空は宵闇 空は闇色
空には星明かり 空には月明かり

闇色か光の、二択

だから、色を捧げようよ
もっと沢山の色を
そうしたら、ほら

きっと君の心も弾むはず





夜空に花束を



 見慣れた洞窟の中に入り込んで、青年はキョロキョロと辺りを見回した。
 確か、この洞窟にもあったはずだ。背中の羽を出来得る限り小さくしまい、青年は注意深く暗い洞窟を歩んだ。
 明かりのない所は、苦手だった。夜目が効かないどころか、なにも見えないのだ。歩むことすら本当は危険だ。それでも、青年はしっかりと一歩ずつ進む。探し物は、こういった自分が苦手とする暗闇にしかないことを知っているから。
 軽い溜め息は苦笑のように落ち、ついで唇に浮かんだのは、明るい楽しげな笑み。
 驚くだろうか。喜んでくれるだろうか。たとえ呆れられるのでもいい。ほんの少しでも、彼の人の心を揺らすことが出来るのなら。
 詰られたって馬鹿にされたって、なんだっていいのだ。ただ、出来ることなら………笑ってくれるといい。
 折角自分たちは、太陽を目指す心を得たのだから。
 思い、僅かに遠く洞窟の更なる奥に、自分が探していたものの気配を、盲いた者と変わらぬ視界が、捕らえた。
 弾む心のままに駆け出そうとした足が、岩窟に躓き盛大に転んだのは、せめて誰にも見られなかったので心にしまい込んでおこう。もっとも、怪我だらけになってしまえばあっさりと看破されてしまうのだろうと、起き上がりながら静謐な美貌を脳裏に思い浮かべ、苦笑した。

 空は、闇夜。今日は新月。月は昇らず星は微かだ。
 清澄な空気に包まれた夜空は、それ故に、闇が覆うようにすら見えた。
 そこに光が灯る。毎夜毎夜、飽きもせずに夜毎訪れるボロボロの鳥。今宵もどこにぶつかりながら飛んできたのか、ふらふらと危なっかしいシルエットを晒しながら金の羽が翻る。
 眇めた瞳で空を見上げ、微かに息を落として、目印になるランプを掲げた木を見遣る。
 老木はいくつものランプに照らされて輝いていた。朽ち果てるのを待つばかりだった木は、ランプに抱かれ、まるで生気を取り戻したかのようで、それはこの闇夜だけの世界には、ひどく眩い象徴だ。
 躊躇うように、いつも近づく足が進まない。それ故に、光源は自身が立つ位置よりも僅かに遠く、この身は闇の中に隠されていた。その瞬くような明かりをぼんやりと眺めていれば、羽音が上空で谺した。
 見上げれば、月にも見紛う金の羽が羽ばたいている。………彼には何も見えていないのだろう。ただランプの明かりを目指すばかりだ。
 いつもであればすぐに木の袂に舞い降り、覚束無い足取りで歩き回って転びながら自分探す羽は、今宵は何故か旋回を繰り返している。
 いぶかしみに歪んだ相手の眉を察したかのように、彼の声が響く。
 「おーい、デッドー!!居るよな?オーイ!!」
 まるで腹の底から響かせるような大音量の呼びかけに、名指しされた少年は溜め息も出ない。
 この世界は、静寂の世界。沈黙だけが支配する、生きるもののない無音の空間。にもかかわらず、この来訪者は毎日毎日迷惑なほど馬鹿騒ぎをしてくれる。幾度注意しても制裁を加えても理解しないのは、鳥であるが故だろうか。
 「………………………、静寂がこの世界では尊ばれると、幾度言えば解るんでしょうか……」
 それはたとえこの世界にかけられた呪縛が消えようと、その事実は揺るがない。そう空気のように静かに響く声音が独語のようにぽつりと呟けば、何故聞こえたのかと疑いたくなる距離に飛ぶ鳥は、パッと明るい声でまた叫んだ。
 「よし、いるな!どこ居るかわかんねーけど、居るよな!ちょっとそこにそのまま居ろよー!」
 金の羽が瞬いて、彼が腕を振り回しているのだろうことが窺えた。
 闇の中、ぼんやりと浮かぶ金の羽。どこか間が抜けていて……この世界には馴染まない色。
 何をするつもりかと呆れながら見遣った視界の中で、彼が動くのが見える。同時に、何かが空を舞った。
 「…………………?」
 羽、だろうか。彼と同じ金の光。柔らかく浮かび舞い落ちるそれは、雪のように辺りに降り注いだ。
 わざわざ羽を抜いたのかと眉を顰めてみれば、鼻先に甘い香りが漂う。それに気づき、もう一度瞬く光を見つめた。
 「…これ……は……………」
 呟いたのは、微かに驚きに掠れた音。
 眼前をたゆたうように舞い浮かぶ、それは…………花、だ。色とりどりの鮮やかな花。それが輝き空を舞っている。未だ地上に落ちないそれは、おそらく彼が技を使用し、中空を風で舞わせているせいだろう。
 月明かりすらないこの新月の闇夜に、無数の明かりが灯る。老木に掲げられたランプではなく、力なく瞬く星でもない。
 僅かに見開かれた眼差しには、鮮やかな芳香とともにその色を忘れずに煌めかせる、日差しの下で咲き誇る花が踊っていた。
 「最近お前、寂しそうだったからさ」
 花に魅入られていれば、彼の声が響く。夜空の中、さえずる鳥の唄声。
 ………寂しそうだと囁くその声こそが寂しそうだ。
 「あいつは世界中飛び回ってて滅多に来れねぇし。なんかねぇかなって。そしたらさ」
 本当は会いたいだろう子供を呼び寄せられれば一番いい。それだけで元気づけられる思いを、自分も知っている。
 けれど彼の子供は未だ歪みを抱えた世界をたった一人、旅している。彼の後を必ず追いかける唯一人の少年を待ちながらも、決して歩む足を止めることなく、進むゆく道を見据えて。
 その足を絡めとるような真似は、自分も彼も出来ない。だから、理由もなく呼び寄せるような真似も、出来ない。あやふや過ぎる自分たちの存在にぽっかりとあいたこの胸の宵闇を埋めてくれるのは、きっとあの鮮明な輝きだけだと、解ってはいるけれど。
 微かに澱みそうな喉を奮い立たせ、青年は努めて明るい声を響かせる。朗々と流れる、羽と同じ太陽を思わせる音色。凍えたくないのだと、願うような、音。
 「国の奴らが、教えてくれたんだ。寂しいなら綺麗なものがいいって。嬉しいし楽しくなるから」
 他愛無いものでもなんでも、塞ぎ込んだ時に差し出されるものは純一の輝きを放って見える。だから、思いを込めて何かを差し出せばいい。
 それでもどんなものがあるのかも解らず、何がいいかなんて更に解らなくて、頭が痛くなるくらい考えた。そんな様子を見るに見かねて、混沌の世界が終わった自国の民は声をかけてくれた。忌み嫌うことなく、優しく笑んで。
 世界は救われたのだと、それを見る度に実感する。排除すべき異種ではなく、受け入れてくれる優しい腕たち。暗闇ばかりだった世界は、確かに朝日を思い出して迎え入れてくれたのだ。
 それをきっと、この世界に踞ろうとする微睡む少年は知っている。知っているからこそ、進む道を躊躇っている。………自分たちは、排除され続けた命だから。そんな存在が輝く世界に立ち尽くすことが許されるのかと、自問してしまうから。
 本当は、許しなどいらないのだと、切り裂くように断言してくれる、あの清々しい音が欲しい。
 無責任なまでにあっさりと告げてくれるその言葉は、自分たちを未だ縛る糸を断ち切り、闇の誘いを振り切らせてくれるだろうから。
 それでもそれは今は手に入らない。それは世界を駆け巡り、更なる混沌を糾すために奔走している。だから……代わりになんてなれるはずはないけれど、せめて知っていることを捧げたかった。
 「静かなのが好きなら、音のないもの。持ち運べて誰でも喜んでくれるもの。花が一番いいよってさ」
 けれど夜しか会えないのだと教えれば、夜目の効かない彼のために、また知恵を貸してくれた。
 「真っ暗で見えないっていったらさ、光苔を採っておいでって。そうしたら、煎じてくれるって。……ほら、花が、光っただろ?」
 みんなが作ってくれた光苔の粉が振りまかれているのだと、彼は笑った。寂しそうに切なそうに………愛おしそうに、笑った。それを見上げ、少年は過去を思い出すように、そっと呼気を飲み込んだ。
 淡く輝く花の乱舞。闇の中の色彩のワルツ。ありえない光景は、ほんの数年前であればなお、不可能な光景だった。
 彼に声をかける民はおらず、闇の中…光を願う意志を自分は持ち得なかった。
 ほんの、ひと時だった。その短い時間が自分たちのこれまでを………国の歴史さえも、変えてしまった。変革は一瞬なのだと、知っていながら理解はしていなかったのだ。歴史の変わり目など考えることもなく、微睡むように闇に溶けていたのに。
 歩むべき道が照らされ始めて、初めて気づく。歩み方など、自分は知らなかったのだと。
 そうして進む足を躊躇い、また闇夜にこの身を寄り添わせている日々が続いていた。もう、この世界の夜は明けているのに。
 「…………………」
 微かな呼気で、何か囁いた。囁いた、つもりだった。けれどなにを言いたかったかも、呟きたかったかも、解らなかった。ただ、唇が形作っただけの話。
 静かな世界だ。静寂だけが支配した、変動を嫌い、騒音を嫌い、凍てつき続けることだけを願っていた、この世界。
 それでも人が訪れ、花を落とし、光を落とし、音を落とす。世界は動き始めたのだと、誰もが自分に知らしめる。
 そうして、同じように闇を見つめて独り歩いていた鳥は、さえずりながら舞い降りる。
 一緒に進もうと、光の中にいけるのだと、風に溶けて大地に馴染み水に浸れる自然の寵児は、拓かれた世界に躊躇うこともなく駆け出せる。
 「なあ、デッド。花って綺麗だろ?夜でもこうやって光らせれば見れるけどさ。やっぱ、俺は日差しの中の花を見せたいって思うんだ」
 どこか闇の中に彼が紛れているはずだと、手繰る風の気配だけで感じながら、青年が言葉を次ぐ。  …………それはまるで、どうか響いてと懇願するような、寂しい音。
 「夜だけじゃなくって、会いたいって、思うんだ。なぁ………ダメなのか?」
 寂しいと、鳥がさえずる。その様に苦笑が浮かんだ。
 世界が明け、彼を迎える腕は数多と増えたというのに。彼は未だこの闇夜に足繁く通う。一緒に居たいと、恥ずかしげもなく囁く幼い魂。
 それに、絆されるわけではない。同じ闇夜を過ごして来たけれど、それはきっと同じ痛みを共有するものだったからに過ぎないだろうから。
 もしも互いの価値を見出すというのなら、今これから、なのだ。なにも隠すことの出来ない太陽の下、進む先でこそ構築される生きるための絆。
 それを望むか望まざるか、自分には解らない。何が正しいかも、未だ見出せない。
 それでも……唇が蠢いたように、足先が老木を目指した。光を讃え、闇を見据えることの出来ない鳥がこの世界の中で唯一はっきりと物見れる、場所に。
 そこに行けば何が始まるか、解っているわけでもない。もしもいまここにあの子供がいたのなら、きっと不遜な声音で何事かを断言してくれるのだろう。躊躇い進む足を、確固たるものとさせるために。もしも進むが故に傷つき疲れ果てたなら、自分を恨みまた立ち上がればいいと、こともなげに告げながら、笑って。
 けれどこの青年は、なにも断言はしない。ただ、願うのだ。一緒にいたいと、あどけない幼子が必死に伸ばす腕と同じに、ただ願い望むのだ。
 それはどこまでも生粋な命の望む、愚かしいまでの純乎な我が侭。

 ………絆されたわけではないのだ、と。
 そっとそっと唇だけで囁いて、輝く老木の領地に、足先が触れた。

 舞い上がった風と、光を讃えた多色の花の渦。
 そうして、ようやく見えた姿に歓喜に塗れた声音と笑みが、注がれた。

 見上げた幼い笑顔に、緩みかけた唇を引き締め、目蓋を落とす。
 絆されたわけではないのだ。………自分が選び、自分が決めたこと。

 伸ばされた指先を一瞬顰めた眉で見つめ

 けれど拒むことなく、包むことを許したのもまた、自分が決めたことなのだと

 そっと…胸の内に溜め息とともに、呟いた。








 そんな訳でかなりお久しぶりなジバクくんで、更に久しぶりなハヤデですよ。
 基本的にハヤデは一人のためにしか書いていないから、そりゃ久しぶりにもなるわ。ある意味年に一回の恒例行事。

 若干初めに浮かんだストーリーと話が変わりました。いや、初めの方だとデッドの方からハヤテに抱きつくんですよ。なんか許せなくなったので止めた!(オイ)
 まあそっちの光景は光景で綺麗だったし、文章書くのも楽しそうだったんだけどね。幻想的。

 ではでは久しぶりにジバク作品。かなり遅くなりましたが神奈川県民に捧げますよ。
 大丈夫、パー子さんはしっかりきっちり受け止めましたから!(笑)挫けず描いてくれてありがとー!!

08.9.19