優しい風を知っていますか?
色のついた風のことです。
目を瞑って………ほら感じて。
あなたの耳に触れる風は何色ですか?
愛しい愛しい風は、優しくその身を包むでしょう。
かしずく事なく、共に歩めるその背を守る風は…………………
透明の風に包まれて
吐息が微かに白く色づく。………そろそろ肌寒さも本格的になってきたと子供は皮膚を這う空気の鋭さに顔を顰める。
あまり、寒い時期は得意ではない。
顰めた眉をそのままに外気に晒されている自分の指先をあたためるように口元に近付けた。
吐息を吹き掛ければ微かにあたたかい。ほっとした自分の感覚に僅かに笑ってみる。
風が冷たくなる頃……いつも顔を顰めていた気がする。
別に寒さが苦手とか、耐えられないとか。
………そんな理由ではないけれど……………………
ただ、いつも以上に鋭敏になった感覚が悲しいほど研ぎ澄まされて…気づかなくてもいい事まで突き付けるから。
だから……苦手だった。肌さえも凍てつかせる季節は……………………
それでもいつからだったか。
………それほど、この季節を厭わなくなったのは…………………
不意に考えた疑問に眉を顰めて思い出そうかと逡巡をはじめた思考は、けれど軽く叩かれた肩に意識を奪われて中断してしまった。
「なにやってんのよ、爆! 早く帰りましょ」
軽やかな声はいま感じる寒さなどものともしない明るい響きに包まれている。
触れた肩から染み渡るようなやわらかなぬくもりを不可解そうに受け止めながら子供はぶっきらぼうな調子で応えた。
「………貴様が店に張り付いていたんだろうが」
「あらー? 私はもう終ったわよ。……あっちの方が重傷よ」
誰のせいで外で寒い思いをしていると憮然と呟いた子供に少しだけ意地悪く笑った少女は…けれどからかうような響きをのせて眼前でなにかを探している少年を指差した。
真剣な面持ちで選んでいるのは数種類の薬草と香油。いま手に持っているのは茶だろうか…………?
かなり色々なものを師に言い渡されたらしい少年は頭を悩ませながらも質のいいものを必死で探している。
もちろん、それにはかなりの時間が要されていて……少女のウインドーショッピングさえ勝ち得なかったらしい。
呆れたような少女の指し示した指先にも気づかない少年は店の主と歓談している。きっと望んだものが見つかったのだろう。
品物を受け取り丁寧にお辞儀をした少年が駆け寄ってこようとこちらを見やって声をかけたなら……再び視線が店の中に注がれた。
どうしたのだろうかと二人視線を交わして見る。
「……なにかしら」
「さあ………」
事情の判らない者同士、きょとんと話していても結局は判らない。ゆっくり歩きながら様子を伺って見れば恐縮しているらしい少年が視界に入る。
その前に立っているのは人の良さそうな好々爺で…なにか手に袋を持っている。
ますます訳の判らない二人は少しだけ早くなった歩調をそのままに店の中に顔を覗かせた。
所狭しと瓶やショーケースが並んだ店内は雑居としていて、正直少女にも子供にも怪しい雰囲気しか伝わらない。
そんな胡散臭そうな視線に気づいて少年は苦笑した。………確かに知識がなければ危険な物も置いているのだから、二人の視線はある意味正しいのかもしれない。
訝しんでいる二人の視線に気づいたのか好々爺は少年の後ろから顔を見せた少女と子供に目を向け、やわらかく笑んだ。
たった……それだけ。
それなのになぜだろうか………。暗く曇っていた筈の店内が仄かに優しく灯されたような気がした。
どこか尻込みするような怪しさが霧散して、駄菓子屋のような…慣れ親しんだ店内のような気がする。そんな感覚にむずがるように子供は眉を顰めてあたりを見回してみるが……少女はすぐに順応したらしくにこやかに店主に声をかけていた。
「結構種類ありますね! ………ここ御茶屋さんじゃないの?」
「他に薬草なども置かれているんですよ。種類が豊富なので仙人の行きつけなんです」
「…………薬草…あの鍋………の………?」
「いえ…あの…………普通に山にこられた方に分け与える物です…………」
にこやかな話の途中………見事なまでに引いた少女の態度に少し溜め息を吐きながら少年が応える。この店は仙人に薬学を教わった店主が開いた店だから……自然置く薬草の傾向も師の好みの偏りが見られる。
だからこそ必要になった時にはここが一番頼りになるのだけれど…………
もう幼い頃から通っているので少年はすっかり顔馴染みだ。歳的にも店主から見れば孫のような存在で…親を失ってからはその代わりになるかのように優しく迎え入れてくれる店。
仲の良さそうに二人の様子を見ながら、店主は微笑ましそうに笑んだ。………この村は小さい分、人口も少ない。自然子供の数にも限りがあり、山に篭っていた少年にはあまり親しいと言える友人はいなかった。だからこそ…憂えてもいたのだ。
強さを身につけ、守る事を求めて。そうしてえた未来の先……たったひとりはあまりにも寂しいから…………
「お嬢ちゃん、カー坊の友達かい? 今日は寒いからこれでも食べていけというのにこいつが受け取らんのじゃよ」
なんかいってやってくれと、からかうような響きをのせて少女に声をかけた店主は手の中の包みを少女に渡した。………やわらかくあたたかなその袋からはおいしそうな匂いが立ち篭めていて…中身を思い至った少女がパッと顔を綻ばせる。
「わー、肉マン!? おいしそ〜vvv」
「儂の特製じゃからな! 身体もあたたまるし、健康にもいいぞ。味は勿論天下一品じゃ!」
「……売り物じゃないですか……………」
せめて買い取らせてくれといっても頑として聞かない。……昔からの恒例行事のような押し問答も今回は少年に分が悪い。
すでに礼をいって受け取ってしまっている少女にワタワタと戸惑ってもどうしようもない。困ったような顔を浮かべて……少年はちらりと店主を見やった。
にっこりと笑んでいるその顔を見れば灯るのはやわらかなぬくもり。受け止めてくれるのだと知らしめてくれる年長者の懐は慈しまれることに慣れていない身にはあまりにも優しい。
頭を下げてその好意を受け止めれば皺だらけの指先が嬉しそうに頭を撫でる。………不器用に笑んでそれを受け止める少年を見やり…もうひとりもっと意固地な態度しか示せないだろう子供はどうしただろうかと背後を見やればぼんやりとなにかを見つめている。
焦点があっていないとも思える視線の先は勿論優しい家族のような二人の光景。
………霞んだ視界がどこか儚くて…少女が訝しむように子供に声をかけた。
「……爆……? どうかしたの?」
やわらかい声音に気づいた少年が背後にいた子供に目を向ける。それを追うように店主の視線もまた、子供に注がれた。
ぼんやりとした…中空を彷徨うような鋭い視線。鋭利さを思わせる瞳は……けれど霞んでどこか物憂げだ。
無表情の中に意識を沈めて、表出する事を恐れるように頑なに見つめようとする仕草。
…………困惑げに子供を見つめる少女と少年の間を縫い、好々爺は腕を伸ばした。
幼さ故に強さを身につける。それは多分……無敵の魂を形成する過程で起こる負荷。あまりにそれは激し過ぎて……時に魂そのものさえも疲弊させる。
人はそうした時に目を逸らし知らない振りをする事で己を保つ。
それは逃げではなく自己防衛。壊れないために…一時目を瞑る。グレーゾーンを渡るために………………
けれど中にはこんな子供もいるのだ。
………長い人生の中、時折見かける不器用な指先。
逃げ方を覚える前に与えられた衝撃に、目が離せなくなる。
方法を知らないから…………子供は目を逸らせない。ただ受け止め、それでも壊れる事なく立つために己を研摩する。寂しいほど弛まない事を己に課して……………
切ない事実に顔を顰めることなく、好々爺は子供の頭を優しく撫でる。
ふわり……と。
風が身を包む。優しい…ぬくもりの風。
いいのだと、囁く。………そのままでも構わない。痛みも哀しみも辛さも。何もかもを抱えたままで……………
醜くなどないのだと。…………誇れと励まし力を与えてくれる指先。
なにかを噛み締めるように唇を引き結んで、子供は微かに俯きその指先を甘受する。
………寂しい、なんて思わない。そうずっと囁き続けてきた。
悲しんでも与えられる事はない。取り戻す事なんて出来ない。
それでも…こうして気づいてくれる人はいる。
だから……溢れる雫を温もりに溶かして笑んでみる。
深く優しい…けれどどこまでも切ないその笑みに息を潜めるように少女と少年が吐息を落とす。
傷は酷似していても思いは違う。………環境さえも違うのだから。
判らないことだらけで…いつだって伸ばしたい指先はどうしようもないくらい間に合わない。
せめていま醸されるやわらぎを共有するように幼い指先を優しくからめた…………………
風を、知っていますか?
それは優しい風です。
人を包み、ぬくもりを分け与える。
…………それは人の心に吹くやわらぎの化身…………………
初めてだね…シスター以外のオリジナルキャラ出したのって。
120作超えてなお初めてだっていう事実も笑える。
今回は健全で! ほら、ピンクが! 出したかっただけです(オイ)
本当はジバクくんと爆が肉まん半分こ♪まで書きたかったけど…なんか流れ的に追いつかなかったです。
というわけでちょっとおまけ。
「爆殿もどうぞ」
「………ああ、すまん」
「おいし〜v あのおじいさんにレシピ教えてもらおうかしら」
「貴様に作れるのか?」
「失礼ね! おばあちゃんと一緒に作るわよ!」
「ジーーッッッ!」
「なんだジバクくん!? ………寄越せと?」
「あ、じゃあこれを……」
「それはお前の分だろう。構わん。半分でいいな?」
「ジム……」
「…………なに我が侭をいっている。いらんのなら構わんが」
「ジムジム〜(汗)」
「………なんであんたその鳴き声で会話ができるのよ……………」
聖霊語って……GCはみんなわかっているんですかね………?
ジバクくんは行動がわかりやすくて察し易いですが。他の子は難しそう………(特にバクザン…)
なんだかいつもと違う雰囲気っぽくなってしまいましたが(汗)サイト一周年おめでとうございます!という事で朱涅さんに捧げさせていただきますv
ちなみに返品は不可(オイ)