清らかな、とは
きっとあの子供のための言葉
澄み渡って耳に痛い
そんな彼の生き様
それを踏襲したいとは
そんな愚かなことは思えないけれど
ただ、何故か分からないけれど
時折彼を見ていると
遣る瀬無さが湧く
あんなにも強く穢れなく
澄み渡った人なのに
どうしてそんなにも
遠い場所にいるのですか………?
03.道行く人は何処へ
無事に使いを終え、少年は緩やかな歩調で帰路についた。
師匠に言付かった用事は全て終わり、後はもう帰るだけだ。思った以上に順調に終わってくれたおかげでまだ日は沈んではいない。
この調子ならば帰った後、少しくらいの鍛錬が出来るかもしれない。そんなことを思っていた時、ふと過った風に目を瞑った。突風は一瞬で、乱雑に掻き乱された髪を片手で梳いて元に戻す。軽く息を吐き出しながら、何気なく周囲を見た。
そしてその辺りを確認すると、行きがけ、見たような気のした影を思い出した。
小さな子供の横顔。自分より数歳年下なだけであろうに随分と体躯は幼い、けれど居丈高な子供。自分の国に来ているとは聞いていないし、来ていたとしてもたまたま出会うなんて偶然そうあるはずがない。
だからきっとそれは自分が彼のことを考えていたせいで、背格好の似た人物に影を重ねただけだと、そう理解していた。
思い、苦笑する。
頭から離れない、あの小さな背中。自分よりもずっと小さく、自分よりもずっと後にGCになったはずの、何の鍛錬もしていない普通の子供。
GCのことをまるで知らない、ある意味驚嘆に値する彼は、そのくせ誰よりもGCらしかった。
戦う意味を知っている。幼いくせに、守る意味を知っている。己を証明するためではなく、誰かの笑みを愛しいと思うが故のその衝動。この世の中で尊いとされるものを、その本質を、彼は言葉でも理念でも何でもなく、ただその感性のみで知っている。
盲目な自分とはまるで違う、それは純正の光。………太陽でも月でも星でもない、生きるものにのみ宿る光だ。
生きる意味を模索するが故の、光だ
そんなもの、普通は年若く携えることはない。もっとずっと歳を重ねた後、それこそ自分の師のように鍛錬を重ね仙人といわれるほどとなった後に、開拓されるものだ。
背負うにはあまりに重い。光は美しいだけではなく、その圧倒的な眩さ故に自身すら焼き尽くしかねない。だからこそ、経験という絶対的な時間を必要とするのだ。
けれど、少年はあの子供ほど見事にその光を宿す生き物を知りはしなかった。
小さく幼いというのに、彼はまるでその光から生まれたように佇んでいた。誰の目もその姿に注がれる。善くも悪くも、彼は目立つのだ。
真っすぐすぎる言葉は裏も表もない。ただあるがまま。そしてそれを発したなら、必ず己の責とし背負う。あの小さな両肩は、どれほどの命の痛みを抱え、それらを切り捨てるのではなく蓄積し、忘れぬと腕を差し出したのだろうか。
彼は何の力も持ち得ず、ただその命の持つ気高さと資質のみがGCという位において彼を急き立てる。
多分……予想でしかないけれど。きっと、幾度も命の危険はあっただろう。彼は、あまりに己自身に無頓着だ。守る意味を知っていながら、己にはそれを適用しない。
不器用というよりは、それはまるで恐れているとでもいうように。
「………………」
小さく息を吐き、少年は見遣った先の道を細めた視野に映したまま遣る瀬無く眉を顰めた。
寂しい、と、これはいうのだろうか。
分からない感情だ。彼を見ているとそんな感情がわき起こる。
いつも不遜な態度で偉そうな口調で、その幼い容姿すら表情一つで隠して。そうすることで、彼は遠くに立っている。一人、立っている。誰もいないどこかでたった独りで、だ。
必要ないというわけではなく、欲しくないというわけですら、なく。
ただ彼は首を振っている。自分を守るために誰かが傍にいる必要はないと。自分の身は自分で守るから誰も傷付く必要はないのだと、いっそ傲慢な笑みで宣言している。
彼は強くて、彼は弱い。
人を信じていながら、自分のためには側に置かない。
それはまるで、と、思ってしまう。まさかと思いながら、不意に自分にも覚えのある感情が頭をもたげる。
大切な家族が消えてしまった、あの日。自分を守っていなくなってしまった、あの日。………生きる意味も分からず、生き残ってしまったことだけを悔いた。
大好きな人たちの命の上成り立つほど、自分に価値はなかった。そんな覚悟、持ってもいなかった。当たり前だった日常が崩れるなんて、知るにはあまりに自分は幼かったのだ。
それ故にあの日、痛感した。………思い知った。
大切なら、傍にいない方がいいと。もしも同じことが起こったなら、きっと自分が思い寄せた人は自分を守ろうとするだろうから。そして同じことが繰り返されるなら、一人強くなり、守るものでいようと、思った。
生きることを許された朝日の中、誰も犠牲とせずに生きることを願った。愚かな願いであっても、強さだけを求めた。それがあれば、少なくとも自分はあの日一人になることはなかったのだから。
心は、道を失って。寂しいと泣き叫んでいたけれど、気付かずにいた。
強さの中で摩滅して、頑強な視野の狭さを増長させ、驕りに満ちて立ち上がった、自分。
………思い出しながら、少年は口元だけに苦笑を浮かべた。
それはまるでと、まさかと、そう思いながらも結局は否定しまう因はそこにあった。
子供は自分が抱えたものを抱えていない。失うことを知るものは、目を奪われるのに。真っすぐに見る眼差しを遮られるものなのに、彼にその形跡はなかった。
むしろ、より見据える視線ばかり脳裏に蘇る。何一つ取りこぼさないと、そういうかのような眼差し。
きっと彼は幸せに生きてきたはずだ。だからあんな純乎な意志で守ることを知っている。彼を育てた人は、おそらく彼と同じ生き方をしている人なのだろう。
それはとても幸せなことだ。………自分のような目に遭う人間は、少しでも少ない方がいい。この世界は危険に満ちているけれど、それらを少しでも減らすために自分達GCは存在しているのだ。
ほんの少し道を逸れ、歪みかけていた自分の歩む位置を、当たり前のように修正してそれを気にもかけていない子供は、おそらくこの先も多くの人間を導いて生きていくだろう。
彼が望むわけではなく、彼が歩む道は自然とそうした道筋の上に成り立っていると思うから。
それが少しでも彼にとって負担ではないように、自分たちは傍にいたいと、思うのだ。………彼は、そんな必要はないと不敵に笑むだろうけれど。
小さく笑い、少年は己の帰るべき道を目に映した。
自分も少女もあの子供のことになると少し見境がない。それはきっと、彼のあの光を浴びてしまったからなのだろう。
あの光が消えてしまわないように、彼の無茶を諌めたいしその身を大事にしてほしいと諭したい。己の価値を知らない子供は傷を顧みないから。…………己の身一つで事が成せるなら気にも懸けずにその身を差し出すから。
帰ったら、彼に連絡をしてみようか。そう思いながら足を踏み出す。
明日、修行につき合って欲しいといってみようか。それとも他愛無い話をしてみようか。あまり自分たちは年相応の会話がないけれど。GCという立場でならば対等の話が出来るから、通信を送ってみよう。
少女にも送って、また三人で会おうか。あまり交流のない他国のGC同士、それでも自分達はおそらく歴代のGCの中でも希有なほど互いを思い合っているだろう。もしもお互いの身に何かあったなら危険すら顧みずに駆け出してしまうくらいには。
子供にも少女にも幸が降ればいいと思う。自分を育ててくれた親はもういないけれど、それがどれだけ愛しいものかを知っているから。
それを亡くさずにいる二人には、同じ思いを味わってほしくはない。たとえそれが親ではなく祖母であったり血の繋がりがなかったとしても、思う気持ちに差などないのだから。
脳裏には不敵な子供の笑み。それが浮かぶより早く、何故かその小さな背中が過る。
重傷を負って立つことすら困難な中、それでも笑える子供の背中。守るためなら傷をも厭わない、ボロボロの背中。
彼は強くて……あまりにも、脆すぎて。だから、もしも守ろうとした存在を失ったなら、壊れてしまうのではないか、なんて、愚かなことを考えてしまう。
歩む足が少しだけ鈍る。馬鹿な物思いだ。自分ですら立ち上がれたそれが、彼を途絶えさせるはずがない。
けれど、と………ふと思い、少年は振り返る。
視線の先にはただ道が広がる。歩むのは見知らぬ人たち。決して彼ではなかった。
もしかしたら、と思い。同時に小さく首を振る。
眇めた眼差しは微かな切なさを帯び、戻された視界の先は己の帰る道を映す。
………彼はきっと自分の国にいるだろう。
見たことのない彼の育ての親ともいう女性と一緒に、食事の支度でもしているかもしれない。きっと幸せに笑っているはずだ。
自身の中の淀むような物思いを飲み込み、少年は歩を進めた。
帰ったら子供と少女に連絡を送って、近いうちに会う約束をしよう。そうして顔を合わせれば、こんな物思いも掻き消されるから。
少し冷たい風が少年の背を掠めるように吹きかけた。
少年はただ揺れる自身の髪を見遣り、歩みを止めることなく、家路を進んでいく。
まだ、彼は子供の過去を、知りはしなかったから……………
2の方とちょっとリンク。
カイで何となく分かっているけど、それはないはずだと打ち消している感じで。
爆はまだなにも伝えていないし、言う気もあまりないので。
失うことで襲う感覚は万人共通ということはあり得ないけど、そんな風に思い込んでしまって、だから違うと思うのは、多分、あんな思いを味わっていないことを願っているから。
それが優しさか押し付けがましさかはまあ………相手の受け止め方、ということで。
幸せであってほしいと思うのは確かだけど、方法の稚拙さも意志の薄弱さも否めはしないけどね。
06.11.5