌めき、緩やかに流れ………消えた。 それは願いを叶えようという自然の計らいか、あるいは祈りは消えたと言う戒めか。 解りはしないけれど、ただ懇々と願い続けよう。 無辜の意志のまま他者を思う、この希有なる命たちの事を……… 片思いっぽいけど両思い。 告げてはいないけど、何となく伝わり合っている。 それでも、だからこそ、言葉にする事に怯える子供と、恐れを知っているからこそ受け入れられるまで待っている少年。 …………いつも思うけど、うちのカイって相当気が長いよね………。じゃなきゃうちの爆と釣り合いが取れないと言うか、両思いにまで発展はしないのだろうけど。 09.6.10 |
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