柴田亜美作品

逆転裁判

Dgray-man

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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あたたかな陽射しを浴びて微睡む。
それはとても心地よくていつもつい寝過ごしてしまう。
けれど……本当はそれだけではないのだ。

髪を梳く仕種。
頬を辿る指先。
微かに厭うように眠りに沈んだ声をあげれば、やわらかな笑みの気配。
優しく背を撫で、吹き掛ける風から守るように廻される腕。

いままで知らなかったものを与えられる心地よさに酔いたくて……
瞼をあけることをいつも躊躇う。
ぬくもりに触れて温まるのが身体だけではないことを教えてくれた。
身体の隅々にまで染み渡る少年の思いの優しさに、胸が詰まる。
……吐き出した吐息に少年が気付かないことを願う。

あと少し……ほんの少しでいいから。
この微睡みの中でたゆたいたいから……………



陽射しの溶ける日



 空を見上げ、少年はその深い色合いに溜息をつく。
 伸ばせば届くような気がするのに……その色はけしてこの腕に落ちてこない。
 やわらかな日の光に包まれながら、少年は小さく笑う。
 ………この空に酷似した子供をこの腕に(いだ)いて…更には空まで夢見て。
 いつの間にこんなに欲が深くなったのだろうか?
 芝生をそよぐ風に視線を向けてから、少年はまだ眠る子供の顔を覗いた。
 いつもは不遜な色をたたえた子供の瞳は長い睫に覆われて隠されている。
 日に晒された肌が淡い濃淡の影を作っている。それに誘われて少年は指を伸ばし、その境界を辿る。
 やわらかな子供の頬。きめの細かい肌は日を浴びているためか微かに汗ばみしっとりとしていた。
 辿っていた指先に気付いたのか、子供の顔が少しだけ動く。それでもまだ覚醒する気のない子供の無防備な寝顔をからかうように少年は包んだ。
 なにか囁くように小さく唇が開き……吐息だけを紡いで閉じられた。
 それに小さく笑い、子供の額に触れるだけの口吻けを落とす。
 僅かに震えた睫は……けれどそれを受け止めてまた微睡みに落ちていく。
 それを見つめ、溢れるあたたかさに少年は笑みを深める。
 「…………爆殿……?」
 僅かに掠れた声が子供の名を囁く。
 まだ起きる気配のない子供に苦笑し、少年は子供に覆い被さるようにしてその耳元に唇を寄せる。
 穏やかな声が……子供の耳に触れる。
 …………優しく甘い、子供の為だけに紡がれる旋律。
 「爆殿……起きて…下さい………」
 囁きながらもその声は起こすことを恐れるように小さく微かで。
 子供の頬を滑る吐息の方が眠りを覚ますような…そんな静けさだった。
 ゆるく瞑られた瞼。答えるように微かに蠢く唇。誰にも晒さない…無防備な幼い寝顔。
 それはただ少年にだけ与えられた特権。
 見ることを許し…傍にあることを認められた証。
 それがひどくくすぐったくて……甘い。
 幾度もそれを確認したくて、少年は触れるだけの口吻けを子供の顔に降らせる。
 頬に…顎に。鼻先から辿った唇が思慮深げな子供の眉間に触れる。
 静かに離れたぬくもりは、ゆったりと微笑んで子供の瞼に吐息を降らせる。
 「……爆殿……?目を…開けて下さい…」
 それは問い掛けではなく笑みを含んだ願い。
 ………降り注いだ瞼への口吻け。
 微かに熱い熱に侵されて、子供の瞼が震える。


 頬を辿る指先の心地よさに思わず笑みが零れそうになる。
 それを誤魔化すように子供は頬を芝生へと沈めて表情を隠す。
 そうしたなら、空気がやわらかく溶ける感覚。……笑みを零しているだろう少年に自然沸き起こる笑み。
 芝生のベールが隠してくれることを祈っていれば、無骨な指先が頬を包み込んだ。
 「……カイ……?」
 思わず漏れた少年の名は、掠れた喉の奥からでは囁きにならずただ空気を震わせた。
 それに気付いた様子のない少年に子供はほっと心の中で息を吐き、次いで額に触れた熱に震えた。
 小さく子供は息を飲む。いまのは確かな変化に現れただろうと起こされることに怯えて、また意識を深く沈めて微睡むことを選べば、空気のぬくもりがいっそう深まった。
 自分の名を囁く少年の声。………優しさだけで構築されたそれは幼い頃から思い描いていた親のものに似ている。
 ………それに苦笑し、子供は触れる吐息の心地よさに囁きを返したくなってしまう。
 そんな子供の変化に気付いたのか、少年の唇が頬をくすぐる。
 眉間に触れたやわらかな気配はゆっくりと離れ、まるで乞うように小さな声が囁きかけた。
 耳ではなく身体に染み込むその音に子供は小さく笑う。
 愛しいぬくもりは覚醒を促すように瞼に触れた。
 それに応えるように……ゆっくりと子供は瞳をあける。


 微かに不機嫌を装って起きた子供に、少年は嬉しそうに微笑んでその額に口吻ける。
 まるで願いを聞き入れた子供への返礼のように…………




 微睡みに溶けて……いっそ同じ日の光と変わりたい。
 たった一つのぬくもりに指を搦め、少年は思いの深さを教えるように不機嫌そうに引き締められた唇を溶かす口吻けを贈った―――――――――